復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第23話 派遣調査──男爵からの迎え

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 翌日、領都入りすると男爵の出迎えと野次馬が大勢集まっていた。


「お待ちしておりました。王女殿下」

「出迎えありがとう。ネイズーム男爵」


 出迎えに来た男は、いかにも三流の悪役といった小太りの中年男だった。服は高価な生地で誂えているにも関わらず、派手さばかりを好んで品性の欠片もない。


「王女殿下がいらっしゃると聞いた際には驚きましたが、我が領地で御身を癒やすことが出来るのなら何よりの誉れです」


 うやうやしく振る舞っているように見えるが、子供だからと侮っている気配がする。度肝を抜いてやりたい気分に駆られるが、ここで私が普通の三歳ではないと思われれば警戒されるかも知れない。


「そ、そう言って貰えると嬉しいですっ」


 私は少し身体を固くし、緊張した表情を作って言う。間違えず言えたことに喜んで興奮する演技も忘れない。阿呆らしい演技ではあるが、これで油断が誘えるのなら安いものだ。


「王女殿下、旅の間に宿泊する宿はお決まりですか? よろしければ我が屋敷でお休みになられませんか?」

「すみません。既に宿を取っていて……」

「そうでしたか。では、護衛などは…………?」


 仮にも悪役なだけあって、男爵は警戒を完全には解くことはなかった。その証拠に護衛と称した監視役を付けようとしている。この警戒は王族である以上は解かれることはないだろう。


「それも遠慮します。お母様が付けた護衛が居るので……」

「そ、そうですか」


 ここまで簡明直截かんめいちょくせつに断ってしまえば軽々しく監視を付けることも出来なくなる。私ん護衛には王国随一の護衛集団が付いている。彼らの目を掻い潜るには彼ら以上の実力がなければならない。それだけの腕を持つ者が居るとは思えないし、仮に居たとしても男爵の下につくはずがない。それだけの実力があれば食うに困らないのに犯罪を犯している可能性のある貴族に仕えるような馬鹿はしないだろう。


「今夜は宿に到着後は外出するつもりはありませんから、何か御用でしたら宿に来て下さい」

「承知致しました。後ほど使者に伺わせて頂きます」


 男爵の出迎えの列を抜け、予定していた宿へ向かう。それほど遠くにある宿屋ではないので、男爵邸からでも監視しやすいだろう。


これで警戒を完全に解いてくれれば良いけど…………





「そろそろ来るかしら?」


 私とルーシーは宿屋に着いて荷物を置くと、窓辺でのんびり紅茶を飲んでいた。流石にルーシーも領都では敬語で過ごすつもりのようで、部屋の中でも敬語を崩さない。綻びが生まれないように普段から気を張り詰めているのが感じられる。


「そうですね。恐らく最初から夕食にはお誘いするつもりだったのでしょう」

「そろそろ着替えるべきかしら?」

「そうですね。例のドレスに致しますか?」

「えぇ」


 私はルーシーにドレスの用意をさせる。前世の記憶を元に私が描いたデザインを王族御用達のブティックに依頼して作ってもらった世界で唯一のドレスだ。

 使われている布は全てシルクで、少しの濁りもない真っ白の布をふんだんに使った。上半身は虹色に染まるレインボーローズを大小まで計算し尽くして右肩から腰の左側まで斜めに飾り付けてある。スカート部分には王国でも採掘量の少ないピンクダイヤモンドを散りばめた。


「王女殿下が国から支給されている活動資金の年間予算二年分をつぎ込んだ時には正気を疑いました」

「人は第一印象が大切。男爵に私は浪費家だと印象付けておけば私を御するために尻尾を出してくれるかもしれないもの。まぁ、このドレスの費用を見たときは泣きたくなったけどね。このドレスでどれだけの民を救えるか……」


