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第二章:聖剣編/Ⅰ、豪華客船セレニッシマ号
02、得体の知れないバルバロ伯爵
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翌朝、俺とレモは軽食を取るため一等船室客専用のラウンジにやって来た。
俺たちは昨日の午後、狼人族のルーピ伯爵が治めるスルマーレ島へ向かうため、この客船に乗り込んだのだ。
冒険者ギルドのある街ヴァーリエからスルマーレ島へは歩いても二、三日で着くから、船を使ってもあまり変わらない。俺は当然のように徒歩で行くつもりだったのだが、船に乗ったことのないレモが、毎月二十番目の日に出航するセレニッシマ号での旅を望んだのだ。三等くらいなら俺の手持ちの金でなんとか――と思っていたら、レモが小切手にサラサラとサインして一等船室を予約していた。
「俺、小切手って実物初めて見たわ……」
「商売でもしてなきゃ、なかなか見る機会ないわよね。私達が不自由なく旅できるようにってお父様がはからって下さったの」
――てこたぁ船会社が小切手を銀行に持って行くと、アルバ公爵家の口座から俺たちの船代が支払われるってことか。
「クロリンダお姉様が勝手に私を魔法学園から退学させたでしょ。まだ高等部が残ってたのに。だからその学費と寄宿代を上限に援助して下さることになったのよ」
レモネッラ嬢はレジェンダリア帝国中の貴族子女が集まる学園に通っていたものの、馬鹿な姉に退学させられたのだ。
「それってかなりの額なんじゃね?」
恐る恐る尋ねた俺にレモは優しく目を細めた。
「そうね。いつも私を守ってくれるジュキの護衛代も入ってると思うから、気兼ねなく豪華客船、楽しんでね」
窓の外には海岸線まで迫った崖に張り付くように、カラフルな家々がひしめき合っているのが見える。窓ぎわのテーブルに腰を下ろした俺たちのところへ、ウェイターがやって来た。
「お嬢様、ご注文はございますか」
「ホットチョコレートをお願いするわ。――あ、彼にも同じものを」
向かいに座った俺に、ちらっと目配せをした。俺はここでは護衛の従者に徹している。
「かしこまりました」
うやうやしく礼をして去ろうとしたウェイターを、
「ちょっといいかしら」
レモは呼び止めた。
「こちらのカフスボタンの持ち主を探しているの」
差し出した手のひらの上で、紋章入りのボタンがきらりと光る。
「昨夜とても親切にしていただいたので、お礼差し上げたいのだけど、お名前もうかがわないうちに去ってしまわれて……」
控えめにうつむいて、恥じらう乙女のように振る舞うレモを見て、ウェイターは恋の始まりだとでも思ったのか、
「調べて参りましょう。お預かりいたします」
ポケットから出した白いハンカチでボタンを包んだ。
まあ、まさか人族のお嬢様が目の前にいる亜人の護衛と恋人同士だなんて想像しねえよな。俺はほかの竜人と違って先祖返りした姿で生まれたから、人族じゃないことは一目で分かるのだ。両手足はなめらかなウロコで覆われ真珠のように輝き、髪はホワイトドラゴンのたてがみを思わせる白銀の糸、瞳はレモに言わせればエメラルドを埋め込んだようらしい――そんな特異な見た目だから無駄に目立つ。
運ばれてきたホットチョコレートを飲んでいると、学者風の黒い服を着た男が近付いてきた。
「あいつ、ギルドにいた――」
年のころは四十代か、つややかな黒髪をオールバックにした顔色の悪い紳士である。俺たちのテーブル脇で立ち止まると、
「またお会いできましたね、レモネッラ嬢。あなたのように若く美しいお嬢さんに探してもらえるとは、光栄ですな」
俺は椅子から立ち上がり、レモを守るように彼女の前に立った。
「てことはあんた、昨夜俺たちを襲ったって認めるんだな?」
男は指先で口髭をひねりながら眉根を寄せた。
