復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第24話 派遣調査──男爵邸での食事

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「まぁっ! 王子殿下も悪戯をなさるのですわね」


 ネイズーム男爵の妻、フィローニアが目を輝かせて言った。その表情はどこか羨ましそうで、どこか懐かしい。


あぁ、この人は息子がほしいのか……。


 彼女の表情は前世の私の母の表情に似ている。前世の母は何度も息子が欲しいと言っていた。もちろん私の事はとても可愛がってくれていたが、それでも偶に愚痴を溢すように言っていた。男爵の子は前妻との間に娘が一人、後妻との間に娘が二人の三姉妹だ。つまり男児は居ない。

 世間ではお母様とお祖母様が政をしている事もあって、女性進出という風潮があるが、貴族や大商家などの地位や金がある者たちの間では、まだまだ男の方が有利に物事を進めやすい。息子も欲しいと思うのは当たり前のことだろう。


「私、驚いて力が抜けてしまったのですが、それを見て焦るお兄様はとても面白かったです。何というか…………可愛らしいというか……」

「それは是非とも見てみたいものです」


 扇子を口元に当てて貴族女性らしく静かに笑うフィローニア。


「ご歓談中に失礼します。王女殿下、そろそろ宿に戻られるお時間です」

「すみません。晩餐にお誘い頂いただけなのに長居をしてしまって…………」

「お気になさらないで下さい、王女殿下。折角いらしたのですし、本日は我が屋敷でお休みになっては?」

「そのご提案は嬉しいのですが、今回の旅行は私の我儘なので護衛たちに心配を掛けたくないのです」

「王女殿下はお優しいのですね。では名残惜しいですが本日はここまでに致しましょう」

「ありがとうございます。王都へ帰る際にはもう一度挨拶に寄りますので是非またお茶でも」

「もちろんです!」


 玄関で男爵とフィローニアが見送ろうとしていると、柱の陰に人影が見えた。


「あの……あの二人は?」


 私の指摘に振り返って二人を目に入れたフィローニアは困ったような表情を浮かべて少女二人を連れてきた。


「申し訳ありません。まだ礼儀作法を習得していないので部屋にいるように言っておいたのですが、出てきてしまったようで」

「娘さんですか?」

「えぇ、折角ですしご紹介させて頂いても?」

「もちろんです」


 二人についての情報は既に掴んでいる。前妻と男爵の間に出来た長女のメフィアとは繋がりを持っておきたいところだ。真面目で器量も悪くない。


「初めまして、メフィアと申します」

「メアリです」


 メフィアの方はつたなく、メアリの方は綺麗なカーテシーをする。


「初めまして。第一王女のフレイアです」


 互いに自己紹介が終わると男爵が徐ろに聞いてきた。


「あの、王女殿下。カリスが王女殿下付きのメイドになったと聞いたのですが、しっかり仕えられていますか? 最近は手紙を送る余裕もないようで……」

「大丈夫です。元気にやっています。今後の働きによっては侍女に取り立てようと思っています」


 私がそう言うとメフィアは目を見開いて下唇を噛んだ。そして絞り出すような細い声で答える。


「……それは素晴らしいです。妹に目をかけて頂けて光栄に存じます」


 本当はカリスを侍女に取り立てるつもりはない。それどころか何か問題があれば、すぐに罰してしまいたいくらいだ。ルーシーを馬鹿にする態度は無くなったし、根は善良であることもわかったが、それでもルーシーを馬鹿にしたのだ。簡単に許せるわけがない。

 ルーシー本人から罰するのは止めてほしいと言われたが、それはルーシーの仕事が増えるからという理由からだった。なら代わりに使えるメイドを入れればいい。それもルーシーを馬鹿にしないメイドを。それにはメフィアが適任だ。彼女の持つ問題さえ解決できれば彼女は忠実なメイドになるだろう。だから彼女はこの家から連れ出す必要がある。


この数日は我慢を強いることになるけど必ず問題を解決してみせる!


 そう心に刻み、屋敷を去ろうとするとメアリが唐突に聞いてきた。


「王女殿下、この度は何故我が領をお選びになったのですか?」

「メアリ!」


 メアリの発言にメフィアが顔を蒼白とさせた。しかしメアリは気にした様子もなく私の返答を待っている。その目には確かに疑いの色を浮かべていた。


メアリは何か知っていそうだ。


 しかし本当のことを言うわけにもいかず建前で考えていた理由を述べた。


「精神療養のためです」

「療養ですか? ですがお疲れの様子はござませんが……」

「メアリっ!」


 メアリの無礼を見て、今度は母親のフィローニアが止めようとする。しかしメアリの無礼は止まるどころか加速していく。


「私は洗礼式を終えてから勉強が始まりました。最初は問題なく次の段階に進めていたのですが、お恥ずかしい話ですが、最近は思うように出来ないことが増えてきたのです。それで、体調が不調なことが続いたので一度気分を変えれば調子も戻るのではないかというお母様からの提案を受けたのです」

