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第31話、君は昔から俺をみていてくれたんだね
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風呂敷に包んだ三味線を背負い、学院の門番さんに貸してもらった草履をつっかけて外に出ると、太陽は西の空に傾いていた。校門前にとまった人力車に夕露が乗っかる。
「あいつ毎日人力車で送り迎えしてもらってたのか……」
手を振る夕露を見送りながらつぶやくと、
「そーよ、お大尽の娘さんだからね。あたしたちみたいに相部屋の寄宿舎になんか住まないのよ」
と玲萌が答える。
「学生寮、うらやましがっていましたけどね、夕露さん。わたくしもその気持ち、分かりますもの」
惠簾は神社の仕事があるから毎日片道徒歩、四半刻以上かけて通っているそうだ。
「じゃ、また明日ね~!」
玲萌が手を振ると、惠簾は行儀よく礼をした。「はい、お二人ともどうぞお気をつけて」
「あんたもな。田舎道とはいえ女の子がひとりで歩くってなぁ――」
「ご安心くださいませ。わたくしの神通力をもってすれば防げぬ災いはありませぬから。どんな悪い方も一発ですわよ。うふふ」
上品な笑顔が恐ろしい…… まじで言葉通り、人知を超えた力により一発でのされるんだろーなー。
俺たちは挨拶を交わしあって背を向けると、互いの道をゆく。俺と玲萌は街とは反対方向、鎮守の森の横を歩いて学生寮へ帰るのだ。
「樹葵、むかし鎮守の森つっきって帰ってたわよね~」
「よく知ってんな」
俺は驚いて並んで歩く玲萌を見る。俺が二年前魔道学院の学生だったとき―― そっか、玲萌はすでに一回生で在籍してたのか。
「あそこ近道なんだよ」
「でも夏だってうっそうとしてて雰囲気あるじゃない?」
「まあな」
適当にかわす俺。
実を言うと、学院から寮へ続くあぜ道はたくさん学生が通るから使いたくなかったのだ。みんな三々五々連れだって帰ってるってーのに、俺だけいつも一人ぼっちなんだぜ? ダセーじゃん。だからなるべくほかの学生と顔をあわせず帰宅しようという、陰キャの鏡だったなあ、あのころの俺。
そんな俺の気を知ってか知らでか、玲萌はけろっとした顔で、
「いまごろの季節なんて真っ暗だしさ。そこをわざわざ魔力光ともして帰るなんて、樹葵って変わり者だったよねぇ。いまもか」
と言うと、くすくすと笑いながら俺の腕にしがみついた。俺の長半纏は袖がないから――肩から枝分かれしたツノが生えているというイカした姿のため――、玲萌の小袖のはだざわりが心地よい。
こうして俺を慕ってくれる玲萌がいるから、今は安心して寮までの道を歩いて帰れる。いやこの子、二年前も学院にいたのか。そして俺を知ってたわけか。まあ俺はあの頃もべつの方向性で目立つ外見だったからな。しかしそれにしても――
「あんたなんでそこまで知ってるんだ?」
玲萌はいたずらっぽいまなざしを俺に向けて笑っている。「この話、しちゃう!?」
と、もったいぶってから、
「実はね、魔道学院に入学したばかりのころ樹葵を見かけてとっても興味を持って、しばらく帰り道まいにち尾行してたのよ! きゃははっ」
照れ隠しなのか大笑いする。
「声かけてくれりゃあよかったのに」
と言っちまってから、かけられるわけねぇか、と思い直す。
魔道学院には座学の必修科目も多いとはいえ、やはり実技を制するものが尊敬される。いまでこそ未曽有の魔力を持つため一目置かれている俺だが、あのころは成績悪いし友だちはいねーし、しかも妙な恰好していたせいで、誰も声をかけないような立ち位置だったのだ。
「そうね、本当に」
玲萌は少し悲しげに言うと、つないだ手にぎゅっと力をこめた。
「いいんだよ、新入生が俺みたいに変な先輩に声かけたら、学院で居場所なくなっちまうだろ」
「そう思っちゃったのよね~! あのころのあたし幼かったな。でも樹葵も学院にお化粧してくるし――」
「うわぁぁぁ! 言わないで!!」
俺は悲鳴をあげた。
「なに? 消したい過去なの? 花魁みたいな恰好、似合ってたわよ?」
「頼むから記憶から消してくれ、玲萌!」
