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聖女レイチェル、婚約破棄の上追放される
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男がのぞく水晶玉の表面がゆらめいて、大理石の柱が立ち並ぶ広い神殿を映し出した。
「力を失った聖女などいらない。お前との婚約は破棄する!」
神聖な空気にインク壺の中身をぶちまけたかのごとく、フェルディナンド王太子の声が響いた。
この国には公爵家に聖魔力の強い女の子が生まれると、聖女となって王太子と結婚するという掟があった。
「力を失ったですって!?」
青天の霹靂と言わんばかりの表情で、現聖女レイチェルはオウム返しに尋ねた。
「そうだとも! 聖騎士団は神の加護を受けられず、敗退を繰り返している!」
「そんな――」
レイチェルは両手で口元を覆った。
聖ラピースラ王国は野蛮なドラゴン率いる魔獣に虐げられる人々を救うため、聖戦中だった。
「お前の祈りはまったく効果がない! 聖王国の聖騎士たちを大勢負傷させた罪は重いと知れ!」
周囲を取り囲む大勢の巫女たちも、顔を見合わせるばかりで口を開く者はない。孤立無援のレイチェルは青ざめた顔でうつむいた。
(国賊として火あぶりにされるのかしら)
聖女は大きな聖魔力を持っているから、ひとたび敵となったらその力を恐れた民衆から何をされるか分からない。実家の公爵家でも、父母はいつも不気味なものでも見るかのような目をレイチェルに向け、さっさと神殿に閉じ込めたがっていた。
「レイチェル、お前を国外追放とする!」
その言葉に、レイチェルはわずかに胸をなで下ろした。
(ようやく解放される……)
どこかにそんな気持もあった。十二歳で神殿に連れてこられてから七年近く、一日三回の祈りを捧げる生活に自由などなかった。一歩神殿の外に出れば人々が貧しい暮らしに耐えているのを知っているから、不満なんてとんでもない。でも――
(恵まれた幽閉生活と、貧しいけど自由な暮らし。どちらが幸せだろう?)
ふとそんな疑問が頭をよぎる日もあった。
(次の聖女が現れるまで、この生活が続くのだわ――)
それは息のつまる日々だった。
「クロエ、入りなさい」
フェルディナンド王太子の声に、レイチェルは我に返った。呼ばれて神殿に足を踏み入れたのは、妹のクロエだった。
「あらお姉様、お久しぶりですわ。なんだか顔色がよろしくないけれど、疲れていますの?」
神聖な空間には不釣り合いな大きな羽飾りの帽子に、原色のドレスの裾を引きずって、クロエは甲高い声を出した。
「クロエを次期聖女に任命するよう父上に頼んだ。今からこの神殿はクロエの住まいだ。お前はさっさと出ていけ!」
「なんだかお姉様に悪いわぁ。わたくし、お姉様の身の回りのお世話をするために王都についてきたのにぃ、巫女さんたちがしてくださるから暇で暇でぇ、フェルディナンド殿下がいつもお相手をして下さるうちに意気投合してしまいましたの」
レイチェルが聖女の役目に追われている間、クロエは毎晩のように舞踏会に出て王太子と仲良く遊びほうけていたのだ。
身の回りのものを少しばかり持って神殿から出ると、王都民が待ち構えていて石を投げてきた。
「あの聖女のせいで王国は野蛮な魔獣たちに負けているんだ!」
戦費に充てるため税金が上がって、王都民にはうっぷんがたまっている。
「聖女の力もないのに毎日神殿でいい暮らししやがって!」
「痛い、やめて!」
顔をおおったレイチェルの頭に、腕に、背中に、石が降り注ぐ。
(どうして私は聖女の力を失ってしまったのかしら)
やるせなさと全身を襲う痛みに涙がこぼれたとき、足元の石畳に突然魔法陣が出現した。金色に輝く魔法陣から立ち上がった光の輪が、レイチェルの全身を包んでゆく。
「聖女が怪しい術を使っているぞ!」
「聖魔力がなくなったんじゃなかったのか!?」
