その心理学者、事件を追う/恨む人

山乃山子

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(23)警察署、ワーワーしてる

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 その警察署に足を踏み入れると、騒がしい声が耳に飛び込んできた。

「何で釈放なんですか? こんなの絶対おかしいですよ!」
「そう言われましても……」
「俺が犯人だって言ってるじゃないですか!
 もう一度、俺を捕まえて下さいよ!」
「無茶なことを言わないで下さい。
 貴方は既にアリバイが立証されてるんです」
「いいえ、僕がやったんです!」

 ロビーにて、制服警官に縋り付いている男が居た。
 ヒョロ長い体つきの若い男。
 頼りなさそうなその顔は、不安と不満で歪められていた。
 聞こえてくる会話の内容から、留置場から釈放された男がその措置に納得しておらず、もう一度自分を逮捕するよう警官に懇願しているようだった。
 そんなわけにはいかないので、警官も対応に苦慮していた。
 なんとも可笑しな光景だった。


「何度も言いますが、貴方には確かなアリバイがあるんです。
 もはや貴方は容疑者ですらないんです。
 そんな人を拘束することは出来ないんです」
「そんなの何かの間違いです! 俺がやったんです!
 どうか俺を逮捕して下さい!」
「お引き取り下さい」
「お願いします。どうか、どうか……」
「蒲生さん」
「え?」

 不意に名を呼ばれて振り返る。
 そこに立っていたメガネ姿の青年に、男は怪訝な表情を見せた。

蒲生温人がもうはるとさん、ですよね」
「そ、そうですけど……貴方は?」
「藤本と申します。2日前、新宿駅近くの路上で貴方とぶつかった者です。
 覚えてますか?」
「え? ……あ!」

 少し考えてから、思い出したように蒲生は頷く。

「あの時の……」
「はい。覚えていてくれて、ありがとうございます」
「あ、いえ。今はそれどころじゃなくて……」

 再び制服警官の方に向き直ろうとした蒲生に、藤本が声を掛ける。

比橋尚真ひばししょうまさん……いいえ、戸分尚真とわけしょうまさんが殺害された事件について」
「えっ?」

 思わず蒲生は目を見開いた。
 “戸分尚真”の名に反応したようだった。
 冷静な口調のまま、藤本は更に続ける。

「蒲生さん、貴方は犯人ではありません」
「違います! 俺が……」
「貴方が庇おうとしている人も、犯人ではありません」
「え?」

 蒲生は更に大きく目を見開いた。
 その目には、驚きと困惑と微かな希望が宿っていた。

「おやじさん……じゃない?」
「はい」
「それって、どういう……?」
「とりあえず、場所を変えませんか。
 この続きは、じっくりとお話ができる場所でしましょう」
「は、はい」

 戸惑いつつも、蒲生は首を縦に振った。
 それから対応してくれていた警官に頭を下げて、藤本と共に警察署を後にした。
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