27 / 41
26 不安の影③
しおりを挟む
明けた月曜日。
この日は朝から冷たい雨が降り注いでいた。
薄暗くどんよりとした街並み。
天気の影響なのか、今日は行き交う人の姿がやけに少ない気がする。
昼食後のひと時、康介は近所のコンビニに向かって雨の中を歩いていた。
煙草を切らしていたので、買い足しに行ったのだ。
楓と一緒に暮らすようになってからは殆ど吸わなくなった煙草。
たまに吸うことがあるとすれば、どうしようもなくやり切れない感情を誤魔化す時だ。
酷い事件を担当した時、犯人に然るべき罰が下されなかった時、犯人に同情的になってしまった時、それから……
楓のことで思い悩むことがある時。
今がまさにその時だった。
この10日で何箱も消費している。さすがに吸い過ぎだろうと自覚はしている。
しかし、止められない。
「…………」
楓は朝から酷く疲れた顔をしていた。
どうしたのか?と聞くと、夜中に怖い夢を見て起きてしまったと苦笑いで答えた。
どんな夢を見たのか?と聞けば、それは忘れてしまったという。
下手な嘘だと思った。
恐らく、浦坂に捕らえられていた時の記憶が夢の中で再現されたのだろう。
入院中にも何度かそんな様子を見た。
その影響か、食欲も失せてしまったらしく、朝食も昼食も殆ど食べなかった。
食事も睡眠も疎かにして、退院明けの体が保つはずがない。
せめて食事はしっかり取るようにと康介は強めに促した。楓の体を心配してのことだった。
その結果、楓は頑張って胃の中に食べ物を押し込んだ。程なくして吐き出してしまった。
さすがにどうしてやれば良いのか分からなくなって、康介は頭を抱えた。
ちょっと煙草でも吸って頭をリラックスさせようと思ったら、在庫が切れていたことに気付いた。
そういうわけで、康介は今、煙草を求めてコンビニに向かっている。
(昨日はまだ良い感じだったんだけどなぁ。まあ、こういうのは一進一退か)
ため息をつく。吐いた息が雨の中に溶けていった。
(精神的なものからきてるのは分かってる。
出来ることなら、愚痴でも泣き言でも何でも聞いてやりたいが、
トラウマを抉るような真似はしたくないし……)
どうしたものかと思考を巡らせている内に、康介はコンビニまで辿り着いていた。
傘を閉じて入店すると、すぐ目に付く場所に秋のスイーツフェアのコーナーがあった。
(楓に何か買っていってやろうかな)
楓は甘党でこの手のスイーツが大好きなはずだ。
何でも良いから、美味しいと思って食べてもらいたい。
そう思って商品を物色する。
(お、プリンがあるな。プリンかあ……)
ふと、康介は昔のことを思い出す。
康介と楓と、楓の母親である桜と3人で過ごしていた頃のことだ。
夜職の為、深夜に家を空ける桜に代わり、康介が楓の面倒を見ることがよくあった。
ある夜、桜が居ないのを良いことに、康介は楓にこっそりプリンを与えたことがある。
「ママには内緒だぞ。二人だけの秘密な」と言って、一緒にプリンを食べた。
その時、楓は心底嬉しそうに笑っていた。朗らかで、可愛らしい笑顔だった。
「…………」
甘い思い出に浸り、康介ははほんのりと口元に笑みを浮かべた。
++++++++++++++++
「ちょっとコンビニに行ってくる」と言って康介が自宅を出た後、楓は掃除に勤しんでいた。
10日間、手入れが行われていなかった部屋は、あちこちに汚れがたまっている。
はたきであちこちの埃を落とし、台拭きでテーブルや棚を拭き、掃除機をかけて床に落ちているゴミを掬い上げる。
そうやって掃除をすることに意識を集中させて、低いところへ落ちてゆく自分の心を踏み止まらせようとしていた。
昨夜、夜中に悪夢によって叩き起こされた後、楓は朝までずっと眠れなかった。
それは顔色の悪さに出ていたようで、真っ先に康介に指摘された。
悪夢のせいか寝不足のせいか、何も食べる気になれなかった。
そのことで康介を心配させてしまったので、無理やり口に入れて飲み込んだ。