「そうでしたか。ですが、何故わざわざ我が領にいらしたのですか? 他にも精神療養に良い領地が沢山ございますが……」

「メアリッ! いい加減にしないか! 申し訳ありません、王女殿下」


 ついに男爵からも叱られるメアリ。メアリは口を閉ざし、何故怒られているのかわからないと言った表情を浮かべる。


「気にしないで下さい、男爵。メアリさん、私がこの領を選んだのはカリスの暮らしていた領を見てみたかったからです。侍女に取り立てるつもりの者を知っておきたいと思うのは当然でしょう?」

「そう……ですね」


 微妙に納得しているような、していないような様子のメアリ。


「ここはカリスに聞いた通り、自然が身近で過ごしやすいですね。今後も来ることにします」

「それは光栄です!」


 男爵が媚びを売るように言う。少し興奮気味なのが何とも気持ち悪い。


それにしても、あからさまにも程がある…………


 本来なら次女が長女よりも目立つのは好ましくない。それなのに男爵夫妻はメアリがメフィアより目立つことよりも無礼を働いていることに対して叱っている。メフィアの注意を無視したことに対しては気にも留めてない様子だ。

 その様子を見るに、男爵夫妻は長女のメフィアより次女メアリを優遇しているという調査書に書かれていた情報は本当のことで、メフィアはかなり厳しい環境の中で暮らしているようだ。


「今日はお招きいただき感謝します。とても楽しい時間を過ごせました」

「それは良かった。よろしければ今後の予定をお聞きしても?」


 男爵は笑顔で聞いてくる。警戒は解けたと思っていたが、まだ警戒は完全には解けていなかったようだ。普通に探りを入れてきた。


────アレ? 何か違和感が…………


「まだ細かいことは決めていないのですが、明日には領都を出るつもりです」

「明日? 何故ですか?」

「気分転換に平民の生活を見学してみたくて」

「そうですか。では南方が良いでしょう」

「南方ですか?」

「はい。南方は治安が良いですから。東方や西方も悪くはありませんが、北方に近いので治安が悪い所が多いのです」

「北方は治安が悪いのですか?」

「はい、最近は物盗りだけでなく誘拐なども頻発しているようなので、近づかないようにお願い致します」


まさかの領主自ら誘拐の話を暴露!


「そうなのですか。領地を治めるのも大変ですね」

「それが私の仕事ですので」

「では、帰りにまた声をかけます」


 私は誘拐の件に関しては何も言及せず、玄関を出た。正義感に駆られる子供なら、誘拐を解決しようとしていない男爵に多少なりとも異議を唱えるはずだ。この返答を聞いた男爵が私が平民の話に然程興味がないと評価するか、気づいても居ない馬鹿だと評価するかはわからないが、どちらでも男爵には都合が良い。

 馬車に乗り込むと既にシュナイダーが乗っていた。


「……私とした会話を男爵に伝えていないのですか?」

「はい。伝えていません」


やっぱり。


 私がそう思ったのは男爵が予想以上に普通に探りを入れてきたからだ。男爵が私とシュナイダーの話を聞いていたのなら、賄賂なりを渡してくるだろうと思っていたが動きがなかった。つまり伝えていないということだ。もちろん私が幼すぎるという理由も考えられたが、男爵なら私が幼く、事情がわからないうちに囲み込もうと考えるはずだ。


「何故? 貴方の主は男爵でしょう?」

「王女殿下はこの領地の税収改竄について調べるために来たのでしょう?」


 シュナイダーは私の問いに答えること無く質問して来た。


「いいえ、療養です。ですがそのようなことが起きているのであれば調べねばなりませんね」

「…………ご存知でなかったと?」

「えぇ、部屋付きにしたメイドの故郷を見てみたかっただけですから」


 シュナイダーは私を品定めするように見つめる。嘘か否かを見ているのだろう。


 ギィッ


 私が「何故報告しなかったのか」という問いの返答を聞く前に宿屋に到着した。


「王女殿下、到着したようです」

「そのようですね。仕方ありません。今回は引き下がりましょう」


 このまま答えるまで馬車の中に居るわけにはいかない。部屋の連れ込むのは外聞が良くない。ここは引き下がるしかなかった。


「では次にお話する機会がありましたらお答え致しましょう」

「えぇ、楽しみにしています」


 馬車を降り部屋に戻ると、風呂に入ってベッドに入る。


「今日の収穫はありましたか?」

「長女は報告通りね。次女の方は何か知ってそうだけど……どこまで知っているかは判断しかねる感じだわ」

「そうですか」


 私はそっと目を閉じた。


疲れた…………




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