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第01話、公爵令嬢リーザエッテ、婚約破棄のうえ処刑される
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「リーザエッテ・フォン・ヴァンガルド、恥知らずの恐るべき悪女め。お前との婚約は解消する!」
王立貴族学園の華やかな卒業パーティーの終わりに、エリック・ルノー・ド・グランアーレント王太子殿下が壇上に上がって声高らかに宣言した。私は取り乱すこともなく、うしろに控える侍女だけに聞こえる声で、
「バレてしまっては仕方ありませんわね」
とつぶやいた。
「なんだその不敵な笑みは! 騎士団長よ、その犯罪者を獄《ごく》へつなげ!」
エリックはきれいな顔をゆがめ、曇天《どんてん》のような灰色の瞳を広間の壁に整列している近衛《このえ》兵たちへ向ける。
いかめしい面持ちの騎士団長が二人の部下をともなって、カツカツとブーツを鳴らして近づいてくる。私は唇の端をつり上げたまま、両腕を屈強な男につかまれ連行されていった。
そのうしろで、エリック殿下がいくぶんか弾んだ声で続けるのが聞こえた。
「皆の者、聞いてくれ。私は本日、こちらのフローラ・モンタニエ嬢と婚約したことを皆に伝えたい」
七日後――
「これより王太子殿下毒殺の首謀者、リーザエッテ・フォン・ヴァンガルドの処刑を実行する!」
両手をしばられた私は執行人に引き立てられ、処刑台へのぼった。
「なおヴァンガルド公爵家は長女リーザエッテに対する重大な管理不行き届きの罪により爵位剥奪とする」
集まった民衆が、
「早く処刑しろーっ」
「国家転覆をくわだてた重罪人だ!」
などと騒ぎ立てている。私はその様子を冷たいアメジストの瞳にうつし、処刑台から見下ろす。死の時を待つばかりとなった私の濃紫《こむらさき》の髪をかわいた風がゆらした。
この日、群衆の歓声を聞きながら私は十八年の生涯を閉じた。
「よいこらしょ」
間の抜けたかけ声とともに、真っ黒いフードをかぶった男が大きな鎌《かま》を振り上げた。
「ごくろうですわ、死神さん」
「ええっ」
青ざめた顔をさらに青くして男がのけぞる。
「私の魂を肉体から切り離してくださったんでしょう? それがあなたのお仕事ですものね」
「…………」
男はまじまじと私を見つめた。それからコホンとひとつせき払いし、
「俺は冥界へ魂を案内する死神だ。リーザエッテだった魂よ、お前には裁きを受けてもらわねばならん」
「ですから知ってますって」
「調子が狂う! なぜだ!?」
「四回目だからよ」
私は疲れた声で答えた。「いまから冥界の入り口まで案内されて、天界の転生審議委員会の天使に会うんでしょう?」
「そ、そのとおりだ……」
まだまだ経験不足なのか、声がかすれている死神さん。お気の毒さま。私の魂のはしっこを片手につかんで空中をすべるように進んでいた彼が、
「四回目とは?」
と怪訝《けげん》な顔で振り返った。
「実は私、リーザエッテ・フォン・ヴァンガルドとして処刑されるのが四回目ですの。一回目は何も知らず貴族学園でフローラ男爵令嬢をいじめていたわ。なぜって、私の婚約者たるエリック王太子殿下が彼女を好いていたから。フローラ嬢のティーカップに毒薬を仕込んだことが明るみに出て、処刑されちゃったのよ。おほほ」
「なっ」
死神のくせに絶句する。まあ死神の実態は、人間社会で恐れられているのとは違ってただの案内人ですものね。
「それで転生を選ばずに、死に戻りを選択したのか?」
「ええ。だって罪を犯した魂は人には生まれ変われないから、次は野生のオオカミだっていうんですもの。私がケーキも舞踏会もない自然の中で暮らせるとお思い?」
罪をつぐないたいからやり直させてほしいと懇願したのだ。悪役令嬢としてつちかった演技力が役立った。
「だがなぜまた処刑されてしまったのだ?」
