ガールズメイクライ

イグサコウジ

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part.5

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 それからの僕と角田はどうなったかといえば、結論から言えば何も変わることはなかった。
 品評会があるごとに、角田と僕の小競り合いは続いた。さすがに追い出されるような真似はもうしなくなったけど、角田は相変わらず僕の作品を面白いと言うことはなかった。
 変わったことを強いて挙げるなら、僕は角田の批評に少しは耳を傾けるようになった。最初こそ腹いせできついことを言っているのかと思っていたけど、角田はどうやらというかやっぱりというか、あれで素のようだった。
 
 だから、口調のきつさはさておき、内容だけを汲み取るようにした。玲も批評の内容については何も言わなかったように、角田の批評は言っていることは確かだった。それこそ、僕は毎回ぐうの音も出なくなるくらいだった。
 当初は素直に聞き入れるのが癪ではあったけど、喉元過ぎれば、というやつなのか。角田の批評を取り入れるだけで、自覚できるくらいに小説を書く腕が磨かれていくのが分かった
 
 気付けば、季節は流れて十月。春と比べて、角田と一緒に過ごす時間が少し、増えていた。

「内藤くん、最近気合入ってるね」

「え、そう?」

 今日も図書室でパソコンの画面を睨みつけていると、玲が声をかけてきた。

「ここ最近、毎日入り浸ってるでしょ? しかもいつも難しい顔してるし」

「そんなに険しい顔してる?」

「してるよー、眉毛も吊り上がってるし」

 くすくすと笑って、玲は僕の向かいの席へと視線を向ける。

「まるでお姉ちゃんみたい」

「……ちょっと玲、聞こえてるんだけど」

 角田が顔を上げて不機嫌そうにこちらを見てくる。原稿用紙の上を走っていたペン先も止まる。何だか面倒くさいことになりそうな気がした。

「よりによって内藤と似てるって……言っていいことと悪いことがあるわよ」

「それくらい言ってもいいだろ……」

 角田と半年間付き合ってみて、分かったことがいくつかある。そのうちのひとつが、筆が進んでいるときに邪魔をされるとより機嫌を損ねる、ということだ。

「これと似てるなんて心外よ、心外」

 そうなると大抵、苛立ちの矛先は僕の方を向く。そして、僕はそれを受け流せるほど大人じゃない。盾を構えて真っ向から受け止める。

「これ呼ばわりとは言ってくれるな?」

「文句ならもう少し尊敬できるようになってから言ってくれる?」

「ほら、ふたりとも喧嘩しないの。図書室ではお静かに、ね?」

 そして、僕たちの間に火花が散り始めると、玲がこうして止めに来るのがお決まりになりつつあった。

「……すごくいい調子なんだから、変なこと言って邪魔しないでよね」

 不思議なのは、角田は玲が仲裁に入るとあっさり矛を収めることだ。こればかりはいまでも理由がよく分からない。玲に聞いてみても何故か昔からずっとこうだった、としか返ってこなかった。とはいえ、ありがたいことではあるから僕はそれ以上追及することもなかった。

「はーい……で、なんで内藤くんはそんなに気合入ってるの?」

「……知りたい?」

「知りたいです、とっても」

 わざとらしくもったいぶってみると、玲は僕に合わせてその流れに乗ってきてくれる。角田にもこの愛嬌を少しは見習ってほしいと切に願う。願っても叶わないとは分かっているけど。

「角田と勝負してるんだ」

「勝負?」

「文化祭で文芸部は冊子を作るんだけど、その感想をどっちがたくさんもらえるか」

 この冊子には僕と角田の書いた短編が収録される。そして、冊子は一般の来校者に配られ、その感想は部室前に置かれた専用の箱に入れられる。
 僕と角田はこのことを知るなり、すぐに勝負の約束を取り付けた。夏休み前の出来事だった。内容はシンプルに、多くの感想をもらえた方の勝ち。ちなみに同じ数なら引き分けだ。
 いまは夏休み中に書いた短編を部内で推敲してもらって、僕も角田もその改稿の真っ最中だ。普段は知ることのできない、部活の関係者以外からの評価を得られるというのは、僕にこれまでにないくらいのやる気を出させる理由としては十分すぎた。
 そこに重ねて目の敵にしている角田との勝負だ。いまの僕は恐ろしいくらい気力に満ちている。そして、その気力を注ぎ込んだ短編はこれまでの最高傑作だと信じて疑わない。

