抜けるような青空

笠原久

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第六章

決着4

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 光が消えた途端、リックの目に地平線が映った。

 空と大地のまじわる場所から、自分たちのほうへ視線を動かしていくと、荒涼とした、草木一本生えていない、土がむき出しの大地が見えた。

 そして、なによりもリックを戸惑わせたのは、自分たちが空中に浮いている、という事実だった。

 足場がない。先ほどまで立っていたはずの地面が、なくなっている。

 リックはシュゼットを抱えたまま焦った。

 何がどうなった? 森は? 変異種は? 瞬間移動?

 様々な疑問が渦巻くが、とにかく無事に着地しなくては、とリックは意識を集中させた。

 彼は地面を見て、落下距離は巨樹のてっぺんから落ちるくらいだろうと当たりをつける。大丈夫だ、このくらいなら難なく着地できる。

 リックは落ち着き払った様子で、頭から落下しないよう、また意識を失ってぐったりしているシュゼットを決して傷つけないよう、慎重に慎重に着地した。

 膝を曲げて腰を落とし、うまい具合に落下の衝撃を吸収する。無事に降りると、すぐさまリックはシュゼットの顔色を確認した。

 青ざめた顔で脂汗をかいていたが――大丈夫、生きていた……。

「よかった……」

 泣きそうになりながらリックはつぶやいた。それから辺りを見まわし、

「それにしても……」

 ここはどこなんだろう? そう言いかけたところで、空中から落下してくる巨大な物体に気がついた。

 一瞬身構えるが、すぐに自分たちより少しばかり離れたところに落ちると判断して、全身の緊張を解いた。

 落下してきたのは真っ黒な塊だった。

 地響きと、もうもうたる煙を巻き上がらせて、巨体が地面に激突する。砂ぼこりが晴れてから、よくよく観察してみると、それは呪言種だった。

 手足がなくなり、全身の毛が消し飛んで肉が黒焦げになり、一部の骨が露出している――だが、それさえも焼け焦げて黒くなっていた。

 そして、ぱらぱらと上空から難を逃れたらしい焦げついた巨樹の枝が降ってきて、リックはようやく事態を把握した。

「まとめて全部ふっ飛ばすって……」

 そう、シュゼットは宣言どおりにすべてを吹き飛ばしたのだ。いや、吹き飛ばすなどという生易しいものではない。

 変異種も、巨樹も、大地でさえもえぐり取って消し飛ばしていた……跡形もなく。

 呪言種はまだ生きているようだった。

 周囲すべてをなぎ払うために、威力が拡散してしまった影響なのか、それともこの呪言種がなんらかの方法で防御したのか、とにかくまだ生存しているようだった。

 時々、口から空気の漏れ出る音が聞こえてきた。鳴こうとしているのだが、のどもやられているらしく、声を出せない様子だった。

 どうするかは任せる、というシュゼットの言葉が、リックの頭のなかでこだました。

 どうするのか? もちろん、決まっている。

 仕留めるのだ、今ここで! 確実に! 