「はて、なんのことやら」
そこへ先程のウェイターが戻ってきた。
「ああ、バルバロ伯爵とお会いできたんですね!」
安堵の笑顔を浮かべ、
「ではこのボタンはお返しします」
「ありがとう」
しっかり受け取るバルバロ伯爵とやら。確実に昨夜の魔物じゃねーか、こいつ。
「レモネッラ嬢、自己紹介が遅れましたな。私は帝都から来たラーニョ・バルバロと申します」
慇懃無礼にひざまずくバルバロ伯爵。
「私はアルバ公爵家のレモネッラよ。なぜかご存知でいらっしゃったみたいだけど」
レモが皮肉を込めて答える。
「フフフ、私の敬愛する方がお世話になったようですので」
含み笑いをする伯爵に、俺は迫った。
「昨日言ってたアッズーリ教授ってのか?」
「昨日?」
思いっきりしらばっくれやがった。眉をひそめたまま、
「して、君は誰かな? 名乗らないとは無礼ではないか?」
ちっ、と俺は小さく舌打ちしてから、
「多種族連合のモンテドラゴーネ村から旅をしている竜人族のジュキエーレ・アルジェントだ」
答えながら服の下でこっそり竜眼をひらくと――間違いない。男の身体を黒いかすみが覆っているように見える。その形は人の姿ではなく、八本の脚を持つ黒い魔物だ。
レモがとぼけた調子で尋ねた。
「それでバルバロ伯爵様、スルマーレ島へは観光で?」
俺たちは彼が何をしに行くか知っている。彼が帝都からヴァーリエまで、俺の姉と同じ馬車に乗り合わせていたから、彼女から聞いているんだ。
「いいえ、ルーピ伯爵家主催の魔術剣大会に出場するのです」
彼は俺たちが予想していた通りの答えを返した。ここでごまかすつもりはないらしい。
レモはすました口調で答えた。
「その剣大会なら存じ上げておりますわ。優勝者はルーピ伯爵家のご令嬢と婚約できるとか」
ルーピ伯爵家のユリア嬢は、レモが学園時代にかわいがっていた後輩なのだ。
「でも帝都の伯爵様が亜人族の令嬢に興味があるとは思いませんわ」
レジェンダリア帝国の八割を占めるのは人族。獣人族や竜人族など亜人のほとんどは、帝国の南東部――多種族連合自治領に住んでいる。人族にはまだ亜人族への差別が残ると聞く。
探るように見上げるレモの視線を受けて、
「貴族たる者、ひとの事情を詮索するものではありませんよ」
伯爵は穏やかな口調で答えたが、その目は笑っていない。
「聖剣か?」
俺は横から口をはさんだ。剣大会の優勝者は、精霊教会に何百年と眠ったままの聖剣をゆずり受けられるという。俺がスルマーレ島に行く理由がこれだ。ダンジョン「古代神殿」の最下層に今も半身を氷漬けにされ封じられている俺の祖先――ホワイトドラゴンのドラゴネッサばーちゃんを救い出すのに聖剣が必要だから。
「ふーむ」
バルバロ伯爵はわざとらしく腕を組み、
「聖剣アリルミナスは貴重な歴史的遺産ですからね。そうした品を所有できるというのは、貴族としての矜持を満たしてくれるでしょうな」
ふわっとした答えを返しやがった。
俺と違って知恵が回るレモは、カフスボタンを握る伯爵の右手をちらっと見ながら、
「どうしてそのボタンが私たちの部屋に落ちていたのかしら?」
意地の悪いほほ笑みを浮かべて尋ねた。
「ネズミが運んだのでしょうかねぇ? それとも何か妖しい魔物でも出ましたか?」
口もとに嘲笑を浮かべると、唇の端にちらりと金歯がのぞいた。
「私には答えようもありませんな。そちらの彼にでも訊いてみては?」
伯爵の視線が、鉤爪の生えた俺の手に落ちる。
「なっ――」
レモが目をつり上げたので、俺はようやく理解した。自分が「妖しい魔物」扱いされていることに。
「今夜も長い夜になりそうですな」
バルバロ伯爵は宣戦布告とも受け取れる捨て台詞を残して、朝のラウンジから去って行った。
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次回は久しぶりにイーヴォとニコの登場です!
