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陰謀篇
第22話 派遣調査──情報収集
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王城から出立してから十四日。雨で道がぬかるんで進みが遅くなることはあったものの、異世界小説で定番の盗賊イベントなどはなかった。意外に思いルーシーに盗賊が出てこないと言ったら怪訝な表情をして言われた。
「確かに王国の国庫は逼迫してるけど、そんなに頻繁に盗賊に出会うほど治安は悪くないよ」
その言葉に私はまだこの世界を物語か何かだと思っていたと気づいた。現実世界で何度も盗賊に出会う国の治安は最悪だ。そういう国に限って王族や貴族は私欲の為に民を貪り喰らう。
うちの国が治安が悪い国じゃなくて良かった……
「あ、検問所が見えた。そろそろ領に入るね」
「あれ? 十五日かかるんじゃ……」
「それは領都入りのこと。ネイズーム男爵領は領都が王都側に寄ってるから、領に入ってから一日もあれば領都に着くんだよ」
「へぇ……王都寄りってことは南側寄りってことか。なら北側を全部回るとどれくらいになるかな?」
「うーん……地図を見る限りだと……五日くらいかな。聞き込みもするなら一週間くらいは見積もっても良いと思う」
「なら、伝書鳩を飛ばさないとね。予定では一ヶ月半だから問題ないとは思うけど」
「そうした方が良いかも」
私とルーシーが今後の予定を話しているうちに検問所に着いていたようで御者から声がかかる。
「王女殿下、迎えが来ていますが如何致しますか?」
「迎え? 男爵の遣いかしら?」
「そのようです」
「ルーシー。男爵が迎えを寄越すのは領都に入ってからという話だったよね」
小声でルーシーに確認するとルーシーも小声で返す。
「うん。出立前にフレイアが精神療養の為に旅行に行くけど静かなのを好むから領都に入るまで迎えは寄越さないように伝えたけど……」
「遣いに事前に話していたことと違うと言って追い返して」
そう御者に伝えると、暫くして外から御者と遣いの争う声が聞こえた。
「王女殿下は迎えの馬車には乗らないと仰っている。護衛も必要な数だけ王妃から派遣されているので余計な護衛は必要ない」
「余計だと? 王女殿下をお護りする護衛は多くて困るものではないだろう。それとも男爵様の遣いである我々が信用できないとでも?」
言い争う声は段々と大きくなり、周囲には人だかりが出来ていた。
「ルーシー、ちょっと降りるわ」
「わかった」
ルーシーは扉を開けて先に降り、よく通る声で言った。
「王女殿下の御台臨です!」
決して大きくはないがよく通る声は周囲の全ての人々に届いた。周囲の人々が馬車を中心にして跪く。
「何やら騒がしいようですが、何事ですか?」
「お、王女殿下!」
「貴方が男爵の遣いの者?」
「はっ! 仰る通りにございます」
「迎えの馬車には乗らないと伝えたはずだけど、何故まだ出発出来ないの?」
「恐れながら申し上げます。男爵領で王女殿下のお体に傷をつけるような事態が起こるのは万に一つもあってはなりません。ですので我らにも御身をお護りさせて頂けないでしょうか」
「お母様が付けて下さった護衛が信用できないと?」
「いえっ! そのようなことは……」
「……まぁ良いわ。領都に着くまでなら構わない。でも煩わしいのは嫌いだから二人まで。人選はそちらに任せるわ。だから早く出発させて」
私はそれだけ伝えると馬車の中に戻っていく。暫くして、人選が終わったのか馬車が動き出した。
「ハァ……たかが検問所でこんなに足止めされるなんて……」
「今日は宿に着いた後は自由行動だから噂でも集める?」
「そうだね。南側は北側に比べて豊かな暮らしぶりだって聞いたから、基準くらいには出来そうだし」
そしてまた、私とルーシーは馬車に揺られる。
馬車に揺られること三晨刻。人通りの多い大通りを使ったため進みが遅かったが、目的の宿に到着。
「お、お待ちしておりました。王女殿下」
出迎えたのは店主であろう男性。見た目は脳筋馬鹿で敬語も苦手そうだ。
「ルーシー以外は下がって良いわ。気が詰まる」
