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第3章 聖なる乙女の英雄
第15話 四天王筆頭、魔王軍を辞す
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魔獣と魔物、合計で二十体ほどが地面にばらまかれた。
女が絶望の表情で、呆然と仲間の残骸を見つめていた。デイジーの治癒魔法が飛ぶ。すぐさま新しい下半身や上半身が生えてきて、魔獣と魔物たちは再生した。
私は女を見た。
「一応、殺さなかったけど?」
「どう見ても一回殺してるじゃねぇか!?」
あはははは、と私は笑った。
「何言ってるのよシスル。殺しちゃったら治せないじゃない。さすがのデイジーでも、死者蘇生は無理よ?」
「死体が転がってんだけど!?」
デイジーがため息をつきながら、頭を振った。
「魔物や魔獣は死ぬと魔石に変わるでしょう? 死体がそのまま残ってるってことは、死んでないってことですよ」
「今こいつ『死体』ってはっきり言いやがったぞ!?」
魔獣と魔物たちは、何が起こったのかわかっていない様子だった。グリズリー似の魔獣が、吹き飛ばされた自分の上半身を見ながら身を震わせていた。
「な、なんだ……? 俺だ! 俺がいるぞ? か、下半身がねぇ! な、なんだ!? 何が起きてるんだ!? だ、誰か答えろぉ! 姉御! 姉御ぉ! 時間停止を! じ、時間停止でこいつらを!」
「む、無理! 無理ぃ! 効かない! 効かないのぉ!」
魔王軍はだいぶ錯乱している様子だった。
いったん落ち着くまで待ってみようと思ったのだが、むしろ時間が経つほどに混乱はひどくなった。魔獣や魔物の一部が逃げ出そうとしたのだ。
仕方なく、私は適当に蹴っ飛ばして元の位置に戻した。すると、すさまじいまでの悲鳴や怒号が巻き起こってしまった。
「何やってんだよマジで……」
シスルが呆れ果てた様子であぐらをかいていた。デイジーも空中で昼寝をするように後頭部に手をやって、あくびをしている。見かねたらしいリリーが、冷静になるように声をかけた。
が、私以外も恐怖の対象になっているらしい。
魔族の女も、魔獣も、魔物も、リリーが近づいてきた時点でまた逃げようとした。蹴っ飛ばして、また元の位置に戻す。最終的に、魔族の女が泣き叫んで、
「もうヤダ! 魔王軍やめる! もう知らない! メーちゃん魔王軍やめる!」
と駄々をこねだすことで混乱は収まった。さすがに上官の様子を見て、魔獣たちの頭も冷えたらしい。
彼らは魔物たちを落ち着かせ、さらに魔族の女も泣き止ませようとなだめはじめた。
三十分ほど経つと、まだ涙目のままだったが、女はだいぶ落ち着いた様子だ。しかし、私のことはまだ怖いらしく、近づくとグリズリー型の魔獣にぴたりとひっついた。
「で、魔王軍やめるの?」
「や、やめる……。メーちゃん、もう魔王軍やめる……」
「なんか微妙に幼児退行してね?」
シスルが言った。私は親指で自分を指さした。
「何よ、私のせいだって言いたいわけ?」
「どう見てもお前っつーか、お前とデイジーのせいだと思うぜ?」
シスルが呆れ顔で言った。どこか小馬鹿にするような調子だ。
私が不機嫌になったのを感知したのか、また魔族の女(メーちゃんという名前らしい)が泣きそうになった。私は少しばかり慌てた。
「ち、違うのよ? 別にあなたに対して怒ったわけじゃなくて……!」
「完全に幼児を相手にしているみたいだね」
リリーが気楽そうに言うので、私は歯ぎしりした。
「じゃあ、リリーがやってよ……。私、完全に嫌われてるんですけど……!」
「そりゃトラウマ与えた張本人だしな」
シスルが半眼で私を見た。
「つーか魔王軍ってそんな簡単にやめられんの?」
シスルがグリズリーそっくりの魔獣に目を向けた。魔獣は恐縮した様子だった。まるで舎弟かなにかのように頭を下げながら、彼は上目遣いに言った。
「へぇ、その……姉御は、魔王軍の四天王筆頭なんで……。正直、難しいんじゃねぇかと思いますが……」
「ヤダヤダやめる! メーちゃんもう戦わない!」
女は涙目で首を横に振った。
「ですけど、姉御……」
「ヤダヤダ! メーちゃん、もともとやりたくなかったもん!」
「確かに、姉御たちは反対してましたが……」
「うん? どういうこと?」
私が訊くと、魔獣はびくりとして身を固くした。が、すぐに咳払いをして、説明してくれた……だから、なぜここまで私とシスルで反応が違うのか?
