夜空の魔王討伐ライフ

海李

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2話 『アクシデント』

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 ログアウト不可のこの世界で、ヨゾラに課せられた使命は魔王を討伐すること。
 数分前にエクストラ・クエストの受注内容を確認して得た情報だが、根本的な疑問が生じていた。

 「そもそもの話、この世界に魔王なんているのか?なんて言うか、あまりにも設定が単調過ぎるなぁーとか、思ったりしてるんだけども」

 魔王討伐するなど、王道中の王道と言っていいほどにありふれたストーリーだ。
 聞き慣れたシナリオに妙な親近感を覚えるが、肝心の魔王様とやらがいないことには進展したとは言い難い。

 「設定?とかは、ちょっと何を言っているのか分からないですけど……いますよ、魔王?」

 白髪を耳に掛けるようにして首を傾げながら、ヨゾラの疑問に返答するのは異世界に来て初めて交流を交わした異界の住人--シャルロッテだ。

 「やっぱいるのか、魔王。なら話は早いな。その魔王ってのは、どこに住んでるんだ?」

 魔王と名乗るくらいなのだから、それはそれは立派な西洋風の古城みたいな場所に住んでいることに違いないだろう。
 そんな勝手な偏見でイメージを膨らませながらシャルロッテの返答に耳を向けると、

 「住んでいる場所は知らないですけど、言い伝えでは、今は西の果てにあるとされている“霧の街”で封印されているとか」

 「え、魔王いま封印されちゃってるの!?」

 魔王を討伐する事がクエストの達成条件なのだが、肝心の魔王が封印されてしまっているのでは存在していないのとそう大差は無いだろう。

 「よく分からないですけど、魔王のことなら”冒険者ギルド”へ行ってみるというのはどうでしょうか?」

 ログアウトへの進展があったかと思えば、思わぬ形で振り出しに戻りがっくりと項垂れるヨゾラ。
 そんな彼を宥めるようにシャルロッテが人差し指を立てながら提案をあげると、

 「冒険者ギルドなんて、この世界にもあるのか?」

 「ここは王都、ソリーナヴァル王国ですよ?冒険者ギルドくらいありますよ」

 冒険者ギルド。
 冒険者稼業を生業とするプレイヤーへクエストの取次や、討伐したモンスターの換金、情報提供など幅広い面で支援してくれる施設を指す名称だ。
 Another Worldアナザー・ワールドにも存在していた施設であり、存在するならば異世界転生直後で右も左も分からないヨゾラが今一番に目指すべきは紛れもなくその場所だ。

 「そう簡単に魔王には会わせてもらえなさそうだしな……なら、悪いけどその冒険者ギルドに俺を案内してもらえないか?」

 「それは構いませんが、ホントに魔王と会う気ですか?」

 「ああ、俺は本気だよ」

 確証は無いが、今はクエストの指示に従って魔王を討伐する他ヨゾラが現実世界へ帰還する術は無いのだ。
 すぐに会えないにしても、先の魔王討伐へ向けて現状ヨゾラが第一優先にして動くべき事項はやはり情報収集だ。

 「早いところサクッと魔王倒してログアウトしたい気持ちはやまやまなんだけど、この世界に関して俺は無知蒙昧だ。まぐれで魔王の封印されてる場所とやらに辿り着けたところで、相手の出方も分からないまま瞬殺もザラにありえるしな……」

 異世界転生というイレギュラーな出来事の上で成り立っている現状、世界線的にクエストの失敗=永久ログアウト不可も可能性に含めて慎重に事を進めるのが最善の判断と言えるだろう。

 「てなわけで、俺に今必要なのは魔王の居場所も含めてこの世界の情報ってわけだ。こんなところで、ナビゲーション頼みますシャルロッテさん」

 「言葉の意味が何一つ汲み取れなかったんですけど、ギルドまで案内して欲しいって解釈で合っていますか?」

 時折見せるヨゾラの一人走りな独り言に対するシャルロッテの視線はやや冷たい。
 だがそんな冷めた反応を意に介す事ことなく上下に首を振って返答の意を示すヨゾラ。

 「分かりました、それではギルドまで案内するので付いてきてください。王都は広いので、くれぐれも逸れないようにお願いしますね」

 「ひゃッ!?」

 幼い子供に言い聞かせるように言い放つと、これまた子供を連れ歩く保護者のようにヨゾラの手を握るシャルロッテ。
 異性に手を握られるというシチュエーションに出会したことのないヨゾラは思わず裏返った声を漏らすが、

