その心理学者、事件を追う/恨む人

山乃山子

文字の大きさ
35 / 59

(16)教授と助手、話し合う[2回目]③

しおりを挟む

「先生、やけに詳しいですね。瑠衣さんのこと」
「まあな。加害者家族の情報として話には聞いていたからな。
 本人に直接会うのはさっきが初めてだったが」
「7年前の事件、先生も関わりがあったんですか?」
「ああ」

 頷いて、手元のコーヒーを飲む。
 それから神里は真っ直ぐに藤本の目を見た。

「7年前に戸分尚真が殺害に関わった事件──その被害者の名前は立永大悟」
「えっ?」
「そう。あの立永さんの息子だ」
「あの事件……だったんですか」

 これは想定外だったのか、藤本は彼にしては珍しく目を見開いて驚いている。

「捕まった3人の少年の内の1人が、戸分尚真だったんだ」
「……」
「その戸分尚真が今度は殺される側になるんだから、因果なもんだよな」

 そう言って、神里は残りのコーヒーを一気に飲み干す。
 複雑な感情と一緒に飲み込んでいるようだった。

「ええと、母親の峰子さんとも今日が初対面だったんですか?」
「いや、そっちとは何度か会った。“息子は何も悪くない、悪い友人に唆されただけなんだ、助けてくれ”って何度も泣きつかれたよ。断ったけどな」
「先ほどの峰子さん、先生に対して初対面のような素振りでしたけど」
「記憶から消してたんだろう。あの人に取ってみれば、
 7年前の事件はさっさと忘れてしまいたい過去だろうからな」
「なるほど」

 頷いて、藤本はずっと放置していたコーヒーカップを手に取った。
 口を付けると冷めたコーヒーが喉を通り過ぎてゆく。
 後には、強い苦味が口の中に残るばかりだった。
 俄かに顔を顰めつつ、藤本はチラリと神里の方を見る。
 腕を組み、難しい顔で眉間に皺を寄せて、何か考え込んでいるようだった。

「先生、もう一つ質問して良いですか?」
「ん? ああ、良いぞ」

 神里が目だけを藤本の方に向ける。
 重い空気を纏っているようだった。
 そんな彼を真っ直ぐに見据えて、藤本は問うた。

「先生はさっきから何をそんなに思い悩んでいるのですか?」
「……」
「何となく、辛そうに見受けられますが」
「……ふふ、分かるか」

 藤本の指摘を受けると、神里は軽く笑った。
 組んでいた腕を解き、大きく息をつく。

「むしろ分かりやすいですよ、先生は」
「そうだなあ。俺は表情豊かな人間だからな。お前さんと違って」
「そうですね。僕は表情筋が死んでますから」
「なに納得してんだ。否定して反論しろ。
 ついでに表情豊かな人間になれ。馬鹿野郎が」
「すみません」

 ほんの少しだけ口元に笑みを乗せて藤本は平謝りする。
 気の抜けた会話を交わしたことで、2人の間に流れる空気が少し軽いものになった。
 小さく咳払いをして、神里が改めて口を開く。

「まあ良い。話を戻そう」
「はい」
「警察署で千波と話した内容を覚えているか?」
「はい。比橋尚真を殺害した犯人は蒲生さんではない可能性が高い、
 という話でしたよね」
「そうだ。蒲生は真犯人を知っていて、そいつを庇っていると思われる。
 これまでの状況を踏まえて、真犯人の人物像として挙げられた条件が
 大きく二つあったよな? 覚えているか?」
「ええと……蒲生さんと親しい間柄の人間。
 それでいて、比橋尚真を殺害する動機がある人間。でしたか」
「その通りだ」

 大きく頷いて、神里は目を伏せた。

「この条件にピタリと当て嵌まるのがなあ……」
「立永さんですか?」

 辛そうに顔を顰める神里に対し、藤本は表情を変えずにあっさりと答えた。

「そうだ。恐らく警察も既に勘付いてる。と言うより、千波が気付いてる」
「蒲生のことで聞き込みにきた警察が、立永さんに対して事件の情報を殆ど伏せているという話があったが……あれも、立永さんを疑ってのことだったんだろうな。今にして思えば」
「なるほど。泳がせてボロが出るのを待つ作戦ですか」
「そんなところだろう」

 神里が頷く。それから小さなため息をついた。
 やりきれない思いが彼の目を曇らせる。
 そんな中、藤本が口を開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...