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Ⅱ、道中ザコが襲い来る
23、劇場支配人の馬車が襲われた理由
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「私とフレデリックは、来シーズンにかける予定の新作オペラ『エウリディーチェ』に出演する最高のプリマドンナを探すため、各地を回っていたのです」
「でもあなたたち――」
レモが窓から顔を出した。
「――聖ラピースラ王国や多種族連合自治領は訪れなかったのでしょう?」
「そりゃあ、あんな辺境は、異端と野蛮の地域ですからな」
失礼なことを言う劇場支配人。レモの故国である聖ラピースラ王国は、聖魔法教会の本流を信仰する人族から異端と見なされているし、亜人族は野蛮だと思われているのだ。
「私たちはその異端と野蛮の地域から来たのです」
レモは冷たく言い放つと、窓からぐいっと頭を出して、猫耳のカチューシャを見せつけた。
「こ、これは失礼なことを申しました!」
劇場支配人が慌てて謝罪したところで、前の馬車の窓からピンク髪の女性が顔を出した。
「ちょっとあなたたち! いつまでアタシを待たせる気!?」
「ああシニョーラ、もうしばらくお待ちを――」
「まさかあなたたち、アタシを差しおいて、そんな子供みたいな子スカウトしてるんじゃないでしょうね!?」
そのまさかなんだよ。
支配人は作曲家を小突くと、
「フレデリック、先に馬車へ戻ってファウスティーナをなだめてくれ」
「うっ……、僕の歌姫をちゃんと説得して下さいよ!」
誰がお前の歌姫だ。
ピンク髪の女は何かを察したらしく、
「ちょっとどういうことよ? アタシがプリマドンナとして帝都へ行くんでしょう!?」
やっぱり彼女が、スカウトされて帝都へおもむく歌手なんだな。
作曲家は自分たちの馬車へと小走りで戻りながら、
「シニョーラ、まだ決まったわけでは…… どんな名歌手でも皇后陛下が気に入らなければ舞台には立てません」
皇后劇場と言うだけあって、皇后が最大のパトロンで配役にも口出しするってことか。
「じゃ、俺たちも出発するか」
女装してるのも忘れて、うっかりいつもの口調でつぶやくと、俺は馬車の上から車内にすべりおりた。天井の上でわたわたしているユリアに手を伸ばす。
「ほら、つかまって」
「お、お待ちください!」
存在を無視された劇場支配人、必死で見上げながら、
「このチャンスを無駄にするのですかっ? 皇后陛下の前で歌えるというのは、帝国民にとって得難い喜びなのですぞ!」
「悪ぃ、俺――じゃなかった、私は生まれた村の教会で聖歌を歌うくらいしか経験がないんだ」
オペラ劇場だって? 足を踏み入れたことすらねえや。
「誰でもスタートは教会からです。あのフレデリックだって、最初の音楽キャリアは聖歌隊から始めたのですよ。あなたはまだ若い」
説得してきやがる。困ってレモのほうを見ると、
「私、ジュキが舞台で歌うの見たいな!」
ワクワクしてやがる! なんて欲望に忠実なやつなんだ。
「俺――いや、私は帝都でしなければならないことがあるんです。今はあなたの誘いに乗ることはできません」
大体、前の馬車に乗ってやがるピンク髪みたいのがうようよしてるんだろ、劇場って。あんな自己顕示欲のかたまりみてぇなやつらに囲まれるって考えただけで、うんざりだぜ。
「残念です」
劇場支配人は落胆した表情でそう言うと、ジュストコールのポケットから紙片を取り出した。
「私の自宅兼事務所です。気が変わったらいつでも、いらしてください」
馬車の窓に手を伸ばしてくる。落ち込む彼がちょっと気の毒になったので、
「うん、ありがとう」
一応、礼を言って、俺は住所が書かれた紙を受け取った。
支配人が前の馬車に乗り込むと、二つの馬車はまたガタガタと音を立てて出発した。
「ふぅ。亜人族を野蛮とか言うやつと仕事したくないぜ」
ぼやきながら住所の紙をレモに手渡す。
「そうね。でも私たち、彼らに借りがないとも言えないけれどね」
「はぁ? 助けてやったのは俺たちじゃん」
驚いてレモの顔を見ると、彼女はちょっと考えて、
「なぜ私たちじゃなくて、彼らの馬車が襲われたと思う?」
言われてみれば…… 魔物使いがポイズン・ホーネットたちに、集中的に前の馬車を襲わせていたことを思い出して、
「もしかしてあの魔物使い、ラピースラ・アッズーリの依頼を受けていた?」
「でしょうね。おおかた――『帝都に向かう街道を走る馬車に乗った、ピンク髪の女と銀髪の男とあと一名』って言われて、彼らを標的だと思ったんでしょ」
「あと一名」
ユリアが面白くなさそうな顔をするのは気にせず、
「うーん…… 帝都につくまでまだまだ油断ならねぇってわけか」
「帝都についたらもっと油断できないと思うけどね!」
ニッと笑うレモ。そうですね……
「それまで馬車旅デートを楽しみましょ!」
レモが俺の腕に、ぎゅっとしがみついた。
「わたしもいるのーっ!」
向かいに座っていたユリアまで膝の上にしなだれかかってきて、揺れる馬車の中、俺は慌てて彼女を抱きとめた。――や、やわらけぇ……。レモと違って全身ぷにぷにしてやがる。
「わぁい、お兄ちゃん!」
なぜか勝手に俺を兄呼びして、ユリアは黄色いしっぽをパタパタと振った。
─ * ─