 「変な声出さないでください、びっくりするじゃないですか……」

 「いや、それはこっちのセリフなんだが……急に異性の手握ってくるとか、彼女いない歴=年齢の俺みたいなの相手だと勘違いしちゃうぞ?」

 「さっき自己紹介した時だって繋いだじゃないですか……それに、土地勘の無いヨゾラさんと逸れないようにするにはコレが一番だと思っただけで私は別にそんなつもりじゃ……」

 時折口籠もるように小さくなるシャルロッテは早口で捲し立てるように言い放つと、「いいから行きますよ」と、頬を紅潮させながら付け加える。
 照れ隠しからか、そっぽ向きながら歩き出すシャルロッテに強く引っ張られながらヨゾラはその後を追うように歩み始める。
 先を歩くシャルロッテの向かう足先は正味実は先ほどから気になっていた出店屋台の並ぶ王都繁華街。
 はやる気持ちは繋がれた小さな手により抑制されているが、内情ばかりは抑えることができない。


 「——誰か、止めてくれーッ!!」

 最初にいた石橋からようやく移動し始めたその時、その声は突如として辺りを震わせた。
 若い男の喧騒にも似た声がどこからか聞こえたかと思えば、王都繁華街からヨゾラらのいる石橋へ向かって土煙を巻き上げながら迫り来る足音。

 「……あれは」

 「ヨゾラさん危険です。逃げましょう……ッ」

 遠目からではよく見えないが、シャルロッテの忠告で何か得体の知れない身の危険が近づいてきていることは理解できた。
 次第にそのシルエットが大きくなるにつれ明確に、それが見覚えのある姿形をした生き物であると認識。

 「馬車につながれてた馬か……ッ」

 手綱の支配から解き放たれた馬は、鋭く鋭利な一角を右往左往に振り回しながら荒い息を吐き散らして迫り来る猛威となる。
 半馬半魚というこの世界ならではの姿をした馬は気性の荒さを体現するように奇声を上げると、みるみるうちに距離を縮めヨゾラら二人を目掛けて加速する。

 「ヨゾラさん……ッ」

 ヨゾラは握られた手を無言で振り解くと、シャルロッテの呼びかけに応じることなく石橋の中央へ自ら歩み寄る。
 被害を受けないように橋から距離を取って遠くで傍観する通行人たちも、ヨゾラの自殺行為にも等しい異様な行動に目を奪われていた。

 「この世界でも使えるのか、試してみる価値はあるよな……」

 たかが馬といえど、生身で衝突すれば無傷では済まないだろう。
 ゲームならHPがゼロになっても始まりの街あたりで蘇生されて振り出しに戻る流れだが、異世界転生という立ち位置にある今のヨゾラの場合、この世界での死=現実世界での死も可能性としては十分に考えられる。
 こればかりは試してみないことには蘇生の有無は分からないが、無論試したいなど微塵も思わない。

 「そんじゃ、どっちが強いか勝負と行こうぜ馬野郎……!」

 闘気を奮い立たせるように叫びながら地を蹴り、迫る馬へ自ら近づく愚行。
 側から見ればそのように捉えられても無理はないだろう。

 「ヨゾラさん……ッ!!」

 シャルロッテの声にならない叫びがどこか遠くで掠めたが、纏うローブを靡かせながら風を切る彼の耳には届かない。
 両者が衝突を迎えるまで数秒にも満たない一瞬の中で、掌に棒状の“何か”を出現させるヨゾラ。

 「——ヒヒッ!?」

 その手に握られた何かの正体が、Another Worldアナザー・ワールドでヨゾラが愛用していた装備品の杖である事が分かった時には、馬は大きく彼を逸れて旋回。
 すれ違う形で衝突を免れたヨゾラを、一同何が起こったのか全く理解できずに唖然とした面持ちで見守っていた。
 何より驚くべきは、迂回したと思われた馬は勢いに身を任せるように転倒して石橋の脇に設けられた柵に激しく体を打ちつけているのだ。

