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Ⅳ、着実に進む決戦への準備
43、女装筋肉に張り合うクロリンダ嬢
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クロリンダ嬢が帝都に到着した翌日、俺たち三人は宿を引き払い、宮殿内に用意された部屋に移った。
「こちらに並んでいる三つの扉が皆様方の寝室です」
壁に絵画の飾られた廊下で、男性使用人が説明してくれる。
「手前からユリア嬢、レモネッラ嬢、一番向こうがアルジェント卿のお部屋です。寝室間は内扉で行き来できますので女性同士、婚約者様同士が隣になるようにと、皇后陛下のご指示です」
そんなことまで配慮してくれるとは、ありがてぇな。
「それぞれのお部屋には――」
使用人がまた何か説明しようと口をひらいたとき、廊下の向こうからガタイのいい三人の女性がドシンドシンと歩いてきた。
いや、女性か?
うち二人は肩幅の広すぎるメイド、残りの一人は侍女と思われるドレス姿だが、胸元から隆起した筋肉がのぞいている。
「何だ、あれ?」
後ずさると壁に肩が当たった。
「女装した筋肉だねぇ。レモせんぱい、女装した男性好きだよね?」
失礼な質問をするユリアに、
「私が好きなのはジュキだけよ!」
レモが即答する。これ、喜んでいいところだよな?
「アルジェント卿にお嬢様方、ご機嫌うるわしゅう」
廊下に野太い声が響く。
「このドレス姿、驚かせてしまいましたな!」
「ああ、師団長さん」
近付いてきて顔が分かると侍女姿の筋肉は、師匠と仲の良い騎士団の師団長だと分かった。
「その格好、何に目覚めたんですか?」
率直に尋ねると、
「はっはっは! アルジェント卿と一緒にされては困りますな」
「俺は目覚めてないよ!」
「いやこれは失敬した。とりあえず今日のところは、我々三人でクロリンダ嬢のお世話をさせていただくことになりましてな」
冒険者ギルドに悪霊が見える人材の募集をかけたものの、まだ見つからないということだろう。
「姉はどこにいるの? 地下牢?」
「とんでもございません、レモネッラ嬢。このすぐ下の階ですよ」
「俺の部屋の真下ってことか?」
「その通りです、アルジェント卿。あなたなら悪霊の気配に気付けるようですから」
ま、そうだけどな。
「宮廷魔術師が強力な結界を張っていますから、悪霊が入って来られるとは思えませんので、念のためですけれどね」
師団長は男らしくニカっと笑った。ドレス姿で。
「姉の近くにずっといると、洗脳されるから気を付けてね」
レモは師団長の恰好が気にならないようで、普段と変わらぬ口調で話しかける。
「ええ、セラフィーニ殿からうかがいました。それで騎士団の中から屈強な者が選ばれて、毎日交代で女装することになったのです」
世話係のふりをして見張るってことか。未婚の貴族令嬢の部屋に男性が入るわけにはいかないから、侍女やメイドに化けるんだな。
廊下の突き当りにある階段を下りて行く女装筋肉三人を見送りながら、
「クロリンダ嬢、あんなのに囲まれたらおびえるんじゃねぇかなあ」
「恋する心配がなくていいんじゃない? 姉は男と見れば恋愛対象にするから」
レモの冷たい言葉が終わる前に、
「オーホッホッホ!」
階下からけたたましい笑い声が響いた。