その後、胃が押し返してきた。
康介にバレないよう、こっそりと吐いた。
(情けないよなあ)
自分の不甲斐なさを思ってため息をつく。
(結局、康介さんに迷惑かけてるじゃん)
落ち込む気持ちを誤魔化すように掃除に勤しんだ。
油断すると涙が込み上げてくるので、目に力を入れて耐える。
「ん?」
リビングのソファーテーブルに台拭きを置いた時、楓はそこに異物があることに気付いた。
「ヘアピン?」
アメジストの飾りが付いたシンプルなヘアピンが、そこに置かれていた。
誰の物か分からない。見当もつかない。
(誰のだろう。女性の物に間違いないと思うけど、心当たりが無い)
この10日の間に訪れた客の誰かだろうとは思った。
しかも、自宅に上げるほどの間柄の女性となると、それなりに親密な関係なのだろう。
康介のもとに引き取られてから10年、こんな事は無かったので非常に驚く。
それも、自分の入院中に……
「…………」
戸惑いながらヘアピンを眺めていると、不意にインターホンが鳴った。
康介が帰ってきたのかと思い、楓は慌てて玄関を開けた。
するとそこには、スーツ姿の見知らぬ女性が立っていた。
長身で凛とした雰囲気の美しい女性だと思った。
「こんにちは。あら……貴方、楓君ね」
「──えっ⁉︎」
楓は思わず目を見開いた。
「ああ、ご挨拶がまだだったわね。私は横井祐子。貴方のお父さんの仕事仲間よ」
「え? ええと……刑事さんなんですか?」
「ええ、そうよ。仕事のことでお父さんに用があってきたの。いらっしゃるかしら?」
「あ……その、ちょっと出掛けてまして。
でも、すぐに戻ると思うので中でお待ち頂けますか?」
「ええ、そうさせてもらうわね」
祐子は楓に向かってにっこりと笑って見せると、玄関を上がった。
その時、楓は気付いた。
ちらりと見た祐子のヘアピンが、そこに付いてるアメジストの飾りが、ソファーテーブルで見た物と同じだったことに。
(あの人が……?)
困惑しながらも、楓は来客用のお茶の用意に取り掛かった。
「どうぞ」
「あら、ありがとう」
差し出されたお茶を受け取りながら、祐子は綺麗に口角を上げる。
そんな彼女の目が、ある一点を捉えた。
「あら、そのペンダント!」
「え?」
祐子は楓が首からぶら下げていたアメジストのペンダントを指差した。
「アメジストね」
「はい。そうです」
「もしかして、藤咲さん……ああ、お父さんから貰ったの?」
「は、はい。安眠とか魔除けとかの効果があるらしいから、お守りにと」
「ああ、なるほどね。それであの時、私に聞いてきたのね」
「ええと、何のことですか?」
何も知らず怪訝な顔をする楓に向かって、祐子が得意気に笑った。
「数日前にね、藤咲さんから相談を受けたの。悪夢に効く雑貨は無いか? って。
それで、安眠と魔除けの効果があるアメジストを私がおススメしたの」
「そう、だったんですか」
「てっきり藤咲さん自身が必要としているんだと思ってたんだけど、
息子さんの為だったのね」
そう言って笑う祐子の顔は、どこか残念な気持ちを誤魔化しているように見えた。
どう反応すれば良いのか分からず、楓は黙ってしまう。
ちょうどその時、再びのインターホンが鳴った。
「すみません、出てきます」
今度こそ康介だろうと思い、楓は慌てて立ち上がった。
玄関を開けると、コンビニ袋をぶら下げた康介が立っていた。
「康介さん、お帰りなさい」
「ただいま──って、お前どうした? 顔が真っ青じゃないか」
「そんなことより、お客さんが来てる」
「客?」
「康介さんの職場の人。横井さんって女の人」
「ああ、横井か。何の用だろうな」
「さあ。仕事の話って言ってた」
「そうか。分かった」
楓の肩にポンと手を置くと、康介はツカツカと部屋の中に入っていった。
程なくして、康介と祐子の声が聞こえてきた。
親しい雰囲気が伝わってくる。
