真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん

文字の大きさ
21 / 44
第三幕:再び動き出した王族暗殺事件

21、パメラの生家、バンキエーリ男爵家の疑惑

しおりを挟む
「それでジルベルト殿下がお亡くなりになっていたという噂が――」

 私は心を落ち着けようと努めながら、冷静に考えて質問した。

「寝たきりだったという話は嘘で、王宮のほかの場所にいらっしゃったのでは?」

 もしくは仮面で顔を隠して、秘密を知る数少ない侍従を連れて、大建国祭を楽しんでいたとしても不思議ではない。しかしクリス兄様は声をひそめた。

「ベッドにはうっすら埃が積もっていたらしい」

 お兄様は順を追って、事件の様子を説明してくれた。

 王宮の使用人に変装した犯人は、テラスから窓伝いにジルベルト殿下の寝室まで移動し、バルコニーから室内へ侵入したという。だが見慣れぬ使用人を怪しんで、テラスまで尾行していた近衛兵が異変に気付いて、賊だと叫んだ。

 ジルベルト殿下の寝室前にはつねに近衛兵が立っていた。彼らは扉を蹴破って室内に駆け込み、賊はその場で取り押さえられた。

 だが近衛兵たちは、からっぽの寝台を見てしまった。賊がベッドカーテンを開け放った後だったのだ。サイドテーブルに置かれたランプに照らし出された豪奢な寝台には、うっすらと埃が積もっており、人が寝ていた形跡はなかった。

 王宮に勤める者たちの対応は早く、敷地内を巡回していた騎士団へも瞬時に連絡が届いた。騎士団員に近衛兵、さらには複数の使用人までが部屋になだれ込んだため、ジルベルト殿下が少なくとも数ヵ月はベッドを使っていないという事実が、明るみに出てしまったのだ。

「副団長様のお考えでは、陛下が解決を急いでいるからこそ、首謀者側も焦って行動を起こしたということなのね?」

「そうなんだ。つまり騎士団の動きが敵に漏れているってことだけどね。まあ人数の多い組織だし、諜報員が紛れ込むのも不可能ではないな」

 クリス兄様は他人事のようにつぶやいた。

 窓の下の運河を、楽団を乗せた舟が通り過ぎてゆく。楽しげなヴァイオリンの音色が遠ざかるのを聴きながら、私は祭りの雰囲気にそぐわない質問をした。

「賊はジルベルト殿下を暗殺するために忍び込んだのですか?」

「本人の自供では、王位継承権にふさわしい王子かどうか、確かめに入っただけだと」

「ジルベルト殿下の寝室の場所を知っていたのよね?」 

「依頼主であるバンキエーリ商会の担当者に教えられたと言うんだ」

 バンキエーリ商会はパメラの生家であるバンキエーリ男爵家が出資している。

 兄の口からバンキエーリの名前が飛び出して、私の心臓は跳ね上がった。昨日、自分がしでかしたことを思い出したからだ。パメラは父親であるバンキエーリ男爵に私の所業を訴えているかも知れない。新興男爵家が、歴史あるわが伯爵家に楯突くことはないと信じたいが――

「騎士団で調べたところ、男が言っていた担当者はバンキエーリ商会に存在しなかったんだ。商会側も一切の関わりを否定している」

 続きを話すお兄様の言葉で、私は現実に引き戻された。

「賊が適当にバンキエーリの名を出しただけなの?」

「だが捕らえられた男とバンキエーリ商会の間に関係がなかったわけじゃない。騎士団の調査で、王都の商人である男が、バンキエーリ商会から事業用資金を借りていたのは事実だと判明している」

 男は事業に失敗して首が回らなくなったそうだ。商会の担当者に相談したところ、危険な仕事を引き受ければ借金を帳消しにすると言われた――というのが男の主張らしい。

「男が嘘をついているのか、バンキエーリ商会が隠し事をしているのか、それとも第三者がバンキエーリ商会をかたったのか。父上が今、部下と共にバンキエーリ商会を家宅捜索しているところだよ」

 騎士団に踏み込まれては、令嬢同士の諍いなどかすんでしまうだろう。私はこっそり安堵しながらつぶやいた。

「バンキエーリ家が王家を狙って何か利益があるとは思えませんものね」

 私は自分の言葉にハッとした。バンキエーリ家に利益がないとしても、例えばブライデン公爵家から依頼されて動いていたとしたら? 両家の間には秘密のつながりがあったから、公爵は息子がパメラ・バンキエーリ男爵令嬢と婚約するのを止められなかった、なんてことはないかしら?

