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Ⅳ、着実に進む決戦への準備
44、着実に狭まる包囲網
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「エドモン殿下がクロリンダ嬢を茶会に招かれる日が、三日後に決まりました」
「そこで俺が歌って、クロリンダ嬢に魅了をかけるんだよな?」
「はい。茶会は王宮の中庭で行われますので、すぐ上に張り出しているテラスで歌っていただく予定です。宮廷楽師たちの手配も済んでおります」
「へっ!?」
一人で竪琴弾き歌いじゃないの!?
「皇后様が、アルジェント卿は色々な楽器と合わせる経験をすべきだとおっしゃったようですが――私にその真意は測りかねます」
俺は分かるぞ。劇場でオーケストラと歌う前に、小規模な弦楽アンサンブル伴奏で経験を積ませたいんだ。
だが俺がオペラで主演を務めるなんて知らねえ侍従にとっちゃあ、謎の采配だよな。
「三日後って結構、先なんですね」
恐ろしいことを言い出すレモ。全然先じゃねーし。これから宮廷楽団とリハーサルしなきゃなんねーし、たった三日で仕上げるとか怖すぎなのに。
侍従は俺たちに一歩近付くと声をひそめた。
「五日後に我々騎士団と騎士団長、それから聖魔法教会の教主殿、さらに冒険者ギルドのマスターが皇帝陛下に謁見し、例の件を陳情する予定なんです」
例の件とは、魔石救世アカデミーの危険性を明らかにし、オレリアン殿下の責任を追及する計画のことだろう。
「だから今、エドモン殿下は方々に掛け合うため東奔西走していらっしゃって、時間を取れるのが三日後の昼だけだったというわけです」
エドモン殿下のコネクションが最大限に活かされてるってわけか。
「そうそう、当日はお二人にも証言していただく予定ですので、お願いしますよ」
えっ、皇帝の前で!?
またもや緊張する俺とは反対に、レモは身を乗り出した。
「魔石救世アカデミーでどんな目に遭わされたか、陛下の前でしゃべれるってわけね!」
瞳がらんらんと輝いてるぞ。
去りぎわ侍従が思い出したように振り返った。
「皇后様の侍女がお伝えすると思いますが―― 皇后様がアルジェント卿とアンサンブルを楽しみたいそうです」
「え、五日後までは忙しいんじゃないんですか?」
「エドモン殿下は、お忙しいようです」
言葉を濁して侍従は出て行った。
レモは理解したようで、俺にこそっと耳打ちしてくれた。
「皇后様は一番うしろで糸を引く役だから、もうすることはないんでしょ」
そして三日後。
使用人に案内された部屋に足を踏み入れた途端、俺は抗議の声を上げた。
「なんでまた女装しなきゃいけないの!?」
目の前に立つ黄金のハンガースタンドには、レースを重ねたシンプルなデザインのドレスがかかっている。向こうの鏡台には、皇后様の侍女が用意したと思われる化粧道具がきらきらと派手な光を放っていて、本当に嫌だ。
「まったく無名の新人がオペラで主演を務めるより、宮廷楽師たちと共演した実績があったほうが都合がよいと、クリスティーナ様がおっしゃっています」
用意した原稿を読み上げるかのようにぺらぺらと説明したのは、皇后クリスティーナ様の侍女ミーナ。湯浴みの間で俺の大事な部分を小さいと抜かしやがった因縁の相手だ。許してないからな。
「あら、そんな怖い目をされては綺麗なお顔が台無しですわよ」
っるせーよ。
「それだけじゃないわ、ジュキ」
なぜか部屋にはレモもいる。
「姉はジュキを良く思っていないわ。歌っているのがジュキだって分からないほうがいいんじゃない?」
それは一理ある。
「魅了の効果にも影響があるはずです」
補足したのは師匠。なんでいるんだ? ここ、宮殿の中だぞ?
