【完結】誓いの指輪〜彼のことは家族として愛する。と、心に決めたはずでした〜

山乃山子

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12 抉られた記憶①

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11年前のクリスマスイブの夜、花宮桜は殺された。
彼女に対して身勝手で一方的な思いを寄せる男による、ストーカー殺人だった。
その後、担当の刑事たちによる懸命な捜査で、犯人はすぐに逮捕された。
当時、交番勤務の制服警官だった藤咲康介は、刑事たちによる逮捕劇を遠いところから眺めていることしか出来なかった。

事件解決後、康介は桜の実家に赴いた。
亡くなった桜の為に線香をあげに行くためだった。
立派な佇まいだが窮屈そうな家。気難しそうな顔の年配夫婦。
気まずい思いをしながら線香を上げた。
そんな中で、康介は楓と再開した。
母親を喪ったこと、見知らぬ大人たちに囲まれていることから、幼い楓は不安で擦り切れそうになっていた。
桜の両親から楓の父親についてしつこく尋ねられたが、本当に何も知らなかった康介は「分からない」としか答えられなかった。

帰り際、康介の足元に楓が縋り付いてきた。
「行かないで」と言って目に涙を浮かべていた。
一緒に連れて帰ってやりたい気持ちはやまやまだった。
しかし、書類上他人である康介にはどうしようも出来なかった。
「元気でな」と言って、優しく頭を撫でてやることが精一杯だった。
手を離した時、楓の大きな目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
辛くてたまらなかったが、どうすることも出来なかった。
「仕方なかったんだ」と自分に言い聞かせて、康介はその場を立ち去った。

その後、康介は自分の意志で刑事課に異動した。
引きずり続ける後悔から意識を逸らすように、仕事に邁進した。
そうやって、桜が亡くなってから約1年が経った頃──
康介は、暴力事件を起こした男を逮捕した。
男の体からは違法薬物が検出されたので、彼の自宅を家宅捜索することになった。
そうして踏み込んだアパートの一室。
その場所で、康介は思いがけない再会を果たした。

楓だった。
幼い楓が、狭く汚い部屋の中で倒れていた。
細く小さな体は、今にも死んでしまいそうなぐらいに弱りきっていた。
聞けば、桜が亡くなった後、楓は遠縁の親戚の元に預けられたらしい。
遠縁の親戚……それが、康介が逮捕した男だった。
楓は、男から日常的に虐待を受けていたらしく、身体中が傷だらけだった。
康介や桜と一緒に居た頃よりも、ずっと痩せて小さくなっていた。

楓が保護された病院にて、見覚えのある年配夫婦が現れた。
「この子をどうするのか」「どこの馬の骨とも知れない子だ」「施設に預けようか」
そんな会話が聞こえてきた。
たまらず、康介は彼らに願い出た。
「この子を、楓を引き取らせてほしい」と。
子供の押しつけ先を探していた年配夫婦は、喜んでその申し出を受け入れた。
こうして、楓は康介の息子になった。
花宮楓は、藤咲楓として生まれ変わった。
康介は、この一年引きずり続けた後悔を、ようやく掬い上げることができたのだった。

引き取った当初は大変なことも多かった。
ずっと大人による暴力に曝されてきた楓は、常に何かに怯えていた。
小さな物音一つにも。康介のちょっとした言葉や仕草にも。
眠っている時に、泣きながら「ごめんなさい」と譫言を繰り返していたこともある。
少し目を離すと、部屋の隅で膝を抱えてカタカタと震えていた。
この一年の間、楓がどんな扱いを受けていたのかが透けて見えるようで、心が痛かった。
朗らかに笑っていた頃の楓を知っているので、余計に辛かった。

康介は、親としてできる限りの愛情を楓に伝えようと、日々努力した。
優しく声をかけて、よしよしと頭を撫でて、眠るときは抱き締めて。
そうやって過ごすうちに、楓は少しずつ笑顔を取り戻していった。
10年経った今でも、暗い影は完全には払拭できていない。
それでも、穏やかに笑ってくれるようになった。
いつかは……愛し合える人と出会い、心から朗らかに笑える日が来るのだろう。

親として子の幸せを願う気持ちと、ずっと楓を自分の手元に置いておきたい気持ちがせめぎ合う。
この感情も、ある種の幸せなんだろうと思い、康介は自身の欲望に蓋をした。
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