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第02話、転生か、やり直しか
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「またお前か……」
天界から派遣された天使は、私を見るなり頭をかかえた。ブロンドの巻き毛がひと房《ふさ》、額《ひたい》にかかる。聖歌隊員のような白いゆったりとした衣を着た青年で、その顔立ちは教会の壁画に描かれた天使さながらに美しい。
「チャオ、戻ってきちゃった」
軽い調子で片手をあげてあいさつした私に、天使は大理石のテーブルにおいた分厚い書物をぺらぺらとめくりながら、
「また毒殺―― あ、今回は未遂《みすい》ですか。次、生まれ変わるとしたらマリモですね」
「マリモ!? それむしろ植物じゃない!?」
「はい。植物たちに申し訳ないのですが。彼らは大変心が広いので罪を犯した魂でも受け入れてくれるのです」
「動けない生き物なんて、こっちから願い下げですわっ!」
身を乗り出した私は、大理石の大きなテーブルに両手をついて大声で抗議する。天使は迷惑そうな顔でのけぞりつつ、
「なぜそれほどリーザエッテの人生に執着するのですか?」
「だって―― ごらんなさい! この美しい濃紫《こむらさき》の髪にアメジストのような瞳。この美貌と容姿は――」
「天界から見たら肉体などただの器にすぎません」
言葉をさえぎられてむっとする私に、天使はさらに付け加える。
「美しい装飾のほどこされたグラスにそそがれたまずいワインより、たとえ土器に入っていてもかぐわしいワインを選ぶようなものです」
なによ、そのたとえ。まるで私の魂がまずいワインとでも言わんばかり!
「外見だけじゃありませんわ」
私は負けじと言い返す。「リーザエッテはたぐいまれな魔術のスキルを持っているもの。遠くのものを見られる千里眼、姿を変えられる変化《へんげ》、さらに瞬間移動」
「あなたはリーザエッテとして生まれる前、白魔術教会の修道士として一生を終えたときに、すばらしい魔法薬を発明しましたからね。そのポイントがスキルに変換されたのでしたっけ」
修道士だった人生の記憶は遠い。まるで子供のころに読んだ童話のようにぼんやりしている。
確か生涯独身をつらぬいた研究者気質の男だったはず。ユニークスキルだった拡大視魔法で、病原菌を肉眼で見ながらさまざまな白魔術を試した。のたうち回ったのち動かなくなる菌類を見るのが好きだったからなのだが、この悪趣味な道楽から完成させた治癒魔法が大陸中の命を救ったらしい。
「未来永劫、大勢の命を救うことになった魂の願いなら、あと一回だけ死に戻りを選択させてあげましょう」
天使はうなずいて、パタンと本を閉じた。
「ちょっと待ってよ! あと一回ですって!?」
聞き捨てならない。私はさらに身を乗り出して、
「私はハッピーエンドを手にするまで、けっしてあきらめませんわ!」
「残念ですが、次の人生で罪を犯した場合、あなたの魂は転生審議委員会の規則により消去《デリート》されます」
「なっ……」
私は言葉を失った。
「消去《デリート》された魂は二度と転生できません。天界とて、そのような決断はなるべくしたくない。魂の記憶も経験も永遠に失われてしまうのは、我々にとっても損失だからです。罪を犯すと人間に転生させない仕組みは、そのためなのですよ」
「人間以外の生き物は、罪を犯さないわけね」
私は静かに言った。
「そう、理解が早い。罪を犯すのは魂に問題があるのではなく、環境のせいだというわけです。ただあなたの場合はリーザエッテ嬢を繰り返しているから―― いまからでもマリモにしときます? ぜんぜん遅くありませんよ」
「遠慮するわ」
私は毅然《きぜん》とした口調で言い放った。「心を入れ替えればいいのでしょう? やってみせますわ。今度こそ幸せをつかむのよ!」
