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第59話、一難去ってまた一難、ここは女難の湯!?
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玲萌たちは大岩のほうで話しているから、こっちには気付いていないようだ。
「玲萌しゃん、奈楠さんが説明するニャ。沙屋さんと取引があるなじみの呉服屋さんがね、流行を先取りして異国風の商品を新たに売り出したいそうにゃ。それで魔道学院の出し物で劇をやるなら、衣装を提供して宣伝してもらおうと考えたのにゃ」
惠簾に密着されて、奈楠さんの話が全然頭に入らねえ。黒髪を結い上げた惠簾がうっとりと、俺の胸に頬を寄せている。
「橘さま…… きれい――」
大きな龍の眼を埋め込んだせいで俺の胸部には放射状の傷あとが残っているのだが、さすが肝の据わった巫女さん、そんなこたぁ気にしちゃいねぇようだ。ちなみにいまは眼を閉じている。天然温泉水とかしみそうじゃん?
「そういえば、気になっていたのでしたわ」
小声でつぶやいた惠簾が体を起こしたかと思うと、いきなり手ぬぐいのはしをめくって俺の腰に人差し指をすべらせた。
「ひあっ」
くすぐってぇなもう! 変な声出ちまったじゃねーか……
「龍神さまのうろこはこのあたりまで生えてるんですねぇ」
くすくす笑いながら、あだっぽいまなざしで見上げた。この娘が興味あんのはこの身体に埋め込まれた白龍の遺物だけ、人間の俺に関心ねえことくらい分かってるが、鼓動が早くなる。
「おしりにうろこはあるのかしら?」
「やっ…… さわらないでっ――」
「橘さまったら高い声出しちゃってかーわいっ♥」
くそっ、ひとのこと害のない小動物みてぇに扱いやがって。
「白龍さんのしっぽが生えてたりは――」
尾骶骨から下向きに、するぅっと細い指先が降りてきて、
「ひゃんっ やめっ――」
俺は危うく飛び上がりそうになる。
「――しないんですわね」
にっこり笑ってぺろりと唇をなめた。
こいつあり得ねえ! 俺のケツの割れ目さわっただろいま!? 仕返ししてやるっ!
俺は無言で、惠簾の太ももを鉤爪でそろりとなでた。襦袢の上からだし構わねえだろ。女の子だと思ってめちゃめちゃ譲歩してやってるんだ。
「きゃはっ、くすぐったい!」
「けっ、ざまーみー」
「もうっ、悪ガキみたいな顔で牙のぞかせちゃって!」
惠簾が人差し指で俺の頬をつつく。
「だって先にさわってきたの、そっちじゃん」
言い返した俺の手を取り、惠簾は長襦袢の上から胸の谷間に押しつけた。「あら、この真っ白いきれいな手でわたくしに触れたいなら、いくらでもどうぞ?」
天下一の人形師の傑作かというほど完璧に整った顔立ちに、蠱惑的な笑みを浮かべながら、惠簾は俺の手をもてあそんでいた。うぅ…… 指のあいだの水かきムニムニさわるのやめてほしい…… 抗議しようと口をひらいたとき、
「ちょっと樹葵!」
「ふえぇ!?」
いきなり飛んできた玲萌の怒声に思いっきしキョドる俺。
「顔真っ赤だけど大丈夫!?」
「は、はい……」
内容とはうらはらに怒り心頭な玲萌の声色に、思わず敬語になる。
「そんなとこで惠簾ちゃんとちちくりあって、配役の話聞いてなかったでしょ!」
うっ、確かに何も記憶にない……
「いい? 魔界の姫があたし。樹葵はその護衛の騎士。惠簾ちゃんは人間界の帝国の姫君。夕露はあたしのメイドさんよ。凪留には人間界の勇者がいる小国の王子を頼むつもり」
「へぇ――」
情報過多で思考が停止する俺。となりの惠簾を見ると彼女は何食わぬ顔で、
「龍神さまのお肌、絹の襦袢より真っ白ですわね――」
などと言いながら、濡れた袖を俺のへその下にあてる。
「んっ……そ、そこはあんたの信仰する龍神さまのうろこは生えてねぇから――」
