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(20)教授、真面目に助言する④
しおりを挟む「先生! 神里先生!」
「ん?」
背後から声を掛けられて振り返る。
見れば、若部警部補が慌てた様子で駆け寄ってきていた。
「先生、探しましたよ」
立ち止まった若部は、小太りの体を揺らしながら荒い呼吸を繰り返す。
「どうした? 何かあったのか?」
脂まじりの汗を流す若部を眺めつつ、神里は尋ねた。
すると、若部は興奮した様子で神里を見上げた。
「先生の仰る通りでした!」
「ん?」
「鈴石夢飛の客で、半年前に自殺した女がいたんですよ」
「ああ……」
神里の眉がピクリと動いた。
「女の名前は時方実希【当時22歳】
ホストの鈴石に嵌って、借金をしてまで通っていた客の1人でした。
800万円ほどでしたが、その借金を苦にしたんですかね。
半年前にビルから飛び降りて亡くなったようです」
「ふむ」
「それで彼女の近親者を確認したら、父親の時方治希の存在が浮上したんです」
「因みに母親は?」
「もう何年も前に亡くなってます」
「そうか」
予想したことが当たっていたものの、決して喜ばしいことではない。
神里はただ静かに頷いた。
「更に調べてみるとですね、父親の時方治希は
娘が自殺した翌月には仕事を辞めていたんです。
それから、元々住んでいた千葉の家を引き払って、
横浜の安アパートに引っ越してたんですよ」
「それは鈴石のマンションに近いところか?」
「そうですね」
「娘を死に追いやった鈴石に復讐する為、か」
「ええ、そうでしょうね」
「そして、それは見事に果たされた」
「はい。時方治希は人生の全てをかけて復讐を遂げたわけです」
「人生の全てをかけて?」
「ええ」
訝しい顔をする神里に向かって、若部がしっかりと頷いた。
「調べをつけて我々も時方治希のアパートに行ったんですがね。
そこにあったのは、部屋で首を吊っている彼の姿でした」
「……そうか」
神里は頷いた。
大袈裟に驚くような素振りは見せなかったが、少しだけ目を伏せていた。
「部屋には、鈴石夢飛のことを綿密に調べたノートがありました。
生活パターン、よく行く店、ホスト仲間との関わり、客との関わり……」
「そうやって、復讐を実行する機会を窺っていたんだな」
「そのようですね。実は部屋の中から血の付いたハンマーも見つかったんです。
詳細についてはこれから調べますが、おそらく鈴石を殺害した凶器でしょう」
「そうか。遺書とかはあったのか?」
「今のところ見つかっていません。
が、状況から見て自殺で間違いないと思われます」
「そうか」
神里は顔も知らない時方治希という男に思いを馳せる。
「半年かけて娘の復讐の為に人生の全てを注ぎ込み、
目的を果たした後は自ら命を絶った、か」
「そのようですね」
「復讐を決意した時から、そのつもりだったんだろうな」
「そうかも知れませんね」
「鈴石の死体が発見された時点で、全ては終わってたんだな」
「はい」
「最初から、何もかもが手遅れだったんだ」
「……はい」
神里の言葉に、若部も神妙な顔で頷いた。
額に浮かんでいた汗もいつの間にか引いていた。
少しばかり重い沈黙が流れた後、神里が顔を上げた。
「さてと、それじゃあ俺の役目はここまでだな」
「え?」
「このまま調べを進めていけば、
鈴石殺しの犯人として時方治希への容疑は固まるだろう。
しかし、当の本人はもうこの世に居ねえんだから被疑者死亡で書類送検、
それで話はおしまいだ。俺の出る幕はもう無い。そうだろう?」
「ええ、まあ……」
「そういうわけだ。後はお前さんたちで頑張ってくれ」
そう言うと、神里は踵を返した。
「先生はどちらへ?」
「東京に戻る。電話でも言ったが、こっちも他に抱えてる案件があるんでな」
「ああ、そう言えば」
「また何かあったら連絡してくれ。話ぐらいは聞いてやる」
「は、はい。この度は本当にありがとうございました。
まさか、こんなに早く解決するとは……さすがです」
「まあな」
軽く手を挙げて感謝の言葉を受け流した後、神里は1人駅へ向かって歩き出した。
(鈴石夢飛の殺害に立永さんは関係無かった。
別の悲劇があったことは確かだが、これは大きな収穫だな)
歩きながら、神里は考える。
(とりあえず、横浜まで来た甲斐はあった。
後は、比橋尚真殺しの件がどうなるか、だな)
考えている間に最寄り駅まで辿り着く。
その時、神里はふと思い出した。
(ああそうだ、藤本に電話しようと思ってたんだった)
比橋尚真殺しの件について、殺人容疑で逮捕された蒲生温人のこと。
新たに容疑をかけられているであろう、立永留一のこと。
それらに新たな動きがないか確認しようと思いながら、し損ねていた。
(電車に乗る前にしておくか)
神里は懐から携帯端末を取り出す。
その時、端末の方から電話の着信音が鳴った。
「藤本?」
画面に表示された名前を見て、神里はすぐに電話に出た。
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