ガールズメイクライ

イグサコウジ

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part.1

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 部室の扉を開いて飛び込んできた光景を目の当たりにして、僕は言葉が出てこなかった。
 なんてことはない、文芸部の新入部員が自分の書いた小説を持ち込んでいる、ただそれだけの光景だ。

 特筆すべき点があるなら、まだ名前の曖昧な二年の女子の先輩は不思議そうな顔で、気の強そうなツインテールの同級生の女子は怪訝そうな顔で僕を見ているところくらいだ。
 確かに結構なショックは受けているし、全身から血の気は引いているけど、いまの僕はそんなにひどい顔をしているだろうか。
 鏡を見てみたいような、見たくないような、複雑な気分だった。

「さっさと入ってよ。寒いんだけど」

「え、あ、ごめん」

 廊下から緩やかに流れ込んでくる四月にしては肌寒い空気に、女子は身震いをして僕に抗議した。
 慌てて部室に入り扉を閉めると、弱くついた暖房の暖かさが頬を撫でた。

「えーと、内藤君、だっけ」

「あ、はい。内藤大地ないとうだいちです」

「品評会に出す小説の持ち込みだよね? いま角田つのださんが持ってきたやつチェックしてるから、ちょっと待っててね」

「分かりました」

 とりあえず僕の番が来るまで空いている椅子に腰かける。
 すでに鞄から取り出しておいたUSBは行き場を失ってしまい、居心地悪そうに僕に持たれている。

 そもそも、本当なら僕が一番乗りで小説を持ち込むはずだった。
 そのために授業が終わり次第、廊下は走らず、だけどなるべく急いで、部室のそばまでやってきた。

 そこまではよかった。問題は、そこで二の足を踏んでしまったことだ。なにせ、これが僕にとって初めて書いた小説だ。
 自分では面白いと思っているけど、人に見せる自信はあまりなかったし、比べられるなんてもってのほかだった。

 だから一番乗りを狙ったのだけど、直前で怖気づいた僕はトイレに寄って、ここから出たら部室に入ろうだなんて余計な間を作ってしまった。
 その合間に角田と呼ばれていた同級生の女子が先に持ち込んだ、というわけだった。

「はあ……」

「なによ、ため息なんかついて辛気臭い」

 顔を上げると、先輩のチェックを待っている角田が向かいの席にいつの間にか座っていた。
 頬杖をついて実に退屈そうな様子だった。

「いや、トイレに寄らなきゃ一番に持ち込めたのにな、って」

「一番に持ち込んで何になるっていうの?」

「だって……あとから持ち込むと先に持ち込まれた作品と比べられるし……」

「へえ……」

 角田は納得したように呟いた。そして。

「あんた、自分が書いた小説にそんなに自信ないんだ、かっこ悪い」

「……は?」

「言い方変えよっか? ダサい」

「……なんでそこまで言われなきゃならないんだよ」

 記憶が正しければ、僕と角田はこれが初対面のはずだ。
 これから三年間、苦楽を共にする仲間に初めてかける言葉がそれか。
 気の強そうな顔をしているとは思っていたけど、どうやら思い切り性格が出ているせいらしい。

「だって小説って面白いと思うから書くし、人に見せるんでしょ? でも見せたら他と比べられるのなんて当たり前じゃない」

「それは確かにそうだけど、言い方ってもんがあるだろ」

「ないわよ、自分の書く小説に自信がないとか、一律にかっこ悪いしダサい。そんな小説ならチラシの裏に書いておいた方が、資源の無駄遣いにならない分だけマシ」

 そう言って角田はその辺に置かれていた商店街のチラシを手に取ると、どうぞと言わんばかりに僕の眼前に差し出してくる。
 どうやらこの角田という女、気が強いだけでなく性格も悪いようだった。

 ここまで言われて黙っていられるほど、僕は物静かでも思いやりにあふれているわけでもない。
 チェックしている先輩の手元を指差して、ずばり言ってやる。

「じゃあ角田、そこまで言うってことはお前の小説は面白いんだな?」

「当たり前じゃない。品評会楽しみにしてなさいよ」

 自信満々にほくそ笑む角田。実に憎たらしい笑顔を浮かべるのが上手い。

「ああ、楽しみにさせてもらおうか。ついでに僕のもしっかり読んでおけよ」

「時間の無駄にならない程度に面白かったならね」

「……あの、角田さん」

 机を挟んで僕たちが火花をばちばちと散らしていると、先輩がとても気まずそうに角田に声をかけてきた。

「チェック終わったよ、オーケーだから。あと、あんまり喧嘩しないで……」

「喧嘩じゃないですよ、ちょっと腑抜けに気合入れてただけです」

「そうですそうです。腑抜けじゃないけど気合入れてもらってたんです。断じて腑抜けじゃないですけど」

「そ、そう……それじゃあ、次は内藤君のチェックするから。はい、角田さんの原本返すね」

 先輩は僕からUSBを受け取るのと入れ替わりで、角田に原稿用紙の束を渡す。どうやら家にパソコンがないか、アナログ派のどちらかのようだ。

「ありがとうございました、先輩。それでは失礼します」

 角田は先輩に軽く会釈して、部室をあとにした。
 後ろ姿だけなら小柄で可憐な女子高生なのにな、なんてことを可愛げのない笑顔を思い浮かべながら考えた。
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