 だが私が飛躍した推理を口に出す前に、クリス兄様が肩をすくめた。

「バンキエーリ商会は方々に恨みをかっているから、騎士団もバンキエーリ家が誰かに陥れられた可能性を考えているよ」

 バンキエーリ商会は厳しい取り立てを行うせいで敵が多い。顧客の中には首の回らなくなった貴族も含まれる。

 だが私にとって一番気になるのは、第二王子ジルベルト殿下が生きていらっしゃるのかどうかだ。第三王子アルベルト殿下が生きていたとはっきりした今、毒殺事件自体、本当に起きたことなのか疑わしい。

 しかも毒殺事件が起きたとき、離宮に滞在していたお子様は王子殿下たちだけではない。ブライデン公爵の息子であるグイードも十年前はまだ七歳。同じ毒薬入りストローを使っていた可能性がある。その彼が現在ピンピンしている以上、毒薬事件が狂言だった可能性も濃厚だ。

「第二王子殿下はお元気なのかしら」

 ぽつりと漏らした私のつぶやきに、お兄様は椅子の背にもたれながら答えた。

「王宮から何も正式な発表がないんだ。たとえば寒い冬の間はあたたかい外国で過ごしているとか、空気の綺麗な湖畔の離宮で療養しているとか、なんとでも言えるだろうに」

 クリス兄様の指摘は的を射ている。第二王子が生きているなら、根も葉もない噂など否定すればよいだけだ。それをしないから王都民は余計に勘ぐってしまう。

 暗殺者から身を守るため、第三王子アルベルト殿下の存命も隠していた陛下なのだ。ジルベルト殿下もどこかで身を隠している可能性が高い。

 だがお兄様はまるで反対のことを口にした。

「大きい声では言えないが、ご逝去されているんだろうなあ。だがそれなら、王位継承権はブライデン公爵に移るんだから、なぜそれを発表して王都民を落ち着かせないのか、分からないんだよ」

 アルベルト殿下の生存を知っている私は、言葉を返すことができない。

 私は幼い頃、アルベルト殿下の葬列を見たのを覚えている。葬儀すら行われていないジルベルト殿下のほうが亡くなっているなんて、あり得るのかしら?

 黙りこくった私の前で、腕を組んだクリス兄様は一人で推理を繰り広げていた。

「陛下は王都民の口さがない噂を気にしていらっしゃるのか? 騎士団の仕事で何度かお会いしたブライデン公は立派な方だというのに残念だよ」

 兄の書斎机に向き合った私は、椅子に座ったまま固まっていた。

 私の頭が、兄には絶対に打ち明けられない疑問にたどり着いたからだ。

 王太子の馬車襲撃事件に恐れを為した陛下が毒殺事件をでっち上げて、第二王子と第三王子を隠したと考えたら――

 アルベルト殿下の命を守るために彼を教会に隠したのだ。世継ぎを作らなければならない唯一の王子を去勢するはずはない――!



─ * ─



ようやくに気が付いたか、リラ。しかし気付いたとて彼に質問できるのかな!? 乞うご期待!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

婚約破棄されたはずなのに、溺愛が止まりません!~断罪された令嬢は第二の人生で真実の愛を手に入れる~

sika
恋愛
社交界で名高い公爵令嬢・アイリスは、婚約者である王太子に冤罪をでっち上げられ、婚約破棄と同時にすべてを失った。 誰も信じられず国外に逃れた彼女は、名を偽り辺境の地で静かに生きるはずだった――が、そこで出会った青年将軍が、彼女に異常なまでの執着と愛を向け始める。 やがて明らかになる陰謀の真相、そして王都から彼女を探す“元婚約者”の焦燥。 過去を乗り越え、愛を選ぶ彼女の物語は、痛快な逆転劇と甘く濃密な溺愛とともに幕を開ける。

