その日、私は龍に喰われた。

蒼井泉

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第一章 九夏三伏の熱砂〜デザート・エルフ

第12話 龍種

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 涼華は魔力圏内から抜け出した。
 放出された雷さえ吸い込んで、白黒の粒子と共にますます大きくなっていく。
 砂漠中に響く咆哮が、空気を、大地を揺らす。
「涼華……」
 雄叫びが雷霆らいていとなり、ドワーフたちの間を打ちつける。真っ赤に燃える紅焔こうえんの炎と、金に輝くその瞳。
 全ての生物を凌駕する、黒いドラゴンが君臨した。
「なぜ古代種がここにおる。お主ら、一体何者じゃ」
 途端に狼狽えるドワーフの一団。
 私は涼華の体躯に飛び乗り、遥か上から砂漠を見下ろす。どうにか会話ができぬものかと、彼女の頭部に手を当てて魔力を通した。
 
『聞こえるか、涼華』
『うん。この姿で話すのって不思議な感覚』
『そうだな。涼華、キミはどうしたい』
『殺さない。この人たちの目的がオアシスなら、ネリネさん達だけ連れてここは退がる』
『……撤退か』
 
 退くか否か、何度も言い合ってきた。
 二人で戦い始めてから、強大な相手を前にして、倒し切れたことはなかった。しかし今、涼華は、私を護ろうとして現れて、彼女なりの正義に従って姿を変えた。
 その想いに応えなければ戦士ではない。

 私はそっと耳を離し、告げる。
「キミの想いを肯定する」
 涼華にそう言い残して、私はオアシスの中へ飛び込んでいく。
 上空から砂の地面に足をついた後、準備を済ませたネリネと目が合った。
「何があったの?」
「ドワーフの賊と遭遇した。形勢はこちらが有利だが、ここで無駄な体力を消耗する必要はない。一時撤退を決定した」
「了解。策はあると踏んでいいのね」
 私は小さく頷いて踵を返す。
 オアシスと熱砂の境界でぼやけた背景に突っ込むと、黒いドラゴンがドワーフたちを眼圧で制している様子が目に入った。私は涼華の首の辺りを目掛けて跳躍し、彼女に乗る形で着地する。
「メリア、涼華ちゃんは?」
 私の後を追ってドラゴンに飛び乗ったネリネは、先に外へ出た涼華の心配をしていた。——今キミが乗る体躯こそ、我々の希望の光なんだ。
「このドラゴンが涼華だ。さぁ、飛ぶぞ!」
 瞬間、黒い翼が空に広がった。
 徐々に体が飛翔していくのがわかる。風に乗った涼華の体は徐々に加速度を増していき、
 ドワーフたちを誰一人殺すことなく、私たちは空へと逃れた。

 ◇

 ドラゴンの中は不思議なもので、魂だけが世界に存在しているような奇妙さがあった。
 外から聞こえてくるメリアの声は、スピーカーから聞こえてくる放送のような感じ。実際に体を制御しているのは私の意思なのだろうか。
 
 メリアの指示を聞きながら、私はエルフの少年が住まうという集落の近くまで向かって着地し、ドラゴンからヒトの姿へと戻った。
「ここからは徒歩だな。少年、疲れてはいないか?」
「だいじょうぶ。お姉ちゃん、ありがとう」
 メリアと少年のそんな会話を聞いてすぐ、私たちはその集落に辿り着いた。
 終始無言のネリネさんが、少しだけ気になった。
 
 最初に私たちが訪れたところよりも集落は大きくて、一つの町と呼べる規模を成していた。私とメリアは近くにいたエルフの男性に声をかけて、少年を引き渡す。
「助かったよ、お嬢ちゃんたち。ありがとう」
「いえ、何も問題ないわ。困ったことがあれば王都を頼りなさい。と言えば繋げてくれるはずよ」

 ——え?
 言葉を聞いたところで、私の背を冷や汗が伝った。
 熱砂の騎士? 集落を見つけては吸収しているという話だったはず。それが何故。
 いや、そもそも熱砂の騎士とは一体誰?
 熱砂の騎士ヴァッサヴァール? 知らない人。だけど、スフィンクスを退けたあの強さ。先ほどのネリネさんの口ぶり。
 ——このヒト以外に考えられなかった。
 
「……どういうことだ、ネリネ。キミが熱砂の騎士、だって?」
 メリアも私と同じことを察したようで、身構えると共に距離を取っていた。
 ネリネさんは微笑を作っている。私たちの奥にいる男性に目で下がるよう指示を出した後で、虚空に右腕を伸ばして言った。
「私の今のお仕事の一つが熱砂の騎士なの。王都を離れて暫く経つし、統治に興味はないから集落に危害を加えるつもりはない。……安心なさい。私はよ。でもね」