「魔女だったんだ! 火あぶりにしろ!」
人々の怒鳴り声が次第に遠のき、レイチェルは強いめまいに襲われて意識を失った。
「力を失った聖女などいらない。お前との婚約は破棄する!」
神聖な空気にインク壺の中身をぶちまけたかのごとく、フェルディナンド王太子の声が響いた。
この国には公爵家に聖魔力の強い女の子が生まれると、聖女となって王太子と結婚するという掟があった。
「力を失ったですって!?」
青天の霹靂と言わんばかりの表情で、現聖女レイチェルはオウム返しに尋ねた。
「そうだとも! 聖騎士団は神の加護を受けられず、敗退を繰り返している!」
「そんな――」
レイチェルは両手で口元を覆った。
聖ラピースラ王国は野蛮なドラゴン率いる魔獣に虐げられる人々を救うため、聖戦中だった。
「お前の祈りはまったく効果がない! 聖王国の聖騎士たちを大勢負傷させた罪は重いと知れ!」
周囲を取り囲む大勢の巫女たちも、顔を見合わせるばかりで口を開く者はない。孤立無援のレイチェルは青ざめた顔でうつむいた。
(国賊として火あぶりにされるのかしら)
聖女は大きな聖魔力を持っているから、ひとたび敵となったらその力を恐れた民衆から何をされるか分からない。実家の公爵家でも、父母はいつも不気味なものでも見るかのような目をレイチェルに向け、さっさと神殿に閉じ込めたがっていた。
「レイチェル、お前を国外追放とする!」
その言葉に、レイチェルはわずかに胸をなで下ろした。
(ようやく解放される……)
どこかにそんな気持もあった。十二歳で神殿に連れてこられてから七年近く、一日三回の祈りを捧げる生活に自由などなかった。一歩神殿の外に出れば人々が貧しい暮らしに耐えているのを知っているから、不満なんてとんでもない。でも――
(恵まれた幽閉生活と、貧しいけど自由な暮らし。どちらが幸せだろう?)
ふとそんな疑問が頭をよぎる日もあった。
(次の聖女が現れるまで、この生活が続くのだわ――)
それは息のつまる日々だった。
「クロエ、入りなさい」
フェルディナンド王太子の声に、レイチェルは我に返った。呼ばれて神殿に足を踏み入れたのは、妹のクロエだった。
「あらお姉様、お久しぶりですわ。なんだか顔色がよろしくないけれど、疲れていますの?」
神聖な空間には不釣り合いな大きな羽飾りの帽子に、原色のドレスの裾を引きずって、クロエは甲高い声を出した。
「クロエを次期聖女に任命するよう父上に頼んだ。今からこの神殿はクロエの住まいだ。お前はさっさと出ていけ!」
「なんだかお姉様に悪いわぁ。わたくし、お姉様の身の回りのお世話をするために王都についてきたのにぃ、巫女さんたちがしてくださるから暇で暇でぇ、フェルディナンド殿下がいつもお相手をして下さるうちに意気投合してしまいましたの」
レイチェルが聖女の役目に追われている間、クロエは毎晩のように舞踏会に出て王太子と仲良く遊びほうけていたのだ。
身の回りのものを少しばかり持って神殿から出ると、王都民が待ち構えていて石を投げてきた。
「あの聖女のせいで王国は野蛮な魔獣たちに負けているんだ!」
戦費に充てるため税金が上がって、王都民にはうっぷんがたまっている。
「聖女の力もないのに毎日神殿でいい暮らししやがって!」
「痛い、やめて!」
顔をおおったレイチェルの頭に、腕に、背中に、石が降り注ぐ。
(どうして私は聖女の力を失ってしまったのかしら)
やるせなさと全身を襲う痛みに涙がこぼれたとき、足元の石畳に突然魔法陣が出現した。金色に輝く魔法陣から立ち上がった光の輪が、レイチェルの全身を包んでゆく。
「聖女が怪しい術を使っているぞ!」
「聖魔力がなくなったんじゃなかったのか!?」
「魔女だったんだ! 火あぶりにしろ!」
人々の怒鳴り声が次第に遠のき、レイチェルは強いめまいに襲われて意識を失った。
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