天使は静かにため息をついた。
「こだわりの強いところだけは、何度転生しても変わらないようですね」
白魔術研究に明け暮れた修道士のころから続く魂の個性だと言いたいのだろう。
天使はしばらく考えていたが、
「そもそもエリック王太子と婚約しないルートは選べないのですか? 王太子妃の地位は人間界においては価値があるのでしょうが、彼はポンコツ王子と噂される人物で名君の器でもない」
私の処刑エンド回避を考えてくれるとは、意外とやさしいじゃないの。しかし私は目を伏せて首を振った。「私は過去四回とも、三歳くらいから魔術を学び始めるの。ありとあらゆる術を試したり、組み合わせたりしてある日、自分の前世の記憶を思い出すのよ。でもそのときには大体五歳くらいで、すでに婚約済みね」
おそらく王太子が生まれてしばらくすると、王家と侯爵家で約束が取り交わされるのだろう。エリック王太子は私より二歳くらい年下だから、彼が二歳か三歳か――とにかく赤ん坊の時を生きながらえた時点で婚約させられるのだ。
「王太子との婚約が避けられないとなると難しいですね」
「どうしてよ?」
「毎回さっさと処刑されて冥界に来るあなたは知らないでしょうが――」
くっ、言うわね…… 悔しいが私はだまって先をうながす。
「――王太子は一度フローラ嬢やエミリア嬢を手に入れても、結局またほかの獲物をねらって追いかけだす。彼はなにを手に入れても心が満たされることのない人間なんですよ」
そこまでは知らなかった。男爵令嬢の身分で正妃にはなれないので、子爵あたりの養女にでもして側妃として召し上げたのかと思っていたが――
「というわけでマリモ――」
「――には転生しませんわ!」
「とはいえそろそろタイムリミットです。早いところ地上に戻らないと問答無用でマリモですよ」
親切に処刑回避を考えてくれているかと思いきや、時間稼ぎをされていたってこと!?
「地上に生まれ変わるための光の扉を早くお出しなさい!」
高飛車《たかびしゃ》な私の言葉にげんなりした天使は、右手に持ったままの羽ペンで虚空に円を描いた。その軌跡はきらきらと輝き、やがてまばゆい光を放ちだす。私はその丸い光の中に身を躍らせた。
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天界から派遣された天使は、私を見るなり頭をかかえた。ブロンドの巻き毛がひと房《ふさ》、額《ひたい》にかかる。聖歌隊員のような白いゆったりとした衣を着た青年で、その顔立ちは教会の壁画に描かれた天使さながらに美しい。
「チャオ、戻ってきちゃった」
軽い調子で片手をあげてあいさつした私に、天使は大理石のテーブルにおいた分厚い書物をぺらぺらとめくりながら、
「また毒殺―― あ、今回は未遂《みすい》ですか。次、生まれ変わるとしたらマリモですね」
「マリモ!? それむしろ植物じゃない!?」
「はい。植物たちに申し訳ないのですが。彼らは大変心が広いので罪を犯した魂でも受け入れてくれるのです」
「動けない生き物なんて、こっちから願い下げですわっ!」
身を乗り出した私は、大理石の大きなテーブルに両手をついて大声で抗議する。天使は迷惑そうな顔でのけぞりつつ、
「なぜそれほどリーザエッテの人生に執着するのですか?」
「だって―― ごらんなさい! この美しい濃紫《こむらさき》の髪にアメジストのような瞳。この美貌と容姿は――」
「天界から見たら肉体などただの器にすぎません」
言葉をさえぎられてむっとする私に、天使はさらに付け加える。
「美しい装飾のほどこされたグラスにそそがれたまずいワインより、たとえ土器に入っていてもかぐわしいワインを選ぶようなものです」
なによ、そのたとえ。まるで私の魂がまずいワインとでも言わんばかり!
