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第3章 聖なる乙女の英雄
第10話 怪物の出現に静まり返る宿屋
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客はそれなりに多く、私たちが足を踏み入れるまでは談笑の声が外にまで響いてきていた。
ところが、私たちが扉を開け、床板を鳴らしながら歩き出した途端、水を打ったように会話が途切れた。
横目で観察すると、彼女たちは一様に戸惑いの表情を浮かべて顔を見合わせていた。カウンターにいた店員は若い男だったが、彼は猛獣にでも遭遇してしまったように固まっていた。
グラスを戸棚に置こうとした姿勢のまま硬直している。
「泊まりたいのですけれど、お部屋は空いていますかしら?」
私がそう言って声を掛けると、若い店員は助けを求めるように周囲を見回した。
カウンターには年配の男もいたのだが、青年に目を向けられると、彼は急に汚れていないきれいなグラスを手にとって洗い始めた。
奥の扉が開いて、モップを手にした年頃の少女が鼻歌交じりに入ってきた。ドアノブに手をかけたまま、少女は店内の様子を見回した。鼻歌が消える。
彼女は私たちを見て、それから黙りこくるテーブル席に目を向け、また視線を私たちに戻した。少女は一歩下がりながら、そのままゆっくりとドアを閉めて店の奥に戻った。
「一人部屋を四人で使ってもかまわないのですけれど?」
私が指を四本立てながら訊くと、青年店員は目を泳がせながら答えた。
「い、いえ……。その、部屋は、空いております……。大丈夫です……。ツインも、ダブルも、シングルも……。ご自由に、お使いください……。あいにくと、スイートルームのたぐいはありませんので、その……」
「じゃあ――」
「ツインを一部屋、ダブルを一部屋な」
私の言葉をさえぎってシスルが言った。
「防音装置とかなさそうだから普通の部屋でいいけど、ダブルの部屋とツインの部屋は離してくれ。できるだけ」
「必要とあらば、私たちで音消しくらいはするから大丈夫ですよ。なんだったら同室でもなんの問題も――」
「寝てる横でおっぱじめる気かよ!? この変態どもが! ふざけんな!」
シスルが怒鳴った。青年店員はびくりとして、怯えた表情を私たちに向けた。
彼は焦った様子で宿帳を取り出した。何度か手をすべらせていたが、なんとか彼はカウンターの上に宿帳を載せた。
「どうぞ、お名前を……」
私たちが記帳すると、彼は震える声で言った。
「ご、ご確認させていただきます。プリムローズ・フリティラリアさま、デイジー・ロータスさま、リリー・リリウムさま、シスル・ナスターシャムさま。以上、四名で間違いございませんか?」
「はい、お願いします」
と私が答えると、一瞬店内がざわついた。
一人が慌てた様子で乱暴に扉を開け、店から出ていった。客の一人が私たちをちらちら見ながら、足早に酒場の奥へ進んでいく。扉を開けるとき、彼女は年配の店員に電話のジェスチャーをした。
この世界に電話はないから、通信魔法だろう。たぶん、宿の奥に通信用の道具が存在するのだ。耳をそばだてると、キーボードを打つような打鍵音が響いてくる。
誰に何を知らせているのだろう?