「「「はっ!」」」
「「……はっ!」」
お母様に付けられた護衛たちはルーシーのとこを知っているので快諾。男爵から付けられた護衛たちも気に食わなさそうではあったが渋々承諾した。ルーシーを除く護衛と御者たちは私たちとは別の宿に泊まるということに決まった。とは言えすぐ近くなので何かあれば駆けつけられる距離だ。
「部屋はどこですか?」
「す、すぐにご案内します」
案内された部屋は綺麗に整えられた真っ白なシーツで覆われたベッドと、ワンセットの机と椅子のみが置かれていた。
「ご要望通り、簡素な部屋をご用意致しました。お気に召して頂けましたか?」
「えぇ! とても良いわ!」
王城の私室は寝室と言いながら室内に風呂とトイレを設置してあり、普段は使わないがキッチンの設備もある。寝室だけで生活できそうなほど広く、最初はこの世界に慣れるのに必死で特に問題なかったが、最近は心に余裕ができたのか周囲に気を配ることが出来るようになって、広すぎて寝るときに寂しいと感じるようになった。だから心休まるであろう小さな部屋で休みたいと思っていたのだ。
そして楽しみにしていた理由はもう一つ。前世の私にとっては二次元でしか存在し得なかった中世ヨーロッパ風の宿に泊まれるということだ。領地は爵位順で王都に近くなる。爵位が上位なほど王都に近く、下位なほど遠くなる。他の領地では事前に宿泊の用意されていたりして、一般的な宿に泊まることはなかった。つまり今回が初の一般宿なのだ。前世の中世ヨーロッパ風ホテルに比べれば衛生的には数段劣るものの、地域に根ざした雰囲気を楽しめる。
「少し休むわ」
「はい。何かありましたら、この娘をお呼び下さい」
「ナルディと申します。質問、ご要望等がありましたらお声がけ下さい」
少女はそう言ってすぐに部屋を去った。私とさして変わらない年齢に見えるが、まるで日本のサービスを受けているようなレベルの高さに感心してしまう。しかし反面、あまりの早熟さに男爵に様子を伝えている間者かもしれないという疑いも出てくる。
こんなに幼い子供まで疑わないといけないなんて、嫌な世界…………
私は窓の外を飛ぶ鳥を見て思った。
「フレイア、本当にこんな格好で行くの?」
「あんまり派手だと情報が集まりにくいでしょ」
「でも…………」
「身バレ防止だよ」
着替えた私が着ているのは少し前に王都で流行した若草色のワンピース。鬘は付けているものの、検問所の前で化粧は既に落としている。これくらいの粗末な変装なら身分に関係なく過ごしたかったと言えば誤魔化せるだろう。
「他の貴族から自分の領にも来て欲しいって言われるから?」
「わかってるじゃない」
それだけではないが、ポーズだけでもお忍びを装っておけば他の貴族も簡単にこの件について発言できない。わざわざ一人一人断りを入れる無駄も省ける。
「あ、そう言えば頼まれてた男爵の周辺調査の結果が届いたよ」
ルーシーが思い出したように言う。この調査は男爵との駆け引きをすることになった場合に重要な手札になる。
「今朝届いたの?」
「うん。馬車の中で渡そうかとも思ったんだけど、周囲に人が居る状況で渡すような物でもないし……」
「そうね。ありがとう」
私は布に書かれた文章に目を通した。
一刻後、私とルーシーは姉妹を装って宿屋の食事処に居た。質素なワンピースに身を包む私とルーシーは食事処でスープを飲みながら世間話をしている。
「お嬢ちゃん、パパとママはどうした?」
気の良さげな中年男性はへべれけになりながら聞いてきた。
「今日は小旅行に来たの。パパとママは忙しいから……一緒に来れなかったの」
「そうか! 楽しめよ!」
「うん!」
子供らしい言葉遣いに気をつけながら言う。この程度なら躾の行き届いた子供程度に見えただろう。酔っ払いなら相手がどんな身分か深く考えることもないから尚更だ。
「おいおい、子供が二人きりで泊まるのか? 危ないぜ!」
少し柄の悪い男がエールを手に笑いながら言う。他にも三人同じ席に着いていて、全員が武器を持っているので冒険者か傭兵だろう。
それにしても、子供が泊まるだけで危ないって…………。いや子供だけなら普通は危ない…………のか?