 民たちの血税を着ると考えると鳥肌が立つ。心を奮い立たせなければ、失敗したときの恐怖でどうにかなってしまいそうだ。


「王女殿下。参りましょう」

「えぇ……」


 私は戦闘服を身に纏い部屋を出た。


「まだ使者が来ていないようですし、情報を集めますか?」

「そうね。外から来た冒険者に聞きましょうか。本当なら商人の方が情報を持っていそうだけど、男爵と繋がってるかもしれない以上は迂闊に聞けば行動が筒抜けになるし仕方ないわ」


 外から来た冒険者なら拠点を決めたら情報集めをするし、男爵と繋がりがある可能性がないとは言えないが限りなく低い。


「あの人たちとか良いんじゃない?」


 私は食事処でエールを飲んでいる男たちを指差す。何となくどこかで見た顔だ。


「あの方たちですか? 昨晩の情報収集の際に話を聞いた方ですよね」

「え…………?」


何故この宿に昨日の冒険者が居るのだろうか……


 この宿は高級宿ではあるが食事処は一般に公開していて、騒がしい雰囲気が苦手な人は部屋で食事を食べれるように運んでくれる。一般に公開されているので冒険者が居るのは不思議ではない。でも昨日会話したばかりの男たちが再び自分の泊まる宿の食事処で酒盛りをしているなど、はたして偶然だろうか。


「声をかけてみないことには判断できないか……」


 私は意を決して声をかけてみる。


「あの……」

「んぁ?」


 完全に酔っ払っているようで眠そうな声で返事をする。


「あれ? 嬢ちゃん、どこかで……」

「おいおいおい! ネイゼル! いくら女旱おんなひでりとは言え幼女まで口説くなよ。幼女趣味か?」

「違ぇよ!」


 まるで絵に書いたようなコントが繰り広げられる。


「えっと、昨日の宿でお会いしたかと思いますが……」

「ん? あぁっ~! 会った会った!」


 酒を飲んでいた男たちの中の一人が私を指差して言う。その男はそれほど酔って居なかったようで、私とルーシーを覚えていたようだ。他の男たちは思い出せないようで首を傾げている。


「ほら、姉妹の!」


 姉妹という言葉に思い当たったのか、男の仲間たちが思い出したように声を上げた。


「昨日はこんな高そうな格好してなかったよな?!」

「昨日はお忍びで遊びに行く前だったので……」

「それで何の用だ? 嬢ちゃん」


 男は私に向き直って聞く。


「いえ、見かけたので声を掛けただけですが、皆さんはここで何を?」

「俺たちは仕事だよ。昨日も言ったろ。誘拐が頻発してるって。その調査に来たんだ」


 誰かが冒険者ギルドに依頼を出したようだ。必要なら後で冒険者ギルドからも情報を貰おう。


「その話、詳しく教えて貰えますか?」


 昨日の今日で特に情報が増えているとは思えないが、一応聞いてみる。しかし予想通り、昨日の情報しか掴んでいないようだ。明日から北の街で情報を集めるらしい。


「でも、何でそんな情報を知りたがる」


 男は訝しげに聞いてきた。


「貴族にも色々ありますから」

「…………まぁ、良いけどな」


 笑顔では誤魔化せないと思っていたが、察しのいい冒険者だったようで、それ以上聞いてくることはなかった。


ギィッ


 会話が終わろうとしていた頃、宿屋の扉が開き細身で初老の男性が入ってきた。執事服を着たその男性が入ってくると宿の中の喧騒が嘘のように静まり返った。


「シュナイダーです。男爵様の遣いで参りました。こちらに泊まっていらっしゃる女性の護衛を連れた幼い少女を呼んで頂きたい」


 細身の男性がカウンターの少女に言った。迎えに来た時に領主の側に控えていた男だ。少女はその男に丁寧に対応する。


「シュナイダー様、お約束はなさっていますか?」

「えぇ、領主からの遣いだと言えばわかります」

「少々お待ち下さい」


 少女は私に近づいて、丁寧にシュナイダーを指して呼んでいることを伝えた。普通なら誰が誰を呼ぼうと気にも留めないのだが、今は周囲の人々が静まり返ったまま私を凝視している。


