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所 花蓮
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正直いって、妊娠が分かった時の喜びは、子供ができた事よりも学校を休職できるって事の方が大きかったかも。
大学の友人にそう言ったら少し引かれたけれど、そのくらいあのクラスは最悪だった。特に藤井康生。思い出すだけで眉間に皺が寄る。
帰りのホームルームで妊娠を告げた時、「じゃあせんせーセックスしたんだ~」と叫んだ彼に、思わずギョッとしてキモっと呟いてしまった。まったく、本人に聞こえなくて良かった。教師の言葉のあやや指示の不明確さ、小さなミスに素早く反応してしつこく絡んでくる。本当にうんざりするくらい嫌な子供だった。クラスを掻き乱し、授業を妨害する事に生き甲斐を感じているような、まあ言ってしまえばクソガキ。それに更にムカつくのがその父親。PTA会長なのであまり強く出られないのを良い事に、田舎のソフトヤンキー丸出しの態度で接してきて、息子の問題を巧妙に教育の問題にすり替えて煙に巻く。何時言っても改善されない上に、こちらの些細なミスをあげつらい、まさにこの親にしてこの子、という感じ。
多動のあの子も面倒だった。親が頑なに病院での診断をつけないから、いわゆる特別な配慮ってのもできず、本人にはそのつもりがなくても、クラスを掻き乱す原因だった。彼と藤井康生のコラボレーションは最悪だった。そこに、そもそも勉強ができないから授業に飽きている数人が追随して、もうカオス。
思い出すだけで吐き気がする。
そんな男子生徒の喧騒にかまけてるうちに、女子生徒は陰険なイジメごっこが始まって、やる女子もやられて泣く女子もどっちも面倒でたまらなかった。いじめられるターゲットは次々に変わるけれど、絶対にターゲットにならない女子が1人。当然だ。そいつが全部仕組んでるから。単純に、グループの女子達をコントロールする事を楽しんでいるのだ。持ち物や服装からして経済的にはそれほど恵まれていない。父親の職業は派遣の建設業。日雇いなのかも知れない。兄は中学では問題児として知られているらしい。家庭環境の鬱屈した不満を、仲間をコントロールする事で晴らしているのだろう。
そんな、ただでさえもう手一杯の中に来た転校生。しかもハーフ。父親がアメリカ人らしく、色素の薄い西洋的な顔立ちに、東京から来たというフレーズ。田舎の小学生達は色目きたった。両親を亡くして伯父に引き取られたという家庭環境は子供達には伏せた。ただでさえ目立つのに、これ以上刺激したくなかったのだ。
これはやたら人気者になるか、むしろいじめられるかどちらかのパターンか、と、家庭環境の複雑さもあって、正直本当に面倒だと思った。最初はカッコいいと騒いでいた女子も、興味津々に絡んでいた男子も、転校生のあまりに無口でオドオドとした態度に、そのうち相手にしなくなった。これはいじめられるのではと警戒したけれど、いじめられるというよりは忘れ去られた時には少しホッとした。無口でおとなしいけれど、真面目に勉強もするし、当てればきちんと答え、指示はちゃんと聞き、他の生徒がやらない仕事をさりげなくやって、浮かない程度に外遊びにも参加し、その他の休み時間はいつも図書館で読書をしていた彼は、手のかからない生徒だった。少しオドオドし過ぎているとか、持ち物をよく忘れる、といった問題は少しあったが、他の生徒が起こす問題と比べたら大した事ではなかった。
給食の食べ方を見て、ご飯をあまり食べさせてもらえていないのかと思った時もあったけれど、深く関わるのは難しかった。何しろ大変なクラスだったのだ。暴力的な喧嘩も度々起きて、その度に教室の隅の席で震えるように俯く彼の姿が気にならなかったと言えば嘘になるが、それよりも喧嘩を止めて、双方を指導して、親に連絡して、上司に報告して。それだけやるのに精一杯だった。
月毎に痩せていく彼が心配で、上司に相談したこともあったけれど、とりあえず様子を見ましょうと言われたら、それ以上は何もできない。
時々授業中にトイレで啜り泣いているようだと気付いて、虐待を疑ったけれど、本人を問い詰めてもただ首を横に振り、何でもないですというばかりで、児相に相談するのは時期尚早と上役が言えば、それまでだ。どうか私が担任の間に死んだりしませんように。そう願うしかなかった。
全部、私が悪いんじゃない。
私は運が悪かった。
あとは後任の教員の仕事。
「花蓮は無事に出産する事だけを考えてね」そう夫も言ってくれた。
育休があけたら県職員は辞めて、私立の小中学校の採用を受けよう。できれば母校のような、エスカレーター式のミッションスクール。もう育ちの悪い猿どもの飼育員はうんざりだ。