「なんで?」
「最近この領で誘拐が多発しているんだ。前は辺境で稀に起きる程度だったんだが、最近は北側が急増して東西はそこそこってくらいだな」
「ゆうかい?」
「あぁ、誘拐って言ってもわからないか。知らない人に知らない場所に連れて行かれることだよ」
「……怖い」
「何だったら俺たちを護衛にするか?」
「ごえい?」
「おい、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。こんなガキが俺たちに依頼領払えるほどの金を持たされているわけねぇだろ」
「そりゃそうだ!」
男と同じ席に座っていた別の男が笑いながら言った。
誘拐か……
「それにしても領主様はいつになったら誘拐された子供たちを探し始めるつもりなのか……」
「りょうしゅさま……? さがしてないの?」
「あぁ、何度も正式な手続きをして嘆願してるんだが、何も変化がないどころか悪化してるな」
「……ふ~ん?」
「難しすぎたか! ガハハハッ」
少しつまらなそうな顔ををして言うと男は大口で笑った。よく笑う人だ。
それにしても、領主が嘆願を無視して誘拐が更に多発するなんて…………
「そろそろ遊びに行きましょう。妹に色々と聞かせてくれてありがとうございました」
ルーシーは柄の悪い男に礼を言って私の手を引く。
「おじさん! またね!」
私は男に別れを言ってルーシーに着いていった。
「ルーシー、どうしたの?」
「窓の外に男爵から付けられた護衛が居たの」
「あぁ、そういうことか。ありがと」
この調査を療養旅行と言っているのは男爵に調査だと感づかせない為だ。療養なら気分転換と称して噂話を集められる。とは言え、あまり一つのところに留まって話し込んで後で男爵の関係者に話していた内容を聞かれたらすぐに目的がバレれてしまうので注意しなければならない。
可能な限り疑いを持たれないように無邪気に楽しみ、万が一疑われても全ての人から聞き出せないように多くの人と話をする。全員に治安などの話を聞くとすぐにバレるので、治安の話は少数の人間にしか聞かない。例え私が治安について聞いたことが知られても一人や二人なら後学の為に知っておきたかったと言って誤魔化せる。
「とりあえず……屋台を回ろう」
「あ、串焼き肉食べたい」
その後は串焼き肉の店主と世間話をしたり、ブティックに入って店員に話を聞きつつルーシーと互いにリボンを選び合ってみたりと、自然な旅行を演出。
「まだ着いてきてる?」
「うん。今日は宿に戻るまで着いてくるんじゃないかな」
「なら今日は噂集めは程々にして楽しもう! 隠しても無駄なら最初からやらない。別に噂集めは今じゃなくても出来るし、ルーシーと普通に遊びたい」
私の申し出にルーシーはキョトンとして呆けた後に笑い出した。
「そうだね。楽しもうか!」
その後は本当に楽しかった。演出など考えずにルーシーと思うままに街を散策して、猫を追いかけてみたり空き地のベンチで買ったばかりの果物に齧りついたりもした。
「ねぇ、あれ見て!」
「ん? わぁっ! 綺麗!」
雨も降っていないのに遠くで虹が出ている。魔法か何かだろうか。とても綺麗な虹に私とルーシーは魅入られた。暫くして虹がスーッと消えていき、あっという間に日が暮れた。そして夕空が夜空になり星が輝く。街灯が存在しないこの世界で見る星はとても綺麗で神秘的だった。
「そろそろ帰ろうか」
「……そうだね。もう遅そうだもんね」
もう時間だとわかっていても寂しい。ルーシーと主従関係なしに遊べる機会は少ない。これからはもっと減っていく。そんな私の心情を察したのかルーシーは言った。
「また今度、一緒に遊ぼう」
「うん!」
その言葉はとても心地よく胸にスッと入ってきた。自然と口が弧を描いた。
「確かに王国の国庫は逼迫してるけど、そんなに頻繁に盗賊に出会うほど治安は悪くないよ」