首から上が熱くなるのが分かる。
「へんなの。あたし女の人みたいな恰好した樹葵も好きよ?」
「もうこの話はやめよう! それから女性の恰好をしていたつもりはねぇんだ。自分が綺麗だと思うものをまとったら、ああなっちまったんだよ!!」
あせって声が甲高くなる俺。それもまたカッコ悪くて、いやな汗をかく。
「なるほど、いまと同じってことね」
「言われてみれば」
俺は思わず納得した。自分自身のことにもかかわらず。確かに現在も、自分が綺麗だと思う姿を手に入れたら、世間からは妖怪だの化け物だの騒がれることになってしまった。
やっぱり玲萌はかしこいな。俺が自分で分からないことまで言い当てやがる。俺はいまもむかしも、なりたい自分を表現していただけだったんだよな。自分が美しいと信じる姿で自由に生きていきたいといつも、もがいていたんだ。
稲刈りの終わった田んぼの中にこんもりと佇む鎮守の森へ、真っ赤な夕日がかかる。あぜ道と鎮守の森を分かつように立つ白い石鳥居が、俺たちを静かに見下ろしている。
口をつぐんでいた玲萌が、いきなり俺の腕を抱きしめるように自分の胸に押し付けた。着物の上から見ててもよく分からねぇが、やっぱり玲萌も女の子だ。本人なんにも気付いちゃいねぇようだが、俺の手首があんたのやわらかいところに当たってるんだってば!
「ちょっ、玲萌?」
俺は反応に困って、前をみつめたままの玲萌をのぞきこむ。彼女は俺を見上げると、夕日を映した瞳に包み込むようなやさしさを浮かべてほほ笑んだ。「じゃ、この話は十年後にでもしようね」
「え?」
「樹葵が過去の自分を平常心で受け入れられるようになったらってことよ!」
玲萌は明るく言った。
「そうだな」
俺も笑ってうなずいてから、ちょっぴり不安になる。
「玲萌、十年後もこんな俺と友達でいてくれるのか?」
「あったりまえでしょーっ あたしは一生、樹葵のとなりにいたいんだから!」
なんてうれしいことを言ってくれるんだ。俺は思わず満面の笑顔になる。
「ありがとな、俺もずっとあんたのとなりにいたいと思ってたよ」
だが玲萌は何に思い当たったのか、急に赤面した。
「あのっ―― し、親友としてってことだからねっ!!」
「分かってるって。あんたは俺にとって一生の、最高の親友だよ」
「あいつ毎日人力車で送り迎えしてもらってたのか……」
手を振る夕露を見送りながらつぶやくと、
「そーよ、お大尽の娘さんだからね。あたしたちみたいに相部屋の寄宿舎になんか住まないのよ」
と玲萌が答える。
「学生寮、うらやましがっていましたけどね、夕露さん。わたくしもその気持ち、分かりますもの」
惠簾は神社の仕事があるから毎日片道徒歩、四半刻以上かけて通っているそうだ。
「じゃ、また明日ね~!」
玲萌が手を振ると、惠簾は行儀よく礼をした。「はい、お二人ともどうぞお気をつけて」
「あんたもな。田舎道とはいえ女の子がひとりで歩くってなぁ――」
「ご安心くださいませ。わたくしの神通力をもってすれば防げぬ災いはありませぬから。どんな悪い方も一発ですわよ。うふふ」
上品な笑顔が恐ろしい…… まじで言葉通り、人知を超えた力により一発でのされるんだろーなー。
俺たちは挨拶を交わしあって背を向けると、互いの道をゆく。俺と玲萌は街とは反対方向、鎮守の森の横を歩いて学生寮へ帰るのだ。
「樹葵、むかし鎮守の森つっきって帰ってたわよね~」
「よく知ってんな」
俺は驚いて並んで歩く玲萌を見る。俺が二年前魔道学院の学生だったとき―― そっか、玲萌はすでに一回生で在籍してたのか。
「あそこ近道なんだよ」
「でも夏だってうっそうとしてて雰囲気あるじゃない?」
「まあな」
適当にかわす俺。
実を言うと、学院から寮へ続くあぜ道はたくさん学生が通るから使いたくなかったのだ。みんな三々五々連れだって帰ってるってーのに、俺だけいつも一人ぼっちなんだぜ? ダセーじゃん。だからなるべくほかの学生と顔をあわせず帰宅しようという、陰キャの鏡だったなあ、あのころの俺。
そんな俺の気を知ってか知らでか、玲萌はけろっとした顔で、
「いまごろの季節なんて真っ暗だしさ。そこをわざわざ魔力光ともして帰るなんて、樹葵って変わり者だったよねぇ。いまもか」