 「どうやらこの世界でも魔法スキルは使えるみたいだな……」

 ヨゾラは独り言のように小さく漏らすと、空気を割くように向けていた杖を振り下ろす。
 その先端に埋め込まれた紫紺の鉱石が空中で光の線となって弧を描くと、悶え苦しむ馬に目を取られていた一同は一泊遅れて状況を理解する。

 「凍ってるの……でもどうして突然……」

 馬が旋回したと思われる足元の一帯が一瞬にして凍りついた異様な現象。
 それを目の当たりにしたシャルロッテは言葉を小さく漏らしながら息を呑む。
 彼女のみに限らず、事の成り行きを傍観していた通行人たちも皆同様の反応だ。
 やがて周囲の視線は凍てつく石橋から、その超常現象を起こしたと思われる三角帽子を被った少年——ヨゾラへ移り変わり、

 「……ヨゾラさん!」

 超常現象の理屈はどうであれ、去った脅威にシャルロッテは安堵からか深く息を吐く。
 氷煙の漂う石橋中央で、いまだ背を向けたまま佇むヨゾラの元へ駆け寄ろうと一呼吸置いてから声を掛けるが、

 「来るな……ッ!!」

 「……え?」

 瞬間、体を強く打ちつけて悶えながら起き上がれずにいた馬だったが、尾鰭をくねらせる反動を利用して上体を立て直す。
 ヨゾラの忠告がシャルロッテの鼓膜を激しく揺らすが、それが届いた時には半馬半魚の馬は地を強く蹴り上げる。
 血管の集中した後ろ足による強力な蹴り上げは、ヨゾラが創り出した氷の大地に亀裂を打ち込むと、迂闊に前へ出てしまったシャルロッテに狙いを絞ってその巨躯を飛ばす。

 「シャルロッテッ!!」

 馬が地を蹴り上げる一泊後に、同じく地を蹴り上げて彼女の元へ手を伸ばすヨゾラ。
 だが、人間の運動能力では走ることに特化した相手の速度には及ばない。
 咄嗟に発動できる魔法スキルを連想するが、考える猶予さえ与えられない限られた時の中。

 ——どうする……考えろ、考えろ、考えろ、考えるんだ……ッ

 脳裏で連呼しながらも足は止めずに加速するが、シャルロッテの眼前まで馬は迫る。


 「——ッ!?」

 鈍い打撃音が辺りに反響した。
 腰を落として身を丸くするシャルロッテに覆い被さる馬の巨躯は、打撃音の余韻が糸を引くように細く伸びるのに合わせて弾け飛ぶ。
 今度はヨゾラが呆気に取られる番だった。

 「何が起こったんだ……」

 弾かれた馬は横腹の辺りに深い打撃痕を埋め込みながら橋脇の柵へ並行移動で飛ばされて衝突。
 衝撃に耐えきれなくなった柵は砕けるように半壊すると、馬ともども橋下を流れる水路へ落下。
 巻き上がる水飛沫は晴空の下に砕けた氷塊の欠片と入り混じり、煌めきを飛散させる情景に周囲の視線を独占した。

 「——もう怖がらなくて大丈夫よ。怪我は無いかしら?」

 おずおずと膝に埋めた顔を上げるシャルロッテに背を向けながら言い放つ一人の少女。
 肩幅くらいまで開いた足に、引き締めた左手と突き出した右手の握り拳。
 その構えから、弾け飛んだ馬は彼女の圧倒的なまでの物理的な一撃によるものだと推測するが、それを受け入れるにはあまりに程遠い容姿をしていた。

 「あなたは一体……」

 蒼い双眸を見開きながら、自身とそう変わりのない華奢な少女へ言葉を漏らすシャルロッテ。
 その言葉に答えるように、肩に触れない程度まで伸ばした赤みの混在する茶髪を揺らして振り返る少女の横顔は、どこか幼さの残る顔立ちをしていた。
 黒と白を基調とした給仕服に身を包み、ふんだんにフリルの装飾であしらわれた衣装はどこか上流階級の使用人を連想させる印象だ。

 「——セレナ。私の名前は、セレナよ」

 名乗る少女は振り返ると、スカートの端を摘みながら上品に目を細める。
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