歌うしか能がないと言われてダンジョン置き去りにされた俺、ギフト『歌声魅了』で魔物を弱体化していた!本来の力が目覚め最強へ至る

綾森れん

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Ⅲ、ルーピ伯爵家主催の魔術剣大会

25★イーヴォは怯えて逃げ回る

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「た、助けてくれ!」

 イーヴォは逃げていた。機敏に動けないイーヴォだが、逃げ足は速かった。夜のスルマーレ島を疾走する。

「どうして逃げるの!? 逃げるってことは何かやましいところがあるんでしょう!?」

 ヒステリックに叫びながら追いかけるのはアルバ公爵家クロリンダ嬢。長い髪を振り乱し、奇声を発しながらシャコシャコと高速で足を動かすさまは、新手のモンスター目撃情報でも飛び出しそうな勢い。

「アタクシ何度も言っておりますわ。謝ってくださればそれでいいって!」

「ごめんなさい許してくださいごめんなさい許してください!」

 アホみたいに繰り返すイーヴォは、呪いのオルゴールのよう。生まれて初めて謝罪してみたが、どうも効果は薄いようだ。

「まあそんな謝り方、失礼ではなくて!? まるで心がこもっておりませんわ!」

(なんであのアマ、こんなとこまで追いかけてくるんだ!?)

 イーヴォは理解できない恐怖に襲われていた。

 自分を火だるまにした男を隣国まで、それも馬車と船を乗り継いで追いかけてくるなんて、どういう魂胆なのだろう? 復讐したいならまだ分かるのだが、謝罪を要求するだけだ。

 これまた生まれて初めて人の気持ちを考えようとしたのだが、その相手がクロリンダというのは難易度が高すぎた。

「アナタったらご自分が悪いと思っていないでしょう? 反省さえしてくだされば、恋人には戻れなくても、お友達くらいにはなれるわ!」

「なりたくねぇぇぇぇっ!」

 イーヴォの絶叫が静かな町にこだました。中心部から離れたスルマーレ島の東端は、風がどこからともなく運んでくる飲み屋バーカロのざわめきのほかは、時々思い出したように遠くで汽笛が鳴るばかり。

 イーヴォは、暗闇に四角く口を開けた造船所に逃げ込んだ。暗い倉庫に差し込む一筋の月光を避け、巨大なガレオン船のうしろで息をひそめる。

 クロリンダはドレスの裾を両手で持ち上げて、運河にかかる太鼓橋を駆けあがった。

「どこへ行ったのかしら? 隠れるなんて卑怯だわ! 罪を認めて懺悔なさいぃぃぃ!」

 橋の上で近所迷惑な金切り声を上げると、

「うるせぇぞ! 何時思ってるんだ!?」

 小運河に面したアパルトマンのよろい戸があいて寝間着姿の男が顔を出すと、スルマーレ弁で怒鳴り散らした。

「お、お待ちください、クロリンダ様」

 うしろから息を切らせて走ってくるのは、クロリンダを治療した魔法医だ。彼が辻馬車や船代を出した張本人。イーヴォとニコは聖ラピースラ王国の指名手配犯だから、追うのは難しくなかった。

「ひどいわ、あの人ったら! あれでもかつてはアタクシを愛していたのよ!」

 イーヴォがクロリンダを愛したことなど一度もない。クロリンダが妄想の世界に生きていることを知らない魔法医は、彼女の話を鵜呑みにして、すっかり同情しきっていた。

「おお、なんとあわれなクロリンダ様…… このように純真無垢なお心を持ちながら、悪い男に傷付けられるとは――」

 ロジーナ公爵夫人は、使用人がクロリンダと長い時間を過ごさないよう細心の注意を払っていたが、魔法医は盲点だった。アルバ公爵家のお抱え魔法医は彼ただ一人。治療魔法とポーションでクロリンダのやけどを治すうち、彼はクロリンダのギフト<支配コントロール>の犠牲になっていた。

「アタクシはつねに清く正しく生きているのに、どうしてこんなひどい運命なのかしら?」

 クロリンダの頭は髪飾りをつけるためだけに存在しているので、記憶力とか思考力とかいった脳みそらしい機能は備わっていないのだ。

「でもアタクシ、信じているの。あの人の心は必ずアタクシのところに戻ってくるって!」

「おかわいそうなクロリンダ様、今夜はもう宿に帰って休みましょう」

「あの人が逃げるなんてアタクシ、ショックでもう一歩も歩けないわ」

 ついさっきまでゴキ●リも真っ青なスピードでカサカサ疾走していたのに、突然わがままを言い出した。

「困りましたなあ」

 年老いた魔法医は橋の欄干に置いた片手で身体を支えたまま、へなへなと座り込んだ。

「あなたがアタクシをおぶって帰ればよいのですわ」

「へ?」

 クロリンダは自分の父親より年配の男の背にズドンと乗った。

「お、重……」

「まあ! オンナノコに決して言ってはいけない言葉ですわ!!」

 立派な重量がある上に、至近距離で甲高い声を上げる。

「も……申し訳……ございません」

 あわれな魔法医は一歩ずつ石段を踏みしめるように、欄干にすがりながら何とか橋を下りた。

 その様子を見届けたイーヴォは、よろよろとガレオン船の影からい出した。

「まさか俺様を恋愛対象として追いかけている!?」

 両腕に鳥肌が立ち、ひざが震えた。

「俺様がおびえているだと!? こんなの何かが間違っている! 俺様はSランクパーティ『グレイトドラゴンズ』のリーダー、最強のイーヴォ様だ!!」

 「グレイトドラゴンズ」はジュキエーレが抜けてSランクから脱落したのはもちろんのこと、今や存在すらしない。Fランクに落ちてギルドから登録抹消された過去のパーティに、イーヴォはいまだすがっていた。新たな業績を打ち立てられない以上、過去の栄光にしがみつくしかないのだ。だからその栄光までもが実際は、魔力無しと馬鹿にしてきたジュキエーレのギフト<歌声魅了シンギングチャーム>に支えられていたなんて、認められるはずがなかった。

「くそっ、ジュキのヤツがパーティを抜けてから俺様の人生、何かが狂っちまった。なぜかうまくいかねぇんだ」

 小さな橋にのぼって月明かりの下、暗くたゆとう小運河を見下ろす。 

「ニコのアホもあっさり捕まっちまうし、俺様の魔術剣はどこにあんだよ! クソが!!」

 怒りに任せて金属製の欄干を蹴った。

「いってぇぇぇ! 俺様のおみ足に何しやがんでぃ! てめぇを剣にしてやるっ!!」



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次回はウザイと定評のあるクロリンダ嬢が、また新しい恋を見つけたようですよ。
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