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陰謀篇
第18話 お茶会──火傷
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「王妃陛下。お連れ致しました」
「二人を通したら人払いをして下がりなさい」
「畏まりました」
お母様は依然として言葉を崩さない。
バタンッ
執務室の扉が閉じる。
コツコツコツコツ
お母様がゆっくりと私に近づき、強く抱きしめる。ルーシーは焦った様子だが一介の侍女がお母様に意見することなど到底出来ず、心配そうな表情を浮かべて黙っている。
……あ…………お母様の匂い…………
「ごめんなさい。貴女にこんな……痛い思いをさせてしまって…………」
お母様はお母様なりに場を煽りすぎたことに責任を感じていたのだろう。私は抱きしめてくれたお母様に安心したのか、気づけば頬を濡らしていた。
そう言えば、洗礼式を終えてから抱きしめて貰ってなかったなぁ……
そんなことを考えながらお母様の背中に腕を回す。お母様の腕に込められた力が強くなった。
暫くそのまま抱きついていたが、冷静になったことで徐々に恥ずかしさと痛みが戻ってくる。ジクジクと腕が痛む。身動いでもお母様は私を離さず、腕の痛みが強くなっていく。一度痛みを自覚すると痛みは強くなる一方だ。
「どうしたの?」
私があまりに身動ぎするので不思議に思ったお母様が私の両腕を掴んで顔を覗き込むようにして聞いた。火傷の部分を掴まれ、激痛が走る。
「痛っ……!」
「あっ! フレイアも怪我をしているの?」
「王妃陛下。申し訳ありませんが王女殿下の怪我の応急処置をしたいので退室してもよろしいでしょうか。火傷は最初の応急処置が重要です。放置すれば傷痕が残るかもしれません」
ついにルーシーは罰を覚悟でそう言った。その表情は先程よりも焦りが見える。ルーシーの言葉に驚いたお母様は私の腕を掴んでいた手を離した。
「お母様。失礼致します」
私は痛む腕でカーテシーをして退出し、ルーシーを連れて部屋に戻る。
バタンッ
「ごめんなさい。私のせいでルーシーに怪我をっ!」
寝室の扉が閉まるなりルーシーに謝り、額の傷の様子を見る。幸いにも深くはなく、傷痕も残らなそうだった。
「そこまで深くないから。それよりフレイアの火傷の処置をしないと」
ルーシーは私を室内浴場の浴槽の前に立たせ、腕を突き出し維持するように言う。そして浴場にある物を組み合わせて腕の上に布を張った。
「少し痛むよ」
「うん」
腕の上に張られた布に水を注ぐと、徐々に冷たい水が腕にかかる。布があるおかげで水がそのままの勢いではなく和らいでいる。その分痛みは大分軽減されているはずなのだが、それでも激痛が走った。
「……っ…………~~っっ……!」
痛みに身体が震える。声を出さないように唇を噛んでいると鉄の味がした。何となく唇が熱い気がする。
「お待ち下さい!」
「どけっ! フレイアっ!」
浴場の外が騒がしい。カリスと兄様たちの声が聞こえた気がした。
兄様たちは茶会で令嬢たちとを楽しんでいるんだから、来るわけないのに……
怪我の痛みのせいで精神的にも弱っているのか、涙が出てくる。
「フレイアっ!」
浴場のカーテンが開けられる。そこに居たのは兄様たちだった。兄様たちはルーシーが処置している私の腕を見て目を見開いた。
「マテオ兄様、セオドア兄様。なぜここに? 茶会は……」
「妹かもしれない令嬢が怪我をしたのに茶会に参加していられるかっ!」
「どうして言ってくれなかったの?」
二人は痛みを我慢するような表情で言う。まるで私の痛みを肩代わりするように。
「言っていれば全てが水の泡になっていたからです。私が我慢して怪我をした意味もなくなる」
「…………なんでこんなことに……」
「引き受けたのは私です。例えこうなることを知っていたとしても同様に引き受けますよ」
「どうしてっ!? こんなことがあったのに!」
セオドア兄様が泣きそうな声で言った。
「大切な兄様たちの婚約者を見極めたいのです。でなければ安心して手綱を預けられませんから」
私は痛みに耐えながら笑顔を作って言った。
「「…………」」
「王女殿下。腕の様子を見たいので袖を捲らせて頂きます」
「うん」
重い雰囲気の中で黙って俯く兄様たち。ルーシーはそんな二人を意に介さず処置を続ける。
「……っ…………!」
ルーシーは私の火傷を見て息を呑み、何も言わずに涙を流した。私の腕は所々に水ぶくれが出来、破れて皮膚が剥がれている部分もある。ルーシーは涙を流しながら処置を続ける。浴場に水の音だけが響いた。
「王子殿下。王女殿下を寝台に運んで頂けますか?」
沈黙を破ったのはルーシーだった。マテオ兄様が声に反応して顔を上げる。ルーシーは火傷が兄様たちに見えないように布を上にかけてくれた。
「わかった」
兄様に横抱きにされ寝台に運ばれる。今は恥ずかしいと思う余裕も、暴れる体力も抗議する体力もない。
「侍医がいらっしゃるまで安静にしていて下さい」
