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番外編【レモ視点】誰もよりも強い君だから守ってあげたい
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――玲萌視点――
夕焼けの下、樹葵と二人の帰り道。やっぱり彼を学院に誘ってよかった! 通学路をいっしょに下校するなんて夢みたい。
あたしはできるだけ、さりげなく、をよそおって、樹葵の真っ白い腕に両手をからめる。あたしを見下ろして、少し驚いたように笑う彼の目がやさしい。その翠玉みたいに輝く瞳に、胸が高鳴る。
歩き慣れたこの道をこんなふうに二人並んで帰れるようになるなんて、三年前は思ってもみなかった。
あたしがはじめて樹葵を見かけたのは、ずっと夢だった王立魔道学院に合格した日のこと。お母さんと合格発表を見に来たあたしは、木の板に貼りだされた合格者名に自分の名前をみつけて飛び上がって喜んだ。
その横をすり抜けて、在校生がひとり帰っていく。目元と唇に紅をさした、胡蝶の舞う華やかな打掛姿―― あたしは思わず振り返った。
(きれいな女性! 魔道学院にはあんなおしゃれな先輩がいるんだ。入学したら仲良くなれるかな!?)
十二歳のあたしはその艶やかな姿にあこがれたし、ほかの学生たちと群れずにひとりで颯爽と帰ってゆくうしろ姿もかっこよく見えた。
でも入学してしばらくすると、その先輩は男性で、学院で有名な変人だということが分かった。
「あの三回生の人、頭おかしいんだって」
「僕も先輩に聞いたよ。誰も近寄らない問題児らしい」
「似合わない女装なんかしてちょっと気味悪いよね」
みんなそんなことを言っていた覚えがある。誰もその先輩の名前を口にしなかった。
あたしはせめて名前だけでも知りたくて、授業が終わり次第いちばんに学院を飛び出す先輩を尾行した。
(あの人、気味悪くなんかないもん。確かに目元がちょっときつくて、女の子の顔立ちじゃなかったけど)
華奢で小柄な彼には、ふつうは女性しか着ない打掛も似合っていたし、紅い色を印象的に使った化粧も、男の子として色っぽいと思った。
彼の悪口を聞くたび泣き出しそうな気持だったけど、あたしは級友たちに反論しなかった。憧れだった魔道学院生活のしょっぱなで失敗なんかしたくなかったからだ。
級友たちにバレないようにその日も尾行していた帰り道、鎮守の森の入り口で彼が振り返った。一羽のホオジロが高い秋空へと飛び立っていく。
目が、あった。
その翠玉のように輝く瞳は悲しそうに見えた。いつも一人でいる彼の孤独があたしの小さな胸におそいかかる。性別も年齢も超越したその美しさに、幼いあたしは射すくめられたように動けなかった。
あたしに気付いた彼が戸惑うように、わずかにほほ笑んだ――気がした。金色の髪を明るい緋色に染めて二つ結びにしていて、それがよく似合っていた。
一瞬だけ、あたしは彼の瞳にうつったんだ。
でも話しかけられなかった。勇気がなかった。初対面だから、とかじゃない。あたしはそんなことに臆するような性格じゃなかった。
ただ、学院生活のなかでつまはじきにされたくなくて、声をかけなかったのだ。
しだいに学院の授業が専門的になっておもしろくなり、友達もたくさんできて、あたしは彼のことなど忘れたふりして学院生活を送っていた。彼の瞳にうつったときから消えないきらめき、ときめき、そして哀しみ。それらを胸の奥にしまい込んだままで。
ずっと手の届かない――届くはずのないひとだったのに、旅の途中で出会ってしまった。
姿がまったく変わっていたから最初は気付かなかった。彼が「俺、橘樹葵ってんだ」と自己紹介したときも、それがむかし自分がずっと知りたがっていた名前だなんて思いもしなかった。あの気持ちは恥ずかしくて封印していたから。
でも彼の瞳があたしの記憶を揺り起こした。強い意志を秘めて輝く翠玉の瞳が――
あたしはようやく気が付いたのだ。あのころ、幼いあたしは周りのうわさ話と自分の心の境界線をうまく引けなくて見ないようにしていたけれど、きっと恋をしていたんだと――
じゃあ、いまのあたしは? 彼の魂を愛してしまったのかも―― だから男の恰好をしていようと、女性の着物を着ていようと気にならないし、それこそ人でもあやかしでも外側の姿に関係なく、樹葵だから大切だと思っている……
そんな気持ちを伝えたくて、
「あたし女の人みたいな恰好した樹葵も好きよ?」
と勇気を出して打ち明けたのだが、樹葵ったらすごく恥ずかしがっちゃった!
