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第70話、美少女たちの演技は本気度が違う

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樹葵ジュキちゃんが演技するなんて、ワックワクにゃ!」

 奈楠ナナンさんはなぜか、生徒会室までついてきた。

 玲萌レモは庭に面した畳敷きの部屋をぐるっと見回して、

「あーもう! 師匠ったら来てないじゃない! 最初の場面はあたしがやる魔界の姫レモネッラと、師匠演じるアンリ兄さまの出番なのに! 『妹よ、お前の婚約者が決まった』って告げに来る大事な場面なのよ!」

「飛ばして進めようぜ」

 壁に寄りかかってあぐらをかいていた俺は、台本をめくった瞬間、心の中でしまったとつぶやいた。次の場面から出てくるジュキエーレとかいう名前、俺の役だったような……

樹葵ジュキ、出番よ!」

 ああやっぱり。俺は観念して立ち上がる。玲萌レモはいきいきと目を輝かせ、

「あたしの役――レモネッラ姫は、樹葵ジュキ演じる護衛の騎士ジュキエーレに恋をしているの。――っていう演技をするわね!」

「ふだんとなにか変わるのかにゃ?」

奈楠ナナンさんはだまってて!」

 玲萌レモが俺に恋をしている演技をするって!? なんか緊張してきた!

樹葵ジュキも姫に秘めた恋心があるって演技をするのよ!」

「えええ、どうやって!?」

「ふたり一瞬みつめあうの」

「まじかよ」

 みんながなぜだか実に楽しそうに見物している前で、みつめあう秘めた恋人たちを演じるだなんて――

玲萌レモは、いやじゃないの?」

「はっ!? なにが!?」

 めちゃくちゃうろたえさせてしまった。俺はうつむいて、

「その、俺と…… こんな演技――」

「えっと、あたしは……っ」

 言葉につまる玲萌レモ

「本望なのでは?」

 冷めた声は生徒会長・凪留ナギルのもの。「本人がゴリ押しした企画だし、そもそも配役決めたのも、台本に起こしたのも玲萌レモくんでしょ?」

 凪留ナギルの言葉に反発するかと思いきや、

「そ、そうよ。樹葵ジュキ

 玲萌レモは素直にうなずいた。「強くてかっこいい樹葵ジュキは、魔界でも最強種族って設定の竜族の騎士ジュキエーレにぴったりだと思ったの!」

 俺をまっすぐみつめる視線は真剣そのものだ。

「それにあたし、樹葵ジュキと想い合ってる姫さま役――」

 玲萌レモは少し伏し目がちになって、

「――やじゃないよ……」

 か細い声でつぶやいた。いつもは元気な玲萌レモのこんな表情、ドキッとするじゃんか……

樹葵ジュキは?」

 ちょっぴり不安げに上目づかいになって、

「……やなの?」

「なわけねーだろ!」

 俺は即答した。「むしろなんだ、そのっ……うれしいっつーか――」

 胃ん中で蝶々が舞ってるかのように落ち着かなくて言葉が続かねえ。ふいっとそっぽを向いた俺の胸に玲萌レモが飛び込んできた。

「よかったぁ!」

 その明るい笑顔はいつもの玲萌レモだ。さりげなく抱き寄せると、彼女の体温が伝わってきて心まであたたかくなる。

 玲萌レモの細い腕が伸びてきて、人差し指と中指でそっと俺の耳をはさむようになでた。

「ふふっ。樹葵ジュキ、はじめましょ! レモネッラ姫の部屋にジュキエーレがやってくる第一幕の第二場からね」

 台本によれば第二場は〝姫の部屋の扉がたたかれる〟から始まる。

「扉とか小道具こどうぐ作んの?」

「コンコンって口で言えばいいのよ」

「えっ、ダサくね?」

「平気よぉ!」

 平気かどうか判断するのはあんたじゃなくて、コンコン言わされる俺だからな?

