聖なる乙女の××

笠原久

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第3章 聖なる乙女の英雄

第1話 プリム十七歳、魔王討伐に旅立つ

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 私は落ち込んでいた。

 ベッドのうえでデイジーを抱きしめ、ごろごろしていた。部屋に来たシスルとリリーが呆れた顔をしているが、私は意に介さなかった。

「そろそろ機嫌直せよ。自分で魔王討伐やるって言ったんじゃねぇか。つーか交易都市ベータまで来といて、今さら拗ねんなよ……」

 シスルがイスに座って、テーブルに頬杖をつきながら言った。

「んなにイヤなら、最初っから引き受けなきゃよかったじゃねぇか」

「仕方ないじゃない! 油断してたのよ!」

 そう、私は油断していた。完全に気がゆるんでいたのだ。最大の間違いは、さっさと旅に出なかったことだ。

 どうせ学園の卒業資格はとっくに得ていたのだ。卒業して、「武者修行の旅に出ます」などと言って、とっととアルファ王国を出るべきだったのだ。

 だが、私はあの安寧な生活を捨てたくなかった。今まで、私は苛烈な修行を続けてきた。

 すべては魔王討伐したくなかったからだ……!

 しかし、シスルとリリーに言われ、私は安逸な生活に溺れてしまったのだ。

 たわいない日々、たわむれのような鍛錬、学園の一室を占拠して、のんびりココアやコーヒーを飲む暮らし――私はそれらを失いたくなかった。

 結果、女王陛下から呼び出しを食らった。それまで何もなかったから、これから先も大丈夫だと勝手に思い込んだ。

 その結果がこれだ。私たち四人は宰相に連れられて王城まで行き、マーガレット陛下から魔王討伐をするよう命令された。もちろん、了承したのは私だ。

 だが、あの状況で、はたして断れるものだろうか?

 私は精一杯抵抗した。そう、抵抗したのだ。迂闊にも「やります」と答えてしまった手前、今さら「やっぱやめます」とは言い出しづらい。というより、言い出せない。

 私たちは逃げるようにアルファ王国から立ち去り、南にある都市国家――交易都市の異名を取るベータまで来ていた。

 そこそこの値段のホテルに泊まり、私は三日ほどショックで部屋に引きこもっていた。相部屋のデイジーを抱きしめ、ベッドで惰眠をむさぼる日々……。

 ついに呆れ顔のリリーとシスルがやってきて、さっさと旅立とうぜ、と言われた。

「いつまでもここでグダグダしてても仕方ねぇだろ? 魔王討伐しますって言っちまった以上、とっとと終わらせようぜ」

「気楽に言うわね、シスル……。あなたは嫌じゃないの?」

 私はぎゅっとデイジーを抱きしめた。シスルは窓のほうを見ながら、しっぽだけをふりふり動かして答えた。

「いや、むしろ、あたしはなんでプリムがそんなに嫌がってるのかがわからねぇよ。お前、伝説の神竜に喧嘩売ったりやりたい放題じゃん。武闘会でも皆伝持ちの達人を雑魚扱いで一蹴してたじゃん」

 シスルはため息まじりに呆れ顔で私を見た。

「つーか、その伝説の神竜に『楽勝で魔王倒せる』ってお墨付きもらってたじゃねーか、お前。さっさと倒してこいや。あたしらも付き合ってやるから」

「そのラオカさま……プリムさんが魔王討伐するって聞いて、つまらなそうにしてたね」

 リリーが苦笑いで腕を組み、扉に寄りかかった。

「もう少し、竜と人間が揉めてるのをながめていたかったとかなんとか」

「そりゃプリムが魔王討伐したら、揉める原因がなくなるしな」

 シスルがイスから立ち上がって、私の腕を引っ張った。

「ほれ、とっとと立て。ふてくされても魔王討伐の仕事は終わらねぇよ」

「わかったわよー」

 私は仕方なくベッドから起き上がった。そして、デイジーをぬいぐるみのように抱きしめながら訊いた。

「いちおう、ゲームのほうの流れを確認しておきましょうか」

「『英雄』だと、普通にアルファからオメガまで順繰りにめぐっていくだけでしたね」

「その前に……デイジー、お前その状態でいいのか?」

 あらためてイスに座ったシスルが、デイジーを見ながら言った。

「シスルさんは知らないかもしれませんが……わりと妖精族あるあるですよ? 見た目ちっちゃいので、お気に入りのぬいぐるみ扱いされます」

「そうか……まぁ、本人が気にしてねぇなら別にいいけどよ……」

 シスルの釈然としない反応に、リリーが小さく笑った。

「シスルもたまに抱きしめられることがあるからね」

「うるせーな。てめぇも昔、あたしを抱きまくら代わりにしようとしたことがあっただろうが」

「ちっちゃくてかわいいから、つい」

「デイジーは渡さないわよ?」

 私は警戒して、デイジーを抱きしめる手に力を込めた。リリーは苦笑いで手を振った。

「とらないから安心してくれ」

「つーかお前らの関係知ってたら手出しできねぇよ。なんのために防音の魔法がかかった部屋とったと思ってんだ?」

「そんなにうるさかったかしら?」

 思い返してみると、なぜか宿をとった翌日にこっちの部屋に移れと言われたのだった。
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