打たれ強い彼らは第二章でも大活躍(?)するみたいですよ。
しおりをはさんで更新をお待ちいただけると嬉しいです!
俺たちは昨日の午後、狼人族のルーピ伯爵が治めるスルマーレ島へ向かうため、この客船に乗り込んだのだ。
冒険者ギルドのある街ヴァーリエからスルマーレ島へは歩いても二、三日で着くから、船を使ってもあまり変わらない。俺は当然のように徒歩で行くつもりだったのだが、船に乗ったことのないレモが、毎月二十番目の日に出航するセレニッシマ号での旅を望んだのだ。三等くらいなら俺の手持ちの金でなんとか――と思っていたら、レモが小切手にサラサラとサインして一等船室を予約していた。
「俺、小切手って実物初めて見たわ……」
「商売でもしてなきゃ、なかなか見る機会ないわよね。私達が不自由なく旅できるようにってお父様がはからって下さったの」
――てこたぁ船会社が小切手を銀行に持って行くと、アルバ公爵家の口座から俺たちの船代が支払われるってことか。
「クロリンダお姉様が勝手に私を魔法学園から退学させたでしょ。まだ高等部が残ってたのに。だからその学費と寄宿代を上限に援助して下さることになったのよ」
レモネッラ嬢はレジェンダリア帝国中の貴族子女が集まる学園に通っていたものの、馬鹿な姉に退学させられたのだ。
「それってかなりの額なんじゃね?」
恐る恐る尋ねた俺にレモは優しく目を細めた。
「そうね。いつも私を守ってくれるジュキの護衛代も入ってると思うから、気兼ねなく豪華客船、楽しんでね」
窓の外には海岸線まで迫った崖に張り付くように、カラフルな家々がひしめき合っているのが見える。窓ぎわのテーブルに腰を下ろした俺たちのところへ、ウェイターがやって来た。
「お嬢様、ご注文はございますか」
「ホットチョコレートをお願いするわ。――あ、彼にも同じものを」
向かいに座った俺に、ちらっと目配せをした。俺はここでは護衛の従者に徹している。
「かしこまりました」
うやうやしく礼をして去ろうとしたウェイターを、
「ちょっといいかしら」
レモは呼び止めた。
「こちらのカフスボタンの持ち主を探しているの」
差し出した手のひらの上で、紋章入りのボタンがきらりと光る。
「昨夜とても親切にしていただいたので、お礼差し上げたいのだけど、お名前もうかがわないうちに去ってしまわれて……」
控えめにうつむいて、恥じらう乙女のように振る舞うレモを見て、ウェイターは恋の始まりだとでも思ったのか、
「調べて参りましょう。お預かりいたします」
ポケットから出した白いハンカチでボタンを包んだ。
まあ、まさか人族のお嬢様が目の前にいる亜人の護衛と恋人同士だなんて想像しねえよな。俺はほかの竜人と違って先祖返りした姿で生まれたから、人族じゃないことは一目で分かるのだ。両手足はなめらかなウロコで覆われ真珠のように輝き、髪はホワイトドラゴンのたてがみを思わせる白銀の糸、瞳はレモに言わせればエメラルドを埋め込んだようらしい――そんな特異な見た目だから無駄に目立つ。
運ばれてきたホットチョコレートを飲んでいると、学者風の黒い服を着た男が近付いてきた。
「あいつ、ギルドにいた――」
年のころは四十代か、つややかな黒髪をオールバックにした顔色の悪い紳士である。俺たちのテーブル脇で立ち止まると、
「またお会いできましたね、レモネッラ嬢。あなたのように若く美しいお嬢さんに探してもらえるとは、光栄ですな」
俺は椅子から立ち上がり、レモを守るように彼女の前に立った。
「てことはあんた、昨夜俺たちを襲ったって認めるんだな?」
男は指先で口髭をひねりながら眉根を寄せた。
「はて、なんのことやら」
そこへ先程のウェイターが戻ってきた。
「ああ、バルバロ伯爵とお会いできたんですね!」
