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32、せめて穏やかに
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自宅マンション。
ようやく帰り着いた我が家にほっと安堵の息をつく。
「あー、やっぱり自宅は落ち着くなあ」
「うん。もう帰ってこれないかと思った」
「おいおい、怖いことを言うなよ」
「だって……」
「ん?」
「ううん、何でもない」
中岡の自宅アパートに連れ込まれていた時、「ずっとここに居るんだ」と言われたことを思い出して身震いする。
それを誤魔化そうと、楓は無理やり口角を上げて笑って見せた。
「あ、お茶でもいれるね」
「え? ゆっくりしてて良いんだぞ」
「平気。何かしてた方が気が紛れるから」
「そうか。じゃあ、頼む」
荷物を部屋に置いて、楓はキッチンに立つ。
慣れた手つきでテキパキと動くが、時折怪我した部分を庇うような仕草も見せた。
無理をさせたくない思いと、本人の頑張りを無碍にしたくない思いが康介の中でせめぎ合う。
そんな康介の目の前に湯気の立つ紅茶が差し出された。
更に、お茶請けのクッキーも添えられる。
「さ、どうぞ」
「ありがとう」
康介がお礼を言うと、楓は嬉しそうに笑った。
彼の頑張りを優先させた判断は間違ってなかったのだと思い、康介も笑った。
それからしばらく、美味しい紅茶を飲みながら他愛もない会話を楽しんだ。
晩ご飯には何が食べたいとか、楓の趣味である手芸の話、康介オススメの本について、等々。
絶えず微笑みを浮かべ、穏やかな時間を過ごした。
そうして、時刻が4時に差し掛かったあたりで康介が名残惜しそうに話を切り上げた。
「あー……もうこんな時間か。そろそろ家を出ないと」
「何かあるの?」
「ああ。楓の学校で保護者説明会があるんだ」
「あ……」
楓もすぐに理解した。
所属している教諭が殺人容疑で逮捕されたことを受けて、学校は大騒ぎになっていた。
まずは保護者向けに今後の方針についての説明・質疑応答が行われる。
康介は楓の父親なので、当然その集会に参加するわけだ。
「できるだけ早く戻るようにするから。楓はゆっくり過ごしていてくれ」
「う、うん」
頷きつつも、楓の顔には明らかな不安の色が浮かんでいた。
心細いのだろう。無理もない。
しかも、こんな日に限って朝から雨ときている。
「あ、そうだ」
玄関先に立った時、ふと康介は思い出した。
「これを渡しておこう。と言うか、返しておこう」
「え?」
「色々あって返し損ねてた」
「こ、これ……!」
康介が胸ポケットから小さな指輪を取り出す。
すると、楓の目が大きく見開かれた。
「中岡のアパートの裏手に落ちてた」
「あの時、先生に奪い取られて捨てられて……」
「そうか。あの部屋の窓から捨てられたんだな」
「ごめんなさい」
「何で謝るんだよ。楓は何も悪くないだろ」
「…………」
申し訳なさそうに俯く楓の目の前に指輪を差し出す。
「これが落ちていたお陰で、
俺はあの部屋に楓が閉じ込められていることに気付けたんだ」
「そ、そうだったの」
「この指輪に気付けなかったら、そのまま退散しちまうところだった。危なかったよ」
「…………」
困惑する楓の肩に康介が優しく手を置く。
「でも、気付けて良かった。そうでなければ、今のこの時間は無かったもんな」
「……うん」
「やっぱり、こいつは楓にとって大事な“お守り”だな。だから、持っていなさい」
指輪を楓の手にしっかりと握らせる。
彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「さてと、じゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
身支度を整えた康介が、改めて玄関先に立つ。
心細さを抱えつつも楓は笑顔で見送る。
「帰りはそんなに遅くならないと思うから」
「うん」
「じゃあ、くれぐれも無理のない範囲で活動してくれよ。
基本的には、何も気にしないでゆっくりしててくれて良いから」
「うん」