「ありがとう。これ、今夜の宿の飲み代にして下さい」


 私はそう言って少女に貨幣を三枚渡す。


「きっ、金貨?! こんなに頂けません!」

「ではお釣りはあの男性に」


 私はさっきまで話していた男たちを一瞥する。


「情報料です。面白い話を聞かせて下さったお礼ですね」


 それだけ言うとシュナイダーの元へ歩いていく。


「ルーシー、部屋に鍵をかけておいて下さい」

「畏まりました、王女殿下」


 その言葉に周囲の人達が唖然とする。


「お、王女殿下? 嬢ちゃん、王族だったのか?! いや、随分金のかかったドレスだとは思っていたが……」


 その言葉遣いにシュナイダーが声を荒げる。


「王女殿下に対してそのような粗暴な言葉遣いをするなどっ! 何たる不敬! その者を捕らえよ!」


 突然、宿の外から数人の護衛が乱入し男を取り押さえる。


「止めなさい!」

「王女殿下。このままでは示しが付きません」


 私に言い聞かせるように言うシュナイダー。いかにも私の為のように言っているが、別に私が命じたわけでもないのに行動を起こすのはやりすぎだ。


「私は権力を見せつけるために来たのではありません。無駄な騒ぎを起こさないで下さい」

「ですがっ……!」

「二度も言わせないで」

「…………王女殿下の仰せのままに」


 シュナイダーは渋々といった様子で引き下がる。私はシュナイダーを連れて馬車に乗り込んだ。


「王女殿下は慈悲深いのですね」

「慈悲深い?」


 馬車に乗り込むと、シュナイダーが唐突にそう言った。


「えぇ、あのような野蛮な者には下位貴族ですら声を掛けることを躊躇ためらいます。しかし、王女殿下は嫌悪を抱くこともなく言葉を交わしていらっしゃいました」

「彼らも私たちも同じ人間でしょう?」

「同じではございません。その体に流れる血が違うのです」


 シュナイダーの言う血とは、ブルーブラッド貴族の血のことだろう。理解できなくもない。誰もが自身は特別な存在だと思いたがっている。その自己承認欲求は明確な差────肩書を与えられると更に増大し、自身を選ばれた者だと思い込んで特別視し、他者を持たざる者と見下す。


馬鹿馬鹿しい。そんなもので人の価値が決まって堪るかっ!


「人間の真の価値はその者がどのような能力を持っているかでしょう? 少なくとも私は能力があれば貴族であろうとなかろうと公平に評価すべきだと考えます」

「公平に?」

「えぇ、素養のあるものには教育を与え、能力のあるものには機会を与え、功績のあるものには爵位を与える。当たり前のことでしょう?」


 私がそう言うと、彼は目を鋭く光らせて聞いた。


「つまり能力があれば今は平民、下位貴族でも上位貴族の爵位を与えるということですか?」

「それが王太后陛下、王妃陛下を説得するに値する人物であると認識すれば」

「ほぅ…………」


 シュナイダーは興味深いと言いたげな声を出した。


「貴方も爵位に興味が?」


 ギィッ


 私が疑問を投げかけたとき、馬車が領主邸に着いた。


「おや、着いてしまったようですな」

「そのようですね」

「実に興味深い話を聞けました」


 そう言ってシュナイダーはニタァと笑った。何を考えているのか理解できない。シュナイダーは私の問いに返答をせず馬車を降りて私をリードした。


「お待ちしておりました」


 ネイズーム男爵は夫婦で出迎えに来た。男爵は私を見るなり下卑た笑みを浮かべて私を屋敷に迎え入れる。


「本日は夕食にお招きいただき感謝します」

「こちらこそ、お越し頂けて光栄の極みでございます」


遂に敵の本拠地に突入する時が来たわね……




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