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Ⅲ、ルーピ伯爵家主催の魔術剣大会
26★クロリンダ嬢は愚かな恋を繰り返す
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クロリンダは、息も絶え絶えの年老いた魔法医をいじめぬいて宿に到着した。
「公爵令嬢たるアタクシが、こんな下々の者が寝る宿に泊まるだなんて! あぁ怖い……」
両手でひじをかかえて、これみよがしに首を振って見せる。大運河に面して建つ宿は五つ星ではないものの、決して庶民が泊まれる水準ではなかったが。
「気分を害してしまったなら申し訳ない。この方は聖ラピースラ王国のアルバ公爵家令嬢、クロリンダ様なのだ」
魔法医がレセプションに立つ男へ説明する。夜中にもかかわらず、夜行性の獣人がぴしっとした服装で立っていた。
「アルバ公爵家のご令嬢ですと!?」
レセプショニストは驚いて訊き返した。そしていらぬことを口走った。
「領主様が、ヴァカンスに剣大会見物などいかがかとご招待されたという――」
「なんの話ですかな?」
魔法医は怪訝な顔で片眼鏡の位置を直した。
「あ、いえ、聞いた話ですが、この島の領主――ルーピ伯爵様が隣国アルバ公爵家のご令嬢をお呼びしたとうわさになっているもので」
うわさとは正しく伝わらないものだ。レモネッラ・アルバ公爵令嬢は招待状も何もなく、勝手にやってきただけである。しかも見物なさるのではなく、自ら男装して出場するという暴走っぷり。
「なんですって!?」
クロリンダの声がさらに1オクターブ跳ね上がった。
「詳しく話しなさい!」
「はい、えーっと同僚の話では、レモネッラ様が美しい竜人の婚約者をともなってスルマーレ島にいらっしゃったそうです――」
レモはどこへ行っても堂々と自己紹介するので、すぐ有名になるのだ。
「――この竜人の騎士が神にも等しいお方で、千年以上この島を守っている聖獣を、驚くことに従えているのだと」
うわさには尾ひれがつくもので、ずいぶん話が大きくなっている。クロリンダは、ぎりぎりとハンカチを噛みちぎらんばかり。それには気付かず、レセプショニストは追い打ちをかけた。
「さすが公爵令嬢ともなると、神様と婚約するんですねぇ」
話がより一層どでかくなった。
「っきぃぃぃっ!! アナタ、異端よ! 神様は異界におわしますの! けがらわしい竜人の姿で地上を這っていてたまるもんですか!」
「あー聖魔法教会では異界の神々を信仰するんでしたっけ? でも聖ラピースラ王国って帝都の聖魔法教会本部から異端扱い受けてますよね?」
レセプショニストは言い返した。同じ亜人族である竜人をけがらわしいと言われたことが、癇に障った模様。意図せず人を怒らせるのはクロリンダの得意技である。
「アナタ失礼にもほどがあるわ! あぁこれだから下々の者は困るのよ!」
そして相手が腹を立てたことに気付かず、さらにいら立たせるところまでが一揃い。
「行くわよ! じいや!」
「え、私はじいやではなく魔法医―― ロジーナ公爵夫人ですら『先生』と呼んで下さるのに……」
一人でしゃべるクロリンダは人の話など聞いていない。一人でずんずんと、じゅうたんの敷かれた古い木の階段をのぼっていく。
「レモったら、アタクシから愛しの王太子様を奪ったあげく、ほかの男と婚約するなんて許せないわ!」
王太子がクロリンダのものだったことなど一度もないし、レモネッラは王太子との婚約から逃げるのに必死だった。だがクロリンダの記憶力なんてあって無いようなもの。彼女の感情と都合でいくらでも書き変わるのだ。
「このアタクシを差しおいてあんたが先に恋人を作るなんてありえないわ。どうせなにか淫靡な手を使ったんでしょう? ああっ、気持ち悪い! アタクシそういうお話苦手ですわぁ!」
気持ち悪いのはクロリンダの思考回路である。
階段をのぼりきったところで、彼女はふと足を止めた。
「でもちょっと待って―― あの子がこの島にいるってことは、アタクシのやけどを治してもらえるじゃない!」
「それなら私が治療させていただきましたが――」
息を切らせてクロリンダを追いかける魔法医が、階段の踊り場から見上げた。
「なに言ってるのよ! やけどを負う前のアタクシはもっとずっと美しかったわよ!」
「もとからその顔では?」
「しぃぃっつれぇぇぇいよぉぉぉっ!!」
壁に取り付けられたキャンドルがぼんやり照らす夜の廊下を、けたたましい叫び声が切り裂いた。
「あんた静かにしてくれ! 何時だと思っているんだ!」
すぐ近くのドアが開いて口髭の紳士があらわれた。白い寝間着の肩にローブをかけただけの姿に、クロリンダはなぜかときめいた。
「まあ、渋くて素敵なオジサマ!」
クロリンダ嬢はラーニョ・バルバロ元伯爵と運命の出会いを果たした! 彼が蜘蛛伯爵と呼ばれていることなど露知らず――。
----------------------
次回からいよいよ剣大会の開始です。
第一回戦では蜘蛛伯爵とニコが戦います。
「投獄されたはずでは!?」
と思った方も、思わなかった方も、どちらが勝つか予測してお待ちください!