「二回目は私かしこいから、学園入学前に使用人を使ってフローラ嬢を毒殺しておいたのよ」
「おいっ」
「それがエリック王太子殿下ったら、フローラ嬢の妹――エミリア嬢にうつつを抜かしてね。でも私、耐えたわ。前回の失敗があるから、ティーカップに毒薬は入れなかった!」
「すでにフローラさんのほう、やってるがな?」
死神の突っ込みは無視して、
「エリック殿下はどうしても私と結婚したくなかったのね。だけどほかに身分のつりあう年頃の令嬢もいなかった。そこでなんとか私の落ち度を探そうとさんざん国費を使って調査して、数年前のフローラ嬢暗殺事件にたどり着いてしまったの!」
「それで二度目の処刑か。なんというか、ただの自業自得……」
ちなみにこのとき天使は、二度も罪を犯すような魂は哺乳類に生まれ変われない、カエルになれと言ってきた。とんでもない。あんな跳ねるしか脳のない足でどうやってステップを踏むのよ!? ぬるぬるしてるし、そっこう断ったわ。
「三回目はあらかじめフローラ・エミリア両方やっておいたわ」
「ぅおい!?」
「これでエリック殿下の相手はいなくなったと思いきや、だめねあの人。またほかの令嬢に手を出して、前回と同じよ。税金つぎ込んだ調査団が私の罪をつきとめて、結局処刑エンド」
「同情の余地がかけらもないな」
いやいや思いっきり同情してほしい案件なのだ、これが。なぜなら三回目に冥界をおとずれたこの花のように美しい私リーザエッテに、天使はハエに生まれ変わるよう勧めたのだ。排泄物にたかれと!?
「そして今回、私は考えたわ。諸悪の根源はエリック王太子殿下なんじゃないかと!」
「えっ、まさか――」
「やられる前にやる! これが毒殺ブームの貴族社会を生き抜く極意ですわ! というわけでエリック王太子殿下毒殺を指示したんだけど、みつかっちゃった。てへっ」
その結果が公爵家のお取りつぶしだったわけだ。
「悪役令嬢通り越して悪魔の令嬢だな、こりゃあ……」
「なんですって!?」
「いやいや、着きましたぜ」
私を冥界の大きな扉の前に置き去りにして、死神はそそくさと逃げ帰って行った。
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王立貴族学園の華やかな卒業パーティーの終わりに、エリック・ルノー・ド・グランアーレント王太子殿下が壇上に上がって声高らかに宣言した。私は取り乱すこともなく、うしろに控える侍女だけに聞こえる声で、
「バレてしまっては仕方ありませんわね」
とつぶやいた。
「なんだその不敵な笑みは! 騎士団長よ、その犯罪者を獄《ごく》へつなげ!」
エリックはきれいな顔をゆがめ、曇天《どんてん》のような灰色の瞳を広間の壁に整列している近衛《このえ》兵たちへ向ける。
いかめしい面持ちの騎士団長が二人の部下をともなって、カツカツとブーツを鳴らして近づいてくる。私は唇の端をつり上げたまま、両腕を屈強な男につかまれ連行されていった。
そのうしろで、エリック殿下がいくぶんか弾んだ声で続けるのが聞こえた。
「皆の者、聞いてくれ。私は本日、こちらのフローラ・モンタニエ嬢と婚約したことを皆に伝えたい」
七日後――
「これより王太子殿下毒殺の首謀者、リーザエッテ・フォン・ヴァンガルドの処刑を実行する!」
両手をしばられた私は執行人に引き立てられ、処刑台へのぼった。
「なおヴァンガルド公爵家は長女リーザエッテに対する重大な管理不行き届きの罪により爵位剥奪とする」
集まった民衆が、
「早く処刑しろーっ」
「国家転覆をくわだてた重罪人だ!」
などと騒ぎ立てている。私はその様子を冷たいアメジストの瞳にうつし、処刑台から見下ろす。死の時を待つばかりとなった私の濃紫《こむらさき》の髪をかわいた風がゆらした。
この日、群衆の歓声を聞きながら私は十八年の生涯を閉じた。
「よいこらしょ」
間の抜けたかけ声とともに、真っ黒いフードをかぶった男が大きな鎌《かま》を振り上げた。