「私も感想書いちゃおうかな?」

「あ、玲は駄目。あくまで一般の人からの感想で勝負だから」

「えー? 私も読みたい……」

「玲の分の冊子ならあたしがもらっといてあげるから、勝負は黙って見てて」

 珍しくわがままを言う玲を、角田が穏やかな声でなだめる。初めてこのふたりの姉妹らしいところを見たような気がした。

「やった、ありがとうお姉ちゃん」

 玲の花の咲くような笑顔を横目に、どんな風の吹きまわしかと、僕は向かいの席に座る角田をまじまじと眺めた。原稿用紙に再び視線を落とした角田の手は止まらない。部内でただひとりのアナログ派である角田の執筆する光景も、最初こそ新鮮味を感じたけど、いまではもう見慣れたものだ。

 どんな物語を書いているのだろう。当然ながら気になってくる。
 角田の作風は相変わらず恋愛ものばかりだ。だけど、以前よりずっとましなものを書いてくるようになっているし、この前の品評会の作品には不覚にも共感を覚えてしまった。
 もしも僕が歩みを止めたら、角田にあっさりと実力を抜かれてしまうだろう。だから、止まるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。
 そんなことを考えると、不思議と創作意欲が湧いてくるのだった。

「……なによ、人のことじろじろ見ないで」

 思案に暮れていると、視線に気付いた角田が眉をしかめてこちらを睨んできた。
 玲から見たら僕もこんな顔をしているのだろうか。そう思うと、角田が心外だと言っていた気持ちが少し分かる。

「覗き見してパクるとかやめてよね」

「覗き見もしてないしパクろうだなんてこれっぽっちも思ってない」

「どうだか? 舐めまわすようないやらしい視線だったけど」

 人が少しだけ心の内で認めてやったというのに、角田はいちいち気に障るようなことを言ってくれる。その言い草に、なんだか僕も導火線に火が付いたような感覚がした。

「これから僕に負けるやつの小説なんてパクるわけないだろ?」

「……喧嘩の押し売りなら言い値で買ってあげるけど?」

 訂正しよう。火は確実に付いている。おまけに導火線はとても短くて、すでに爆発寸前だ。

「……先に言いがかりつけてきて、その言い草はないんじゃないか」

「あーもう、ふたりとも喧嘩しないで……」

 またか、と呆れた感じで玲はいつものように仲裁に入ってくる。

「玲は黙ってて」

 だけど、虫の居所が悪いのか、角田は矛を収めようとはしなかった。
 だから僕も、盾を構えないわけにはいかない。

「ごめん玲、ちょっとだけ喧嘩させて」

「……」

 まさか僕まで言うことを聞かないとは思わなかったらしく、玲は目を丸くして僕を見た。そして、それっきり黙ってしまった。
 長いような、短いような沈黙が訪れる。

「……じゃあ、外でやって?」

 静寂を切り裂いたのは、いつもよりほんの少し低くなった、玲の声だった。

「ここは図書室だよ? 静かにできないなら出ていってね?」

「ひっ……」

 角田の引きつるような声に振り向くと、その顔からは血の気が引いていた。

「ほ、ほら! 早く出るわよ!」

「え? あ、ああ……」

 ぼさっと突っ立っていた僕の手を取ると、角田はぐいぐいと引っ張ってくる。それに促される形で歩き出す。玲はその様をまるで貼り付けたように変わらない笑顔で見ていた。

「はあ……はあ……」

「うわ、さむっ……」

 図書室から出ると、十月にしてはやけに厳しい冷気が全身を撫でた。今日は冷え込むとアナウンサーがテレビで言っていたことを思い出す。いま思えば、図書室は弱く暖房が効いていた気がする。

