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第11話、最強魔術が炸裂する
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ゴッグワァアァァアン!!
すさまじい大音響とともに、土蜘蛛の足元で大爆発が起こった。毛の生えた太い手足が数本、ちぎれ飛ぶ。
ゴッ、ゴゥン、ゴウン!
何本も土柱が立ち上がり、飛び交う土くれにボッと火がつく。
「ギ、ギイイィィイイィ」
耳ざわりな鳴き声のようなものは、土蜘蛛の悲鳴だろうか。その巨体は見る見るうちに炎に包まれ、嗅いだことのない異臭を放って燃え盛る。
いまや地下室は真昼よりなお明るい。巨大な炎がすべてを照らし出す。
俺は額から流れる汗に目をしばたいた。
地中からはさらに土砂があふれだし、それぞれの塊が発火する。古い木の天井を巨大な炎の舌がいく度も舐めるが、玲萌の結界にさまたげられて燃え移ることはない――はずだった。
土蜘蛛の真上の天井がメキメキと音を立てて崩れ落ちて、俺ははじめて異変に気付いた。
「玲萌?」
振り返ると、肩で息をしながら蒼白な顔の玲萌がなんとか風の結界を維持していた。
俺たちの上にも木片が落ちてくるが、俺の結界が張られたままなので当たることはない。
「玲萌、大丈夫か!?」
俺が駆け寄ったのと、彼女の身体がゆっくりと倒れたのはほとんど同時だった。両腕に汗ばんだ彼女の背中を支え、俺は叫んだ。
「ここからすぐに逃げよう!」
玲萌がなにか言おうとしたその時、建物の崩壊が不自然に止まった。
「樹葵、あたしの結界、補強した?」
玲萌がかすれた声で問う。俺は黙って首を振ると、迷わず彼女を抱き上げた。
土蜘蛛の様子も確かめず石段を登ろうとしたとき、階段の上に人影が見えた。
「橘さま、玲萌さん、ご無事ですか!」
人影の主が叫んだ。
「惠簾ちゃん……」
玲萌が安堵したようにその名を口にする。
「龍神さまの強すぎる魔力を感じたのでなんとか建物の崩壊を止めようと、わたくし遠隔結界を張ったのですが――」
そんなことができるのか。さすが優秀な巫女だ。
「助かった。俺のせいで玲萌が大変なんだ」
階段をのぼる俺に抱えられながら、
「ただの魔力切れよ。情けないね」
玲萌が笑った。だがその笑みは弱々しい。
「すまねえ、俺のせいだ。俺が考えもなく全力で術を発動させたから」
彼女を守るために魔物をやっつけようと思ったのに、俺のせいで玲萌を苦しめるなんて、自分が馬鹿で嫌になる。情けねえのは俺のほうだ。
玲萌を両手に抱き上げたまま、崩れかけた石段を慎重にのぼりきると、惠簾が心配した顔で待っていた。「救護之間に寝台がありますから、そこに玲萌さんを寝かせましょう」
魔道学院では修行の際にけがをする学生もいるから、学内に簡単な治療を受けられる部屋があるのだ。
「橘さま、玲萌さんを背負って救護之間まで行っていただけますか?」
「当然だよ!」
俺は力強くうなずいた。が、ここだけの話、もはや腕が限界だった! 玲萌は小柄で細身なのだが、悲しいことに俺があまりでかくなく、体格差がないからつらい……! 二重に情けねえっ!!