その言葉に私はまだこの世界を物語か何かだと思っていたと気づいた。現実世界で何度も盗賊に出会う国の治安は最悪だ。そういう国に限って王族や貴族は私欲の為に民を貪り喰らう。
うちの国が治安が悪い国じゃなくて良かった……
「あ、検問所が見えた。そろそろ領に入るね」
「あれ? 十五日かかるんじゃ……」
「それは領都入りのこと。ネイズーム男爵領は領都が王都側に寄ってるから、領に入ってから一日もあれば領都に着くんだよ」
「へぇ……王都寄りってことは南側寄りってことか。なら北側を全部回るとどれくらいになるかな?」
「うーん……地図を見る限りだと……五日くらいかな。聞き込みもするなら一週間くらいは見積もっても良いと思う」
「なら、伝書鳩を飛ばさないとね。予定では一ヶ月半だから問題ないとは思うけど」
「そうした方が良いかも」
私とルーシーが今後の予定を話しているうちに検問所に着いていたようで御者から声がかかる。
「王女殿下、迎えが来ていますが如何致しますか?」
「迎え? 男爵の遣いかしら?」
「そのようです」
「ルーシー。男爵が迎えを寄越すのは領都に入ってからという話だったよね」
小声でルーシーに確認するとルーシーも小声で返す。
「うん。出立前にフレイアが精神療養の為に旅行に行くけど静かなのを好むから領都に入るまで迎えは寄越さないように伝えたけど……」
「遣いに事前に話していたことと違うと言って追い返して」
そう御者に伝えると、暫くして外から御者と遣いの争う声が聞こえた。
「王女殿下は迎えの馬車には乗らないと仰っている。護衛も必要な数だけ王妃から派遣されているので余計な護衛は必要ない」
「余計だと? 王女殿下をお護りする護衛は多くて困るものではないだろう。それとも男爵様の遣いである我々が信用できないとでも?」
言い争う声は段々と大きくなり、周囲には人だかりが出来ていた。
「ルーシー、ちょっと降りるわ」
「わかった」
ルーシーは扉を開けて先に降り、よく通る声で言った。
「王女殿下の御台臨です!」
決して大きくはないがよく通る声は周囲の全ての人々に届いた。周囲の人々が馬車を中心にして跪く。
「何やら騒がしいようですが、何事ですか?」
「お、王女殿下!」
「貴方が男爵の遣いの者?」
「はっ! 仰る通りにございます」
「迎えの馬車には乗らないと伝えたはずだけど、何故まだ出発出来ないの?」
「恐れながら申し上げます。男爵領で王女殿下のお体に傷をつけるような事態が起こるのは万に一つもあってはなりません。ですので我らにも御身をお護りさせて頂けないでしょうか」
「お母様が付けて下さった護衛が信用できないと?」
「いえっ! そのようなことは……」
「……まぁ良いわ。領都に着くまでなら構わない。でも煩わしいのは嫌いだから二人まで。人選はそちらに任せるわ。だから早く出発させて」
私はそれだけ伝えると馬車の中に戻っていく。暫くして、人選が終わったのか馬車が動き出した。
「ハァ……たかが検問所でこんなに足止めされるなんて……」
「今日は宿に着いた後は自由行動だから噂でも集める?」
「そうだね。南側は北側に比べて豊かな暮らしぶりだって聞いたから、基準くらいには出来そうだし」
そしてまた、私とルーシーは馬車に揺られる。
馬車に揺られること三晨刻。人通りの多い大通りを使ったため進みが遅かったが、目的の宿に到着。
「お、お待ちしておりました。王女殿下」
出迎えたのは店主であろう男性。見た目は脳筋馬鹿で敬語も苦手そうだ。
「ルーシー以外は下がって良いわ。気が詰まる」
「「「はっ!」」」
「「……はっ!」」
お母様に付けられた護衛たちはルーシーのとこを知っているので快諾。男爵から付けられた護衛たちも気に食わなさそうではあったが渋々承諾した。ルーシーを除く護衛と御者たちは私たちとは別の宿に泊まるということに決まった。とは言えすぐ近くなので何かあれば駆けつけられる距離だ。
