復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第57話 学園──初めての講義 - 1

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 新入生歓迎会から一週間。まだ学園に慣れていないだろうという配慮から組まれたオリエンテーションを終え、ついに通常の学園生活が始まろうとしていた。そしてどのクラスでも担任と思しき教師による説明などがなされていた。しかし今現在、私たちの眼前で通常の学園生活が始まることに対する説明をしているのはゴードンではなく、入学式翌日にゴードンの代わりに講義申込みの書類を持ってきて風のように去って行った女性教師だった。


「今日もゴードンは実験があって教室には来られないそうだから私が代打をするわ。ゴードンは基本的に二年次以上対象の講義しかしていないから特に用事がある人は居ないと思うけど、もし何か用があるなら実験中でないことを確認しなさい。実験中にゴードンの実験室に入って無事に出てきた生徒を見たことがないわ」


 女性教師が遠くて暗い目をさせて言うので、異様な恐怖が湧き上がってくる。他の生徒たちも微妙そうな表情でゴクリと喉を鳴らしていた。


「今日はこの学園の醍醐味。魔法理論と魔法実技の授業があるようだから楽しみにしていると良いわ。でも魔法は便利な物であると同時に危険な物でもあるわ。理論なら怪我はしないと思うけど、実技では細心の注意を払いなさい」


 そう言って女性教師が教室を去ろうとした時、一人の生徒が立ち上がって女性教師に聞く。


「あの、お名前を教えて頂けませんか?」

「あら? まだ名乗っていなかったかしら? 私はライラ。それじゃ」


 ライラはそう言って今度こそ教室を出ていく。まるで漫画のワンシーンのように見えた私は吹き出してしまうのを堪える。

 生徒たちは名前こそ知り得たものの、他の情報に関しては何一つ話さなかったライラの行動に困惑した。恐らく生徒たちがそれまで接してきたのは自身の功績を誇張して広めようとする者ばかりだったからだろう。


「ゴードン先生もそうでしたが、この学園の教師は皆あのように淡白な態度を取っているのでしょうか」


 レイネーが隣から私にしか聞こえない程小さな声で聞いてくる。それに答えたのは私ではなく、前の席に座っていたユダーナだった。


「恐らく研究者気質なのだと思いますよ。学園の教師ともなれば知識も相当あるはずですし……」

「とりあえず、まずは講義室に行きましょう。ルーシーとメフィアとはコースが違うから、ここでお別れね」

「王女殿下! 王女殿下のお側を離れる不肖な私めをお許し下さい。どうか……ご自愛を」


 ルーシーは私の両手を包み込むように握って、涙を浮かべながら言う。しかしその口元はピクピクとしているし、ルーシーの背後ではメフィアが顔を伏せて身体を震わせている。


こいつら……


 どう見ても私を揶揄っているようにしか見えない。普通に怒っても良い場面なのだが、少しくらいならお巫山戯に付き合っても良いかと思い、私はルーシーの目を見つめて言った。


「私は貴女を責めたりしないわ。だから、必ず無事に私の元へ帰ってきて。お願い」


 涙を流しながらルーシーの額にキスをする。するとルーシーは想定外の行動だったのか目を見開いて固まった。その後ろでメフィアがついに堪えきれなかったのか大爆笑している。レイネーやユダーナも苦笑を浮かべていた。私は暫くは真面目な顔で居ようと思っていたのだが、堪えきれずに吹き出してしまった。やはり慣れないことはするものではない。ルーシーはやっと自分が揶揄われていることに気づいて、ジト目で私を見る。


「先に始めたのはルーシーの方でしょう?」

「そうですけどぉ……」


 不貞腐れるルーシーに普段いるメンバー以外からも笑い声が溢れた。和気藹々とした雰囲気のまま別れた私はユダーナとレイネーと共に最初の授業が行われる合議室へ向かった。





ギィッ


 教室に入ると、既に何人かの生徒が集まっていた。制服のくたびれ具合や胸ポケットに付けられた派閥を示すバッジから推察すると、どうやら単位を落とした上級生のようだ。


「チッ……なんで俺が一年と……」


 あからさまに単位が落ちたことに対して不満を抱いている様子の先輩方。口に出していたのは一人だけだったが、どの先輩たちも不満げなのは顔を見ればわかる。見るからに私たちを見下した視線を送ってきているからだ。