私は疑問だったが、青年店員が案内に立ったので、黙ってついて行った。
私たちは二階の部屋に通された。シスルの指定通り、ダブルの部屋とツインの部屋は離れていた。私たちはそれぞれの部屋で眠り、翌朝、下の酒場で食事をとった。
昼間は食堂として営業しているようだ。むしろ泊り客がほとんどいないので、酒場というか、レストランが本業であるらしい。
結構な人気店なのか、客は大勢いた。カウンターはもちろん、テーブル席も多くが埋まっている。特に保安官が姿が目立った。
小さな町なのにずいぶんたくさんいるように思えたが、それだけ治安維持に力を入れているのかもしれない。
私たちはパンと目玉焼きとソーセージにサラダで手早く朝食を済ませ、さっさと宿を出た。できれば、今日中に妖精の里デルタまで行ってしまいたい。
そう思って町から出ようとしたとき、ちょっと待って、とリリーが足を止めた。
彼女はちょうど店から出てきた新聞売りの少年に声をかけた。ガンマ・タイムズという新聞だった。彼女は購入すると素早く記事に目を通し、私たちに新聞をよこした。
一面に大きく、次のような記事が出ていた。
ところが、私たちが扉を開け、床板を鳴らしながら歩き出した途端、水を打ったように会話が途切れた。
横目で観察すると、彼女たちは一様に戸惑いの表情を浮かべて顔を見合わせていた。カウンターにいた店員は若い男だったが、彼は猛獣にでも遭遇してしまったように固まっていた。
グラスを戸棚に置こうとした姿勢のまま硬直している。
「泊まりたいのですけれど、お部屋は空いていますかしら?」
私がそう言って声を掛けると、若い店員は助けを求めるように周囲を見回した。
カウンターには年配の男もいたのだが、青年に目を向けられると、彼は急に汚れていないきれいなグラスを手にとって洗い始めた。
奥の扉が開いて、モップを手にした年頃の少女が鼻歌交じりに入ってきた。ドアノブに手をかけたまま、少女は店内の様子を見回した。鼻歌が消える。
彼女は私たちを見て、それから黙りこくるテーブル席に目を向け、また視線を私たちに戻した。少女は一歩下がりながら、そのままゆっくりとドアを閉めて店の奥に戻った。
「一人部屋を四人で使ってもかまわないのですけれど?」
私が指を四本立てながら訊くと、青年店員は目を泳がせながら答えた。
「い、いえ……。その、部屋は、空いております……。大丈夫です……。ツインも、ダブルも、シングルも……。ご自由に、お使いください……。あいにくと、スイートルームのたぐいはありませんので、その……」
「じゃあ――」
「ツインを一部屋、ダブルを一部屋な」
私の言葉をさえぎってシスルが言った。
「防音装置とかなさそうだから普通の部屋でいいけど、ダブルの部屋とツインの部屋は離してくれ。できるだけ」
「必要とあらば、私たちで音消しくらいはするから大丈夫ですよ。なんだったら同室でもなんの問題も――」
「寝てる横でおっぱじめる気かよ!? この変態どもが! ふざけんな!」
シスルが怒鳴った。青年店員はびくりとして、怯えた表情を私たちに向けた。
彼は焦った様子で宿帳を取り出した。何度か手をすべらせていたが、なんとか彼はカウンターの上に宿帳を載せた。
「どうぞ、お名前を……」
私たちが記帳すると、彼は震える声で言った。
「ご、ご確認させていただきます。プリムローズ・フリティラリアさま、デイジー・ロータスさま、リリー・リリウムさま、シスル・ナスターシャムさま。以上、四名で間違いございませんか?」
「はい、お願いします」
と私が答えると、一瞬店内がざわついた。
一人が慌てた様子で乱暴に扉を開け、店から出ていった。客の一人が私たちをちらちら見ながら、足早に酒場の奥へ進んでいく。扉を開けるとき、彼女は年配の店員に電話のジェスチャーをした。
この世界に電話はないから、通信魔法だろう。たぶん、宿の奥に通信用の道具が存在するのだ。耳をそばだてると、キーボードを打つような打鍵音が響いてくる。
誰に何を知らせているのだろう?
私は疑問だったが、青年店員が案内に立ったので、黙ってついて行った。
私たちは二階の部屋に通された。シスルの指定通り、ダブルの部屋とツインの部屋は離れていた。私たちはそれぞれの部屋で眠り、翌朝、下の酒場で食事をとった。
昼間は食堂として営業しているようだ。むしろ泊り客がほとんどいないので、酒場というか、レストランが本業であるらしい。
結構な人気店なのか、客は大勢いた。カウンターはもちろん、テーブル席も多くが埋まっている。特に保安官が姿が目立った。
小さな町なのにずいぶんたくさんいるように思えたが、それだけ治安維持に力を入れているのかもしれない。
私たちはパンと目玉焼きとソーセージにサラダで手早く朝食を済ませ、さっさと宿を出た。できれば、今日中に妖精の里デルタまで行ってしまいたい。
そう思って町から出ようとしたとき、ちょっと待って、とリリーが足を止めた。
彼女はちょうど店から出てきた新聞売りの少年に声をかけた。ガンマ・タイムズという新聞だった。彼女は購入すると素早く記事に目を通し、私たちに新聞をよこした。
一面に大きく、次のような記事が出ていた。
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