(ごめんね樹葵、気まずい思いをさせるつもりじゃなかったの)
きみの内面がとても繊細だと知っているのに――
人一倍感受性が豊かなきみのことだから、いつも一人でいたのは寂しかったよね。人々の視線や言葉はその心に針のように突き刺さっただろう。それでも屈せず我が道を行くきみは本当にかっこいいと思う。ふだんは軽いノリのくせにしっかり自分があって、おだやかな人なのにちゃんと貫いて生きてるとこ、あこがれちゃうな。
魔道学院の先生たちに目をつけられても街の大人たちからにらまれても冒険しちゃうきみを応援したいから、これからも自由に羽ばたけるようあたしが守ってあげたい。
あやうい硝子細工のような樹葵の心を壊すヤツは絶対許さないんだから! 全部あたしが右拳でぶちのめす!
いとおしくて思わず、あたしは腕を組んだ樹葵の手を抱きしめる。
「ちょっ、玲萌?」
うつむくように首をかしげる彼。夕日に透ける銀髪がさらりと頬にかかる。
なにを慌てているのやら。声がうわずるからバレバレなのだ。こうやってふとした拍子に少年らしい高い声になるの、きゅんとして抱きしめたくなっちゃう。でも「声がかわいい」なんて指摘したら、また困らせちゃうかな。ふだんは一生懸命、ちょっと不機嫌そうな声を出そうとしてるのも、本人的にはかっこつけてるんだろうし……
暮れなずむ空の下、
「あんたは俺にとって一生の、最高の親友だよ」
と言って、樹葵は目を細めて笑った。ふだんはちょっと目つきの鋭い彼だけど、笑うと猫ちゃんみたいでかわいいの!
これからもその屈託のない笑顔を見せてほしい。きみの美しい魂の純粋さがいつまでもけがされないように、あたしはずっとそばにいよう。これからきっと国中を――いや、世界中を旅しようね。二人でいろんなことを体験するんだ。きみのとなりはいつも、あたしの特等席だから!
あたしたちは手をつないで寄宿舎の門をくぐる。庭に並ぶ呪文のかけられた石灯籠に、ひとつふたつと魔力燈が灯りはじめた。
夕焼けの下、樹葵と二人の帰り道。やっぱり彼を学院に誘ってよかった! 通学路をいっしょに下校するなんて夢みたい。
あたしはできるだけ、さりげなく、をよそおって、樹葵の真っ白い腕に両手をからめる。あたしを見下ろして、少し驚いたように笑う彼の目がやさしい。その翠玉みたいに輝く瞳に、胸が高鳴る。
歩き慣れたこの道をこんなふうに二人並んで帰れるようになるなんて、三年前は思ってもみなかった。
あたしがはじめて樹葵を見かけたのは、ずっと夢だった王立魔道学院に合格した日のこと。お母さんと合格発表を見に来たあたしは、木の板に貼りだされた合格者名に自分の名前をみつけて飛び上がって喜んだ。
その横をすり抜けて、在校生がひとり帰っていく。目元と唇に紅をさした、胡蝶の舞う華やかな打掛姿―― あたしは思わず振り返った。
(きれいな女性! 魔道学院にはあんなおしゃれな先輩がいるんだ。入学したら仲良くなれるかな!?)
