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第1章 聖なる乙女の学園
第4話 苛烈なる修行の日々
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私たちの鍛錬は苛烈を極めていた。
特に回復魔法を覚えてからは、どうせ治るのだからと無茶をした。利き手をふっ飛ばされた状態で戦ったり、両目と鼓膜をつぶして戦ったり、全身を槍や剣で串刺しにされた状態で戦ったりしていた。
だが、この鍛錬はやるのが難しかった。家族に止められてしまうからだ。私たちの訓練を見た父は悲痛な声を上げ、母は青い顔で何をやっているのかと問いつめてきた。
「常に万全の状態で戦えるとは限らないわ。負傷してもある程度は動き回れるようにきちんと――」
と私は説明するが、納得してもらえない。仕方なく、私たちは森や山などで修行を積んだ。それまでは屋敷の中庭でやっていたのだ。
私たちが隠れて修行するようになったことで、表立って止められることはなくなった。
だが、やはり感づかれているのか、それとも単に武術や魔術に熱中しすぎるせいなのか、家族は私たちに別のことを勧めてきた。
観劇に行かないかと誘われたり、きれいなドレスや靴やアクセサリーを贈られたり、ビリヤードや乗馬などをやろうと言われたり、話題の小説や音楽の感想を求められたりした。
あまり根を詰めても上達はしないだろうと思い、私たちも程よく息抜きはした。回復魔法で疲労も取れるとはいえ、やはり休息は必要だった。
家族は私たちをずっと心配している様子だった。だが、訓練をやめるつもりはなかった。
とはいえ、一日中ずっと鍛錬し続けるわけにもいかない。残る三つ――つまり学識や社交、美貌に関することも学ばねばならなかったからだ。
学識は前世の知識が役立った。忘れている部分も多かったが、大幅に時間を短縮できた。
美容魔法も会得は簡単だった。魔術は得意だ。
ゲームのプリムもそうだったが、現実の私もそれ相応に優秀だったのだ。苦戦するかと思った社交関連の習い事も、存外簡単に覚えることができた。
そして、一定の水準に達すると同時に、私たちはそれらの訓練をやめた。私たちにとって、それらは「修業」だった。一定の力量を身につければ卒業する。
だが、武術や魔術は「修行」だ。終わりなどなかった。
武術を皆伝しても、大魔術を体得しても、さらなる力をもとめて修練を続ける。持久力が必要だと思い、四十八時間耐久アルファ王国一周もやった。
王都アルファからスタートして南の国境まで走り、そこからぐるりと反時計回りに一周して王都まで帰ってくる。総距離は九八九七キロメートルだ。
「さすがに飲まず食わず、一睡もせずで走る必要はない気が……」
ゴールしたとき、デイジーは疲労困憊の様子でぼやいた。
「なに言ってるの? 敵に追われて逃げるとき、絶対必須よ、これ!」
「せめて補助魔法使わせてくださいよ……」
「ダメよ! 魔力が尽きてたらどうするの!?」
私は力説したが、デイジーは頑として受け入れなかった。仕方なく、この鍛錬は一回きりになった。
残念だ――と思っていたら、噂を聞きつけた王室が国家行事にしてしまった。
娘の奇行を父が愚痴ったらしい。いや、相談したのかもしれない。ともかく話が王室まで行き、マーガレット王女が大変面白がったそうだ。
自分も見たいと言い出し、ならばいっそ行事として開催してしまえ、ととんとん拍子に話は進んだ。あっという間に開催日もコースもルールも整備され、年に一度のお祭りとなった。
もちろん、私もデイジーも参加した。デイジーはため息まじりで、相当嫌がっていた。私は懸命に説得した。
「これは絶対に必要なことなのよ、デイジー」
「初心者向けのお手軽コースじゃダメなんですかね……」
デイジーは毎年同じことを言った。
彼女の言うお手軽コースとは、王都から南の国境までの一二〇〇キロを十二時間かけて走る、または往復二四〇〇キロを二十四時間で走破するコースのことだ。
普段、まったく運動しない人向けに作られたものである。
この世界の人間は強靭だ。だから一般参加者もそれなりにいた。だが、さすがにフルで走るのは騎士団員や冒険者、運輸業者などの専門職だけだ。
優勝賞金も出るから、みんな気合が入っていた。
「ダメに決まっているでしょう。私たちは、いわばレースの発案者なんだから、情けないところは見せられないわ。全力で勝ちに行く」
「そうですか……」
「それに、もしかしたらリリー・リリウムが参加してるかもしれないじゃない? 上位入賞者に、彼女の名前があってもおかしくはないわ」
「え? でもリリーって、学園に来る前は平凡なんじゃ……」
「それはあくまでもゲームの話でしょ? いきなり才能が開花するというのも不自然だし、正直子供の頃から非凡な能力でもおかしくないと思うのよね」
ゲームのリリーは凡人だった――少なくともゲーム開始時までは。
それはそうだろう。育成ゲームなのだから、最初からパラメータが高くてはゲームにならない。彼女はゲームの主人公であるがゆえに初期パラメータが低かった。
だが、この世界はゲームではない。
初期パラメータなどという概念がない以上、神童と呼ばれていても不自然ではなかった。なにせゲームのリリーは、すべてのパラメータを最高値まで上げられるのだ。やろうと思えば、全能力値マックスもできる。