所花蓮はそう思いながら、名簿に赤丸をうった。
大学の友人にそう言ったら少し引かれたけれど、そのくらいあのクラスは最悪だった。特に藤井康生。思い出すだけで眉間に皺が寄る。
帰りのホームルームで妊娠を告げた時、「じゃあせんせーセックスしたんだ~」と叫んだ彼に、思わずギョッとしてキモっと呟いてしまった。まったく、本人に聞こえなくて良かった。教師の言葉のあやや指示の不明確さ、小さなミスに素早く反応してしつこく絡んでくる。本当にうんざりするくらい嫌な子供だった。クラスを掻き乱し、授業を妨害する事に生き甲斐を感じているような、まあ言ってしまえばクソガキ。それに更にムカつくのがその父親。PTA会長なのであまり強く出られないのを良い事に、田舎のソフトヤンキー丸出しの態度で接してきて、息子の問題を巧妙に教育の問題にすり替えて煙に巻く。何時言っても改善されない上に、こちらの些細なミスをあげつらい、まさにこの親にしてこの子、という感じ。
多動のあの子も面倒だった。親が頑なに病院での診断をつけないから、いわゆる特別な配慮ってのもできず、本人にはそのつもりがなくても、クラスを掻き乱す原因だった。彼と藤井康生のコラボレーションは最悪だった。そこに、そもそも勉強ができないから授業に飽きている数人が追随して、もうカオス。
思い出すだけで吐き気がする。
そんな男子生徒の喧騒にかまけてるうちに、女子生徒は陰険なイジメごっこが始まって、やる女子もやられて泣く女子もどっちも面倒でたまらなかった。いじめられるターゲットは次々に変わるけれど、絶対にターゲットにならない女子が1人。当然だ。そいつが全部仕組んでるから。単純に、グループの女子達をコントロールする事を楽しんでいるのだ。持ち物や服装からして経済的にはそれほど恵まれていない。父親の職業は派遣の建設業。日雇いなのかも知れない。兄は中学では問題児として知られているらしい。家庭環境の鬱屈した不満を、仲間をコントロールする事で晴らしているのだろう。
そんな、ただでさえもう手一杯の中に来た転校生。しかもハーフ。父親がアメリカ人らしく、色素の薄い西洋的な顔立ちに、東京から来たというフレーズ。田舎の小学生達は色目きたった。両親を亡くして伯父に引き取られたという家庭環境は子供達には伏せた。ただでさえ目立つのに、これ以上刺激したくなかったのだ。
これはやたら人気者になるか、むしろいじめられるかどちらかのパターンか、と、家庭環境の複雑さもあって、正直本当に面倒だと思った。最初はカッコいいと騒いでいた女子も、興味津々に絡んでいた男子も、転校生のあまりに無口でオドオドとした態度に、そのうち相手にしなくなった。これはいじめられるのではと警戒したけれど、いじめられるというよりは忘れ去られた時には少しホッとした。無口でおとなしいけれど、真面目に勉強もするし、当てればきちんと答え、指示はちゃんと聞き、他の生徒がやらない仕事をさりげなくやって、浮かない程度に外遊びにも参加し、その他の休み時間はいつも図書館で読書をしていた彼は、手のかからない生徒だった。少しオドオドし過ぎているとか、持ち物をよく忘れる、といった問題は少しあったが、他の生徒が起こす問題と比べたら大した事ではなかった。
給食の食べ方を見て、ご飯をあまり食べさせてもらえていないのかと思った時もあったけれど、深く関わるのは難しかった。何しろ大変なクラスだったのだ。暴力的な喧嘩も度々起きて、その度に教室の隅の席で震えるように俯く彼の姿が気にならなかったと言えば嘘になるが、それよりも喧嘩を止めて、双方を指導して、親に連絡して、上司に報告して。それだけやるのに精一杯だった。
月毎に痩せていく彼が心配で、上司に相談したこともあったけれど、とりあえず様子を見ましょうと言われたら、それ以上は何もできない。
時々授業中にトイレで啜り泣いているようだと気付いて、虐待を疑ったけれど、本人を問い詰めてもただ首を横に振り、何でもないですというばかりで、児相に相談するのは時期尚早と上役が言えば、それまでだ。どうか私が担任の間に死んだりしませんように。そう願うしかなかった。
全部、私が悪いんじゃない。
私は運が悪かった。
あとは後任の教員の仕事。
「花蓮は無事に出産する事だけを考えてね」そう夫も言ってくれた。
育休があけたら県職員は辞めて、私立の小中学校の採用を受けよう。できれば母校のような、エスカレーター式のミッションスクール。もう育ちの悪い猿どもの飼育員はうんざりだ。
所花蓮はそう思いながら、名簿に赤丸をうった。
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