「実家に相談してみるから」

 俺は疲れた声を出す。「うちの店たまに寸劇なんかもやるんだよ。前に使った道具類が残ってるかもしんねぇ」

「わぁ素敵! 樹葵ジュキの家も夕露ユーロの家も優秀ね! うちのお父さんなんてみんなの戸籍見るくらいしかできないわ」

 こわっ 個人情報ダダもれじゃん。

「いまはとりあえず、壁でもたたいておいては?」

 凪留ナギルの冷静な助言に俺はうなずいて、横の壁をたたいて芝居をはじめる。

「〝どうぞ。あいてるわ〟」

 玲萌レモがすました声を出す。魔王の娘とはいえ姫さん役だもんな。

「〝失礼します、姫さま〟」

 何歩か歩いて部屋に入ったことにして、ト書き通りひざまずく俺。「〝ご婚約が決まったとのこと、お祝い申し上げます〟」

 〝こうべをたれるジュキエーレ〟という指示を守って、足元に広げた台本に視線を落としていると、悲しそうな玲萌レモの声が降ってくる。

「〝ありがとう、ジュキ。どうぞ顔をあげてちょうだい〟」

 〝顔をあげるジュキエーレ。二人の視線が交錯し、しばしみつめあう〟

 そこには胸が苦しくなるほど切ない表情をした玲萌レモがいた。演技だって分かってる。分かってるんだが、はじめて見る玲萌レモの大人びた表情に思わず息をのんだ。

「ちょっと樹葵ジュキ、次のせりふ言ってよ」

「ふえぇ? 俺だっけ?」

 あわてて台本に目を落とすと――

「ぅわほんとだ! えっと…… レモネッラ姫、そんな悲しげなお顔をなさらねぇで。じゃねーや。なさらないで、か」

 たまらず玲萌レモが吹き出すとほかのやつらも笑いだす。

「あーもーだめだっ」

 やっぱ恥ずかしい!! どうしたらいいか分からず、ひざまずいたまま両手で顔をおおうと、玲萌レモが俺の前に両ひざをついて、

「やだもう、樹葵ジュキったらかわいいっ!」

 甲高い声をあげて、俺の頭を抱きしめてほおずりしやがる。完全にいつもの玲萌レモじゃん。よくこんなサクっと自分に戻れるな。いや、それよりも――

「なあ、なんでそんな本当に悲しそうな顔ができるんだよ?」

 玲萌レモに髪をさわられながら、純粋な疑問を口にする俺。

「えっ?」

 玲萌レモは俺から離れると、上目づかいになって人差し指をあごにあて、

「う~んと…… もし現実だったらどんな気持ちだろうって想像したのよ。あたしが樹葵ジュキ以外の人と無理やりケッ――」

「け?」

 問い返すと、玲萌レモは落ち着きなくまばたきした。

 惠簾エレン奈楠ナナンさんは身を乗り出し、凪留ナギルは気まずそうに目をそらした。安定の夕露ユーロは居眠り中。俺が羽織らせてやった水浅葱みずあさぎ色の布をかぶったまま寝息を立てている。

「ええっと、ケ……け……」

 なにか思いついたのか、玲萌レモはポンっと手をたたいた。

毛蟹けガニを食べなきゃいけないとしたらって!!」

「なんでいきなり毛蟹!?」

 意表をつかれて声が高くなる俺に、

「だ、だって! おいしいものはいっしょに食べたいでしょっ!」

 なぜかちょっと目が怖くなる玲萌レモ

「うんまあそう―― だよな?」

 なんか勢いに押し切られた感があるが、まあいいか。

樹葵ジュキちゃんたらまるめ込まれちゃったにゃ」

 なんかがっかりしてる奈楠ナナンさんに、惠簾エレンが優雅なしぐさで手を合わせる。

たちばなさまは疑うことを知らない清らかな御心みこころをお持ちなのです」

 ったくまた勝手なこと言いやがって。

 すると凪留ナギルが手を挙げて、

樹葵ジュキくんが清らかかおバカか知りませんが、玲萌レモくんの架空と現実をごっちゃにした演技に心を奪われすぎるのは困りますね」

 ん? 凪留ナギルのやついまなんて――

「ちょっと凪留ナギル、失礼ね! 稀代きだいの女優もびっくりなあたしの名演にっ!」

 玲萌レモが声を荒らげたせいで、凪留ナギルがなに言いやがったか忘れたじゃねぇか。

たちばなさま、玲萌レモさんの迫真の演技にお心を乱されるようでしたら、ご自分の呼吸に意識を向けてみてください。瞑想するときのように――」

「いや瞑想とかしねぇから」

 即座に切り返した俺の言葉には一切動じず、

「では少し練習してみましょう。わたくしがせりふを読みますから、呼吸を数えるようつとめてくださいまし」

 台本をぺらぺらとめくった。

「人間界の王宮舞踏会の場面がよろしいかしら。わたくし演じる帝国の姫君も招待されていて、彼女のまわりは求婚する男たちであふれている。しかし姫は小国の王子を遠くからみつめ、その恋心を独白するのですわ」

惠簾エレンくん――」

 いつも落ち着き払ってる凪留ナギルがめずらしく慌ててさえぎった。「その小国の王子は僕の役です」

「存じ上げておりますわ。たちばなさまが平常心を保つ練習に使うだけのこと」

 凪留ナギルの恋心に気付いているのかいないのか、言葉はていねいだが有無を言わせない惠簾エレン。不服そうな凪留ナギルはまだなにか反論しようと口をひらきかけたが、惠簾エレンは台本片手にすでに立ち上がっている。

「〝なんてお美しいお方! 今日も神々しいお姿が素敵ですわ〟」

 歌うようにせりふを読みながら、俺の方にしゃなりしゃなりと近づいてくる。

「〝やさしいあなたはわたくしにもほほ笑みかけてくださるけれど、そのお心はほかの女性のもの――〟」

 うれいをおびたまなざしでみつめながら、右手のひらをそっと俺の胸にあてた。せりふの口調がふだんの惠簾エレンに近いせいで、本人の言葉のようで落ち着かねえ……

「〝分かっておりますわ。でもわたくしは我が心に忠実に、あなたを愛しますの〟」

 くちもとには笑みを浮かべて。だが漆黒の双眸そうぼうには深い悲しみがたゆとうている。その瞳に吸い寄せられて、俺はまばたきすら忘れた。

たちばなさま?」

 惠簾エレンが首をかしげて俺をのぞきこんだ。

「ハッ」

「呼吸を数えていらっしゃいました?」

「忘れてました」

 俺は素直に白状した。

「うふふっ やっぱり」

 惠簾エレンは手のひらを俺の左胸にあてたまま、もう一方の手を自分のくちもとにそえて笑い出した。「しっかり鼓動が早くなってましたもんね!」

 うっ…… そのために俺の胸に手ぇあててたのかよ。

「でもさ惠簾エレン。この場面、独白なんだろ? なのにあんためっちゃ俺のこと見つめてくるし、ずるいじゃん」  

 苦しまぎれに文句を言うと、

「まあ不満そうに口をとがらせちゃって」

 と、細い指先でぷにっと唇にれられてしまった。

「ただの練習ですわよ。そもそもわたくしの役が恋をしている相手は残念ながら、たちばなさまの役じゃありませんからね」

 惠簾エレンはほほ笑んでいたが、その目は少し寂しそうで、演技をしているときの彼女を思い出さずにはいられなかった。
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