「でもさぁ皇子様」
ゆったりとした口調で、ユリアがかたわらのエドモン皇子を見上げる。この二人がいる理由も謎。
「本命の人が元の姿に戻って歌うのを見たあとで、好きでもない女の子、口説けるものなの?」
「ちょっと待てユリア。元の姿って何?」
聞き捨てならない発言を耳にして、俺はユリアを止めた。
「ん? 女の子の姿ってことだよ?」
やっぱり! 俺は片手でこめかみを押さえ、
「ユリア、俺の性別は――」
「ばかにしないでよーっ」
ユリアはぷーっと頬をふくらませた。
「わたし、お兄ちゃんが男の子だって知ってるよ? でも皇子様にとっては、女の子のジュキくんが本物なんだよ?」
「安心してくれ、ユリア嬢」
エドモンは覚悟を決めた目をしていた。
「僕には作戦があるから」
「そうなんだぁ。頑張れ、皇子様!」
ユリアはパタパタと尻尾を振りながら、力こぶを作って見せた。
「さ、では着替えましょうか。ジュキエーレさん」
ミーナが軽い調子で誘ってくるが、
「え、でも」
俺は絨毯の敷かれた豪華な部屋を見渡した。皇后様の侍女さんたちは仕方ないとして、レモとユリア、師匠にエドモン皇子、それから彼の侍従や護衛まで勢ぞろい。
「なんで、みんないるの?」
「そりゃあ決まってるじゃないか」
エドモンが気障ったらしくブロンドをかき上げた。
「ジュキエーレちゃんが女の子に変身する様子をつぶさに観察するためさ」
え……
レモたちも師匠も全員が同時にうなずいた。
「なっ、みんな変態じゃん! 出てってよーっ!!」
大声で叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように部屋から逃げて行った。
人の着替え、のぞくとか最悪。俺は頬をふくらませたまま、マントとベルトを外す。
「俺の着替え手伝うの、男性使用人じゃダメなんですか?」
「殿方は女性のドレスについて、存じ上げませんから」
うーむ。筋は通っている。
「今さら恥ずかしがらないでください。湯浴みの間で全身、綺麗に洗って差し上げたじゃないですか」
ミーナの言葉に若い侍女二人が、
「「オホホホホ」」
と唱和する。すげー恥ずかしい!
「袖無しの服に慣れるようにと、クリスティーナ様がこちらのドレスをご用意して下さいました」
─ * ─
次回『今日のドレスは若草色』
ジュキくんの女装回です!
「そこで俺が歌って、クロリンダ嬢に魅了をかけるんだよな?」
「はい。茶会は王宮の中庭で行われますので、すぐ上に張り出しているテラスで歌っていただく予定です。宮廷楽師たちの手配も済んでおります」
「へっ!?」
一人で竪琴弾き歌いじゃないの!?
「皇后様が、アルジェント卿は色々な楽器と合わせる経験をすべきだとおっしゃったようですが――私にその真意は測りかねます」
俺は分かるぞ。劇場でオーケストラと歌う前に、小規模な弦楽アンサンブル伴奏で経験を積ませたいんだ。
だが俺がオペラで主演を務めるなんて知らねえ侍従にとっちゃあ、謎の采配だよな。
「三日後って結構、先なんですね」
恐ろしいことを言い出すレモ。全然先じゃねーし。これから宮廷楽団とリハーサルしなきゃなんねーし、たった三日で仕上げるとか怖すぎなのに。
侍従は俺たちに一歩近付くと声をひそめた。
「五日後に我々騎士団と騎士団長、それから聖魔法教会の教主殿、さらに冒険者ギルドのマスターが皇帝陛下に謁見し、例の件を陳情する予定なんです」
例の件とは、魔石救世アカデミーの危険性を明らかにし、オレリアン殿下の責任を追及する計画のことだろう。
「だから今、エドモン殿下は方々に掛け合うため東奔西走していらっしゃって、時間を取れるのが三日後の昼だけだったというわけです」
エドモン殿下のコネクションが最大限に活かされてるってわけか。
「そうそう、当日はお二人にも証言していただく予定ですので、お願いしますよ」
えっ、皇帝の前で!?