と言うと、くすくすと笑いながら俺の腕にしがみついた。俺の長半纏は袖がないから――肩から枝分かれしたツノが生えているというイカした姿のため――、玲萌の小袖のはだざわりが心地よい。
こうして俺を慕ってくれる玲萌がいるから、今は安心して寮までの道を歩いて帰れる。いやこの子、二年前も学院にいたのか。そして俺を知ってたわけか。まあ俺はあの頃もべつの方向性で目立つ外見だったからな。しかしそれにしても――
「あんたなんでそこまで知ってるんだ?」
玲萌はいたずらっぽいまなざしを俺に向けて笑っている。「この話、しちゃう!?」
と、もったいぶってから、
「実はね、魔道学院に入学したばかりのころ樹葵を見かけてとっても興味を持って、しばらく帰り道まいにち尾行してたのよ! きゃははっ」
照れ隠しなのか大笑いする。
「声かけてくれりゃあよかったのに」
と言っちまってから、かけられるわけねぇか、と思い直す。
魔道学院には座学の必修科目も多いとはいえ、やはり実技を制するものが尊敬される。いまでこそ未曽有の魔力を持つため一目置かれている俺だが、あのころは成績悪いし友だちはいねーし、しかも妙な恰好していたせいで、誰も声をかけないような立ち位置だったのだ。
「そうね、本当に」
玲萌は少し悲しげに言うと、つないだ手にぎゅっと力をこめた。
「いいんだよ、新入生が俺みたいに変な先輩に声かけたら、学院で居場所なくなっちまうだろ」
「そう思っちゃったのよね~! あのころのあたし幼かったな。でも樹葵も学院にお化粧してくるし――」
「うわぁぁぁ! 言わないで!!」
俺は悲鳴をあげた。
「なに? 消したい過去なの? 花魁みたいな恰好、似合ってたわよ?」
「頼むから記憶から消してくれ、玲萌!」
首から上が熱くなるのが分かる。
「へんなの。あたし女の人みたいな恰好した樹葵も好きよ?」
「もうこの話はやめよう! それから女性の恰好をしていたつもりはねぇんだ。自分が綺麗だと思うものをまとったら、ああなっちまったんだよ!!」
あせって声が甲高くなる俺。それもまたカッコ悪くて、いやな汗をかく。
「なるほど、いまと同じってことね」
「言われてみれば」
俺は思わず納得した。自分自身のことにもかかわらず。確かに現在も、自分が綺麗だと思う姿を手に入れたら、世間からは妖怪だの化け物だの騒がれることになってしまった。
やっぱり玲萌はかしこいな。俺が自分で分からないことまで言い当てやがる。俺はいまもむかしも、なりたい自分を表現していただけだったんだよな。自分が美しいと信じる姿で自由に生きていきたいといつも、もがいていたんだ。
稲刈りの終わった田んぼの中にこんもりと佇む鎮守の森へ、真っ赤な夕日がかかる。あぜ道と鎮守の森を分かつように立つ白い石鳥居が、俺たちを静かに見下ろしている。
口をつぐんでいた玲萌が、いきなり俺の腕を抱きしめるように自分の胸に押し付けた。着物の上から見ててもよく分からねぇが、やっぱり玲萌も女の子だ。本人なんにも気付いちゃいねぇようだが、俺の手首があんたのやわらかいところに当たってるんだってば!
「ちょっ、玲萌?」
俺は反応に困って、前をみつめたままの玲萌をのぞきこむ。彼女は俺を見上げると、夕日を映した瞳に包み込むようなやさしさを浮かべてほほ笑んだ。「じゃ、この話は十年後にでもしようね」
「え?」
「樹葵が過去の自分を平常心で受け入れられるようになったらってことよ!」
玲萌は明るく言った。
「そうだな」
俺も笑ってうなずいてから、ちょっぴり不安になる。
「玲萌、十年後もこんな俺と友達でいてくれるのか?」
「あったりまえでしょーっ あたしは一生、樹葵のとなりにいたいんだから!」
なんてうれしいことを言ってくれるんだ。俺は思わず満面の笑顔になる。
「ありがとな、俺もずっとあんたのとなりにいたいと思ってたよ」
だが玲萌は何に思い当たったのか、急に赤面した。
「あのっ―― し、親友としてってことだからねっ!!」
「分かってるって。あんたは俺にとって一生の、最高の親友だよ」
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