いないはずの子供

ken

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全てが、うまくいっているように思えた。
彼は3年半の受刑生活で、ある種の強さと逞しさを得た。純粋に筋力が付き肉体的に強くなった事が、精神にも影響した。変わらず内気で寡黙ではあったが、怯えたようなおどおどしたところがなくなり、嫌な事は嫌だと言えるようになった。高卒認定試験にも合格した。仮出所も検討されており、認められるだろうと思われていた。
冬馬も、自分の将来について、流されず考えるようになっていた。どうせこのままヤクザになる他ないのだろうと思っていたが、違う選択肢もあるのだと気付いた。自分は盃を交わしたわけではない。今ならまだ戻れる。真っ当な職に就き、コツコツと地味でも堅実に生きていく道がある。そう思ってい始めた。


2人がようやく掴みかけた淡い希望のようなものは、しかし、またしても悪意によって踏みつけられた。

模範囚になった冬馬を、よく思わない人間がいた。努力して高まることよりも、他人の足を引っ張る事に必死になる人間はどこにでもいるが、刑務所には、そんな人間は多かった。彼らは、それまで冬馬に一目置いていた分、勝手に裏切られたような気までしていた。そこに、冬馬の関係していた暴力団の、構成員ではないが繋がりのあるチンピラが入所してきた。三鷹冬馬の噂は聞いていたその男は、冬馬の過去も知っていた。そして、冬馬が暴力団から距離を置こうとしている事に、失望した。
様々な種類の悪意がより集まり、さらにどす黒い、理性の効かない悪意が醸造された。腐臭のするような男達の憎しみや妬み、そして欲望が、冬馬への凄惨な暴力となった。

冬馬の身に起こった事に、最初ただしは気付かなかった。冬馬が隠したのだ。
ある日、洗濯室の奥で、巧妙に張り巡らされた罠にかかり、冬馬は5人の男達に殴られ、レイプされた。激しく抵抗したが、数で押さえ込まれ、ひどく殴られた。彼らの仲間の1人が違う場所で暴れて刑務官を引きつけたため、彼らは見つかる事なくやりおおせた。男たちが去り、冬馬は意識を失ったまま残された。
10数分後、違う囚人が彼を見つけた。冬馬はすぐに病院に搬送された。2日入院治療を受けて、冬馬は戻ってきた。
何度事情を聞かれても、冬馬は誰にされたのか話さなかった。言わないと懲罰の対象になると言われても、冬馬は口を割らなかった。体調が戻るのを待って、冬馬は懲罰房に入れられた。喧嘩をしたのだと、ただしには言った。
彼は信じられなかった。冬馬は、模範囚になって仮出所を目指し、早くここを出て真っ当に生きるのだと頑張っていた。挑発されても乗らず、真面目に生活していた。易々と喧嘩をするとは思えない。不審と心配に悶々としていた彼に、冬馬を犯した男の1人が風呂で言った。

「さすが売り専野郎だけあってあいつの穴は良い具合だったぜ。淫売二人組よ。おまえの穴も使ってやらないとな。」

その一言で、彼は冬馬の身に何が起きたのか悟った。目の前が真っ暗になった。
男はヘラヘラと笑いながら続けた。

「おまえら、性奴隷だったんだろ、汚ったねぇ身体してるもんな特におまえは。おい、挿れて下さいって言えよ。おまえがやらせなかったらまた冬馬襲うからな、俺たち。」

彼は迷った。
自分が犠牲になれば冬馬は二度とあんな目に遭わないのだろうか。
いや、今までどうだったか。こういう男たちに、いいようにされた挙句、彼らは何も失わず、自分たちばかりが踏み躙られた。

彼は叫んだ。
声にならない唸り声をあげて、彼は目の前の男の首を絞めた。男は不意を打たれて足を滑らせて倒れ、そこに彼は馬乗りになって何度も何度も男の顔を殴りつけ、首を絞めた。
周りは騒然となり、刑務官が雪崩れ込んできて裸のままの彼を取り押さえた。
取り押さえられ引き剥がされながら、彼は激しく抵抗し、叫び続けた。声にならない慟哭だった。彼は叫びながら引きずられ、裸のまま懲罰房に入れられそこで服を与えられた。

仮出所は取り消された。

彼が殴りかかったあの男が全てを白状し、冬馬は懲罰房から出された。冬馬はただしの事を聞いて涙を流した。だから、こうなるのが嫌だったから黙っていたのに。

それからまだただしが懲罰房を出る前に、三鷹冬馬は違う刑務所に移送された。結局、三鷹冬馬は満期で出所してから、暴力団の正構成員になった。まだ子供の頃から冬馬はヤクザに囲まれて育ち、生涯そこから逃れられなかった。普通の生活を夢見ながら、彼はその人生のほとんどを刑務所の中で過ごした。
間宮ただしとは二度と会わなかった。
彼が生涯で友達だと心から思ったのはただしだけだった。


「間宮ただし、満期で出所とする。お疲れ様でした。身体に気をつけて。」
「ありがとうございました。」

刑務官に挨拶して、彼は4年ぶりに外に出た。佐伯さんと蒼が迎えに来てくれていた。

「ただいま。」
「おかえりなさい。」
「佐伯さん、ご迷惑をおかけしました。」
「待ってました。」

彼は、佐伯の運転する車で佐伯の家に行った。皆が温かく迎えてくれた。
新しい人生が始まる、そう思った。
蒼と生きる、蒼のために生きる、新しい人生。

でも、三鷹冬馬の不在は小さな棘のように、生涯彼の心の真ん中に残り続けた。



佐伯や夏目とも相談し、彼は住み込みの仕事を見つけて働く事にし、高校を卒業するまで蒼は佐伯にお世話になる事にした。出所者を支援する団体の紹介で、彼は東京の郊外にある飛行機の部品を作る工場で住み込みの職を得た。そこで働きながら、機械加工技能士の資格を取るために夜間の専門学校に通った。
毎日忙しく体を動かして働き、規則正しい生活をして、3食しっかりと食べた。
線が細く儚げだった彼が、いつの間にか小柄ではあるがしっかりとした筋肉を付けた、大人の男性へと変わっていった。
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