次話、久しぶりにサムエレの登場です。
え? 誰かって? 元Sランクパーティ『グレイトドラゴンズ』の頭脳、ブロンド眼鏡のサムエレですよ。
彼が活躍したり、しなかったり~♪
「でもあなたたち――」
レモが窓から顔を出した。
「――聖ラピースラ王国や多種族連合自治領は訪れなかったのでしょう?」
「そりゃあ、あんな辺境は、異端と野蛮の地域ですからな」
失礼なことを言う劇場支配人。レモの故国である聖ラピースラ王国は、聖魔法教会の本流を信仰する人族から異端と見なされているし、亜人族は野蛮だと思われているのだ。
「私たちはその異端と野蛮の地域から来たのです」
レモは冷たく言い放つと、窓からぐいっと頭を出して、猫耳のカチューシャを見せつけた。
「こ、これは失礼なことを申しました!」
劇場支配人が慌てて謝罪したところで、前の馬車の窓からピンク髪の女性が顔を出した。
「ちょっとあなたたち! いつまでアタシを待たせる気!?」
「ああシニョーラ、もうしばらくお待ちを――」
「まさかあなたたち、アタシを差しおいて、そんな子供みたいな子スカウトしてるんじゃないでしょうね!?」
そのまさかなんだよ。
支配人は作曲家を小突くと、
「フレデリック、先に馬車へ戻ってファウスティーナをなだめてくれ」
「うっ……、僕の歌姫をちゃんと説得して下さいよ!」
誰がお前の歌姫だ。
ピンク髪の女は何かを察したらしく、
「ちょっとどういうことよ? アタシがプリマドンナとして帝都へ行くんでしょう!?」
やっぱり彼女が、スカウトされて帝都へおもむく歌手なんだな。
作曲家は自分たちの馬車へと小走りで戻りながら、
「シニョーラ、まだ決まったわけでは…… どんな名歌手でも皇后陛下が気に入らなければ舞台には立てません」
皇后劇場と言うだけあって、皇后が最大のパトロンで配役にも口出しするってことか。
「じゃ、俺たちも出発するか」
女装してるのも忘れて、うっかりいつもの口調でつぶやくと、俺は馬車の上から車内にすべりおりた。天井の上でわたわたしているユリアに手を伸ばす。
「ほら、つかまって」
「お、お待ちください!」
存在を無視された劇場支配人、必死で見上げながら、
「このチャンスを無駄にするのですかっ? 皇后陛下の前で歌えるというのは、帝国民にとって得難い喜びなのですぞ!」
「悪ぃ、俺――じゃなかった、私は生まれた村の教会で聖歌を歌うくらいしか経験がないんだ」
オペラ劇場だって? 足を踏み入れたことすらねえや。
「誰でもスタートは教会からです。あのフレデリックだって、最初の音楽キャリアは聖歌隊から始めたのですよ。あなたはまだ若い」
説得してきやがる。困ってレモのほうを見ると、
「私、ジュキが舞台で歌うの見たいな!」
ワクワクしてやがる! なんて欲望に忠実なやつなんだ。
「俺――いや、私は帝都でしなければならないことがあるんです。今はあなたの誘いに乗ることはできません」
大体、前の馬車に乗ってやがるピンク髪みたいのがうようよしてるんだろ、劇場って。あんな自己顕示欲のかたまりみてぇなやつらに囲まれるって考えただけで、うんざりだぜ。
「残念です」
劇場支配人は落胆した表情でそう言うと、ジュストコールのポケットから紙片を取り出した。
「私の自宅兼事務所です。気が変わったらいつでも、いらしてください」
馬車の窓に手を伸ばしてくる。落ち込む彼がちょっと気の毒になったので、
「うん、ありがとう」
一応、礼を言って、俺は住所が書かれた紙を受け取った。
支配人が前の馬車に乗り込むと、二つの馬車はまたガタガタと音を立てて出発した。
「ふぅ。亜人族を野蛮とか言うやつと仕事したくないぜ」
ぼやきながら住所の紙をレモに手渡す。
「そうね。でも私たち、彼らに借りがないとも言えないけれどね」
「はぁ? 助けてやったのは俺たちじゃん」
驚いてレモの顔を見ると、彼女はちょっと考えて、
「なぜ私たちじゃなくて、彼らの馬車が襲われたと思う?」
言われてみれば…… 魔物使いがポイズン・ホーネットたちに、集中的に前の馬車を襲わせていたことを思い出して、
「もしかしてあの魔物使い、ラピースラ・アッズーリの依頼を受けていた?」
「でしょうね。おおかた――『帝都に向かう街道を走る馬車に乗った、ピンク髪の女と銀髪の男とあと一名』って言われて、彼らを標的だと思ったんでしょ」
「あと一名」
ユリアが面白くなさそうな顔をするのは気にせず、
「うーん…… 帝都につくまでまだまだ油断ならねぇってわけか」
「帝都についたらもっと油断できないと思うけどね!」
ニッと笑うレモ。そうですね……
「それまで馬車旅デートを楽しみましょ!」
レモが俺の腕に、ぎゅっとしがみついた。
「わたしもいるのーっ!」
向かいに座っていたユリアまで膝の上にしなだれかかってきて、揺れる馬車の中、俺は慌てて彼女を抱きとめた。――や、やわらけぇ……。レモと違って全身ぷにぷにしてやがる。
「わぁい、お兄ちゃん!」
なぜか勝手に俺を兄呼びして、ユリアは黄色いしっぽをパタパタと振った。
─ * ─
次話、久しぶりにサムエレの登場です。
え? 誰かって? 元Sランクパーティ『グレイトドラゴンズ』の頭脳、ブロンド眼鏡のサムエレですよ。
彼が活躍したり、しなかったり~♪
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