ルーシーは感情の籠もっていない声で言う。今まで聞いたことのない声だった。それに怒った兄様たちがルーシーの方を掴んで顔を見る。ルーシーの目には涙がこれでもかと溜まっていた。
「二人を通したら人払いをして下がりなさい」
「畏まりました」
お母様は依然として言葉を崩さない。
バタンッ
執務室の扉が閉じる。
コツコツコツコツ
お母様がゆっくりと私に近づき、強く抱きしめる。ルーシーは焦った様子だが一介の侍女がお母様に意見することなど到底出来ず、心配そうな表情を浮かべて黙っている。
……あ…………お母様の匂い…………
「ごめんなさい。貴女にこんな……痛い思いをさせてしまって…………」
お母様はお母様なりに場を煽りすぎたことに責任を感じていたのだろう。私は抱きしめてくれたお母様に安心したのか、気づけば頬を濡らしていた。
そう言えば、洗礼式を終えてから抱きしめて貰ってなかったなぁ……
そんなことを考えながらお母様の背中に腕を回す。お母様の腕に込められた力が強くなった。
暫くそのまま抱きついていたが、冷静になったことで徐々に恥ずかしさと痛みが戻ってくる。ジクジクと腕が痛む。身動いでもお母様は私を離さず、腕の痛みが強くなっていく。一度痛みを自覚すると痛みは強くなる一方だ。
「どうしたの?」
私があまりに身動ぎするので不思議に思ったお母様が私の両腕を掴んで顔を覗き込むようにして聞いた。火傷の部分を掴まれ、激痛が走る。
「痛っ……!」
「あっ! フレイアも怪我をしているの?」
「王妃陛下。申し訳ありませんが王女殿下の怪我の応急処置をしたいので退室してもよろしいでしょうか。火傷は最初の応急処置が重要です。放置すれば傷痕が残るかもしれません」
ついにルーシーは罰を覚悟でそう言った。その表情は先程よりも焦りが見える。ルーシーの言葉に驚いたお母様は私の腕を掴んでいた手を離した。
「お母様。失礼致します」
私は痛む腕でカーテシーをして退出し、ルーシーを連れて部屋に戻る。
バタンッ
「ごめんなさい。私のせいでルーシーに怪我をっ!」
寝室の扉が閉まるなりルーシーに謝り、額の傷の様子を見る。幸いにも深くはなく、傷痕も残らなそうだった。
「そこまで深くないから。それよりフレイアの火傷の処置をしないと」
ルーシーは私を室内浴場の浴槽の前に立たせ、腕を突き出し維持するように言う。そして浴場にある物を組み合わせて腕の上に布を張った。
「少し痛むよ」
「うん」
腕の上に張られた布に水を注ぐと、徐々に冷たい水が腕にかかる。布があるおかげで水がそのままの勢いではなく和らいでいる。その分痛みは大分軽減されているはずなのだが、それでも激痛が走った。
「……っ…………~~っっ……!」
痛みに身体が震える。声を出さないように唇を噛んでいると鉄の味がした。何となく唇が熱い気がする。
「お待ち下さい!」
「どけっ! フレイアっ!」
浴場の外が騒がしい。カリスと兄様たちの声が聞こえた気がした。
兄様たちは茶会で令嬢たちとを楽しんでいるんだから、来るわけないのに……
怪我の痛みのせいで精神的にも弱っているのか、涙が出てくる。
「フレイアっ!」
浴場のカーテンが開けられる。そこに居たのは兄様たちだった。兄様たちはルーシーが処置している私の腕を見て目を見開いた。
「マテオ兄様、セオドア兄様。なぜここに? 茶会は……」
「妹かもしれない令嬢が怪我をしたのに茶会に参加していられるかっ!」
「どうして言ってくれなかったの?」
二人は痛みを我慢するような表情で言う。まるで私の痛みを肩代わりするように。
「言っていれば全てが水の泡になっていたからです。私が我慢して怪我をした意味もなくなる」
「…………なんでこんなことに……」
「引き受けたのは私です。例えこうなることを知っていたとしても同様に引き受けますよ」
「どうしてっ!? こんなことがあったのに!」
セオドア兄様が泣きそうな声で言った。
「大切な兄様たちの婚約者を見極めたいのです。でなければ安心して手綱を預けられませんから」
私は痛みに耐えながら笑顔を作って言った。
「「…………」」
「王女殿下。腕の様子を見たいので袖を捲らせて頂きます」
「うん」
重い雰囲気の中で黙って俯く兄様たち。ルーシーはそんな二人を意に介さず処置を続ける。
「……っ…………!」
ルーシーは私の火傷を見て息を呑み、何も言わずに涙を流した。私の腕は所々に水ぶくれが出来、破れて皮膚が剥がれている部分もある。ルーシーは涙を流しながら処置を続ける。浴場に水の音だけが響いた。
「王子殿下。王女殿下を寝台に運んで頂けますか?」
沈黙を破ったのはルーシーだった。マテオ兄様が声に反応して顔を上げる。ルーシーは火傷が兄様たちに見えないように布を上にかけてくれた。
「わかった」
兄様に横抱きにされ寝台に運ばれる。今は恥ずかしいと思う余裕も、暴れる体力も抗議する体力もない。
「侍医がいらっしゃるまで安静にしていて下さい」
ルーシーは感情の籠もっていない声で言う。今まで聞いたことのない声だった。それに怒った兄様たちがルーシーの方を掴んで顔を見る。ルーシーの目には涙がこれでもかと溜まっていた。
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