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陰謀篇
第27話 派遣調査──交渉
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裏道は昼間であるにも関わらず薄暗く不気味な雰囲気に包まれていた。周囲には男女に関わらず大勢の浮浪者たちが遠巻きに私を見ている。
「ここの貧民地区は予想以上ね」
周囲は乾燥大麻特有の甘い匂いが咽返りそうなほど漂っていた。どの浮浪者も程度の違いはあれど目元は窪み、頬は痩せこけていた。それほど汚れていない服を着ている者も居れば、局部を隠しただけの裸同然とも言える格好をしている者も居る。
「おい嬢ちゃん! 迷子か?」
私に声をかけたのは図体の大きい強面の男だった。右目には刀傷があり、いかにも裏の人間に見える。周りの人間が痩せこけた浮浪者ばかりだからか、健康そうな男の姿はとても目立つ。
「ここには用があって来たの」
「用? お貴族様がこんなところに何の用だ?」
平民の服を着ているのに男は迷わず「お貴族様」と言った。
「何で貴族だと思ったの?」
「この辺りの街の人間は大抵知ってるからな。それで、何の用だ?」
「クスリ……ここで売ってる?」
私がそう言うと男は顔を歪めて吐き捨てるように言った。
「チッ……あの豚オヤジ、こんなガキにも渡してるのかよ」
呟くような小さな声だったが、はっきりと聞き取れた。
「ほら。一袋で金貨一枚だ」
男は小さな麻袋を私に向って放り投げた。袋の中には少量の乾燥大麻が入っていた。
「そうじゃないの。元締めさんと話がしたいの」
私がそう言うと、男は怪訝そうな面持ちで警戒する。流石に子供相手に身構えるようなことはしなかったが、ただ睨みを効かせるだけでも十分に威圧感がある。
「お頭に何の用だ?」
「貴方は元締めじゃない。私が話があるのは元締めなの。連れて行って」
男の目を見つめて言うと男は暫く黙ったまま私の目を見つめ返した。そして暫くして男は大きく溜息を吐いて「ついてこい」とだけ言って私を元締めの元に連れて行った。
「ここで待ってろ」
男は貧民街の中で最も大きな建物の前に着くと、私を扉の近くで待たせたまま建物の中に入って行った。その建物は貧民地区の中央に位置しながら貧民街の他の建物とは違って穴も開いていないし、しっかりした屋根もあった。周囲は売人たちが鋭い視線で私を見ている。
「失礼します。お頭」
部屋の中から私を案内した男が誰かと話す声が聞こえる。恐らく会話の相手は元締めだろう。
「ん? どうした」
元締めの返答は気怠げだった。まるで酒に酔っているかのような声がする。
「話をしたいと言っている娘が来ていまして」
「そんなもん追い返せ」
「それが……貴族のようで」
「貴族の餓鬼…………?」
「はい」
「…………良いだろう。入れろ」
「はい」
男は出てくると私を建物の中に入れた。元締めは麻薬中毒者の女たちを周囲に侍らせていた。先程まで漂っていた麻薬中毒者の甘い匂いがアルコールの匂いに変わる。
「お前が話をしたいと抜かした餓鬼か。ハッ! 本当に餓鬼じゃねぇか!」
元締めは私を見て鼻で笑った。
「ここではクスリを売ってるの?」
「そうだ。領主様からの御達しでな! まぁクスリに限らず色んな物を売ってるぜ。魔道具、禁書、子供の奴隷とかな」
────子供の奴隷っ!