特に祐子の方は、先程まで楓に見せていた顔とは打って変わって可愛い素振りで康介に接していた。
康介の為のお茶を差し出して、二人の邪魔をしないように楓はそっと自室に篭った。
「…………」
扉を閉めると、楓はこれまでずっと首に掛けていたアメジストのペンダントを外して机の上に置いた。
そして、ベッドの上に膝を抱えて座る。
(あのヘアピンは横井さんのものだったんだ。
すごく親しい感じだったし、そういう仲なのかも)
そう意識すると、なぜだか胸の奥が疼くような気がした。
(そういうことなら、応援しなきゃ。康介さんの人生のために)
人として、息子として、正しい姿であろうと自分を戒める。
康介に捨てられないように、彼をがっかりさせないように、良い子であり続けなければならない。
(僕が迷惑をかけてはいけない。康介さんの人生を邪魔しちゃいけない)
呪文でも唱えるように、楓は自分に言い聞かせる。
それでも涙が込み上げそうになってくるので、楓は俯いた。
──お前の存在が邪魔なんだ──
「っ……!」
──お前が生きていることが迷惑なんだ──
「うっ……」
楓の耳に例の「謎の声」が響く。
どんなに耳を塞いでも強制的に聞かされる声。
──今すぐ消えろ──
──死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね──
「うう……」
容赦ない圧に耐えられず、ボロボロと涙がこぼれる。
せめてドアの向こうの二人には悟られまいと、楓は震える両手で必死に口を押さえた。
声が漏れないように。
(でも、でもね)
呼吸と心臓が苦しい。
苦しみに耐える中、楓は大きな疑問を心に宿す。
(何で……何で、あなたは同じ声をしているの?)
楓をずっと苛んでいる「謎の声」──それは、横井祐子の声とそっくりだった。
しかし、楓が裕子と直接話をしたのは、さっきが初めてだった。
それなのになぜ、「謎の声」は祐子にそっくりな声で楓を責め立てるのだろうか。
「…………」
訳が分からないまま、楓はただただ苦しい思いに耐え続けた。
この日は朝から冷たい雨が降り注いでいた。
薄暗くどんよりとした街並み。
天気の影響なのか、今日は行き交う人の姿がやけに少ない気がする。
昼食後のひと時、康介は近所のコンビニに向かって雨の中を歩いていた。
煙草を切らしていたので、買い足しに行ったのだ。
楓と一緒に暮らすようになってからは殆ど吸わなくなった煙草。
たまに吸うことがあるとすれば、どうしようもなくやり切れない感情を誤魔化す時だ。
酷い事件を担当した時、犯人に然るべき罰が下されなかった時、犯人に同情的になってしまった時、それから……
楓のことで思い悩むことがある時。
今がまさにその時だった。
この10日で何箱も消費している。さすがに吸い過ぎだろうと自覚はしている。
しかし、止められない。
「…………」
楓は朝から酷く疲れた顔をしていた。
どうしたのか?と聞くと、夜中に怖い夢を見て起きてしまったと苦笑いで答えた。
どんな夢を見たのか?と聞けば、それは忘れてしまったという。
下手な嘘だと思った。
恐らく、浦坂に捕らえられていた時の記憶が夢の中で再現されたのだろう。
入院中にも何度かそんな様子を見た。
その影響か、食欲も失せてしまったらしく、朝食も昼食も殆ど食べなかった。
食事も睡眠も疎かにして、退院明けの体が保つはずがない。
せめて食事はしっかり取るようにと康介は強めに促した。楓の体を心配してのことだった。
その結果、楓は頑張って胃の中に食べ物を押し込んだ。程なくして吐き出してしまった。
さすがにどうしてやれば良いのか分からなくなって、康介は頭を抱えた。
ちょっと煙草でも吸って頭をリラックスさせようと思ったら、在庫が切れていたことに気付いた。
そういうわけで、康介は今、煙草を求めてコンビニに向かっている。
(昨日はまだ良い感じだったんだけどなぁ。まあ、こういうのは一進一退か)
ため息をつく。吐いた息が雨の中に溶けていった。
