【完結】誓いの指輪〜彼のことは家族として愛する。と、心に決めたはずでした〜

山乃山子

文字の大きさ
21 / 41

20 異変②

しおりを挟む
病院の駐車スペースに隣接して、広い院内庭園がある。
敷き詰められた芝生、立ち並ぶ木々の緑が目と心に優しい。
今日は日差しが暖かい。
だからだろうか。憩いを求めて庭園を訪れる人の姿が、今日はやけに目に付く。

その中を、ゆっくりと歩く人影が二つあった。
覚束ない足取りの少年と、それを隣で支えながら歩く少年。
楓と、その友人の蒼真だった。

リハビリの一環として、楓は庭園を散歩していた。蒼真はその付き添いだった。
相変わらず足元は不安定だったが、昨日よりはずっとスムーズに歩けているようだ。

「土曜日なのにごめんね」
「土曜日だから良いんじゃねえか」
「え?」
「学校終わりまで待たなくても、真っ昼間から楓に会えるからさ」
「ああ……」
「あ、そうだ。聞いてくれよ。この間、文化祭の出し物についての話し合いがあってさ」
「うんうん」

二人で歩きながら、学校のこと、テレビ番組のこと、漫画のこと、ゲームのこと……他愛ない話をして笑い合う。
昼下がりの、実に穏やかな時間だった。
そうして庭園の端にある大きな樫の木の近くで、ふと楓が立ち止まった。

「どうしたんだ?」
「ごめん、ちょっと疲れちゃった。入院中にかなり体力が落ちたみたいで」
「あー……まあ、楓ってもともと体力無かったもんな」
「う……」
「でも、確かにちょっと顔色が悪いな。ここらでちょっと休憩するか。
 ちょうど、そこにベンチもあることだし」

蒼真が楓の手を引いて、樫の木の下にあるベンチへ導く。
ベンチに腰を掛けて、楓は一息ついた。
生い茂る葉の隙間から、木漏れ日が差し込む。
それは、優しい煌めきとなって、楓を照らした。

「…………」

柔らかい光に照らされる楓の姿は儚くも美しい花のようで、蒼真は思わず見惚れてしまう。

「どうしたの?」

急に押し黙ってしまった蒼真に、楓が怪訝な顔で呼びかける。
返事の代わりに、蒼真は肩に掛けていたバッグからノートと鉛筆を取り出した。

「ねえ、蒼真くん。一体どうし……」
「あ、動くな」
「え?」
「お前の絵を描きたい」

取り出した鉛筆を握り、蒼真は真剣な面持ちでそう言った。

「今の楓、すごく良い絵になってる。描きたい。描かせてくれ!」
「え……」
「そのまま、じっとして。ちょっと上の方に顔を上げてくれ」
「こ、こう?」
「ああ、良い感じ」

楓から少し離れた位置に立ち、蒼真はノートにスケッチを描く。

(ちょっと恥ずかしいけど……蒼真くんが絵を描きたくなってくれたんなら良いか)

思いがけないことだったが、楓は蒼真の突然のやる気を嬉しく思った。



北條蒼真は幼い頃から絵の才能を見出され、高名な画家に師事していた。
あらゆる絵画コンクールではいつも当たり前のように入賞していた。

そんな彼だが、中学生のある時に落選したことがある。
それは「春の花」をテーマにしたコンクールだった。

誰もが色鮮やかな花畑や満開の桜などを描く中、蒼真は白銀の雪景色を描いた。
それは、彼が思いを寄せる幼馴染の少女の為だった。
病に倒れた少女の為に、彼女が好きな雪景色を描いた。

作品そのものは蒼真にとって会心の出来だった。
しかし、コンクールには落選した。
雪の下に隠れていた、これから芽吹くタンポポの存在には誰も気付かなかった。

親も先生も蒼真に激怒した。
次のコンクールでは何としてでも入賞しなければならないと圧をかけてきた。
コンクールに入賞する為の絵を描くことに、蒼真は心底うんざりした。

程なくして、幼馴染の少女は亡くなった。
それ以来、蒼真は絵を描くことを辞めた。
全ての画材も、これまで取ってきた賞状やトロフィーも、全部捨てた。
これまで絵に費やしていた時間を遊びで消費するようになった。

そうして高校に上がり、藤咲楓に出会う。
たまたま出席番号が前後していたので、軽く挨拶をしたのがきっかけだった。
楓は、蒼真の名前を見るなり嬉しそうに笑った。
「君が『あの』北條蒼真くん? 会えて嬉しい」と言って笑った。

何事かと思えば、楓はコンクールの応募作品として展示されていた蒼真の絵を見たことがあるのだと言った。
雪景色の絵が大好きだと言った。
雪の下で芽吹く準備をしているタンポポに感動したと言った。

その瞬間から、蒼真は楓を親友だと思うようになった。
純粋な気持ちで自分の絵を好きだと言ってくれる人が居たことが嬉しかった。
それでもまだ、再び絵筆を握る気にはなれなかったのだが……

木漏れ日に照らされる楓を見た時、はっきりと自分の中に衝動が走るのが分かった。
『描きたい』
心の底から意欲が湧いてきた。

「…………」

絵のモデルを務めていた楓がチラリと蒼真の方を伺い見る。
すると真剣に絵を描いていた彼と、バッチリ目が合ってしまった。
恥ずかしそうに目を逸らした楓に対して、蒼真は楽しそうに笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜

なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」 男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。 ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。 冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。 しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。 「俺、後悔しないようにしてんだ」 その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。 笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。 一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。 青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。 本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

処理中です...