「玲が怒ったときはね……素直に言うことを聞いておくのが一番なのよ……」

 そう語る角田の顔からは血の気が引いて、真っ白になっていた。それが寒さのせいではないことは、引きつった表情が物語っている。

「そんなに、なのか……?」

「そんなに、よ……」

 玲が怒ると一体何が起こるのか気になって仕方なかったけど、角田のあまりの怯えっぷりからしてそれを尋ねてはいけない気がしたので、僕はこれ以上追及しないことにした。

「ところで、内藤はこれからどうするの?」

「教室に行って続きでも書くかな……」

「あっそ。それならあたしは帰って書くわ」

「じゃあここでお別れだな。せいぜい……っくし!」

 角田が自分から聞いてきたくせにそっけない返事しかしないので、去り際に嫌味のひとつでも吐き捨ててやろうと思ったのだけど、くしゃみのせいでそれは失敗に終わった。
 教室は廊下よりは暖かいだろうか。ストーブはあるけど、その前でたむろしている連中がいるだろうから、僕の席がある後ろの方は暖まっていないかもしれない。
 図書室の暖かさを懐かしみながら、これから行く教室の暖かさに思いを馳せながら、のろのろと歩を進める。

「ちょっと、内藤!」

 背中越しに角田の怒鳴るような声が聞こえてきたのは、そろそろ上り階段に差し掛かろうかというときだった。

「ん?」

「しっかりキャッチしなさいよ!」

 振り返ると、こちらに向かって走ってきた角田が、大きく振りかぶったのが目に入った。

「でやあっ!」

 かけ声とともに黒い物体が僕に向かって投げ放たれる。それを缶だ、と認識したころには、すでに缶は目前に迫っていた。

「ぐっ!」

 サッカーボールをトラップするように、胸で缶を受け止める。というより、手を出すのが間に合わなくて胸に直撃した、と言った方が正しい。出し損ねた手で落とさないように缶を抱え込むと、そこからじんわりと熱が伝わってくる。
 手に持ち直して缶をじっくりと観察してみる。ホットコーヒーだった。確か、昇降口のそばにある自販機で売っているメーカーだった。

「それあげるから!」

「……なんで?」

「だ、だって……図書室から追い出されたの、最初に突っかかったあたしの責任もあると思うし……」

 珍しくしおらしい声を出す角田。反省できる程度の良心がこいつに残っているとは正直に言うと意外だった。

「そ、それに! あんたに風邪でも引かれたら勝負に関わるでしょ!」

 しかし、角田はすぐさまはっとして、取り繕うようにそんなことを言い始めた。

「だからそれ飲んで暖まって、せいぜい頑張りなさいよね! じゃあね!」

 そして、早口で言い終わると角田は踵を返して、そそくさと昇降口の方へと走り去っていった。

「お、おう……」

 一応、返事はしてみる。だけど、あっという間に遠ざかっていった角田の背中にそれが届いたかと言われたら、答えはノーだろう。
 その場に一人取り残された僕はしばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。
 廊下は嵐が過ぎ去ったあとのように静かで、冷たくて、ついさっきまでの慌ただしさは夢だったのではないかと思うくらいだった。
 だけど、そうではないことを、手の中のホットコーヒーのぬくもりが主張している。現実であることを確かめるかのように、僕は缶を開けて一口、コーヒーを飲んでみた。

「……ブラックかよ」

 飲み慣れていない目が覚める苦さに、もういない角田の顔を思い浮かべて僕はひとり愚痴を吐いた。
 流しに捨ててしまうこともできたけど、不思議とそうする気分にはならず、僕はもう一度口をつけた。
 なんだか目が冴えてきたような気がして、いまなら筆も進みそうだと、なんとなく思った。
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