「よし、良い子だ」
にっこりと笑って、康介は楓の頭をよしよしと撫でてやった。
ようやく帰り着いた我が家にほっと安堵の息をつく。
「あー、やっぱり自宅は落ち着くなあ」
「うん。もう帰ってこれないかと思った」
「おいおい、怖いことを言うなよ」
「だって……」
「ん?」
「ううん、何でもない」
中岡の自宅アパートに連れ込まれていた時、「ずっとここに居るんだ」と言われたことを思い出して身震いする。
それを誤魔化そうと、楓は無理やり口角を上げて笑って見せた。
「あ、お茶でもいれるね」
「え? ゆっくりしてて良いんだぞ」
「平気。何かしてた方が気が紛れるから」
「そうか。じゃあ、頼む」
荷物を部屋に置いて、楓はキッチンに立つ。
慣れた手つきでテキパキと動くが、時折怪我した部分を庇うような仕草も見せた。
無理をさせたくない思いと、本人の頑張りを無碍にしたくない思いが康介の中でせめぎ合う。
そんな康介の目の前に湯気の立つ紅茶が差し出された。
更に、お茶請けのクッキーも添えられる。
「さ、どうぞ」
「ありがとう」
康介がお礼を言うと、楓は嬉しそうに笑った。
彼の頑張りを優先させた判断は間違ってなかったのだと思い、康介も笑った。
それからしばらく、美味しい紅茶を飲みながら他愛もない会話を楽しんだ。
晩ご飯には何が食べたいとか、楓の趣味である手芸の話、康介オススメの本について、等々。
絶えず微笑みを浮かべ、穏やかな時間を過ごした。
そうして、時刻が4時に差し掛かったあたりで康介が名残惜しそうに話を切り上げた。
「あー……もうこんな時間か。そろそろ家を出ないと」
「何かあるの?」
「ああ。楓の学校で保護者説明会があるんだ」
「あ……」
楓もすぐに理解した。
所属している教諭が殺人容疑で逮捕されたことを受けて、学校は大騒ぎになっていた。
まずは保護者向けに今後の方針についての説明・質疑応答が行われる。
康介は楓の父親なので、当然その集会に参加するわけだ。
「できるだけ早く戻るようにするから。楓はゆっくり過ごしていてくれ」
「う、うん」
頷きつつも、楓の顔には明らかな不安の色が浮かんでいた。
心細いのだろう。無理もない。
しかも、こんな日に限って朝から雨ときている。
「あ、そうだ」
玄関先に立った時、ふと康介は思い出した。
「これを渡しておこう。と言うか、返しておこう」
「え?」
「色々あって返し損ねてた」
「こ、これ……!」
康介が胸ポケットから小さな指輪を取り出す。
すると、楓の目が大きく見開かれた。
「中岡のアパートの裏手に落ちてた」
「あの時、先生に奪い取られて捨てられて……」
「そうか。あの部屋の窓から捨てられたんだな」
「ごめんなさい」
「何で謝るんだよ。楓は何も悪くないだろ」
「…………」
申し訳なさそうに俯く楓の目の前に指輪を差し出す。
「これが落ちていたお陰で、
俺はあの部屋に楓が閉じ込められていることに気付けたんだ」
「そ、そうだったの」
「この指輪に気付けなかったら、そのまま退散しちまうところだった。危なかったよ」
「…………」
困惑する楓の肩に康介が優しく手を置く。
「でも、気付けて良かった。そうでなければ、今のこの時間は無かったもんな」
「……うん」
「やっぱり、こいつは楓にとって大事な“お守り”だな。だから、持っていなさい」
指輪を楓の手にしっかりと握らせる。
彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「さてと、じゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
身支度を整えた康介が、改めて玄関先に立つ。
心細さを抱えつつも楓は笑顔で見送る。
「帰りはそんなに遅くならないと思うから」
「うん」
「じゃあ、くれぐれも無理のない範囲で活動してくれよ。
基本的には、何も気にしないでゆっくりしててくれて良いから」
「うん」
「よし、良い子だ」
にっこりと笑って、康介は楓の頭をよしよしと撫でてやった。
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