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Ⅲ、二人の皇子

30、賢者と女騎士

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「おししょーさまだーっ! ひっさしぶり~!」

 負けず劣らず軽い口調で、ユリアがソファから立ち上がる。

 ホテルマンは一礼し、

「それではわたくしはこれで」

 と下がっていった。

 セラフィーニ師匠が部屋に入って扉を閉めると、

「師匠! どうしてここが分かったのよ!?」

 レモがさっそく詰め寄る。

「簡単なことですよ。ここは瘴気の森の入り口に一番近い宿場町。私は騎士団の魔術顧問時代からしょっちゅう訪れているんです」

「顔が利くってわけね」

 怪しい奴じゃないって、みんな分かってるから情報を提供してくれるんだろう。

 セラフィーニ師匠はゆっくりとうなずいて、

「獣人族の女の子二人と、銀髪の美しい女騎士と言ったら、皆さんすぐに教えてくれましたよ」

 俺たちはけっこう目立っていたのか……

「それでレモさん、こちらの綺麗な女騎士さんはどなたです? 紹介してくれないのですか?」

 師匠の言葉に沈黙する三人。やっぱりレモ、俺が女装するとは手紙で伝えなかったようだ。

「そういえばレモさんの手紙には、聖剣の騎士アルジェント卿も一緒だと書いてありましたが、彼とは別行動なのですか?」

「えーっと、どこから話そうかしら」

 困った顔でピンクブロンドの髪をかきあげたレモに、

「ああっ、やっぱりそういうことなのですね!」

 師匠が早合点した。

「あ、気付きました?」

 と俺。

「ええ、ええ。そんなことじゃないかと思っていました。レモさん、無理して話さなくて大丈夫ですよ!」

 ん?

「婚約者であるアルジェント卿に振られてしまったんですね……!」

 どこから出したのかハンカチで目元を押さえる師匠。

「ちっがぁぁぁう!」

 レモが絶叫した。

「あ、レモさんから振ったんですね。そうですよね、もう新しい恋人を作っているくらいですもんね。いやそれとも、女の子に目覚めて男に興味がなくなったとか――」

「ストップ、ストップ」

 怒りに震えるレモが恐ろしすぎて、師匠をさえぎる俺。

「こんな格好でお会いすることになって大変遺憾なんですが、俺が竜人族のジュキエーレ・アルジェントです」

「…………は?」

 目が点になっていやがる。

「第一皇子殿下が、俺たちを帝都に連れて来いっていう高報酬の依頼を出して――」

「ええ、それは知っています。だからレモさんとアルジェント卿は変装して帝都に向かうと書いてありましたが――」

 そこまでは知っているのか。

「それでレモは猫人ケットシー族に、俺は人族の女騎士に変装したんです」

 自分で言ってて気付いたが、なんで俺だけ性別偽んなきゃいけねぇんだよ! 種族偽るだけで十分だったんじゃね!?

「…………っえぇぇええぇぇぇ!?」

 金縛りが解けたように、師匠が突然大声を出した。

「い、いや、ちょっと待ってください」

 頭を抱えつつ、

「百歩ゆずって、体付きはまあ少年に見えなくもない。ウエストくびれてないですしね」

 そうっすね。

「でも首から上がどう見ても美少女!」

「化粧のなせるわざです!」

 即答する俺。目尻が上がってるせいで目つきが悪い上、ホワイトドラゴンの血が濃すぎて顔色も真っ白ときている。素顔の俺は、化け物と言われることはあっても、美少女には見えないぜ。

「いやでもその声は!?」

 うっ…… 声のこと言われるとなぁ……

「この声は―― セイレーン族の母の遺伝で、歌声魅了シンギングチャームっていう普通は女性に発現するギフトを授かってるせいなんです」

 相手は魔術の専門家。この説明で納得してくれるだろう。

「なるほど……確かに話し声は、女性としては低めでハスキーですが、あの透明感にあふれる歌声が男とは――」

「訓練のなせるわざです! 子供の頃からずっと練習してきたんで!」

 言いきってやった。

「そうですか……。本業が歌手で、何か事情があって女騎士に扮しているのかと思いましたよ」

 どことなく納得いかない顔でソファに腰かけた師匠に、

「私、振られてないからね!?」

 まだ目がとんがっているレモ。

「はい。誤解でした」

 素直に認める師匠。

「そういえばレモさん、前回の手紙に『ホワイトドラゴンの血を引く美しい竜人族の少年』って書いていましたもんね」

 真正面から文面を口に出されて、レモの頬がみるみるうちに赤く染まる。

「美しいってこういう方向だったのか……」

 俺をまじまじと見つめながら納得する師匠。どういう方向!?

「改めて自己紹介させてください」

 師匠は俺に右手を差し出した。

「帝都の魔法学園で教師をしているアンドレア・セラフィーニと申します」

「うわさはかねがね聞いております。現代の賢者だって――」

「いえいえいえ!」

 師匠はブンブンと手を振った。

「やめてください! 水の精霊王である白竜から無限の精霊力を受け継ぎ、誰も抜くことができなかった聖剣アリルミナスから持ち主に選ばれた――レモさんの手紙でそう聞き及んでおります! そんな方から賢者なんて呼ばれたら困りますっ!」

 早口でまくしたてる師匠に、

「いやそんな……!」

 俺も慌てた。

「無限の精霊力なんて生まれてこの方ずっと封じられてて、俺、魔法使えるようになって一ヶ月とかだし……。だからレモにたくさん教えてもらって、セラフィーニさんはそのレモの師匠さんだし……」

「もーう、ジュキってかわいい!」

 いきなりレモが俺の上半身に抱きついて頭をなでた。

「私よりずっと強いのに、私のことそんなふうに言ってくれるの、嬉しい!」

「だって俺、あんたにはほんとに感謝してるから……!」

「うぅ~ジュキ、私だっていっぱい感謝してるわ!」

 本格的に抱きついてきたレモを、俺もぎゅっと抱きしめる。

「あーこりゃーアツアツですなぁ」

 師匠の冷めた声に、俺たちは我に返った。

「そーなの。卵割って落としたら、ジュッて一瞬で目玉焼きができそうなの」

 ユリアにまでからかわれる始末。

「ところで伺いたいのですが、『生まれてこの方ずっと精霊力を封じられて』いたというのは?」

 真面目な顔に戻って尋ねた師匠に、俺はラピースラ・アッズーリのことを話した。途中からはレモが、聖ラピースラ王国の聖女問題について説明した。最後にまた俺が、水の精霊王たる先祖のホワイトドラゴンから、ラピースラ・アッズーリを止める使命を受けていることを伝えた。

「そのような上位存在たちが動いていたとは――」

 師匠の表情が険しくなった。


 ─ * ─


皇帝や皇子ともつながりのあるセラフィーニ師匠、どう動くのか!?
パーティ――ではないけれど、大人が味方に加わるとちょっと心強いような……?
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