「なんと容姿に恵まれない方たちですこと! アタクシの美しさがさらに際立ってしまいますわ!」
自信に満ちた声が、俺たちのいる階まで届いてきた。
「心配無用だったな」
乾いた笑いをもらしつつ俺たち三人は、それぞれ自分の部屋の扉を開け――
「うわ」
寝室の真ん中に鎮座したチェンバロに、俺は思わず声をあげた。
これも皇后様が、譜読みの音取り用に手配させたに違いない。部屋でも存分に練習しろってことかよ! プレッシャーかけるのやめてーっ
俺は観念して、亜空間収納から写譜されて間もない楽譜を取り出した。かろうじて乾いてはいるものの、まだインクの匂いが強い。
今朝、作曲家フレデリックの弟子が届けてくれたのだ。
『とりあえず出来た部分からお持ちしました』
玄関先で弟子の青年は楽譜を取り出しながら、
『僕が取り急ぎ写譜したものです。宮廷詩人は皇后様の指示で、徹夜して台本の改稿をしているそうですよ』
皇后様の一存で主人公が変わったのだから大忙しだろう。
『完成した詩から先生が曲をつけています。オーケストレーションはまだですが』
渡された楽譜は歌メロと通奏低音だけだったが、歌の練習をするには十分だ。通奏低音が書いてあれば、ベースラインと和声は分かるのだから。
譜読みが早いレモに手伝ってもらいながら練習していると、扉がノックされてエドモン殿下の侍従が入ってきた。
「アルジェント卿、レモネッラ嬢。演奏中失礼します」
やっぱり廊下に音がもれてるんだな。
いつもあまり表情のない侍従が、めずらしくやわらかい笑みを浮かべている。
「やっぱりアルジェント卿の声は美しいですな。私には皇后様のような見識はありませんが、良いものを聞かせていただきました」
「あのっ、まだ譜読みの段階だから!」
間違えまくってんのに! 恥ずかしい…… 真空結界張って練習しようかな!?
「ジュキったら、ほっぺピンクにしてうつむいちゃって、かっわいー」
「かわいいですなぁ、アルジェント卿」
うるせーよ! レモは許すけどお前に言われたくないっ!
「それで何か用ですか」
俺は不満を丸めて固めたような声で侍従に尋ねた。
「ええ、エドモン殿下がクロリンダ嬢を茶会に招かれる日が、三日後に決まりました」
─ * ─
三日後、ジュキくんの歌付き茶会で、クロリンダ嬢の心に変化は訪れるのか?
次回『着実に狭まる包囲網』
この包囲網ってのは、第一皇子を追い詰める話です。着々と準備が進んでいるようですよ。
「こちらに並んでいる三つの扉が皆様方の寝室です」
壁に絵画の飾られた廊下で、男性使用人が説明してくれる。
「手前からユリア嬢、レモネッラ嬢、一番向こうがアルジェント卿のお部屋です。寝室間は内扉で行き来できますので女性同士、婚約者様同士が隣になるようにと、皇后陛下のご指示です」
そんなことまで配慮してくれるとは、ありがてぇな。
「それぞれのお部屋には――」
使用人がまた何か説明しようと口をひらいたとき、廊下の向こうからガタイのいい三人の女性がドシンドシンと歩いてきた。
いや、女性か?
うち二人は肩幅の広すぎるメイド、残りの一人は侍女と思われるドレス姿だが、胸元から隆起した筋肉がのぞいている。
「何だ、あれ?」
後ずさると壁に肩が当たった。
「女装した筋肉だねぇ。レモせんぱい、女装した男性好きだよね?」
失礼な質問をするユリアに、
「私が好きなのはジュキだけよ!」
レモが即答する。これ、喜んでいいところだよな?