 リックは瞬時に判断を下し、シュゼットを丁寧に地面に横たえると、殺気立った目で呪言種をにらみつけた。

 一瞬、びくりと呪言種の体が震えた。

 だが、すでに目も見えないらしく、戸惑った様子であらぬ方向へ何度も首を向けていた――その動きすらぎこちなく、完全に死にかけていた。

 呪言種は瞬間移動をした。

 シュゼットの読みどおり、距離はわずかだった――リックにとっては至近距離だ。呪言種は三回、瞬間移動したところで止まった。

 ああ、やっぱりシュゼットの分析したとおりなんだ……リックはそう思いながら、加速した。

 まばたきよりも速く、音よりも速い世界へ。右腕がしなり、指先の爪が鋭く尖って、呪言種の体に叩きつけられる。

 リックの強烈な一撃は呪言種の肉を裂き、骨を砕き、その巨体をバラバラに粉砕した。追撃の手をゆるめず、リックは左腕でもう一度呪言種の体を切り裂いた。

 胴体が消し飛び、呪言種の頭部が勢いで跳びはねた。呪言種はもがくように頭を揺らしたが、もはやどうしようもなかった。

 リックは右腕を頭部に振り下ろし、とどめを刺した。

 呪言種が死ぬと、体から黒い霧が蒸気のように吹き出した。何事かとリックは慌て、大急ぎでシュゼットのそばまで退避する。

 すぐさま逃げられるよう、シュゼットの体をそっと抱え上げ、じりじりと黒い霧を噴出させる肉片から後退していく。

 禍々しい霧は、あちこちに飛び散っている肉塊からも出ていた。

 すべての霧は、猛然と頭部に集まり、不意に圧縮されたように小さくなった。

 そして次の瞬間、呪言種の肉片がひとつ残らず消え去って、銀色をした球状の物体が転がった。

「……あれが、呪言石?」

 以前、シュゼットに聞いた、呪言種を倒すと手に入るという名誉の証。

 呪術が使えるとも聞いているが……そんなことをぼんやりと考えていると、突然リックの耳に羽音が聞こえた。

 驚いて上空を見上げると、変異種がいた。鳥に似た形状だ。

 仕留めきれていなかった――いや、おそらく空のうえで待機させておいたやつらの生き残りだろう。

 シュゼットの尋常ならざる魔力に危険を感じて、より高いところへと逃れたのだ。そのおかげで生き残ることができた。

 シュゼットが力尽きたことで、攻撃しようと襲い掛かってきた。リックはちらりと呪言石に目を向けた。だが、すぐさまクニークルスの里にむかって走り出した。

 名誉など最初から求めていない。

 そもそも魔女と一緒に暮らしている自分には関係のない話だ。リックは速度を上げ、さっさと変異種たちを振り切ろうとした。

 が、できなかった。

 空を飛ぶ変異種たちの飛行速度は思った以上に早く、なによりシュゼットの体が持ちそうになかったのだ。

 リックが速度を上げた途端、シュゼットが苦しそうなうめき声を上げて、思わず立ち止まった。

 シュゼット? と呼びかけてみるが、相変わらず目覚めそうにない。

 ゆっくりと走り出してみるが、速度を上げるとすぐにシュゼットが苦しそうな様子を見せた。

 あまり激しい動きには耐えられそうもない……いや、そもそも本当にシュゼットは大丈夫なのだろうか?

 すぐに魔術で治療しないと危険なのでは?

 不安が、リックの心を蝕んでいく。恐怖から、自然と足が遅くなった。そして、速度を落とせば追いつかれる。巨大化が解けた影響で、変異種の体は元の大きさに戻っているようだった。

 リックひとりでも、どうとでもできる程度の小物ばかりだ。

 しかし、シュゼットをいっさい傷つけることなく、敵を全滅させられるだろうか? 今のシュゼットは、素人目に見ても危険な状態だ。

 ちょっとした手傷が致命傷になりかねないのではないか? もし、万が一……不安と恐怖で満足に戦えなかった。

 そうして、焦りに焦ったリックがとった行動は、ある意味でもっとも理にかなったものだった。

 彼は呼びかけたのだ。この場において、もっとも頼りになる存在に。

「ロゼール!」

 リックは敵の攻撃をすんでのところでかわし、反撃の蹴りを喰らわせながら言った。

「ロゼール! 起きて! ロゼール!」

 応えるように風が吹いた。

 リックにまとわりつこうとしていた変異種たちが、風で吹き飛ばされる。

 上空から竜巻のように風が舞い降りてきた。吹き荒れる風で誰も近寄れない。

 そして、リックのふところから――魔女の家からひとりの少女が出てきた。

「おはよー、リック……」

 眠そうに目をこすりながら、のんきにロゼールはあくびをした。

「ロゼール! 近くの浮遊島まで! 急いで! あとシュゼット助けて!」

「んー、わかったー……」

 こくりこくりとまぶたが閉じそうになりながらも、ロゼールは風を操り、三人の体を上空へと飛ばした。

 空の彼方に吸い込まれるようにふわりふわりと浮き上がっていき、やがて気流の境界線を超えて近場の浮遊島まで飛んでいく。

 浮遊島の地面に激突する寸前、下から突風が吹いてきて三人の体を守った。

 リックはシュゼットの体を抱きかかえたまま、慎重に着地し、すぐにロゼールを呼び寄せて治療をお願いした。

「いいけど……だれ? このきれいな人……? さらってきたの……?」

「違うよ! とにかく――あとで説明するから早く!」

「急かさなくても大丈夫だよぉ、たぶん……」

 おっかしいなぁ、呪言種は倒したはずなんだけどなぁ……とリックは困惑した。

 呪いが解けたばかりだからなのか?

 ロゼールは今にも眠ってしまいそうで、魔術を使うのも億劫そうだった。

 が、治療自体はまじめにやるらしく、軽く深呼吸をすると真剣な表情になって、シュゼットの体に魔術をかけ始めた。

 ああ、そういえば……とリックはようやく思い出した。

 気が動転していてうっかり忘れていたが、ロゼールは寝起きがとんでもなく悪いのだった。起き抜けはいつも寝ぼけ眼で、夢と現実の区別がついていない。

 変な夢を見たあとなど、突拍子もない事を口走ってリックを驚かせる。

 そして何かしらの作業をやり始めて、やっと目が冴えるようになるのだ。

 ロゼールとの日常を思い出し、リックは苦笑した。そんなに昔のことではないはずなのに、もうずいぶん古い記憶のように感じられる。

 今のロゼールは完全に目が覚めたようで、集中した様子でシュゼットに魔術をかけていた。リックは固唾を呑んで治療を見守った。
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