「部屋はどこですか?」
「す、すぐにご案内します」
案内された部屋は綺麗に整えられた真っ白なシーツで覆われたベッドと、ワンセットの机と椅子のみが置かれていた。
「ご要望通り、簡素な部屋をご用意致しました。お気に召して頂けましたか?」
「えぇ! とても良いわ!」
王城の私室は寝室と言いながら室内に風呂とトイレを設置してあり、普段は使わないがキッチンの設備もある。寝室だけで生活できそうなほど広く、最初はこの世界に慣れるのに必死で特に問題なかったが、最近は心に余裕ができたのか周囲に気を配ることが出来るようになって、広すぎて寝るときに寂しいと感じるようになった。だから心休まるであろう小さな部屋で休みたいと思っていたのだ。
そして楽しみにしていた理由はもう一つ。前世の私にとっては二次元でしか存在し得なかった中世ヨーロッパ風の宿に泊まれるということだ。領地は爵位順で王都に近くなる。爵位が上位なほど王都に近く、下位なほど遠くなる。他の領地では事前に宿泊の用意されていたりして、一般的な宿に泊まることはなかった。つまり今回が初の一般宿なのだ。前世の中世ヨーロッパ風ホテルに比べれば衛生的には数段劣るものの、地域に根ざした雰囲気を楽しめる。
「少し休むわ」
「はい。何かありましたら、この娘をお呼び下さい」
「ナルディと申します。質問、ご要望等がありましたらお声がけ下さい」
少女はそう言ってすぐに部屋を去った。私とさして変わらない年齢に見えるが、まるで日本のサービスを受けているようなレベルの高さに感心してしまう。しかし反面、あまりの早熟さに男爵に様子を伝えている間者かもしれないという疑いも出てくる。
こんなに幼い子供まで疑わないといけないなんて、嫌な世界…………
私は窓の外を飛ぶ鳥を見て思った。
「フレイア、本当にこんな格好で行くの?」
「あんまり派手だと情報が集まりにくいでしょ」
「でも…………」
「身バレ防止だよ」
着替えた私が着ているのは少し前に王都で流行した若草色のワンピース。鬘は付けているものの、検問所の前で化粧は既に落としている。これくらいの粗末な変装なら身分に関係なく過ごしたかったと言えば誤魔化せるだろう。
「他の貴族から自分の領にも来て欲しいって言われるから?」
「わかってるじゃない」
それだけではないが、ポーズだけでもお忍びを装っておけば他の貴族も簡単にこの件について発言できない。わざわざ一人一人断りを入れる無駄も省ける。
「あ、そう言えば頼まれてた男爵の周辺調査の結果が届いたよ」
ルーシーが思い出したように言う。この調査は男爵との駆け引きをすることになった場合に重要な手札になる。
「今朝届いたの?」
「うん。馬車の中で渡そうかとも思ったんだけど、周囲に人が居る状況で渡すような物でもないし……」
「そうね。ありがとう」
私は布に書かれた文章に目を通した。
一刻後、私とルーシーは姉妹を装って宿屋の食事処に居た。質素なワンピースに身を包む私とルーシーは食事処でスープを飲みながら世間話をしている。
「お嬢ちゃん、パパとママはどうした?」
気の良さげな中年男性はへべれけになりながら聞いてきた。
「今日は小旅行に来たの。パパとママは忙しいから……一緒に来れなかったの」
「そうか! 楽しめよ!」
「うん!」
子供らしい言葉遣いに気をつけながら言う。この程度なら躾の行き届いた子供程度に見えただろう。酔っ払いなら相手がどんな身分か深く考えることもないから尚更だ。
「おいおい、子供が二人きりで泊まるのか? 危ないぜ!」
少し柄の悪い男がエールを手に笑いながら言う。他にも三人同じ席に着いていて、全員が武器を持っているので冒険者か傭兵だろう。
それにしても、子供が泊まるだけで危ないって…………。いや子供だけなら普通は危ない…………のか?
