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14 抉られた記憶③
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窓を打ち付ける雨音が強く響く病室。
「…………」
康介は眠る楓をただ見守っていた。
鎮静剤を打たれている為、楓は今は静かに眠っているように見える。
しかし、時折苦しげに眉を寄せたり、呻き声を漏らしたりするあたり、
やはり悪夢に魘されているのだろう。
その悪夢は浦坂実に囚われていた時の記憶だとばかり思っていたが、
さっきの楓の反応を見ると、そればかりではないように思えた。
(久しぶりだな。楓の、あんな姿を見るのは)
項垂れてただ「ごめんなさい」を繰り返す……
それは、康介が楓を引き取って間もない頃に何度も目の当たりにした悲しい姿だった。
親戚の男の元で理不尽な暴力を受け続けた日々の中で身に付いた所作だった。
床に頭を擦り付けてとにかく「ごめんなさい」を繰り返すのだ。何も悪くないのに。
これは、とにかく暴力を止めてほしいことへの懇願だった。
しかし、「ごめんなさい」を繰り返すことで、楓の中に「自分は悪い子なんだ」という思いが無意識に刻み込まれてしまっていた。
だから康介は、事あるごとによしよしと楓の頭を撫でては「良い子だ」と言うようにしていた。
楓が、自分で自分を否定してしまわないように。
そんな康介の努力の甲斐あって、楓の心の傷は少しずつ回復していった。
10年経った今では、穏やかに笑い、しっかりと生活できるようになっていた。
それなのに、浦坂実による暴力のせいで過去の傷までもが抉られてしまったらしい。
浦坂実に受けた暴力と、幼い頃に受けた虐待がごちゃ混ぜになって、今の楓の心を苛んでいるのだ。
担当医からも、精神科やカウンセリングにかかることを薦められている。
この病院では、あくまで外傷に対する治療しかできないから、と。
いずれは考えなければならないことだと、思ってはいた。しかし……しかし……
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「楓?」
楓の口から再び「ごめんなさい」が繰り返される。
意識は無い。夢の中で、まだ苦しめられているのか。
「楓」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「楓、お前は良い子だよ」
康介が優しい手つきで楓の頭に手を置く。
「お前が良い子だってのは、俺がよく分かってる。
だから、もうこれ以上、自分で自分をいじめないでくれ」
諭すように語りかけて、楓の頭を撫でてやる。
尚も部屋の中には雨音が響く。
そんな中で、楓が胸を上下させて大きく息を吐き出した。
そして、そっと目を開けた。
「楓、大丈夫か?」
「……康介さん。あれ、いつの間に来てたの?」
「あ、ああ。ちょっと前にな」
目を覚ました楓は、キョトンとした顔で康介を見つめている。
その様子から、さっきの出来事は覚えていないようだった。康介は少し安心した。
「あの、康介さん」
「ん? 何だ?」
「ごめん、お願いされてたのに……言いつけを守れなかった」
「ああ、知ってる。でも、良いんだよ」
「事件のことは考えるなって言われてたのに」
「それは、お前に辛い記憶を思い出してほしくなかったからだ」
「…………」
「でも、お前が『ショウタ』って名前を思い出してくれたお陰で、
滞っていた捜査がぐっと前に進んだんだ。ありがとうな」
「本当?」
「ああ」
「それなら良かった」
「でも、辛かっただろう?」
「……ううん、大丈夫。怪我はいずれ治るから」
「怪我は……そうだな」
微笑んで答える楓を見て、康介はある可能性を見出す。
「なあ、楓。言いたくないなら答えなくていいんだが」
「何?」
「拉致された後のこと、どれぐらい覚えてる?」
「…………」
康介の問いに、少し俯いてから楓は顔を上げて答えた。
「狭い部屋でたくさん殴られた。殴ってきたのはおじさんだった。
もう一人若い男の人が居たけど、その人はずっとドアの前にいたと思う」
「その、殴ってきた方の男が『ショウタ』って名前を口走ってたんだな」
「うん」
「そうか」
「でも、何回か殴られて気絶しちゃったと思うから、その後のことは分からない」
「…………!」
「ごめん、もっと康介さんの役に立ちたかったんだけど」
「いや、良いんだ」
殴る蹴るの暴行を受けたところで楓の記憶は途絶えていた。
凌辱されたことは覚えていない。
康介が見出していた可能性は「当たり」だった。
深く息を吐き出して、康介は安堵した。
「充分だ。お前は充分に役に立ってくれた。
もう良いから、後は頑張って体を治してくれ」
「うん」
「よし。良い子だ」
「…………」
康介に頭を撫でられて、楓は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んで見せた。
「ああそうだ。楓、良いものをあげよう」
康介が思い出したように鞄から小さな紙袋を取り出した。
開けると、中からペンダントが出てきた。
シンプルなデザインの、アメジストのペンダントだった。
「これは……」
「安眠のお守り」
「安眠?」
「ここ最近の楓はよく眠れてなさそうだったから」
「そんなこと……」
「そんなことあるよ。お前、目の下にクマができてるぞ」
「え?」
「多分、事件の影響で怖い夢を見ちまってるんだろう。
人から聞いた話だが、アメジストには魔除けと安眠の効果があるらしくてな。
まあ、お守りだと思って受け取ってくれ」
「ありがとう。でも、康介さんも……」
「ん?」
「康介さんも目の下にクマができてるよ」
「バーカ、お前ほど酷くねえよ」
「…………」
「ま、良いから身に付けておいてくれ。捜査協力のお礼だ」
そう言って康介はペンダントを楓の首に掛けてやった。