安堵の笑顔を浮かべ、
「ではこのボタンはお返しします」
「ありがとう」
しっかり受け取るバルバロ伯爵とやら。確実に昨夜の魔物じゃねーか、こいつ。
「レモネッラ嬢、自己紹介が遅れましたな。私は帝都から来たラーニョ・バルバロと申します」
慇懃無礼にひざまずくバルバロ伯爵。
「私はアルバ公爵家のレモネッラよ。なぜかご存知でいらっしゃったみたいだけど」
レモが皮肉を込めて答える。
「フフフ、私の敬愛する方がお世話になったようですので」
含み笑いをする伯爵に、俺は迫った。
「昨日言ってたアッズーリ教授ってのか?」
「昨日?」
思いっきりしらばっくれやがった。眉をひそめたまま、
「して、君は誰かな? 名乗らないとは無礼ではないか?」
ちっ、と俺は小さく舌打ちしてから、
「多種族連合のモンテドラゴーネ村から旅をしている竜人族のジュキエーレ・アルジェントだ」
答えながら服の下でこっそり竜眼をひらくと――間違いない。男の身体を黒いかすみが覆っているように見える。その形は人の姿ではなく、八本の脚を持つ黒い魔物だ。
レモがとぼけた調子で尋ねた。
「それでバルバロ伯爵様、スルマーレ島へは観光で?」
俺たちは彼が何をしに行くか知っている。彼が帝都からヴァーリエまで、俺の姉と同じ馬車に乗り合わせていたから、彼女から聞いているんだ。
「いいえ、ルーピ伯爵家主催の魔術剣大会に出場するのです」
彼は俺たちが予想していた通りの答えを返した。ここでごまかすつもりはないらしい。
レモはすました口調で答えた。
「その剣大会なら存じ上げておりますわ。優勝者はルーピ伯爵家のご令嬢と婚約できるとか」
ルーピ伯爵家のユリア嬢は、レモが学園時代にかわいがっていた後輩なのだ。
「でも帝都の伯爵様が亜人族の令嬢に興味があるとは思いませんわ」
レジェンダリア帝国の八割を占めるのは人族。獣人族や竜人族など亜人のほとんどは、帝国の南東部――多種族連合自治領に住んでいる。人族にはまだ亜人族への差別が残ると聞く。
探るように見上げるレモの視線を受けて、
「貴族たる者、ひとの事情を詮索するものではありませんよ」
伯爵は穏やかな口調で答えたが、その目は笑っていない。
「聖剣か?」
俺は横から口をはさんだ。剣大会の優勝者は、精霊教会に何百年と眠ったままの聖剣をゆずり受けられるという。俺がスルマーレ島に行く理由がこれだ。ダンジョン「古代神殿」の最下層に今も半身を氷漬けにされ封じられている俺の祖先――ホワイトドラゴンのドラゴネッサばーちゃんを救い出すのに聖剣が必要だから。
「ふーむ」
バルバロ伯爵はわざとらしく腕を組み、
「聖剣アリルミナスは貴重な歴史的遺産ですからね。そうした品を所有できるというのは、貴族としての矜持を満たしてくれるでしょうな」
ふわっとした答えを返しやがった。
俺と違って知恵が回るレモは、カフスボタンを握る伯爵の右手をちらっと見ながら、
「どうしてそのボタンが私たちの部屋に落ちていたのかしら?」
意地の悪いほほ笑みを浮かべて尋ねた。
「ネズミが運んだのでしょうかねぇ? それとも何か妖しい魔物でも出ましたか?」
口もとに嘲笑を浮かべると、唇の端にちらりと金歯がのぞいた。
「私には答えようもありませんな。そちらの彼にでも訊いてみては?」
伯爵の視線が、鉤爪の生えた俺の手に落ちる。
「なっ――」
レモが目をつり上げたので、俺はようやく理解した。自分が「妖しい魔物」扱いされていることに。
「今夜も長い夜になりそうですな」
バルバロ伯爵は宣戦布告とも受け取れる捨て台詞を残して、朝のラウンジから去って行った。
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