しかも学園にいた三年間だけでそこまで行ける。魔王討伐や世界征服をする実力は伊達ではないのだ。
特に回復魔法を覚えてからは、どうせ治るのだからと無茶をした。利き手をふっ飛ばされた状態で戦ったり、両目と鼓膜をつぶして戦ったり、全身を槍や剣で串刺しにされた状態で戦ったりしていた。
だが、この鍛錬はやるのが難しかった。家族に止められてしまうからだ。私たちの訓練を見た父は悲痛な声を上げ、母は青い顔で何をやっているのかと問いつめてきた。
「常に万全の状態で戦えるとは限らないわ。負傷してもある程度は動き回れるようにきちんと――」
と私は説明するが、納得してもらえない。仕方なく、私たちは森や山などで修行を積んだ。それまでは屋敷の中庭でやっていたのだ。
私たちが隠れて修行するようになったことで、表立って止められることはなくなった。
だが、やはり感づかれているのか、それとも単に武術や魔術に熱中しすぎるせいなのか、家族は私たちに別のことを勧めてきた。
観劇に行かないかと誘われたり、きれいなドレスや靴やアクセサリーを贈られたり、ビリヤードや乗馬などをやろうと言われたり、話題の小説や音楽の感想を求められたりした。
あまり根を詰めても上達はしないだろうと思い、私たちも程よく息抜きはした。回復魔法で疲労も取れるとはいえ、やはり休息は必要だった。
家族は私たちをずっと心配している様子だった。だが、訓練をやめるつもりはなかった。
とはいえ、一日中ずっと鍛錬し続けるわけにもいかない。残る三つ――つまり学識や社交、美貌に関することも学ばねばならなかったからだ。
学識は前世の知識が役立った。忘れている部分も多かったが、大幅に時間を短縮できた。
美容魔法も会得は簡単だった。魔術は得意だ。
ゲームのプリムもそうだったが、現実の私もそれ相応に優秀だったのだ。苦戦するかと思った社交関連の習い事も、存外簡単に覚えることができた。
そして、一定の水準に達すると同時に、私たちはそれらの訓練をやめた。私たちにとって、それらは「修業」だった。一定の力量を身につければ卒業する。
だが、武術や魔術は「修行」だ。終わりなどなかった。
武術を皆伝しても、大魔術を体得しても、さらなる力をもとめて修練を続ける。持久力が必要だと思い、四十八時間耐久アルファ王国一周もやった。
王都アルファからスタートして南の国境まで走り、そこからぐるりと反時計回りに一周して王都まで帰ってくる。総距離は九八九七キロメートルだ。
「さすがに飲まず食わず、一睡もせずで走る必要はない気が……」
ゴールしたとき、デイジーは疲労困憊の様子でぼやいた。
「なに言ってるの? 敵に追われて逃げるとき、絶対必須よ、これ!」
「せめて補助魔法使わせてくださいよ……」
「ダメよ! 魔力が尽きてたらどうするの!?」
私は力説したが、デイジーは頑として受け入れなかった。仕方なく、この鍛錬は一回きりになった。
残念だ――と思っていたら、噂を聞きつけた王室が国家行事にしてしまった。
娘の奇行を父が愚痴ったらしい。いや、相談したのかもしれない。ともかく話が王室まで行き、マーガレット王女が大変面白がったそうだ。
自分も見たいと言い出し、ならばいっそ行事として開催してしまえ、ととんとん拍子に話は進んだ。あっという間に開催日もコースもルールも整備され、年に一度のお祭りとなった。
もちろん、私もデイジーも参加した。デイジーはため息まじりで、相当嫌がっていた。私は懸命に説得した。
「これは絶対に必要なことなのよ、デイジー」
「初心者向けのお手軽コースじゃダメなんですかね……」
デイジーは毎年同じことを言った。
彼女の言うお手軽コースとは、王都から南の国境までの一二〇〇キロを十二時間かけて走る、または往復二四〇〇キロを二十四時間で走破するコースのことだ。
普段、まったく運動しない人向けに作られたものである。
この世界の人間は強靭だ。だから一般参加者もそれなりにいた。だが、さすがにフルで走るのは騎士団員や冒険者、運輸業者などの専門職だけだ。
優勝賞金も出るから、みんな気合が入っていた。
「ダメに決まっているでしょう。私たちは、いわばレースの発案者なんだから、情けないところは見せられないわ。全力で勝ちに行く」
「そうですか……」
「それに、もしかしたらリリー・リリウムが参加してるかもしれないじゃない? 上位入賞者に、彼女の名前があってもおかしくはないわ」
「え? でもリリーって、学園に来る前は平凡なんじゃ……」
「それはあくまでもゲームの話でしょ? いきなり才能が開花するというのも不自然だし、正直子供の頃から非凡な能力でもおかしくないと思うのよね」
ゲームのリリーは凡人だった――少なくともゲーム開始時までは。
それはそうだろう。育成ゲームなのだから、最初からパラメータが高くてはゲームにならない。彼女はゲームの主人公であるがゆえに初期パラメータが低かった。
だが、この世界はゲームではない。
初期パラメータなどという概念がない以上、神童と呼ばれていても不自然ではなかった。なにせゲームのリリーは、すべてのパラメータを最高値まで上げられるのだ。やろうと思えば、全能力値マックスもできる。
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