またもや緊張する俺とは反対に、レモは身を乗り出した。
「魔石救世アカデミーでどんな目に遭わされたか、陛下の前でしゃべれるってわけね!」
瞳がらんらんと輝いてるぞ。
去りぎわ侍従が思い出したように振り返った。
「皇后様の侍女がお伝えすると思いますが―― 皇后様がアルジェント卿とアンサンブルを楽しみたいそうです」
「え、五日後までは忙しいんじゃないんですか?」
「エドモン殿下は、お忙しいようです」
言葉を濁して侍従は出て行った。
レモは理解したようで、俺にこそっと耳打ちしてくれた。
「皇后様は一番うしろで糸を引く役だから、もうすることはないんでしょ」
そして三日後。
使用人に案内された部屋に足を踏み入れた途端、俺は抗議の声を上げた。
「なんでまた女装しなきゃいけないの!?」
目の前に立つ黄金のハンガースタンドには、レースを重ねたシンプルなデザインのドレスがかかっている。向こうの鏡台には、皇后様の侍女が用意したと思われる化粧道具がきらきらと派手な光を放っていて、本当に嫌だ。
「まったく無名の新人がオペラで主演を務めるより、宮廷楽師たちと共演した実績があったほうが都合がよいと、クリスティーナ様がおっしゃっています」
用意した原稿を読み上げるかのようにぺらぺらと説明したのは、皇后クリスティーナ様の侍女ミーナ。湯浴みの間で俺の大事な部分を小さいと抜かしやがった因縁の相手だ。許してないからな。
「あら、そんな怖い目をされては綺麗なお顔が台無しですわよ」
っるせーよ。
「それだけじゃないわ、ジュキ」
なぜか部屋にはレモもいる。
「姉はジュキを良く思っていないわ。歌っているのがジュキだって分からないほうがいいんじゃない?」
それは一理ある。
「魅了の効果にも影響があるはずです」
補足したのは師匠。なんでいるんだ? ここ、宮殿の中だぞ?
「でもさぁ皇子様」
ゆったりとした口調で、ユリアがかたわらのエドモン皇子を見上げる。この二人がいる理由も謎。
「本命の人が元の姿に戻って歌うのを見たあとで、好きでもない女の子、口説けるものなの?」
「ちょっと待てユリア。元の姿って何?」
聞き捨てならない発言を耳にして、俺はユリアを止めた。
「ん? 女の子の姿ってことだよ?」
やっぱり! 俺は片手でこめかみを押さえ、
「ユリア、俺の性別は――」
「ばかにしないでよーっ」
ユリアはぷーっと頬をふくらませた。
「わたし、お兄ちゃんが男の子だって知ってるよ? でも皇子様にとっては、女の子のジュキくんが本物なんだよ?」
「安心してくれ、ユリア嬢」
エドモンは覚悟を決めた目をしていた。
「僕には作戦があるから」
「そうなんだぁ。頑張れ、皇子様!」
ユリアはパタパタと尻尾を振りながら、力こぶを作って見せた。
「さ、では着替えましょうか。ジュキエーレさん」
ミーナが軽い調子で誘ってくるが、
「え、でも」
俺は絨毯の敷かれた豪華な部屋を見渡した。皇后様の侍女さんたちは仕方ないとして、レモとユリア、師匠にエドモン皇子、それから彼の侍従や護衛まで勢ぞろい。
「なんで、みんないるの?」
「そりゃあ決まってるじゃないか」
エドモンが気障ったらしくブロンドをかき上げた。
「ジュキエーレちゃんが女の子に変身する様子をつぶさに観察するためさ」
え……
レモたちも師匠も全員が同時にうなずいた。
「なっ、みんな変態じゃん! 出てってよーっ!!」
大声で叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように部屋から逃げて行った。
人の着替え、のぞくとか最悪。俺は頬をふくらませたまま、マントとベルトを外す。
「俺の着替え手伝うの、男性使用人じゃダメなんですか?」
「殿方は女性のドレスについて、存じ上げませんから」
うーむ。筋は通っている。
「今さら恥ずかしがらないでください。湯浴みの間で全身、綺麗に洗って差し上げたじゃないですか」
ミーナの言葉に若い侍女二人が、
「「オホホホホ」」
と唱和する。すげー恥ずかしい!
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─ * ─
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