(精神的なものからきてるのは分かってる。
出来ることなら、愚痴でも泣き言でも何でも聞いてやりたいが、
トラウマを抉るような真似はしたくないし……)
どうしたものかと思考を巡らせている内に、康介はコンビニまで辿り着いていた。
傘を閉じて入店すると、すぐ目に付く場所に秋のスイーツフェアのコーナーがあった。
(楓に何か買っていってやろうかな)
楓は甘党でこの手のスイーツが大好きなはずだ。
何でも良いから、美味しいと思って食べてもらいたい。
そう思って商品を物色する。
(お、プリンがあるな。プリンかあ……)
ふと、康介は昔のことを思い出す。
康介と楓と、楓の母親である桜と3人で過ごしていた頃のことだ。
夜職の為、深夜に家を空ける桜に代わり、康介が楓の面倒を見ることがよくあった。
ある夜、桜が居ないのを良いことに、康介は楓にこっそりプリンを与えたことがある。
「ママには内緒だぞ。二人だけの秘密な」と言って、一緒にプリンを食べた。
その時、楓は心底嬉しそうに笑っていた。朗らかで、可愛らしい笑顔だった。
「…………」
甘い思い出に浸り、康介ははほんのりと口元に笑みを浮かべた。
++++++++++++++++
「ちょっとコンビニに行ってくる」と言って康介が自宅を出た後、楓は掃除に勤しんでいた。
10日間、手入れが行われていなかった部屋は、あちこちに汚れがたまっている。
はたきであちこちの埃を落とし、台拭きでテーブルや棚を拭き、掃除機をかけて床に落ちているゴミを掬い上げる。
そうやって掃除をすることに意識を集中させて、低いところへ落ちてゆく自分の心を踏み止まらせようとしていた。
昨夜、夜中に悪夢によって叩き起こされた後、楓は朝までずっと眠れなかった。
それは顔色の悪さに出ていたようで、真っ先に康介に指摘された。
悪夢のせいか寝不足のせいか、何も食べる気になれなかった。
そのことで康介を心配させてしまったので、無理やり口に入れて飲み込んだ。
その後、胃が押し返してきた。
康介にバレないよう、こっそりと吐いた。
(情けないよなあ)
自分の不甲斐なさを思ってため息をつく。
(結局、康介さんに迷惑かけてるじゃん)
落ち込む気持ちを誤魔化すように掃除に勤しんだ。
油断すると涙が込み上げてくるので、目に力を入れて耐える。
「ん?」
リビングのソファーテーブルに台拭きを置いた時、楓はそこに異物があることに気付いた。
「ヘアピン?」
アメジストの飾りが付いたシンプルなヘアピンが、そこに置かれていた。
誰の物か分からない。見当もつかない。
(誰のだろう。女性の物に間違いないと思うけど、心当たりが無い)
この10日の間に訪れた客の誰かだろうとは思った。
しかも、自宅に上げるほどの間柄の女性となると、それなりに親密な関係なのだろう。
康介のもとに引き取られてから10年、こんな事は無かったので非常に驚く。
それも、自分の入院中に……
「…………」
戸惑いながらヘアピンを眺めていると、不意にインターホンが鳴った。
康介が帰ってきたのかと思い、楓は慌てて玄関を開けた。
するとそこには、スーツ姿の見知らぬ女性が立っていた。
長身で凛とした雰囲気の美しい女性だと思った。
「こんにちは。あら……貴方、楓君ね」
「──えっ⁉︎」
楓は思わず目を見開いた。
「ああ、ご挨拶がまだだったわね。私は横井祐子。貴方のお父さんの仕事仲間よ」
「え? ええと……刑事さんなんですか?」
「ええ、そうよ。仕事のことでお父さんに用があってきたの。いらっしゃるかしら?」
「あ……その、ちょっと出掛けてまして。
でも、すぐに戻ると思うので中でお待ち頂けますか?」
「ええ、そうさせてもらうわね」
祐子は楓に向かってにっこりと笑って見せると、玄関を上がった。
その時、楓は気付いた。
ちらりと見た祐子のヘアピンが、そこに付いてるアメジストの飾りが、ソファーテーブルで見た物と同じだったことに。
(あの人が……?)