「なんと無礼なっ」

「放っておきましょう。一年次に落第しているということは、王族の特徴も碌に覚えていないのでしょう」


 噛みつこうとするユダーナを小声で止めて席につく。しかし相手はそのまま済ます気はないようで、わざわざ私たちが座った席まで来て、喧嘩を吹っかけてきた。


「お前ら、先輩に挨拶もなしか」

「ごきげんよう」


 私の挨拶と共にユダーナとレイネーが会釈する。それを侮辱と取ったようで、先輩は胸ぐらを掴んで私を立たせた。それに反応してユダーナが先輩の頬に思い一撃を叩き込む。


「ぐはっ……!」


 殴られた衝動で顔面から壁に激突した先輩は、変な方向に曲がった鼻を抑えながら私とユダーナを睨みつけた。私とユダーナはそれを無視してレイネーとの会話に花を咲かせる。


「お前ら、先輩である俺にこんなことして、無事で済むと思ってんのか!」


 なおも食い下がってくる先輩を無視していると、背後から白い手袋を投げつけられた。振り向くと鼻を押さえた先輩が顔を真っ赤にして、目も充血させてこちらを見ている。もう一方の手袋を持っているので、恐らくあの先輩が私に白い手袋を投げたのだろう。私は手袋を拾って先輩に渡し、笑顔で言った。


「喜んで、お受け致します。放課後でよろしいですか」


 先輩は下卑た笑みを浮かべて自席に戻って行った。了承と判断して問題ないだろう。席につくと、ユダーナとレイネーが心配そうな視線を向けてくる。


「大丈夫ですよ。死にはしません」

「それはつまり怪我はするということでしょう!? 大問題ですよっ!」


 レイネーが腕を激しく振りながら訴える。それに相対するようにユダーナは冷静に聞いてきた。


「王女殿下、武術の嗜みなどは……」

「勿論あります。勝ち目がない勝負など最初から受けませんよ」

「えっ! 王女殿下、武術を嗜んでいらしたのですか?」


 私が武術がそれなりに出来ることを知ると、レイネーは驚いて目を見開く。


「幼い頃から万が一に備えて護身術を身に付けています。受け身は勿論のこと、大抵の武器は扱えるようにルイーズ様からご指導頂いていますし、多少の怪我はするかもしれませんが問題ありません。訓練の際に怪我をすることもありましたし」

「ル、ルイーズ様と言うと、縁故採用ではなく実力で騎士になられ、一時は王太后陛下の護衛にも任命されたという、武術の名門サンセット侯爵家の女主人ルイーズ・ディ・サンセット侯爵夫人ですか」


 ユダーナは明らかに動揺した様子で聞き直す。当然、私が言った『ルイーズ様』とはユダーナの示すその『ルイーズ様』なので、私は普通に頷いた。するとレイネーは残念な物をみるような目で私を見た。


「……あの、何故そんな目で私を?」

「ルイーズ様の訓練と言えば、騎士団のそれよりも厳しいと聞きます。基本的に継続できているのは、そういった趣味がある方のみだそうで……」

「そういった趣味……ってそんなことあるはずないでしょう!? 何を馬鹿なことをっ!」


 レイネーにドMと見られていることに気付き、急いで訂正する。しかしレイネーは信じていないのか、まだ疑っているような目で私を見ていた。


「私がルイーズ様の訓練に耐えられたのは、ルーシーと一緒に訓練を受けていたからです。どれだけ訓練が厳しくても、ルーシーにだけは負けたくないと思っていましたから。まぁ、今の私ではルーシーに勝てないのですが……」

「そういうことでしたか。確かに好敵手が居ると、互いに研鑽できますね」


 レイネーは漸く納得してくれたようで、残念な物を見る目ではなくなった。


「それより、そろそろ授業が始まる時間でしょう? 他の生徒たちはいつ頃に来るのかしら?」

「そろそろ来るのではないでしょうか。時間厳守は基本中の基本ですし、特に最初の授業は基礎的な内容を学ぶので後の学習にも大きな影響を与えます」


 ユダーナにそう言われ、私は納得した。この世界には前世で主な記録媒体となっていた植物紙はなく、羊皮紙や木簡など主な記録媒体になっている。そして羊皮紙は加工工程が多いので高価になりやすく、勉学のために羊皮紙を使えるのは上位貴族のなかでも限られた者たちだけだ。私ですら淑女教育を受けたときは木簡だった。

 そんなことを考えていると、講義室の扉がガラッと開く。そして入って来たのは他の生徒たちだった。生徒たちは私が居るのを確認すると、私の周囲に陣取ろうとし始める。しかし私は一番窓際の最後列に座っていて、隣はレイネー、前はユダーナが座っている。私の近くに座るには私から見て右斜め前────ユダーナの右隣に座るしかない。

 しかしユダーナは養子とはいえ次期辺境伯家当主になる可能性が高い。暫くユダーナ周りを彷徨いていた生徒たちだったが、隣の席に座ろうとする勇気のある生徒はついに現れなかった。


「誰も座りませんでしたね」

「そうですね」

「やはりユダーナは近づき難いのでしょうか」

「そうかもしれませんね」


 私とレイネーがコソコソ話していると、ユダーナにも聞こえていたようで、ジト目で私たちをみて「聞こえていますよ」と言ってきた。私はレイネーと顔を見合わせて、クスクスと笑った。




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