魔道具も禁書も人命に関わる物が多いので許可された者以外は所持を禁止されているが、裏では珍しい物ではない。奴隷も法で禁止されているが、裏ではよく取引されているらしい。しかし子供の奴隷は滅多にない。それは入手が難しいからだ。大人なら借金などを負わされれば簡単に奴隷に出来るが、子供は親に売られるか誘拐でもされなければ奴隷にはならない。
そう言えば宿で冒険者が子供の誘拐が頻発しているって言ってたな…………
そして男爵は対処をしていないとも言っていた。恐らく男爵も一枚噛んでいるのだろう。
「買いたい物があるの」
「買いたい物? ハッ! 生憎だが人形は売ってないぞ」
あからさまに馬鹿にした様子の元締め。
「帳簿……あるかしら?」
「帳簿?」
私の言葉に元締めは目を細めて私を見る。雰囲気が変わり息が詰まりそうになる。
「いくらで売ってくれる?」
「悪いがそんな物は売ってねぇな」
「別に全ての帳簿が欲しいわけじゃないわ。貴方にも貴方の生活があることは理解している。私が欲しいのは男爵と関係のある取引だけよ。貴方にとっても良い話だと思うわよ」
「…………何でそんな物を欲しがる」
「男爵はやり過ぎたのよ。王族にまで目をつけられた」
「王族…………大した情報網を持っているようだな」
「情報はお金になるもの」
私がそう言うと元締めは面白そうに笑った。そして少し考えるような素振りを見せてから部下に指示を出す。
「おいっ! 帳簿を持ってこい」
「お、お頭! 良いんですか?!」
「良いから早く持ってこい」
「は、はい!」
焦った様子で走っていく元締めの部下。私は元締めに向き直って感謝した。
「条件がある。俺たちのことは出すな」
「わかってる。裏の人間の取引マナーくらいは守るわ」
「ハッ! 本当に妙な娘だな。是非とも上客になって貰いたいもんだ」
「情報なら買うわ」
「おっ! イケる口か。俺はナバロだ。いつでも来いよ」
私とナバロが談笑しているとナバロの部下が帳簿を手に戻ってきた。
「ほらよ」
ナバロは帳場を私に投げ渡す。私は白金貨を一枚投げ渡した。ナバロは驚いた様子で白金貨を見つめている。
「突然押しかけた迷惑料も含んでるわ。それじゃ」
それだけ言うと私はナバロを背にその場を後にする。ナバロは白金貨を太陽にかざして眺めた。
「……面白い娘が居たもんだ…………」
指でピンッと跳ねて落ちてきた白金貨を掴んだナバロは玩具を見つけた子供のように嬉しそうに笑った。裏道から出ると、ルーシーが涙目で私を待っていた。
「フレイア! 大丈夫? 何もされてない?」
「えぇ、大丈夫。情報も持ってこれたわ」
私はルーシーを落ち着かせながら前の街に戻る。幸いにも昼前に情報を手に入れられたので、宿についたのは夕方前だった。ちなみに野営に使うはずだった道具は質屋に入れ、食料は大麻を育てていた街の手前にあった貧民街で子供たちに分け与えた。ルーシーは心底嬉しそうだった。これでは問題の根本的な解決にはならないが、何もしないよりはマシだ。
「ここの貧民地区は予想以上ね」
周囲は乾燥大麻特有の甘い匂いが咽返りそうなほど漂っていた。どの浮浪者も程度の違いはあれど目元は窪み、頬は痩せこけていた。それほど汚れていない服を着ている者も居れば、局部を隠しただけの裸同然とも言える格好をしている者も居る。
「おい嬢ちゃん! 迷子か?」
私に声をかけたのは図体の大きい強面の男だった。右目には刀傷があり、いかにも裏の人間に見える。周りの人間が痩せこけた浮浪者ばかりだからか、健康そうな男の姿はとても目立つ。
「ここには用があって来たの」
「用? お貴族様がこんなところに何の用だ?」
平民の服を着ているのに男は迷わず「お貴族様」と言った。
「何で貴族だと思ったの?」
「この辺りの街の人間は大抵知ってるからな。それで、何の用だ?」
「クスリ……ここで売ってる?」
私がそう言うと男は顔を歪めて吐き捨てるように言った。
「チッ……あの豚オヤジ、こんなガキにも渡してるのかよ」
呟くような小さな声だったが、はっきりと聞き取れた。
「ほら。一袋で金貨一枚だ」
男は小さな麻袋を私に向って放り投げた。袋の中には少量の乾燥大麻が入っていた。
「そうじゃないの。元締めさんと話がしたいの」
私がそう言うと、男は怪訝そうな面持ちで警戒する。流石に子供相手に身構えるようなことはしなかったが、ただ睨みを効かせるだけでも十分に威圧感がある。
「お頭に何の用だ?」
「貴方は元締めじゃない。私が話があるのは元締めなの。連れて行って」
男の目を見つめて言うと男は暫く黙ったまま私の目を見つめ返した。そして暫くして男は大きく溜息を吐いて「ついてこい」とだけ言って私を元締めの元に連れて行った。
「ここで待ってろ」
男は貧民街の中で最も大きな建物の前に着くと、私を扉の近くで待たせたまま建物の中に入って行った。その建物は貧民地区の中央に位置しながら貧民街の他の建物とは違って穴も開いていないし、しっかりした屋根もあった。周囲は売人たちが鋭い視線で私を見ている。
「失礼します。お頭」
部屋の中から私を案内した男が誰かと話す声が聞こえる。恐らく会話の相手は元締めだろう。
「ん? どうした」
元締めの返答は気怠げだった。まるで酒に酔っているかのような声がする。
「話をしたいと言っている娘が来ていまして」
「そんなもん追い返せ」
「それが……貴族のようで」
「貴族の餓鬼…………?」
「はい」
「…………良いだろう。入れろ」
「はい」
男は出てくると私を建物の中に入れた。元締めは麻薬中毒者の女たちを周囲に侍らせていた。先程まで漂っていた麻薬中毒者の甘い匂いがアルコールの匂いに変わる。
「お前が話をしたいと抜かした餓鬼か。ハッ! 本当に餓鬼じゃねぇか!」
元締めは私を見て鼻で笑った。
「ここではクスリを売ってるの?」
「そうだ。領主様からの御達しでな! まぁクスリに限らず色んな物を売ってるぜ。魔道具、禁書、子供の奴隷とかな」
────子供の奴隷っ!