困惑しながらも、楓は来客用のお茶の用意に取り掛かった。
「どうぞ」
「あら、ありがとう」
差し出されたお茶を受け取りながら、祐子は綺麗に口角を上げる。
そんな彼女の目が、ある一点を捉えた。
「あら、そのペンダント!」
「え?」
祐子は楓が首からぶら下げていたアメジストのペンダントを指差した。
「アメジストね」
「はい。そうです」
「もしかして、藤咲さん……ああ、お父さんから貰ったの?」
「は、はい。安眠とか魔除けとかの効果があるらしいから、お守りにと」
「ああ、なるほどね。それであの時、私に聞いてきたのね」
「ええと、何のことですか?」
何も知らず怪訝な顔をする楓に向かって、祐子が得意気に笑った。
「数日前にね、藤咲さんから相談を受けたの。悪夢に効く雑貨は無いか? って。
それで、安眠と魔除けの効果があるアメジストを私がおススメしたの」
「そう、だったんですか」
「てっきり藤咲さん自身が必要としているんだと思ってたんだけど、
息子さんの為だったのね」
そう言って笑う祐子の顔は、どこか残念な気持ちを誤魔化しているように見えた。
どう反応すれば良いのか分からず、楓は黙ってしまう。
ちょうどその時、再びのインターホンが鳴った。
「すみません、出てきます」
今度こそ康介だろうと思い、楓は慌てて立ち上がった。
玄関を開けると、コンビニ袋をぶら下げた康介が立っていた。
「康介さん、お帰りなさい」
「ただいま──って、お前どうした? 顔が真っ青じゃないか」
「そんなことより、お客さんが来てる」
「客?」
「康介さんの職場の人。横井さんって女の人」
「ああ、横井か。何の用だろうな」
「さあ。仕事の話って言ってた」
「そうか。分かった」
楓の肩にポンと手を置くと、康介はツカツカと部屋の中に入っていった。
程なくして、康介と祐子の声が聞こえてきた。
親しい雰囲気が伝わってくる。
特に祐子の方は、先程まで楓に見せていた顔とは打って変わって可愛い素振りで康介に接していた。
康介の為のお茶を差し出して、二人の邪魔をしないように楓はそっと自室に篭った。
「…………」
扉を閉めると、楓はこれまでずっと首に掛けていたアメジストのペンダントを外して机の上に置いた。
そして、ベッドの上に膝を抱えて座る。
(あのヘアピンは横井さんのものだったんだ。
すごく親しい感じだったし、そういう仲なのかも)
そう意識すると、なぜだか胸の奥が疼くような気がした。
(そういうことなら、応援しなきゃ。康介さんの人生のために)
人として、息子として、正しい姿であろうと自分を戒める。
康介に捨てられないように、彼をがっかりさせないように、良い子であり続けなければならない。
(僕が迷惑をかけてはいけない。康介さんの人生を邪魔しちゃいけない)
呪文でも唱えるように、楓は自分に言い聞かせる。
それでも涙が込み上げそうになってくるので、楓は俯いた。
──お前の存在が邪魔なんだ──
「っ……!」
──お前が生きていることが迷惑なんだ──
「うっ……」
楓の耳に例の「謎の声」が響く。
どんなに耳を塞いでも強制的に聞かされる声。
──今すぐ消えろ──
──死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね──
「うう……」
容赦ない圧に耐えられず、ボロボロと涙がこぼれる。
せめてドアの向こうの二人には悟られまいと、楓は震える両手で必死に口を押さえた。
声が漏れないように。
(でも、でもね)
呼吸と心臓が苦しい。
苦しみに耐える中、楓は大きな疑問を心に宿す。
(何で……何で、あなたは同じ声をしているの?)
楓をずっと苛んでいる「謎の声」──それは、横井祐子の声とそっくりだった。
しかし、楓が裕子と直接話をしたのは、さっきが初めてだった。
それなのになぜ、「謎の声」は祐子にそっくりな声で楓を責め立てるのだろうか。
「…………」
訳が分からないまま、楓はただただ苦しい思いに耐え続けた。
10
あなたにおすすめの小説
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる