センス・オブ・ワンダー

イグサコウジ

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part.10

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 首に張りを覚えて、わたしは手帳を読むのを中断した。天を仰ぐと、首のうしろの骨が軽く鳴った。
 そのまま煙突のほうを見てみる。かつて内藤だった煙は、灰色から白に色を変えていた。

 互いの詩を書くきっかけを語り合ってから、内藤がこの世を去るまで、ひと月もなかった。
 だから、内藤が何を思っていまも詩を書いていたのか。それを知ることは、結局できなかったのだ。
 再び手帳に視線を落とす。簡素な日記は、まだ続いていた。1ページに一日分。どれだけ空白が余っていても、日記はその形態を守っていた。
 そして、内容はどれも、自分が詩を書く理由についてだった。



 4月☆日

 そもそも、僕はなんで詩を書き始めたのか。
 あのときの僕は、何を望んでいたのか。
 まずはそこから考えることにしよう。
 早く見つけて、津出さんに教えてあげたいし。



 4月★日

 きっとあのときの僕は、僕を認めてほしかったんだろう。
 現実から逃げていても、心のどこかでは繋がっていたかった。
 思いを現実にぶつけたかった。そのための手段が、たまたま詩だった。
 結局、大元は津出さんと同じ。そういうことなんだと思う。

 じゃあ僕はいま、誰に認められたくて詩を書いているんだろう。



 4月◇日

 津出さん?



 4月◆日

 だとしたら、なんで僕は津出さんに認めてほしいんだろう。



 5月▼日

 言えるわけがない。
 津出さんが好きだから。津出さんに認めてほしいから、なんて。
 そんなこと、言えるわけがない。



 雨が一粒だけ降ってきて、手帳を濡らした。そう思ったのは、最初だけだった。

 いつの間にか、わたしは声もなく泣いていた。気付くのに少し時間がかかるくらい、自然に。
 視界が滲み、瞬きをすると鮮明になる。そのたび、手帳に染みが増えていく。
 自覚をした途端、鼻の奥がつんと痛み、涙がさらに溢れてきた。嗚咽が止まらず、何度も鼻をすする。

 しまいには声をあげて泣き出してしまう。口を手でふさいでも耐え切れない。
 悲しくて、悲しくて仕方がなかった。大きすぎる喪失感が、内藤のいた場所に空いた穴から押し寄せてきていた。

 なぜだろう。
 なぜ、わたしはこんなに泣いているのだろう。
 いつものように、見つけるために、吐き出すために、思考を巡らせる。考える効率も、速さも、自分の頭だと思えないくらいひどいものだった。

 ただ、悲しみのせいか。あるいは、おかげか。普段なら考えもしないようなところまで、思考が及んでいた。
 そして、ひとつの結論にたどり着いた。それは、いつか出した、半分だけ正解だった答えの、もう半分。親しみに似ているから、と勝手に分類した気持ちの正体。
 
 わたしは、内藤が、嫌いなのだ。

 わたしの引いた境界を、勝手に超えて入ってくる。
 すぐに自分が悪いと謝って、必要以上に落ち込む。
 頼んでもいないのに、いつもそばにいる。
 友達よりも、わたしのことを優先する。
 一生懸命、わたしを受け止めようと頑張る。
 好きだと勝手に言って、勝手にいなくなる。
 こんなに泣いているのに、そばにいてくれない。
 
 そんな内藤が、わたしは嫌いで。
 そして、それ以上に大好きなのだ。

 わたしは、子供のように泣き続けた。まぶたは固く閉ざされてしまって、開くことができなかった。開くことができても、立ちのぼる煙を見れば、また閉じてしまうのは明らかだった。

 なぜ、内藤はあんなにわたしに入れ込んでいたのか。
 なぜ、わたしは落ち込む内藤に挨拶してやろうなんて思ったのか。
 なぜ、わたしは内藤に友達と遊ぶことを提案しなかったのか。
 なぜ、わたしはわざわざふたりの関係を弁解しようとしたのか。
 なぜ、わたしは友達ということをためらったのか。

 わたしはようやく気付いた。すべての内藤への疑問は、好きだから、という一言で答えが出せたことに。その事実がまた悲しくて、わたしはさらに声を上げて泣いた。

「泣かないで」

 自分の泣き声に混じって、そんな内藤の声が聞こえた気がした。
 うるさい。内藤のことなんて、嫌いだ。
 聞こえてきた幻聴に、心の内でそう言い返して、わたしは手帳に顔をうずめた。
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