色が抜けちまっただけで人間の肌のままだ。
「見れば分かりますわ」
そんならへその下なでんのやめてくれよ…… じゃねぇと――
「鎮まれ鎮まれ、鎮まりたまえ」
やべぇ、心の声がもれちまった。マジで下腹部まさぐるのやめて欲しいんだわ。
「うふっ、なんの呪文ですの?」
手ぬぐいの上から股間をおさえる俺の両手に、惠簾が細い指を重ねる。
「巫女の神通力をお貸ししましょうか?」
惠簾のもう一方の腕が、俺の背中にまわる。仙骨の上をやさしくすべり、腰を引き寄せた。
「はんっ……」
やわらかい手つきに意図せず女みてぇな声が出る。顔から火が出る思いで俺はうつむいた。
「でもまずは患部を見せていただかないと、術をかけられませんのよ?」
惠簾の赤い唇からすべり出るささやきが、俺の耳をくすぐる。
「どこを鎮めたいんですの? 見せてくださいまし」
笑いを含んだように耳打ちすると、手ぬぐいを固く握る俺の両手をあやすようになでた。抵抗することに疲れた俺が、彼女の甘い声に身をゆだねそうになったとき――
「ちょっとそこぉっ! 近いのよ!!」
ふたたび玲萌のさけび声が飛んできた。「樹葵涙目じゃない!」
いやいや、それはないはず…… 俺は手の甲でまつ毛を濡らす汗をぬぐった。
「あらら、未来の本妻さんに怒られちゃいましたわ。てへっ」
わけ分かんねえこと言ってぺろりと舌を出すと、惠簾は水音を立てて湯の中にすべり降りた。
「ちょっ……惠簾ちゃん、未来のなに!?」
玲萌が耳まで赤くなっている。「へんなこと言わないでよぉぉっ!」
絶叫が露天風呂にこだました。
「それじゃ奈楠さんたちは正妻しゃんの邪魔をしにゃいよう女湯のほうに戻ってるニャ」
奈楠さんの言葉を合図に、惠簾と夕露が大岩から遠のいてゆく。
「な、奈楠さんまでバカぁっ!」
なぜか玲萌だけ残って赤くなってんのはのぼせてんのか? まあ女子ってなぁときどき意味不明だから深く考えてもしょーがねーな。俺はひとつ小さくため息ついて、湯の中に戻ると海の見える方へ歩いて行った。
「玲萌しゃん、奈楠さんが説明するニャ。沙屋さんと取引があるなじみの呉服屋さんがね、流行を先取りして異国風の商品を新たに売り出したいそうにゃ。それで魔道学院の出し物で劇をやるなら、衣装を提供して宣伝してもらおうと考えたのにゃ」
惠簾に密着されて、奈楠さんの話が全然頭に入らねえ。黒髪を結い上げた惠簾がうっとりと、俺の胸に頬を寄せている。
「橘さま…… きれい――」
大きな龍の眼を埋め込んだせいで俺の胸部には放射状の傷あとが残っているのだが、さすが肝の据わった巫女さん、そんなこたぁ気にしちゃいねぇようだ。ちなみにいまは眼を閉じている。天然温泉水とかしみそうじゃん?
「そういえば、気になっていたのでしたわ」
小声でつぶやいた惠簾が体を起こしたかと思うと、いきなり手ぬぐいのはしをめくって俺の腰に人差し指をすべらせた。
「ひあっ」
くすぐってぇなもう! 変な声出ちまったじゃねーか……
「龍神さまのうろこはこのあたりまで生えてるんですねぇ」
くすくす笑いながら、あだっぽいまなざしで見上げた。この娘が興味あんのはこの身体に埋め込まれた白龍の遺物だけ、人間の俺に関心ねえことくらい分かってるが、鼓動が早くなる。
「おしりにうろこはあるのかしら?」
「やっ…… さわらないでっ――」
「橘さまったら高い声出しちゃってかーわいっ♥」
くそっ、ひとのこと害のない小動物みてぇに扱いやがって。
「白龍さんのしっぽが生えてたりは――」
尾骶骨から下向きに、するぅっと細い指先が降りてきて、
「ひゃんっ やめっ――」
俺は危うく飛び上がりそうになる。
「――しないんですわね」
にっこり笑ってぺろりと唇をなめた。
こいつあり得ねえ! 俺のケツの割れ目さわっただろいま!? 仕返ししてやるっ!