「ひふみ よいむなや こともちろらね――」
俺が玲萌を慎重に床へ下ろすと、惠簾が祝詞を唱えだした。俺におぶさる力すらなさそうに見えた玲萌の身体に活力が戻っていくようだ。
「わたくしが玲萌さんに魔力を補充して差し上げることはできませんが、せめて体力だけでも回復していただきたくて」
惠簾はそう言って、玲萌を背にかかえて立ち上がった俺にほほ笑んだ。
「そうだ惠簾、どうして旧校舎に来てくれたんだ?」
玲萌を背負って旧校舎内を玄関まで歩きながら尋ねると、
「ご神託がおりたのです!」
「ご、ご神託?」
「はい。わたくし時々、神様のお告げが直接、頭に響きますので」
「そいつぁ便利だなあ」
なんとなく棒読みになる俺。これも神通力の一種なのか? 俺の理解をこえている。
「旧校舎へ入りましたら、ものすごい爆発音が聞こえましたが、一体なにがあったのです?」
惠簾の澄んだ声に問われて、
「大変言いにくいのですが」
と思わず敬語になる俺。「肝試しがてら旧校舎の地下に降りてきたら、ご大層な封印がありやして、どんな魔物が眠ってるのかな~ワクワク、と封印を解いたところ、伝説の魔獣たる土蜘蛛さんがお目覚めになりまして。いや~まいったまいった」
惠簾は思いがけず、くすくすと笑いだした。「まあ、龍神さまったらやんちゃですこと!」
おっしゃる通りなんですが…… この娘、俺より年下だよな!? なんだか人生一周してきたような落ち着きっぷりなんだが。
「ぜんぶ俺のせいなんだ。玲萌につらい思いさせて、マジで後悔してるよ」
本音を打ち明けると玲萌が俺の耳元で、
「樹葵、あたしだって一緒に旧校舎探検、楽しんだし、あの強力な結界を見ながら樹葵を止めなかったんだから、ぜんぶきみのせいなんてことはないよ!」
と反論してくれた。彼女の熱い吐息が耳にかかる。きっと熱が出ているのだ。
「玲萌――」
俺が次の言葉を続ける前に、突然惠簾が足を止めた。旧校舎の敷地を出るところで、だ。
「どうした?」
問いかけるが、惠簾の目が俺を見ていない。
「――悪しき存在はふたたびよみがえる」
抑揚のない声を発した。
「それ、ご神託?」
俺の背中から玲萌が尋ねた。
「はい」
と、うなずいたのはいつもの惠簾だった。黒い瞳に光が戻っている。荒れた庭の向こう、俺の術のせいで半壊となった旧校舎を振り返ると心細そうにつぶやいた。
「土蜘蛛復活のお告げでしょうか……」
すさまじい大音響とともに、土蜘蛛の足元で大爆発が起こった。毛の生えた太い手足が数本、ちぎれ飛ぶ。
ゴッ、ゴゥン、ゴウン!
何本も土柱が立ち上がり、飛び交う土くれにボッと火がつく。
「ギ、ギイイィィイイィ」
耳ざわりな鳴き声のようなものは、土蜘蛛の悲鳴だろうか。その巨体は見る見るうちに炎に包まれ、嗅いだことのない異臭を放って燃え盛る。
いまや地下室は真昼よりなお明るい。巨大な炎がすべてを照らし出す。
俺は額から流れる汗に目をしばたいた。
地中からはさらに土砂があふれだし、それぞれの塊が発火する。古い木の天井を巨大な炎の舌がいく度も舐めるが、玲萌の結界にさまたげられて燃え移ることはない――はずだった。
土蜘蛛の真上の天井がメキメキと音を立てて崩れ落ちて、俺ははじめて異変に気付いた。
「玲萌?」
振り返ると、肩で息をしながら蒼白な顔の玲萌がなんとか風の結界を維持していた。
俺たちの上にも木片が落ちてくるが、俺の結界が張られたままなので当たることはない。
「玲萌、大丈夫か!?」
俺が駆け寄ったのと、彼女の身体がゆっくりと倒れたのはほとんど同時だった。両腕に汗ばんだ彼女の背中を支え、俺は叫んだ。
「ここからすぐに逃げよう!」
玲萌がなにか言おうとしたその時、建物の崩壊が不自然に止まった。
「樹葵、あたしの結界、補強した?」
玲萌がかすれた声で問う。俺は黙って首を振ると、迷わず彼女を抱き上げた。
土蜘蛛の様子も確かめず石段を登ろうとしたとき、階段の上に人影が見えた。
