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村田 光
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6年2組の担任を、という事例が出た時には、正直驚いた。全く予想していなかった。県の採用試験をパスできなくて臨時採用になった若い教員が担任をやる事は時にはあるけれど、定年退職後の再雇用での臨時職員が担任を受け持つ事はほとんどない。去年のように、新任やそれに近い若い教員のサポートで副担任をやるのだろうと思っていた。
ゆとり世代なのか新人類なのかなんなのか知らないが、きれいごとばかり並べて実務を面倒がり、すぐに傷付く繊細さは目の前の子供達とそう変わらず、そのくせプライドだけは高い、そんな子供、というより孫に近い年齢の若者の子守りは、なかなかストレスがたまる仕事ではあったが、でも担任を任されるよりは責任も軽く、このままあと10年ほど子守りを続けたら引退かしら、と呑気に考えていた。
なぜ私が?と問いたかったが、後1年で定年になるその校長は、何事もなく無事退職してうまく天下りする事しか考えていないその思惑を隠そうともしておらず、問うだけ無駄だとやめた。「あのメスゴリラ!」と苦々しく呟き、前任者からの引き継ぎ資料を見て、今日何度目かの溜息をつく。
問題のある生徒には赤丸が付いている。
赤丸のない名簿は見た事がないが、こう多いのも見た事がない。ただ、この赤丸を鵜呑みにしてはいけないのは経験上知っている。前任者が神経質なタイプだったり、子供達を管理しないといけないと思い込んでいるタイプだったりすると、赤丸は多くなる。問題のあるとされている生徒が多くても、うまくバランスが保てていたり、私自身の性格と合っていたりしたら、さほど難がなく学級運営できる、という時もある。とても良い評価だった生徒が、一番問題がある生徒だった、という事も、少なくはない。
要は、教師も生徒も人間なのだ。人間と人間のコミュニケーションで、何が起こるかなんてやってみないと分からない。そういう不確実性を、あまり楽しめなくなってきたのは歳のせいだ。メスゴリラと罵ってはみたけれど、私だって似たようなもの。何事もなく再雇用を続けて、程よい所で引退して、そのうち悠々自適な独身老婆生活に入りたいのだ。
まず分かりやすい子供はこの子だ。
西脇隼也。多動の疑い。1単元着席できない。両親は受診を頑なに拒否。性格は迎合的で流されやすく、攻撃性は薄い。
知能的には問題なし。
この子自体は、実はそれほど問題ではない。多動でも知的障害がないのなら、本当は動き回らせておけば良いのだ。そういう子は、ウロウロしたりしながらも、案外授業は聞いていて、それなりに習熟はしている。無理に着席させようとするのは時間の無駄だし、授業を円滑に進められない原因になる。しかし、厄介なのは、それに触発されて動き回ったり、多動の子を挑発して授業自体を妨害しようとする子供だ。
藤井康生。攻撃的で教師に対しても挑戦的。リーダーシップがあり、それが裏目に出ると授業妨害の主導的立場になる。
問題はきっと彼。この2人をどう絡ませないようにするかが、鍵だろう。
その他に、習熟度に問題のある生徒が数名、そして精神的なものからか嘔吐を頻繁にする生徒が1人。実は、嘔吐を頻繁にする生徒はけっこういる。そして、これが意外と問題なのだ。狭い教室に詰め込まれてガチガチに管理され、鬱屈している子供達にとって、嘔吐や、高学年ではさすがにいないが排尿の失敗は、格好のエンターテイメントだ。みんな必要以上に大騒ぎし、興奮しすぎて更に嘔吐する生徒が出たりする。感染症の予防もあって処理には時間がかかるし、嘔吐してしまった生徒に配慮もしないといけない。その間、教室はカオスだ。全て処理し終わった時には新たな問題が発生している事も多々ある。たかが嘔吐とはいえ、教師としてはかなり疲れるのだ。
それから、愛着障害からか依存性の高い関わり方をする生徒が1人。女生徒同士のいじめの主導的立場だった生徒が1人。
最後に、芳沢優希。5年次の夏休み明けに転入してきた生徒。
本人は真面目で大人しく、友人は少ないが特にいじめられている様子はない。読書が好きで、学習面は優秀。
両親を相次いで亡くし、母方の伯父が引き取って養育。家庭内でうまくいってない様子だが本人からの訴えはなく、引き取られてから日も浅いので児相には未相談。要観察。亡くなった実父はアメリカ国籍。