真槍解放ザ・ランツェ

 虚空に槍が現れていた。
 ネリネさんは顔色一つ変えないまま、私に向かって槍を突き出す。
「貴方が龍種だなんて話、知らなかった。これは一個人として放っておけない話なの」
「……一体、どういうことですか」
「場所を変えましょう。続きはそれから」
 見たこともない冷たい視線に、私の全身は強張っていた。
 
 一体何が起こるのかもわからないまま、村から離れた砂漠の方まで移動して、私とネリネさんは対峙する。
「メリア。先に言っておくけれど、貴方の手出しは無用よ。どちらにとってもね」
 メリアも一体何が起こっているのかわからないようで、戸惑いを隠し切れないと言った表情で私とネリネに何度も視線を飛ばしていた。
「少しの間、貴方たちと旅をした。私は二人みたいなコが大好きだけど、龍種が話題に絡むようなら真剣な話をする必要がある。……まず一つ、問いましょうか。貴方たちの目的は?」
「っ、私たちは」
 代わりに答えようとしたメリアを、ネリネさんは真っ先に言葉で制した。
「貴方に聞いてはいない。涼華ちゃん、貴方の意思が聞きたいの」
 私の目的。それは、夢の中で苦しんでいたメリアを助けること。これ以上苦しむ人が出なくていいように、全ての元凶である魔王を倒すこと。
 どんな想いがあったとしても、最初から最後まで、目的はそうするつもり。
「世界を救うために、魔王を倒すことです」
「……そう。龍種は最上の生物だもの、戦いにおいて右に出る者はいないでしょうね。けれど、魔王がどれだけ強いのか、知らない訳じゃないでしょう?」
「メリアが敗れたこともわかっています。でもネリネさんが聞きたいのは、魔王を倒すことじゃないですよね」
 ネリネさんから微笑えみが消えた。
「ええ、そうね。絶滅危惧種である龍種が、当たり前にドラゴンの姿を晒していることに問題がある。涼華ちゃん、貴方は何者なの? 人間の肉体を手に入れてから、どれくらいの時間が経ったの?」
 途端にやってくる質問攻めに、私は言葉を詰まらせてしまった。
 人間の肉体を手に入れてから、どれくらいの時間が経ったのか。そんなこと言われたって、私はもとから人間であって、質問の意味がわからない。私とネリネさんの間に、どこか食い違いがあるような気がした。
「私は最初から人間です。この世界にやって来てすぐ、私はドラゴンに食べられました。ネリネさん、一体何の話をしているんですか?」
ドラゴンは古代種。本来、この世界において神々に並ぶ力を持つの。神が移動のためだけに力を使う? それと同じよ。無為に力を振るってはならないの」
 ネリネさんは諭すような顔で言った。
 順序がどうであれ、私がドラゴンの力を持っていて、それを人前で当たり前のように披露したことに問題があるらしい。
 でも、それは龍種にとっての掟のように聞こえる。だとすれば、何故ネリネさんが知っているのだろう?
「でも、珍しいって話だけじゃ納得できないわよね。だから——奏でよ、『川岸の前奏曲リーヴ・プレリュード』」
 短い完全詠唱。
 辺り一面を蒼色の結界が包み込んでいた。
「同じだけの力を持つ者同士——が戦えばどうなるか、教えてあげる」
 ネリネさんは右手の槍を天に向けると、結界の天井に向けて力のままに投げつけた。
 
 瞬間。
 槍が砕けて雨が降る。雨粒を受けたネリネさんの体はゆっくりと溶けていき、——最後はついに、己の体をドラゴンに変えていた。
「メリア、これって!」
「私にもわからない。ネリネ、キミは龍種だったというのか!?」
 横にいるメリアも驚愕を顔に宿していた。
 私が変身するそれとは違う紺碧の装甲。雨を浴びて物憂げな顔をするドラゴンがネリネさんだとは、とても信じられなかった。
 
『戦いなさい。龍種であるならば、メリアと共に魔王に挑むというならば、貴方にはその義務がある』
 
 そう言われたとしても、私には龍種の掟がどうとかはわからない。
 けれど、戦う理由がある気がした。

『求められれば、応えるだけです』
 
 目の前の巨躯を見据え、私は体に力を込める。体を不思議な力が駆け巡った。
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