魔道具も禁書も人命に関わる物が多いので許可された者以外は所持を禁止されているが、裏では珍しい物ではない。奴隷も法で禁止されているが、裏ではよく取引されているらしい。しかし子供の奴隷は滅多にない。それは入手が難しいからだ。大人なら借金などを負わされれば簡単に奴隷に出来るが、子供は親に売られるか誘拐でもされなければ奴隷にはならない。
そう言えば宿で冒険者が子供の誘拐が頻発しているって言ってたな…………
そして男爵は対処をしていないとも言っていた。恐らく男爵も一枚噛んでいるのだろう。
「買いたい物があるの」
「買いたい物? ハッ! 生憎だが人形は売ってないぞ」
あからさまに馬鹿にした様子の元締め。
「帳簿……あるかしら?」
「帳簿?」
私の言葉に元締めは目を細めて私を見る。雰囲気が変わり息が詰まりそうになる。
「いくらで売ってくれる?」
「悪いがそんな物は売ってねぇな」
「別に全ての帳簿が欲しいわけじゃないわ。貴方にも貴方の生活があることは理解している。私が欲しいのは男爵と関係のある取引だけよ。貴方にとっても良い話だと思うわよ」
「…………何でそんな物を欲しがる」
「男爵はやり過ぎたのよ。王族にまで目をつけられた」
「王族…………大した情報網を持っているようだな」
「情報はお金になるもの」
私がそう言うと元締めは面白そうに笑った。そして少し考えるような素振りを見せてから部下に指示を出す。
「おいっ! 帳簿を持ってこい」
「お、お頭! 良いんですか?!」
「良いから早く持ってこい」
「は、はい!」
焦った様子で走っていく元締めの部下。私は元締めに向き直って感謝した。
「条件がある。俺たちのことは出すな」
「わかってる。裏の人間の取引マナーくらいは守るわ」
「ハッ! 本当に妙な娘だな。是非とも上客になって貰いたいもんだ」
「情報なら買うわ」
「おっ! イケる口か。俺はナバロだ。いつでも来いよ」
私とナバロが談笑しているとナバロの部下が帳簿を手に戻ってきた。
「ほらよ」
ナバロは帳場を私に投げ渡す。私は白金貨を一枚投げ渡した。ナバロは驚いた様子で白金貨を見つめている。
「突然押しかけた迷惑料も含んでるわ。それじゃ」
それだけ言うと私はナバロを背にその場を後にする。ナバロは白金貨を太陽にかざして眺めた。
「……面白い娘が居たもんだ…………」
指でピンッと跳ねて落ちてきた白金貨を掴んだナバロは玩具を見つけた子供のように嬉しそうに笑った。裏道から出ると、ルーシーが涙目で私を待っていた。
「フレイア! 大丈夫? 何もされてない?」
「えぇ、大丈夫。情報も持ってこれたわ」
私はルーシーを落ち着かせながら前の街に戻る。幸いにも昼前に情報を手に入れられたので、宿についたのは夕方前だった。ちなみに野営に使うはずだった道具は質屋に入れ、食料は大麻を育てていた街の手前にあった貧民街で子供たちに分け与えた。ルーシーは心底嬉しそうだった。これでは問題の根本的な解決にはならないが、何もしないよりはマシだ。
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