十二歳のあたしはその艶やかな姿にあこがれたし、ほかの学生たちと群れずにひとりで颯爽と帰ってゆくうしろ姿もかっこよく見えた。
でも入学してしばらくすると、その先輩は男性で、学院で有名な変人だということが分かった。
「あの三回生の人、頭おかしいんだって」
「僕も先輩に聞いたよ。誰も近寄らない問題児らしい」
「似合わない女装なんかしてちょっと気味悪いよね」
みんなそんなことを言っていた覚えがある。誰もその先輩の名前を口にしなかった。
あたしはせめて名前だけでも知りたくて、授業が終わり次第いちばんに学院を飛び出す先輩を尾行した。
(あの人、気味悪くなんかないもん。確かに目元がちょっときつくて、女の子の顔立ちじゃなかったけど)
華奢で小柄な彼には、ふつうは女性しか着ない打掛も似合っていたし、紅い色を印象的に使った化粧も、男の子として色っぽいと思った。
彼の悪口を聞くたび泣き出しそうな気持だったけど、あたしは級友たちに反論しなかった。憧れだった魔道学院生活のしょっぱなで失敗なんかしたくなかったからだ。
級友たちにバレないようにその日も尾行していた帰り道、鎮守の森の入り口で彼が振り返った。一羽のホオジロが高い秋空へと飛び立っていく。
目が、あった。
その翠玉のように輝く瞳は悲しそうに見えた。いつも一人でいる彼の孤独があたしの小さな胸におそいかかる。性別も年齢も超越したその美しさに、幼いあたしは射すくめられたように動けなかった。
あたしに気付いた彼が戸惑うように、わずかにほほ笑んだ――気がした。金色の髪を明るい緋色に染めて二つ結びにしていて、それがよく似合っていた。
一瞬だけ、あたしは彼の瞳にうつったんだ。
でも話しかけられなかった。勇気がなかった。初対面だから、とかじゃない。あたしはそんなことに臆するような性格じゃなかった。
ただ、学院生活のなかでつまはじきにされたくなくて、声をかけなかったのだ。
しだいに学院の授業が専門的になっておもしろくなり、友達もたくさんできて、あたしは彼のことなど忘れたふりして学院生活を送っていた。彼の瞳にうつったときから消えないきらめき、ときめき、そして哀しみ。それらを胸の奥にしまい込んだままで。
ずっと手の届かない――届くはずのないひとだったのに、旅の途中で出会ってしまった。
姿がまったく変わっていたから最初は気付かなかった。彼が「俺、橘樹葵ってんだ」と自己紹介したときも、それがむかし自分がずっと知りたがっていた名前だなんて思いもしなかった。あの気持ちは恥ずかしくて封印していたから。
でも彼の瞳があたしの記憶を揺り起こした。強い意志を秘めて輝く翠玉の瞳が――
あたしはようやく気が付いたのだ。あのころ、幼いあたしは周りのうわさ話と自分の心の境界線をうまく引けなくて見ないようにしていたけれど、きっと恋をしていたんだと――
じゃあ、いまのあたしは? 彼の魂を愛してしまったのかも―― だから男の恰好をしていようと、女性の着物を着ていようと気にならないし、それこそ人でもあやかしでも外側の姿に関係なく、樹葵だから大切だと思っている……
そんな気持ちを伝えたくて、
「あたし女の人みたいな恰好した樹葵も好きよ?」
と勇気を出して打ち明けたのだが、樹葵ったらすごく恥ずかしがっちゃった!
(ごめんね樹葵、気まずい思いをさせるつもりじゃなかったの)
きみの内面がとても繊細だと知っているのに――
人一倍感受性が豊かなきみのことだから、いつも一人でいたのは寂しかったよね。人々の視線や言葉はその心に針のように突き刺さっただろう。それでも屈せず我が道を行くきみは本当にかっこいいと思う。ふだんは軽いノリのくせにしっかり自分があって、おだやかな人なのにちゃんと貫いて生きてるとこ、あこがれちゃうな。
魔道学院の先生たちに目をつけられても街の大人たちからにらまれても冒険しちゃうきみを応援したいから、これからも自由に羽ばたけるようあたしが守ってあげたい。
あやうい硝子細工のような樹葵の心を壊すヤツは絶対許さないんだから! 全部あたしが右拳でぶちのめす!
いとおしくて思わず、あたしは腕を組んだ樹葵の手を抱きしめる。
「ちょっ、玲萌?」
うつむくように首をかしげる彼。夕日に透ける銀髪がさらりと頬にかかる。
なにを慌てているのやら。声がうわずるからバレバレなのだ。こうやってふとした拍子に少年らしい高い声になるの、きゅんとして抱きしめたくなっちゃう。でも「声がかわいい」なんて指摘したら、また困らせちゃうかな。ふだんは一生懸命、ちょっと不機嫌そうな声を出そうとしてるのも、本人的にはかっこつけてるんだろうし……
暮れなずむ空の下、
「あんたは俺にとって一生の、最高の親友だよ」
と言って、樹葵は目を細めて笑った。ふだんはちょっと目つきの鋭い彼だけど、笑うと猫ちゃんみたいでかわいいの!
これからもその屈託のない笑顔を見せてほしい。きみの美しい魂の純粋さがいつまでもけがされないように、あたしはずっとそばにいよう。これからきっと国中を――いや、世界中を旅しようね。二人でいろんなことを体験するんだ。きみのとなりはいつも、あたしの特等席だから!
あたしたちは手をつないで寄宿舎の門をくぐる。庭に並ぶ呪文のかけられた石灯籠に、ひとつふたつと魔力燈が灯りはじめた。
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