「魔王の地上侵略は、一種の伝統なのでして……」
「初耳なんだけど」
「いえ、その……正確には、最近伝統として新しく作ったといいますか……」
そもそもの始まりは、五〇〇年前にあるという。
当時の魔王が、自分の力を示すために地上侵略を企てた。失敗に終わったものの、試み自体は偉大な行為として記憶された。当時の魔王は改革派で、農業やら教育やら、いろいろと変えては大きな成果を上げてきた。
今でも歴代最高の王として讃えられているらしい。
そんな人物の偉業だから、当然後続の魔王も真似た。地上侵略は、偉大な王が志半ばでなし得なかった悲願であり、自分たちがいつか達成せねばならない託された課題なのだ……と。
もちろん、すぐさま侵攻することはできない。一〇〇年を目安に計画が立てられた。歴代の魔王にとって、通過儀礼のようなものだという。
女が絶望の表情で、呆然と仲間の残骸を見つめていた。デイジーの治癒魔法が飛ぶ。すぐさま新しい下半身や上半身が生えてきて、魔獣と魔物たちは再生した。
私は女を見た。
「一応、殺さなかったけど?」
「どう見ても一回殺してるじゃねぇか!?」
あはははは、と私は笑った。
「何言ってるのよシスル。殺しちゃったら治せないじゃない。さすがのデイジーでも、死者蘇生は無理よ?」
「死体が転がってんだけど!?」
デイジーがため息をつきながら、頭を振った。
「魔物や魔獣は死ぬと魔石に変わるでしょう? 死体がそのまま残ってるってことは、死んでないってことですよ」
「今こいつ『死体』ってはっきり言いやがったぞ!?」
魔獣と魔物たちは、何が起こったのかわかっていない様子だった。グリズリー似の魔獣が、吹き飛ばされた自分の上半身を見ながら身を震わせていた。
「な、なんだ……? 俺だ! 俺がいるぞ? か、下半身がねぇ! な、なんだ!? 何が起きてるんだ!? だ、誰か答えろぉ! 姉御! 姉御ぉ! 時間停止を! じ、時間停止でこいつらを!」
「む、無理! 無理ぃ! 効かない! 効かないのぉ!」
魔王軍はだいぶ錯乱している様子だった。
いったん落ち着くまで待ってみようと思ったのだが、むしろ時間が経つほどに混乱はひどくなった。魔獣や魔物の一部が逃げ出そうとしたのだ。
仕方なく、私は適当に蹴っ飛ばして元の位置に戻した。すると、すさまじいまでの悲鳴や怒号が巻き起こってしまった。
「何やってんだよマジで……」
シスルが呆れ果てた様子であぐらをかいていた。デイジーも空中で昼寝をするように後頭部に手をやって、あくびをしている。見かねたらしいリリーが、冷静になるように声をかけた。
が、私以外も恐怖の対象になっているらしい。
魔族の女も、魔獣も、魔物も、リリーが近づいてきた時点でまた逃げようとした。蹴っ飛ばして、また元の位置に戻す。最終的に、魔族の女が泣き叫んで、
「もうヤダ! 魔王軍やめる! もう知らない! メーちゃん魔王軍やめる!」
と駄々をこねだすことで混乱は収まった。さすがに上官の様子を見て、魔獣たちの頭も冷えたらしい。
彼らは魔物たちを落ち着かせ、さらに魔族の女も泣き止ませようとなだめはじめた。
三十分ほど経つと、まだ涙目のままだったが、女はだいぶ落ち着いた様子だ。しかし、私のことはまだ怖いらしく、近づくとグリズリー型の魔獣にぴたりとひっついた。
「で、魔王軍やめるの?」
「や、やめる……。メーちゃん、もう魔王軍やめる……」
「なんか微妙に幼児退行してね?」
シスルが言った。私は親指で自分を指さした。
「何よ、私のせいだって言いたいわけ?」
「どう見てもお前っつーか、お前とデイジーのせいだと思うぜ?」
シスルが呆れ顔で言った。どこか小馬鹿にするような調子だ。
私が不機嫌になったのを感知したのか、また魔族の女(メーちゃんという名前らしい)が泣きそうになった。私は少しばかり慌てた。
「ち、違うのよ? 別にあなたに対して怒ったわけじゃなくて……!」
「完全に幼児を相手にしているみたいだね」
リリーが気楽そうに言うので、私は歯ぎしりした。
「じゃあ、リリーがやってよ……。私、完全に嫌われてるんですけど……!」
「そりゃトラウマ与えた張本人だしな」
シスルが半眼で私を見た。
「つーか魔王軍ってそんな簡単にやめられんの?」
シスルがグリズリーそっくりの魔獣に目を向けた。魔獣は恐縮した様子だった。まるで舎弟かなにかのように頭を下げながら、彼は上目遣いに言った。
「へぇ、その……姉御は、魔王軍の四天王筆頭なんで……。正直、難しいんじゃねぇかと思いますが……」
「ヤダヤダやめる! メーちゃんもう戦わない!」
女は涙目で首を横に振った。
「ですけど、姉御……」
「ヤダヤダ! メーちゃん、もともとやりたくなかったもん!」
「確かに、姉御たちは反対してましたが……」
「うん? どういうこと?」
私が訊くと、魔獣はびくりとして身を固くした。が、すぐに咳払いをして、説明してくれた……だから、なぜここまで私とシスルで反応が違うのか?
「魔王の地上侵略は、一種の伝統なのでして……」
「初耳なんだけど」
「いえ、その……正確には、最近伝統として新しく作ったといいますか……」
そもそもの始まりは、五〇〇年前にあるという。
当時の魔王が、自分の力を示すために地上侵略を企てた。失敗に終わったものの、試み自体は偉大な行為として記憶された。当時の魔王は改革派で、農業やら教育やら、いろいろと変えては大きな成果を上げてきた。
今でも歴代最高の王として讃えられているらしい。
そんな人物の偉業だから、当然後続の魔王も真似た。地上侵略は、偉大な王が志半ばでなし得なかった悲願であり、自分たちがいつか達成せねばならない託された課題なのだ……と。
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