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

【完結】幼い頃からの婚約を破棄されて退学の危機に瀕している。

桧山 紗綺
恋愛
子爵家の長男として生まれた主人公は幼い頃から家を出て、いずれ婿入りする男爵家で育てられた。婚約者とも穏やかで良好な関係を築いている。 それが綻んだのは学園へ入学して二年目のこと。  「婚約を破棄するわ」 ある日突然婚約者から婚約の解消を告げられる。婚約者の隣には別の男子生徒。 しかもすでに双方の親の間で話は済み婚約は解消されていると。 理解が追いつく前に婚約者は立ち去っていった。 一つ年下の婚約者とは学園に入学してから手紙のやり取りのみで、それでも休暇には帰って一緒に過ごした。 婚約者も入学してきた今年は去年の反省から友人付き合いを抑え自分を優先してほしいと言った婚約者と二人で過ごす時間を多く取るようにしていたのに。 それが段々減ってきたかと思えばそういうことかと乾いた笑いが落ちる。 恋のような熱烈な想いはなくとも、将来共に歩む相手、長い時間共に暮らした家族として大切に思っていたのに……。 そう思っていたのは自分だけで、『いらない』の一言で切り捨てられる存在だったのだ。  いずれ男爵家を継ぐからと男爵が学費を出して通わせてもらっていた学園。 来期からはそうでないと気づき青褪める。 婚約解消に伴う慰謝料で残り一年通えないか、両親に援助を得られないかと相談するが幼い頃から離れて育った主人公に家族は冷淡で――。 絶望する主人公を救ったのは学園で得た友人だった。   ◇◇ 幼い頃からの婚約者やその家から捨てられ、さらに実家の家族からも疎まれていたことを知り絶望する主人公が、友人やその家族に助けられて前に進んだり、贋金事件を追ったり可愛らしいヒロインとの切ない恋に身を焦がしたりするお話です。 基本は男性主人公の視点でお話が進みます。 ◇◇ 第16回恋愛小説大賞にエントリーしてました。 呼んでくださる方、応援してくださる方、感想なども皆様ありがとうございます。とても励まされます! 本編完結しました! 皆様のおかげです、ありがとうございます! ようやく番外編の更新をはじめました。お待たせしました! ◆番外編も更新終わりました、見てくださった皆様ありがとうございます!!

竜神に愛された令嬢は華麗に微笑む。〜嫌われ令嬢? いいえ、嫌われているのはお父さまのほうでしてよ。〜

石河 翠
恋愛
侯爵令嬢のジェニファーは、ある日父親から侯爵家当主代理として罪を償えと脅される。 それというのも、竜神からの預かりものである宝石に手をつけてしまったからだというのだ。 ジェニファーは、彼女の出産の際に母親が命を落としたことで、実の父親からひどく憎まれていた。 執事のロデリックを含め、家人勢揃いで出かけることに。 やがて彼女は別れの言葉を告げるとためらいなく竜穴に身を投げるが、実は彼女にはある秘密があって……。 虐げられたか弱い令嬢と思いきや、メンタル最強のヒロインと、彼女のためなら人間の真似事もやぶさかではないヒロインに激甘なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:4950419)をお借りしています。

地味令嬢、婚約破棄されたので隣国で拾われました~冷酷王太子様の溺愛が激しすぎて困ります~

sika
恋愛
社交界では目立たない“地味令嬢”として笑われてきたエリス。婚約者である公爵家の跡取りに裏切られ、婚約破棄された夜、彼女はすべてを捨てて隣国へと渡る。 行き倒れた彼女を拾ったのは、冷酷無比と恐れられる隣国の第一王太子・レオン。 「俺のそばにいろ。もう誰にも傷つけさせない」 愛を信じられなかった彼女が次第に心を開く時、元婚約者たちは地に落ちる――。 ざまぁと溺愛が織りなす、甘く痛快な再生ロマンス!

【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

処理中です...