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憧れという君はこっちを見ない

心臓

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「ア、アレンくん」
テストも近いし、1人で勉強するために図書館に寄った。
いつもアレンくんと勉強していたお馴染みの席に向かうと先客がいた。

微かに声が震えていた。そして弱弱しかった。

私の声に反応したアレンくんは、ただ微笑んだ。
何か言わなければいけない、けれども何を言おう。

頭の中が真っ白になった。
指先から始まって体の熱が消える。

ごめんなさい?それともありがとう?
何を言えばいいんだろう。わからない、わからない。

意識しているのが伝わって欲しくなくて、これ以上あからさまに避けるのが申し訳なくて、手が震えているのがアレンくん気付かれませんようにと祈りながらアレンくんの隣の席の椅子を引いた。

アレンくんの動きがその瞬間だけ止まった気がした。

ごめんなさい、アレンくん隣に座ります。


教科書と問題集を出しながらここ数日間の自分の行動を顧みた。

アレンくんのことをここ数日間避けていた。
アレンくんに貰った資料を返したいのに、そして渡してくれた時に話をしたいと言われたのに頑なに避けていた。本当に最低な女だと思う。


毎日今日こそは、アレンくんと話さないとと思ったのだけれども、体が鉛のように重くなって一歩踏み出せなかった。そのくせ避ける時は、勢いよく避けてしまった。
今だって、もっと早くにアレンくんに気が付いていたら避けていたのかもしれない。

遠くにアレンくんを見かけた時、時折視線が絡まる、気がする時があった。
その時は、なぜかアレンくんは酷く切なそうにしていた。
都合のいい幻覚を見ていただけかもしれない。ただその時はきゅっと心臓が縮まった。
今も考えると、心臓が嫌な音を立てる。苦しくなる。
妙なことを期待してしまう。そんな立場なんかじゃないのに。

そんな立場じゃないのに、そう思って抑制したくともうまくいかない。
今だってそう、教科書の内容なんて何も頭に入らない。

アレンくんと話したい。
避けてしまったことを謝りたい。
アレンくんは気にしていないのかもしれないが謝りたい。

事件を一冊のファイルにまとめてくれたことに礼を述べたい。
一緒に勉強もしてくれたことにも。
今週が終われば、もうテストとまで1週間切ってしまう。
これまでは、少し不安もあったがアレンくんと一緒に勉強したおかげで多少軽減された。
恥ずかしい話だが、とても助かったのだ。

感謝してもしきれない。

溢れ出してしまいそうな感情に困惑する。
今までも誰かのことを好きになったことはあるが、こんなことは初めてだ。

ううん、この感情がそんな一般的な桃色の言葉で表せるはずがない。
私は、アレンくんに対していかなる欲も抱かないって決めてるんだから。
だからこれが、恋、であるはずがない。

アレンくんは、憧れでしかないんだ。
私なんか足元にも及ばない存在なんだから烏滸がましいことを考えるのは止めないと。

深呼吸をする。これ以上逃げたってどうしようもないんだ。
アレンくんに向き合わないといけない。

覚悟を決めて口を開いた。

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