「公爵令嬢たるアタクシが、こんな下々の者が寝る宿に泊まるだなんて! あぁ怖い……」
両手でひじをかかえて、これみよがしに首を振って見せる。大運河に面して建つ宿は五つ星ではないものの、決して庶民が泊まれる水準ではなかったが。
「気分を害してしまったなら申し訳ない。この方は聖ラピースラ王国のアルバ公爵家令嬢、クロリンダ様なのだ」
魔法医がレセプションに立つ男へ説明する。夜中にもかかわらず、夜行性の獣人がぴしっとした服装で立っていた。
「アルバ公爵家のご令嬢ですと!?」
レセプショニストは驚いて訊き返した。そしていらぬことを口走った。
「領主様が、ヴァカンスに剣大会見物などいかがかとご招待されたという――」
「なんの話ですかな?」
魔法医は怪訝な顔で片眼鏡の位置を直した。
「あ、いえ、聞いた話ですが、この島の領主――ルーピ伯爵様が隣国アルバ公爵家のご令嬢をお呼びしたとうわさになっているもので」
うわさとは正しく伝わらないものだ。レモネッラ・アルバ公爵令嬢は招待状も何もなく、勝手にやってきただけである。しかも見物なさるのではなく、自ら男装して出場するという暴走っぷり。
「なんですって!?」
クロリンダの声がさらに1オクターブ跳ね上がった。
「詳しく話しなさい!」
「はい、えーっと同僚の話では、レモネッラ様が美しい竜人の婚約者をともなってスルマーレ島にいらっしゃったそうです――」
レモはどこへ行っても堂々と自己紹介するので、すぐ有名になるのだ。
「――この竜人の騎士が神にも等しいお方で、千年以上この島を守っている聖獣を、驚くことに従えているのだと」
うわさには尾ひれがつくもので、ずいぶん話が大きくなっている。クロリンダは、ぎりぎりとハンカチを噛みちぎらんばかり。それには気付かず、レセプショニストは追い打ちをかけた。
「さすが公爵令嬢ともなると、神様と婚約するんですねぇ」
話がより一層どでかくなった。
「っきぃぃぃっ!! アナタ、異端よ! 神様は異界におわしますの! けがらわしい竜人の姿で地上を這っていてたまるもんですか!」
「あー聖魔法教会では異界の神々を信仰するんでしたっけ? でも聖ラピースラ王国って帝都の聖魔法教会本部から異端扱い受けてますよね?」
レセプショニストは言い返した。同じ亜人族である竜人をけがらわしいと言われたことが、癇に障った模様。意図せず人を怒らせるのはクロリンダの得意技である。
「アナタ失礼にもほどがあるわ! あぁこれだから下々の者は困るのよ!」
そして相手が腹を立てたことに気付かず、さらにいら立たせるところまでが一揃い。
「行くわよ! じいや!」
「え、私はじいやではなく魔法医―― ロジーナ公爵夫人ですら『先生』と呼んで下さるのに……」
一人でしゃべるクロリンダは人の話など聞いていない。一人でずんずんと、じゅうたんの敷かれた古い木の階段をのぼっていく。
「レモったら、アタクシから愛しの王太子様を奪ったあげく、ほかの男と婚約するなんて許せないわ!」
王太子がクロリンダのものだったことなど一度もないし、レモネッラは王太子との婚約から逃げるのに必死だった。だがクロリンダの記憶力なんてあって無いようなもの。彼女の感情と都合でいくらでも書き変わるのだ。
「このアタクシを差しおいてあんたが先に恋人を作るなんてありえないわ。どうせなにか淫靡な手を使ったんでしょう? ああっ、気持ち悪い! アタクシそういうお話苦手ですわぁ!」
気持ち悪いのはクロリンダの思考回路である。
階段をのぼりきったところで、彼女はふと足を止めた。
「でもちょっと待って―― あの子がこの島にいるってことは、アタクシのやけどを治してもらえるじゃない!」
「それなら私が治療させていただきましたが――」
息を切らせてクロリンダを追いかける魔法医が、階段の踊り場から見上げた。
「なに言ってるのよ! やけどを負う前のアタクシはもっとずっと美しかったわよ!」
「もとからその顔では?」
「しぃぃっつれぇぇぇいよぉぉぉっ!!」
壁に取り付けられたキャンドルがぼんやり照らす夜の廊下を、けたたましい叫び声が切り裂いた。
「あんた静かにしてくれ! 何時だと思っているんだ!」
すぐ近くのドアが開いて口髭の紳士があらわれた。白い寝間着の肩にローブをかけただけの姿に、クロリンダはなぜかときめいた。
「まあ、渋くて素敵なオジサマ!」
クロリンダ嬢はラーニョ・バルバロ元伯爵と運命の出会いを果たした! 彼が蜘蛛伯爵と呼ばれていることなど露知らず――。
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次回からいよいよ剣大会の開始です。
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