「アルジェント卿にお嬢様方、ご機嫌うるわしゅう」
廊下に野太い声が響く。
「このドレス姿、驚かせてしまいましたな!」
「ああ、師団長さん」
近付いてきて顔が分かると侍女姿の筋肉は、師匠と仲の良い騎士団の師団長だと分かった。
「その格好、何に目覚めたんですか?」
率直に尋ねると、
「はっはっは! アルジェント卿と一緒にされては困りますな」
「俺は目覚めてないよ!」
「いやこれは失敬した。とりあえず今日のところは、我々三人でクロリンダ嬢のお世話をさせていただくことになりましてな」
冒険者ギルドに悪霊が見える人材の募集をかけたものの、まだ見つからないということだろう。
「姉はどこにいるの? 地下牢?」
「とんでもございません、レモネッラ嬢。このすぐ下の階ですよ」
「俺の部屋の真下ってことか?」
「その通りです、アルジェント卿。あなたなら悪霊の気配に気付けるようですから」
ま、そうだけどな。
「宮廷魔術師が強力な結界を張っていますから、悪霊が入って来られるとは思えませんので、念のためですけれどね」
師団長は男らしくニカっと笑った。ドレス姿で。
「姉の近くにずっといると、洗脳されるから気を付けてね」
レモは師団長の恰好が気にならないようで、普段と変わらぬ口調で話しかける。
「ええ、セラフィーニ殿からうかがいました。それで騎士団の中から屈強な者が選ばれて、毎日交代で女装することになったのです」
世話係のふりをして見張るってことか。未婚の貴族令嬢の部屋に男性が入るわけにはいかないから、侍女やメイドに化けるんだな。
廊下の突き当りにある階段を下りて行く女装筋肉三人を見送りながら、
「クロリンダ嬢、あんなのに囲まれたらおびえるんじゃねぇかなあ」
「恋する心配がなくていいんじゃない? 姉は男と見れば恋愛対象にするから」
レモの冷たい言葉が終わる前に、
「オーホッホッホ!」
階下からけたたましい笑い声が響いた。
「なんと容姿に恵まれない方たちですこと! アタクシの美しさがさらに際立ってしまいますわ!」
自信に満ちた声が、俺たちのいる階まで届いてきた。
「心配無用だったな」
乾いた笑いをもらしつつ俺たち三人は、それぞれ自分の部屋の扉を開け――
「うわ」
寝室の真ん中に鎮座したチェンバロに、俺は思わず声をあげた。
これも皇后様が、譜読みの音取り用に手配させたに違いない。部屋でも存分に練習しろってことかよ! プレッシャーかけるのやめてーっ
俺は観念して、亜空間収納から写譜されて間もない楽譜を取り出した。かろうじて乾いてはいるものの、まだインクの匂いが強い。
今朝、作曲家フレデリックの弟子が届けてくれたのだ。
『とりあえず出来た部分からお持ちしました』
玄関先で弟子の青年は楽譜を取り出しながら、
『僕が取り急ぎ写譜したものです。宮廷詩人は皇后様の指示で、徹夜して台本の改稿をしているそうですよ』
皇后様の一存で主人公が変わったのだから大忙しだろう。
『完成した詩から先生が曲をつけています。オーケストレーションはまだですが』
渡された楽譜は歌メロと通奏低音だけだったが、歌の練習をするには十分だ。通奏低音が書いてあれば、ベースラインと和声は分かるのだから。
譜読みが早いレモに手伝ってもらいながら練習していると、扉がノックされてエドモン殿下の侍従が入ってきた。
「アルジェント卿、レモネッラ嬢。演奏中失礼します」
やっぱり廊下に音がもれてるんだな。
いつもあまり表情のない侍従が、めずらしくやわらかい笑みを浮かべている。
「やっぱりアルジェント卿の声は美しいですな。私には皇后様のような見識はありませんが、良いものを聞かせていただきました」
「あのっ、まだ譜読みの段階だから!」
間違えまくってんのに! 恥ずかしい…… 真空結界張って練習しようかな!?
「ジュキったら、ほっぺピンクにしてうつむいちゃって、かっわいー」
「かわいいですなぁ、アルジェント卿」
うるせーよ! レモは許すけどお前に言われたくないっ!
「それで何か用ですか」
俺は不満を丸めて固めたような声で侍従に尋ねた。
「ええ、エドモン殿下がクロリンダ嬢を茶会に招かれる日が、三日後に決まりました」
─ * ─
三日後、ジュキくんの歌付き茶会で、クロリンダ嬢の心に変化は訪れるのか?
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