「なんで?」
「最近この領で誘拐が多発しているんだ。前は辺境で稀に起きる程度だったんだが、最近は北側が急増して東西はそこそこってくらいだな」
「ゆうかい?」
「あぁ、誘拐って言ってもわからないか。知らない人に知らない場所に連れて行かれることだよ」
「……怖い」
「何だったら俺たちを護衛にするか?」
「ごえい?」
「おい、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。こんなガキが俺たちに依頼領払えるほどの金を持たされているわけねぇだろ」
「そりゃそうだ!」
男と同じ席に座っていた別の男が笑いながら言った。
誘拐か……
「それにしても領主様はいつになったら誘拐された子供たちを探し始めるつもりなのか……」
「りょうしゅさま……? さがしてないの?」
「あぁ、何度も正式な手続きをして嘆願してるんだが、何も変化がないどころか悪化してるな」
「……ふ~ん?」
「難しすぎたか! ガハハハッ」
少しつまらなそうな顔ををして言うと男は大口で笑った。よく笑う人だ。
それにしても、領主が嘆願を無視して誘拐が更に多発するなんて…………
「そろそろ遊びに行きましょう。妹に色々と聞かせてくれてありがとうございました」
ルーシーは柄の悪い男に礼を言って私の手を引く。
「おじさん! またね!」
私は男に別れを言ってルーシーに着いていった。
「ルーシー、どうしたの?」
「窓の外に男爵から付けられた護衛が居たの」
「あぁ、そういうことか。ありがと」
この調査を療養旅行と言っているのは男爵に調査だと感づかせない為だ。療養なら気分転換と称して噂話を集められる。とは言え、あまり一つのところに留まって話し込んで後で男爵の関係者に話していた内容を聞かれたらすぐに目的がバレれてしまうので注意しなければならない。
可能な限り疑いを持たれないように無邪気に楽しみ、万が一疑われても全ての人から聞き出せないように多くの人と話をする。全員に治安などの話を聞くとすぐにバレるので、治安の話は少数の人間にしか聞かない。例え私が治安について聞いたことが知られても一人や二人なら後学の為に知っておきたかったと言って誤魔化せる。
「とりあえず……屋台を回ろう」
「あ、串焼き肉食べたい」
その後は串焼き肉の店主と世間話をしたり、ブティックに入って店員に話を聞きつつルーシーと互いにリボンを選び合ってみたりと、自然な旅行を演出。
「まだ着いてきてる?」
「うん。今日は宿に戻るまで着いてくるんじゃないかな」
「なら今日は噂集めは程々にして楽しもう! 隠しても無駄なら最初からやらない。別に噂集めは今じゃなくても出来るし、ルーシーと普通に遊びたい」
私の申し出にルーシーはキョトンとして呆けた後に笑い出した。
「そうだね。楽しもうか!」
その後は本当に楽しかった。演出など考えずにルーシーと思うままに街を散策して、猫を追いかけてみたり空き地のベンチで買ったばかりの果物に齧りついたりもした。
「ねぇ、あれ見て!」
「ん? わぁっ! 綺麗!」
雨も降っていないのに遠くで虹が出ている。魔法か何かだろうか。とても綺麗な虹に私とルーシーは魅入られた。暫くして虹がスーッと消えていき、あっという間に日が暮れた。そして夕空が夜空になり星が輝く。街灯が存在しないこの世界で見る星はとても綺麗で神秘的だった。
「そろそろ帰ろうか」
「……そうだね。もう遅そうだもんね」
もう時間だとわかっていても寂しい。ルーシーと主従関係なしに遊べる機会は少ない。これからはもっと減っていく。そんな私の心情を察したのかルーシーは言った。
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「うん!」
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