「ごくろうですわ、死神さん」
「ええっ」
青ざめた顔をさらに青くして男がのけぞる。
「私の魂を肉体から切り離してくださったんでしょう? それがあなたのお仕事ですものね」
「…………」
男はまじまじと私を見つめた。それからコホンとひとつせき払いし、
「俺は冥界へ魂を案内する死神だ。リーザエッテだった魂よ、お前には裁きを受けてもらわねばならん」
「ですから知ってますって」
「調子が狂う! なぜだ!?」
「四回目だからよ」
私は疲れた声で答えた。「いまから冥界の入り口まで案内されて、天界の転生審議委員会の天使に会うんでしょう?」
「そ、そのとおりだ……」
まだまだ経験不足なのか、声がかすれている死神さん。お気の毒さま。私の魂のはしっこを片手につかんで空中をすべるように進んでいた彼が、
「四回目とは?」
と怪訝《けげん》な顔で振り返った。
「実は私、リーザエッテ・フォン・ヴァンガルドとして処刑されるのが四回目ですの。一回目は何も知らず貴族学園でフローラ男爵令嬢をいじめていたわ。なぜって、私の婚約者たるエリック王太子殿下が彼女を好いていたから。フローラ嬢のティーカップに毒薬を仕込んだことが明るみに出て、処刑されちゃったのよ。おほほ」
「なっ」
死神のくせに絶句する。まあ死神の実態は、人間社会で恐れられているのとは違ってただの案内人ですものね。
「それで転生を選ばずに、死に戻りを選択したのか?」
「ええ。だって罪を犯した魂は人には生まれ変われないから、次は野生のオオカミだっていうんですもの。私がケーキも舞踏会もない自然の中で暮らせるとお思い?」
罪をつぐないたいからやり直させてほしいと懇願したのだ。悪役令嬢としてつちかった演技力が役立った。
「だがなぜまた処刑されてしまったのだ?」
「二回目は私かしこいから、学園入学前に使用人を使ってフローラ嬢を毒殺しておいたのよ」
「おいっ」
「それがエリック王太子殿下ったら、フローラ嬢の妹――エミリア嬢にうつつを抜かしてね。でも私、耐えたわ。前回の失敗があるから、ティーカップに毒薬は入れなかった!」
「すでにフローラさんのほう、やってるがな?」
死神の突っ込みは無視して、
「エリック殿下はどうしても私と結婚したくなかったのね。だけどほかに身分のつりあう年頃の令嬢もいなかった。そこでなんとか私の落ち度を探そうとさんざん国費を使って調査して、数年前のフローラ嬢暗殺事件にたどり着いてしまったの!」
「それで二度目の処刑か。なんというか、ただの自業自得……」
ちなみにこのとき天使は、二度も罪を犯すような魂は哺乳類に生まれ変われない、カエルになれと言ってきた。とんでもない。あんな跳ねるしか脳のない足でどうやってステップを踏むのよ!? ぬるぬるしてるし、そっこう断ったわ。
「三回目はあらかじめフローラ・エミリア両方やっておいたわ」
「ぅおい!?」
「これでエリック殿下の相手はいなくなったと思いきや、だめねあの人。またほかの令嬢に手を出して、前回と同じよ。税金つぎ込んだ調査団が私の罪をつきとめて、結局処刑エンド」
「同情の余地がかけらもないな」
いやいや思いっきり同情してほしい案件なのだ、これが。なぜなら三回目に冥界をおとずれたこの花のように美しい私リーザエッテに、天使はハエに生まれ変わるよう勧めたのだ。排泄物にたかれと!?
「そして今回、私は考えたわ。諸悪の根源はエリック王太子殿下なんじゃないかと!」
「えっ、まさか――」
「やられる前にやる! これが毒殺ブームの貴族社会を生き抜く極意ですわ! というわけでエリック王太子殿下毒殺を指示したんだけど、みつかっちゃった。てへっ」
その結果が公爵家のお取りつぶしだったわけだ。
「悪役令嬢通り越して悪魔の令嬢だな、こりゃあ……」
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