「外見だけじゃありませんわ」
私は負けじと言い返す。「リーザエッテはたぐいまれな魔術のスキルを持っているもの。遠くのものを見られる千里眼、姿を変えられる変化《へんげ》、さらに瞬間移動」
「あなたはリーザエッテとして生まれる前、白魔術教会の修道士として一生を終えたときに、すばらしい魔法薬を発明しましたからね。そのポイントがスキルに変換されたのでしたっけ」
修道士だった人生の記憶は遠い。まるで子供のころに読んだ童話のようにぼんやりしている。
確か生涯独身をつらぬいた研究者気質の男だったはず。ユニークスキルだった拡大視魔法で、病原菌を肉眼で見ながらさまざまな白魔術を試した。のたうち回ったのち動かなくなる菌類を見るのが好きだったからなのだが、この悪趣味な道楽から完成させた治癒魔法が大陸中の命を救ったらしい。
「未来永劫、大勢の命を救うことになった魂の願いなら、あと一回だけ死に戻りを選択させてあげましょう」
天使はうなずいて、パタンと本を閉じた。
「ちょっと待ってよ! あと一回ですって!?」
聞き捨てならない。私はさらに身を乗り出して、
「私はハッピーエンドを手にするまで、けっしてあきらめませんわ!」
「残念ですが、次の人生で罪を犯した場合、あなたの魂は転生審議委員会の規則により消去《デリート》されます」
「なっ……」
私は言葉を失った。
「消去《デリート》された魂は二度と転生できません。天界とて、そのような決断はなるべくしたくない。魂の記憶も経験も永遠に失われてしまうのは、我々にとっても損失だからです。罪を犯すと人間に転生させない仕組みは、そのためなのですよ」
「人間以外の生き物は、罪を犯さないわけね」
私は静かに言った。
「そう、理解が早い。罪を犯すのは魂に問題があるのではなく、環境のせいだというわけです。ただあなたの場合はリーザエッテ嬢を繰り返しているから―― いまからでもマリモにしときます? ぜんぜん遅くありませんよ」
「遠慮するわ」
私は毅然《きぜん》とした口調で言い放った。「心を入れ替えればいいのでしょう? やってみせますわ。今度こそ幸せをつかむのよ!」
天使は静かにため息をついた。
「こだわりの強いところだけは、何度転生しても変わらないようですね」
白魔術研究に明け暮れた修道士のころから続く魂の個性だと言いたいのだろう。
天使はしばらく考えていたが、
「そもそもエリック王太子と婚約しないルートは選べないのですか? 王太子妃の地位は人間界においては価値があるのでしょうが、彼はポンコツ王子と噂される人物で名君の器でもない」
私の処刑エンド回避を考えてくれるとは、意外とやさしいじゃないの。しかし私は目を伏せて首を振った。「私は過去四回とも、三歳くらいから魔術を学び始めるの。ありとあらゆる術を試したり、組み合わせたりしてある日、自分の前世の記憶を思い出すのよ。でもそのときには大体五歳くらいで、すでに婚約済みね」
おそらく王太子が生まれてしばらくすると、王家と侯爵家で約束が取り交わされるのだろう。エリック王太子は私より二歳くらい年下だから、彼が二歳か三歳か――とにかく赤ん坊の時を生きながらえた時点で婚約させられるのだ。
「王太子との婚約が避けられないとなると難しいですね」
「どうしてよ?」
「毎回さっさと処刑されて冥界に来るあなたは知らないでしょうが――」
くっ、言うわね…… 悔しいが私はだまって先をうながす。
「――王太子は一度フローラ嬢やエミリア嬢を手に入れても、結局またほかの獲物をねらって追いかけだす。彼はなにを手に入れても心が満たされることのない人間なんですよ」
そこまでは知らなかった。男爵令嬢の身分で正妃にはなれないので、子爵あたりの養女にでもして側妃として召し上げたのかと思っていたが――
「というわけでマリモ――」
「――には転生しませんわ!」
「とはいえそろそろタイムリミットです。早いところ地上に戻らないと問答無用でマリモですよ」
親切に処刑回避を考えてくれているかと思いきや、時間稼ぎをされていたってこと!?
「地上に生まれ変わるための光の扉を早くお出しなさい!」
高飛車《たかびしゃ》な私の言葉にげんなりした天使は、右手に持ったままの羽ペンで虚空に円を描いた。その軌跡はきらきらと輝き、やがてまばゆい光を放ちだす。私はその丸い光の中に身を躍らせた。
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