復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第14話 お茶会──潜入審査

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「フレイア!」


 ルーシーの声で我に返る。日時計を見ると既に授業終了から二刻三十分も経っていた。


「き、着替えなきゃ!」

「もう着替えさせたよ。最近は武術の鍛錬の後によく身体が動かないことがあったでしょ。動かないフレイアを着替えさせるのにも慣れたよ」

「さすがルーシー」


 ルーシーの言葉に称賛を送り、着替えた服を見る。しかし普段来ているドレスとはあまりに様子が違う。


「これは?」

「カリスさんに王妃陛下のご指示だって言われて」


 カリスは少し前に部屋付きにしたメイドだ。ルーシーへの態度が悪かったので後々処罰しようと思っていたのだが、部屋付きにしてからはルーシーへの態度も驚くほど改善され、まだルーシーとは距離があるものの働きぶりは優秀だ。ルーシーによると、メイドたちの嫌がらせで増えた仕事をこっそり手伝ってくれることもあるらしい。ルーシー本人から仕事が捗るので処罰はしないで欲しいと言われた。

 話を戻して、私が着ていたドレスはまるで貧乏男爵令嬢が奮発しましたとでも言うかのようなドレスだった。上等な布地を使って誂えられているが、柄は五年ほど前の流行でドレスの型も古い。ほつれなども繕われているが、まるでこなれた子供の針子が繕ったような縫い跡だ。


「それで、何を持ってるの?」


 ルーシーの手にある茶色の毛玉を見て、ルーシーに聞いてみると困惑した様子で答えた。


「たぶんかつらだと思うけど……」

「……何で鬘……?」

「……メイドたちの嫌がらせかも……」


 ルーシーは申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「それはない」

「何で言い切れるの?」

「メイドはここまで手の込んだ嫌がらせしないわ」


 嫌がらせのために自費でドレスを用意し、故意に熟れた子供の針子のような縫い跡にするのは骨が折れる。それはドレスが大量にある王女に対して行う嫌がらせにしては手間と時間が掛かり過ぎていた。大量のドレスを持っている相手に渡しても別のドレスを着てしまえば徒労に終わる。これが嫌がらせなら、かなり頭が悪い。そんな人間が王城に勤められるわけがない。

 そもそも王城勤めのメイドには噂話をしたり、嫌味を言ったり、ルーシーの仕事を増やす程度の嫌がらせしか出来ない。それは彼女たちも暇ではないからだ。メイドは基本的に仕事の種類によって数種類に分けられるが、信用に足る者でなければ雇用できないので王城勤めのメイドは万年人手不足なのだ。本当に人手が足りない場合は管轄外のメイドの手を借りることもあるくらいだ。


「これがお母様からの指示だと仮定したとして、意図は何なのかしら?」


 ここまで手が込んでいるのだから意図がないとは思えない。この演劇部の衣装のようなドレスを着てお茶会に出席する意味は何だ。鬘まで用意して、まるで別の人になれと言われているようだ。


ん? 別人になれ…………演劇部……? 演技を求められているの?


「そう言えば、兄様たちも今日のお茶会に出席するのよね」

「そう聞いてるけど……」


 貧乏男爵令嬢が奮発してでも自分を良く見せようとしていると言う有り得そうなストーリー。まるで一人の人間の背景を作り出しているかのように手の込んだドレスと鬘。この状況で私の脳内に浮かんだのは──


「潜入……?」


問題は何が目的なのかだ。


「これ以外に何か貰わなかった?」

「あ、これ」


 ルーシーは古いリボンを手に握っていた。少し不自然な解れのあるリボン。手の込んだドレスを用意したにしては御粗末な仕上がりのリボンだ。


「ちょっと貸して」


 私はリボンの解れた部分同士をを合わせた。するとリボンに文字が浮かび上がる。


「……審査?」


 普段はお茶会に出席しない兄様たちが出席するお茶会。私を男爵令嬢に変装させると言うことは男爵令嬢の家格でも出席できるお茶会だが、お祖母様主催のお茶会に男爵令嬢が出席できることなど滅多にない。更に私を潜入させて何かを審査させたいお母様。それだけ揃っていれば否が応でも察してしまう。


「兄様たちの婚約者探しのお茶会か……」


 王女として出席させないのは王子の妹として兄の婚約者を審査するのではなく、王女として王子の婚約者を客観的に審査しろということだろう。


「王子の婚約者に相応しくて義姉と呼んでも良いと思える人が居れば良いんだけど……」

「そうそう居ないよ」


 ルーシーの言葉に諦めの溜息を吐く。


「これからも何度か審査する機会がありそう……」


 私はルーシーに鬘を被せて貰い、用意されたリボンで髪を結って貰う。


「ルーシーの衣装もあるの?」

「うん。少し裕福な平民の服。今日のお茶会は侍女も一人だけ参加出来るから」

「なら化粧して印象を変えないとね」


 私は化粧品を組み合わせてルーシーの頬にそばかすを作る。私自身には目元と口元に黒子を書き込み、シェーディングで頬を痩けさせる。


「これで大丈夫かな? ルーシーは髪を下ろして簡単に結って」

「うん」


 言われるまま髪を結うルーシー。私はルーシーを鏡の前に立たせる。そこに写っているのはルーシーに背丈が似た別人だった。


「胸は全部覆われているし、年齢も変えてみる?」

「年齢?」

「そう」


 私はカリスに少量の麻布あさぬの綿わたを用意させた。


「これを胸に詰めて」


 すると胸がふっくら膨らみ、少し発育の遅い七、八歳くらいに見える。平民なら発育が遅いことは往々にしてあることだし、ルーシーは背が伸びるのが速いので既に他の四歳の令嬢とは比べ物にならないほど身長が高いので違和感もない。


「凄い!」

「まぁ、これだけ特徴が違えば問題ないでしょう」


 部屋を出るとカリスに招待状を渡される。


「ありがとう」


 カリスは礼をして下がった。少なくとも一ヶ月は慎ましい態度を続けている。演技だったとしたら大した集中力だし、改心したのなら根は良い娘だったということだろう。もともと幼い子供は周囲の意見に流されやすい。ルーシーと直接的な接触がなかったカリスは周囲の噂を鵜呑みにしたのかもしれない。今のカリスになら好印象を抱ける。


「行きましょうか」


 私はルーシーを連れて裏の城門から出る。門の前には小さな馬車が用意されていた。存在しない家紋まで刻まれている。


「さて、私の名前は……ノルン・ディ・フレアー二……か」

「特に特徴はありませんね」

「そうね。これからも潜入するときには、この名前を使うことになりそう」


 馬車に揺られながら招待状を確認して呟く。




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