俺は無言で、惠簾の太ももを鉤爪でそろりとなでた。襦袢の上からだし構わねえだろ。女の子だと思ってめちゃめちゃ譲歩してやってるんだ。
「きゃはっ、くすぐったい!」
「けっ、ざまーみー」
「もうっ、悪ガキみたいな顔で牙のぞかせちゃって!」
惠簾が人差し指で俺の頬をつつく。
「だって先にさわってきたの、そっちじゃん」
言い返した俺の手を取り、惠簾は長襦袢の上から胸の谷間に押しつけた。「あら、この真っ白いきれいな手でわたくしに触れたいなら、いくらでもどうぞ?」
天下一の人形師の傑作かというほど完璧に整った顔立ちに、蠱惑的な笑みを浮かべながら、惠簾は俺の手をもてあそんでいた。うぅ…… 指のあいだの水かきムニムニさわるのやめてほしい…… 抗議しようと口をひらいたとき、
「ちょっと樹葵!」
「ふえぇ!?」
いきなり飛んできた玲萌の怒声に思いっきしキョドる俺。
「顔真っ赤だけど大丈夫!?」
「は、はい……」
内容とはうらはらに怒り心頭な玲萌の声色に、思わず敬語になる。
「そんなとこで惠簾ちゃんとちちくりあって、配役の話聞いてなかったでしょ!」
うっ、確かに何も記憶にない……
「いい? 魔界の姫があたし。樹葵はその護衛の騎士。惠簾ちゃんは人間界の帝国の姫君。夕露はあたしのメイドさんよ。凪留には人間界の勇者がいる小国の王子を頼むつもり」
「へぇ――」
情報過多で思考が停止する俺。となりの惠簾を見ると彼女は何食わぬ顔で、
「龍神さまのお肌、絹の襦袢より真っ白ですわね――」
などと言いながら、濡れた袖を俺のへその下にあてる。
「んっ……そ、そこはあんたの信仰する龍神さまのうろこは生えてねぇから――」
色が抜けちまっただけで人間の肌のままだ。
「見れば分かりますわ」
そんならへその下なでんのやめてくれよ…… じゃねぇと――
「鎮まれ鎮まれ、鎮まりたまえ」
やべぇ、心の声がもれちまった。マジで下腹部まさぐるのやめて欲しいんだわ。
「うふっ、なんの呪文ですの?」
手ぬぐいの上から股間をおさえる俺の両手に、惠簾が細い指を重ねる。
「巫女の神通力をお貸ししましょうか?」
惠簾のもう一方の腕が、俺の背中にまわる。仙骨の上をやさしくすべり、腰を引き寄せた。
「はんっ……」
やわらかい手つきに意図せず女みてぇな声が出る。顔から火が出る思いで俺はうつむいた。
「でもまずは患部を見せていただかないと、術をかけられませんのよ?」
惠簾の赤い唇からすべり出るささやきが、俺の耳をくすぐる。
「どこを鎮めたいんですの? 見せてくださいまし」
笑いを含んだように耳打ちすると、手ぬぐいを固く握る俺の両手をあやすようになでた。抵抗することに疲れた俺が、彼女の甘い声に身をゆだねそうになったとき――
「ちょっとそこぉっ! 近いのよ!!」
ふたたび玲萌のさけび声が飛んできた。「樹葵涙目じゃない!」
いやいや、それはないはず…… 俺は手の甲でまつ毛を濡らす汗をぬぐった。
「あらら、未来の本妻さんに怒られちゃいましたわ。てへっ」
わけ分かんねえこと言ってぺろりと舌を出すと、惠簾は水音を立てて湯の中にすべり降りた。
「ちょっ……惠簾ちゃん、未来のなに!?」
玲萌が耳まで赤くなっている。「へんなこと言わないでよぉぉっ!」
絶叫が露天風呂にこだました。
「それじゃ奈楠さんたちは正妻しゃんの邪魔をしにゃいよう女湯のほうに戻ってるニャ」
奈楠さんの言葉を合図に、惠簾と夕露が大岩から遠のいてゆく。
「な、奈楠さんまでバカぁっ!」
なぜか玲萌だけ残って赤くなってんのはのぼせてんのか? まあ女子ってなぁときどき意味不明だから深く考えてもしょーがねーな。俺はひとつ小さくため息ついて、湯の中に戻ると海の見える方へ歩いて行った。
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