楓が嬉しそうに笑ってくれたので、康介も心が満たされる思いで笑った。
「…………」
康介は眠る楓をただ見守っていた。
鎮静剤を打たれている為、楓は今は静かに眠っているように見える。
しかし、時折苦しげに眉を寄せたり、呻き声を漏らしたりするあたり、
やはり悪夢に魘されているのだろう。
その悪夢は浦坂実に囚われていた時の記憶だとばかり思っていたが、
さっきの楓の反応を見ると、そればかりではないように思えた。
(久しぶりだな。楓の、あんな姿を見るのは)
項垂れてただ「ごめんなさい」を繰り返す……
それは、康介が楓を引き取って間もない頃に何度も目の当たりにした悲しい姿だった。
親戚の男の元で理不尽な暴力を受け続けた日々の中で身に付いた所作だった。
床に頭を擦り付けてとにかく「ごめんなさい」を繰り返すのだ。何も悪くないのに。
これは、とにかく暴力を止めてほしいことへの懇願だった。
しかし、「ごめんなさい」を繰り返すことで、楓の中に「自分は悪い子なんだ」という思いが無意識に刻み込まれてしまっていた。
だから康介は、事あるごとによしよしと楓の頭を撫でては「良い子だ」と言うようにしていた。
楓が、自分で自分を否定してしまわないように。
そんな康介の努力の甲斐あって、楓の心の傷は少しずつ回復していった。
10年経った今では、穏やかに笑い、しっかりと生活できるようになっていた。
それなのに、浦坂実による暴力のせいで過去の傷までもが抉られてしまったらしい。
浦坂実に受けた暴力と、幼い頃に受けた虐待がごちゃ混ぜになって、今の楓の心を苛んでいるのだ。
担当医からも、精神科やカウンセリングにかかることを薦められている。
この病院では、あくまで外傷に対する治療しかできないから、と。
いずれは考えなければならないことだと、思ってはいた。しかし……しかし……
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「楓?」
楓の口から再び「ごめんなさい」が繰り返される。
意識は無い。夢の中で、まだ苦しめられているのか。
「楓」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「楓、お前は良い子だよ」
康介が優しい手つきで楓の頭に手を置く。
「お前が良い子だってのは、俺がよく分かってる。
だから、もうこれ以上、自分で自分をいじめないでくれ」
諭すように語りかけて、楓の頭を撫でてやる。
尚も部屋の中には雨音が響く。
そんな中で、楓が胸を上下させて大きく息を吐き出した。
そして、そっと目を開けた。
「楓、大丈夫か?」
「……康介さん。あれ、いつの間に来てたの?」
「あ、ああ。ちょっと前にな」
目を覚ました楓は、キョトンとした顔で康介を見つめている。
その様子から、さっきの出来事は覚えていないようだった。康介は少し安心した。
「あの、康介さん」
「ん? 何だ?」
「ごめん、お願いされてたのに……言いつけを守れなかった」
「ああ、知ってる。でも、良いんだよ」
「事件のことは考えるなって言われてたのに」
「それは、お前に辛い記憶を思い出してほしくなかったからだ」
「…………」
「でも、お前が『ショウタ』って名前を思い出してくれたお陰で、
滞っていた捜査がぐっと前に進んだんだ。ありがとうな」
「本当?」
「ああ」
「それなら良かった」
「でも、辛かっただろう?」
「……ううん、大丈夫。怪我はいずれ治るから」
「怪我は……そうだな」
微笑んで答える楓を見て、康介はある可能性を見出す。
「なあ、楓。言いたくないなら答えなくていいんだが」
「何?」
「拉致された後のこと、どれぐらい覚えてる?」
「…………」
康介の問いに、少し俯いてから楓は顔を上げて答えた。
「狭い部屋でたくさん殴られた。殴ってきたのはおじさんだった。
もう一人若い男の人が居たけど、その人はずっとドアの前にいたと思う」
「その、殴ってきた方の男が『ショウタ』って名前を口走ってたんだな」
「うん」
「そうか」
「でも、何回か殴られて気絶しちゃったと思うから、その後のことは分からない」
「…………!」
「ごめん、もっと康介さんの役に立ちたかったんだけど」
「いや、良いんだ」
殴る蹴るの暴行を受けたところで楓の記憶は途絶えていた。
凌辱されたことは覚えていない。
康介が見出していた可能性は「当たり」だった。
深く息を吐き出して、康介は安堵した。
「充分だ。お前は充分に役に立ってくれた。
もう良いから、後は頑張って体を治してくれ」
「うん」
「よし。良い子だ」
「…………」
康介に頭を撫でられて、楓は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んで見せた。
「ああそうだ。楓、良いものをあげよう」
康介が思い出したように鞄から小さな紙袋を取り出した。
開けると、中からペンダントが出てきた。
シンプルなデザインの、アメジストのペンダントだった。
「これは……」
「安眠のお守り」
「安眠?」
「ここ最近の楓はよく眠れてなさそうだったから」
「そんなこと……」
「そんなことあるよ。お前、目の下にクマができてるぞ」
「え?」
「多分、事件の影響で怖い夢を見ちまってるんだろう。
人から聞いた話だが、アメジストには魔除けと安眠の効果があるらしくてな。
まあ、お守りだと思って受け取ってくれ」
「ありがとう。でも、康介さんも……」
「ん?」
「康介さんも目の下にクマができてるよ」
「バーカ、お前ほど酷くねえよ」
「…………」
「ま、良いから身に付けておいてくれ。捜査協力のお礼だ」
そう言って康介はペンダントを楓の首に掛けてやった。
楓が嬉しそうに笑ってくれたので、康介も心が満たされる思いで笑った。
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