「橘さま、玲萌さん、ご無事ですか!」
人影の主が叫んだ。
「惠簾ちゃん……」
玲萌が安堵したようにその名を口にする。
「龍神さまの強すぎる魔力を感じたのでなんとか建物の崩壊を止めようと、わたくし遠隔結界を張ったのですが――」
そんなことができるのか。さすが優秀な巫女だ。
「助かった。俺のせいで玲萌が大変なんだ」
階段をのぼる俺に抱えられながら、
「ただの魔力切れよ。情けないね」
玲萌が笑った。だがその笑みは弱々しい。
「すまねえ、俺のせいだ。俺が考えもなく全力で術を発動させたから」
彼女を守るために魔物をやっつけようと思ったのに、俺のせいで玲萌を苦しめるなんて、自分が馬鹿で嫌になる。情けねえのは俺のほうだ。
玲萌を両手に抱き上げたまま、崩れかけた石段を慎重にのぼりきると、惠簾が心配した顔で待っていた。「救護之間に寝台がありますから、そこに玲萌さんを寝かせましょう」
魔道学院では修行の際にけがをする学生もいるから、学内に簡単な治療を受けられる部屋があるのだ。
「橘さま、玲萌さんを背負って救護之間まで行っていただけますか?」
「当然だよ!」
俺は力強くうなずいた。が、ここだけの話、もはや腕が限界だった! 玲萌は小柄で細身なのだが、悲しいことに俺があまりでかくなく、体格差がないからつらい……! 二重に情けねえっ!!
「ひふみ よいむなや こともちろらね――」
俺が玲萌を慎重に床へ下ろすと、惠簾が祝詞を唱えだした。俺におぶさる力すらなさそうに見えた玲萌の身体に活力が戻っていくようだ。
「わたくしが玲萌さんに魔力を補充して差し上げることはできませんが、せめて体力だけでも回復していただきたくて」
惠簾はそう言って、玲萌を背にかかえて立ち上がった俺にほほ笑んだ。
「そうだ惠簾、どうして旧校舎に来てくれたんだ?」
玲萌を背負って旧校舎内を玄関まで歩きながら尋ねると、
「ご神託がおりたのです!」
「ご、ご神託?」
「はい。わたくし時々、神様のお告げが直接、頭に響きますので」
「そいつぁ便利だなあ」
なんとなく棒読みになる俺。これも神通力の一種なのか? 俺の理解をこえている。
「旧校舎へ入りましたら、ものすごい爆発音が聞こえましたが、一体なにがあったのです?」
惠簾の澄んだ声に問われて、
「大変言いにくいのですが」
と思わず敬語になる俺。「肝試しがてら旧校舎の地下に降りてきたら、ご大層な封印がありやして、どんな魔物が眠ってるのかな~ワクワク、と封印を解いたところ、伝説の魔獣たる土蜘蛛さんがお目覚めになりまして。いや~まいったまいった」
惠簾は思いがけず、くすくすと笑いだした。「まあ、龍神さまったらやんちゃですこと!」
おっしゃる通りなんですが…… この娘、俺より年下だよな!? なんだか人生一周してきたような落ち着きっぷりなんだが。
「ぜんぶ俺のせいなんだ。玲萌につらい思いさせて、マジで後悔してるよ」
本音を打ち明けると玲萌が俺の耳元で、
「樹葵、あたしだって一緒に旧校舎探検、楽しんだし、あの強力な結界を見ながら樹葵を止めなかったんだから、ぜんぶきみのせいなんてことはないよ!」
と反論してくれた。彼女の熱い吐息が耳にかかる。きっと熱が出ているのだ。
「玲萌――」
俺が次の言葉を続ける前に、突然惠簾が足を止めた。旧校舎の敷地を出るところで、だ。
「どうした?」
問いかけるが、惠簾の目が俺を見ていない。
「――悪しき存在はふたたびよみがえる」
抑揚のない声を発した。
「それ、ご神託?」
俺の背中から玲萌が尋ねた。
「はい」
と、うなずいたのはいつもの惠簾だった。黒い瞳に光が戻っている。荒れた庭の向こう、俺の術のせいで半壊となった旧校舎を振り返ると心細そうにつぶやいた。
「土蜘蛛復活のお告げでしょうか……」
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