1番気を遣わないといけないのはこういう子。真面目で大人しく、不満を訴えないタイプの子は、毎日の煩雑な実務と子供達の喧騒の中で、ともすると忘れられてしまうのだ。目をかけてもらえず、取り残されていく中で、追い詰められていく。
忘れないようにしないと。
明日に迫った始業式を前に、村田光は本日何度目かの溜息をついた。
ゆとり世代なのか新人類なのかなんなのか知らないが、きれいごとばかり並べて実務を面倒がり、すぐに傷付く繊細さは目の前の子供達とそう変わらず、そのくせプライドだけは高い、そんな子供、というより孫に近い年齢の若者の子守りは、なかなかストレスがたまる仕事ではあったが、でも担任を任されるよりは責任も軽く、このままあと10年ほど子守りを続けたら引退かしら、と呑気に考えていた。
なぜ私が?と問いたかったが、後1年で定年になるその校長は、何事もなく無事退職してうまく天下りする事しか考えていないその思惑を隠そうともしておらず、問うだけ無駄だとやめた。「あのメスゴリラ!」と苦々しく呟き、前任者からの引き継ぎ資料を見て、今日何度目かの溜息をつく。
問題のある生徒には赤丸が付いている。
赤丸のない名簿は見た事がないが、こう多いのも見た事がない。ただ、この赤丸を鵜呑みにしてはいけないのは経験上知っている。前任者が神経質なタイプだったり、子供達を管理しないといけないと思い込んでいるタイプだったりすると、赤丸は多くなる。問題のあるとされている生徒が多くても、うまくバランスが保てていたり、私自身の性格と合っていたりしたら、さほど難がなく学級運営できる、という時もある。とても良い評価だった生徒が、一番問題がある生徒だった、という事も、少なくはない。
要は、教師も生徒も人間なのだ。人間と人間のコミュニケーションで、何が起こるかなんてやってみないと分からない。そういう不確実性を、あまり楽しめなくなってきたのは歳のせいだ。メスゴリラと罵ってはみたけれど、私だって似たようなもの。何事もなく再雇用を続けて、程よい所で引退して、そのうち悠々自適な独身老婆生活に入りたいのだ。
まず分かりやすい子供はこの子だ。
西脇隼也。多動の疑い。1単元着席できない。両親は受診を頑なに拒否。性格は迎合的で流されやすく、攻撃性は薄い。
知能的には問題なし。
この子自体は、実はそれほど問題ではない。多動でも知的障害がないのなら、本当は動き回らせておけば良いのだ。そういう子は、ウロウロしたりしながらも、案外授業は聞いていて、それなりに習熟はしている。無理に着席させようとするのは時間の無駄だし、授業を円滑に進められない原因になる。しかし、厄介なのは、それに触発されて動き回ったり、多動の子を挑発して授業自体を妨害しようとする子供だ。
藤井康生。攻撃的で教師に対しても挑戦的。リーダーシップがあり、それが裏目に出ると授業妨害の主導的立場になる。
問題はきっと彼。この2人をどう絡ませないようにするかが、鍵だろう。
その他に、習熟度に問題のある生徒が数名、そして精神的なものからか嘔吐を頻繁にする生徒が1人。実は、嘔吐を頻繁にする生徒はけっこういる。そして、これが意外と問題なのだ。狭い教室に詰め込まれてガチガチに管理され、鬱屈している子供達にとって、嘔吐や、高学年ではさすがにいないが排尿の失敗は、格好のエンターテイメントだ。みんな必要以上に大騒ぎし、興奮しすぎて更に嘔吐する生徒が出たりする。感染症の予防もあって処理には時間がかかるし、嘔吐してしまった生徒に配慮もしないといけない。その間、教室はカオスだ。全て処理し終わった時には新たな問題が発生している事も多々ある。たかが嘔吐とはいえ、教師としてはかなり疲れるのだ。
それから、愛着障害からか依存性の高い関わり方をする生徒が1人。女生徒同士のいじめの主導的立場だった生徒が1人。
最後に、芳沢優希。5年次の夏休み明けに転入してきた生徒。
本人は真面目で大人しく、友人は少ないが特にいじめられている様子はない。読書が好きで、学習面は優秀。
両親を相次いで亡くし、母方の伯父が引き取って養育。家庭内でうまくいってない様子だが本人からの訴えはなく、引き取られてから日も浅いので児相には未相談。要観察。亡くなった実父はアメリカ国籍。
1番気を遣わないといけないのはこういう子。真面目で大人しく、不満を訴えないタイプの子は、毎日の煩雑な実務と子供達の喧騒の中で、ともすると忘れられてしまうのだ。目をかけてもらえず、取り残されていく中で、追い詰められていく。
忘れないようにしないと。
明日に迫った始業式を前に、村田光は本日何度目かの溜息をついた。
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