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陰謀篇

第58話 学園──初めての講義 - 2

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 ユダーナが揶揄からかわれたことに不貞腐れたので、レイネーと世間話をして暇を潰していると、少ししてライラが入ってきた。


「もう知っている人も居ると思うけど改めて、魔法理論基礎学を教えるライラよ。約数名程は既に一度、私の講義を受けているから、一年生に比べれば理解が早いでしょう。どうしても理解できない内容がある場合はまずは先輩たちに聞いて頂戴。それと講義を始める前にいくつか注意点を伝えておくわね」


 ライラはそう言って生徒たちに木簡を配った。木簡の第一文目には大きく『講義を受けるにあたっての注意点』と書かれていて、その下に内容について箇条書きで記されている。それが次の四つだ。


・講義一つ一つに習得したことを示す『単位』が存在し、単位の取得は定期試験の合否に準ずる(評価基準は優、良、可、不可の四段階とし、不可のみ不合格とする。これに教師の恩顧おんこは介在してはならない)

・必修科目の単位を取得できなかった場合は原級留置となる(家庭の事情や健康状態によって定期考査へ不参加だった場合、追試験が設けられる)

・三回遅刻早退で一回欠席とし、五回欠席で出席日数不足と見做し、原級留置となる(家庭の事情や健康状態による遅刻早退欠席の場合は救済処置として補講が開かれる)

・定期試験で不正が発覚した場合、即座に受験資格が剥奪される(職員会議による査定後に受験資格剥奪とは別途で処罰が下される)


 簡単に訳すと、定期試験で赤点を取ると単位が落ちて留年する。遅刻早退欠席をしすぎても留年する。カンニングすると留年する上に処罰も下されると言うことだ。


「これは私の講義に限らず決まっていることよ。基本的に二年次に上がっても内容は一緒だから今のうちに覚えておいたほうが良いわ。その木簡は講義終わりには回収するから、それまでに覚えて。それじゃあ講義を開始するわ」


 そう言ってライラは大量の安布を配り始めた。困惑する一年生たちと、もう慣れたかのように平然としている上級生たち。上級生たちは懐からインク壺と羽ペンを出すと、配られた布に何かを書いた。


「先生、これは?」


 一人の一年生がライラに質問する。見たことがない顔なので他のクラスに居る生徒だろう。ライラは生徒を一瞥してから答えた。


「記録媒体よ。魔法理論基礎学は基本的に暗記科目だから、記録媒体があったほうが覚える上で効率が良いの」

「ですが従兄弟の話では、魔法理論学は暗記だけでは習得できないから難しいと……」


 そう言った生徒にライラは懇切丁寧に教えた。曰く、魔法理論基礎学は魔法理論学に必要な最低限の知識を詰め込むために作られた学問で、この講義の単位を落とすと魔法理論学を履修できなくなるらしい。更に魔法理論基礎学は全コースで必須科目となっていて、暗記科目だと高を括っていると平民に足元をすくわれると注意された。つまりは前世で言う高校の化学基礎と化学のようなものだろう。化学基礎で元素やモル計算が出来なければ、その後の化学が理解出来ない。

 生徒はこの講義に上級生が居ることも忘れて即座に「そんな間抜けな生徒は居ないでしょう」と答えた。そしてライラに講義を始めて欲しいと伝える。上級生たちから鋭い視線を向けられていることにも気づかずに。ライラも生徒に向けられる視線に気付きながらも、何か言うような素振りもなく生徒の提案を受け入れた。


「それでは始めましょう」


 講義はライラがひたすら喋って、私たちが必要だと思う部分を書き取るという簡素なものだったが、内容が多く速度が速かった。前世で授業に慣れていた私は講義の速さについていけたが、周囲は初めての講義ということもあって、ライラの話す内容を書き留めるのに苦労している様子だ。


「ライラ先生。もう少しゆっくり話して下さいませんか?」

「あら? 少し速かったかしら?」


 ライラはしれっと言って話す速度を落としたが、どう見てもわざと速くしていたようにしか見えない態度だった。しかし先程の生徒の発言が癇に障ったのか、程度の低い生徒を篩い落とすためにやっているのかは判別できない。前者だとしたら大人げないにもほどがあるので、恐らく後者だろう…………と思いたい。

 講義内容は自然現象の理解についてだった。やはり魔法は攻撃魔法にしても生活魔法にしても、水や火、雷などを使うことが多い。自然現象に対する理解は必要不可欠だ。しかし異世界だからか、化学が発展していないからか、どれも精霊が起こした悪戯などで例えられた抽象的なものばかりだった。


ゴーン、ゴーン、ゴーン


 講義の終わりを告げる鐘がなり、ライラは話を止める。


「もう時間のようね。今日はここまでにしましょう。よく復習しておくように」


 そう言ってライラが教室を去って行くと、先程の生徒の周りからサッと人が居なくなる。他の生徒たちは先輩たちから向けられる鋭い視線に気付いていたようだ。生徒は何事かと周囲を見回して、自身の置かれた立場に気づいた。


「あ、俺……」

「間抜け……ねぇ……」

「あ~あ! 一年生に間抜けって言われちゃったよ、俺ら。悲し~っ!」

「酷~い! 私たちも努力してるのに!」


 あからさまに心にもない言葉を吐く先輩たち。先輩たちが一言発するたびに生徒の顔から血の気が引いていく。先輩たちは、笑顔を浮かべてはいるが目は笑っていない。わざとらしいほど軽い口調が更に恐怖を煽る。


「王女殿下っ!」


 生徒が縋るような目で私を見る。すると先輩たちも視線も自然と私に向いた。


「王女殿下でいらっしゃいましたか! これは挨拶もせずに失礼致しました」


 見るに堪えない大仰な態度は親の真似をしているのだろうか。どう見ても私を馬鹿にしているようにしか見えない。しかし能無しを相手にするほど暇でもないので、とりあえずは見逃しておくことにした。


「いえ、公式の場でもないのに一々挨拶されていては生活になりませんから。先輩方のご配慮、感謝致します」

「王女殿下っ! お助け下さいっ!」


 生徒が涙目で私のスカートに縋り付く。それをレイネーとユダーナが冷めた目で見ると、生徒は「ひっ!」と声を上げて後ずさった。


「王女殿下、助けて差し上げないのですか?」

「悪いけど馬鹿に時間を使うほど暇ではありません」


 レイネーの噂の件もしかり、この学園の生徒は自身の言動が周囲にどのような影響をもたらすか、理解できていない傾向があるようだ。自身の言動について、そして周囲への影響について、真面目に考える良い機会になるだろう。


「ヒュ~!」


 先輩の一人が口笛を吹く。


「まさか、王女殿下が助けを求める生徒を見殺しにするとはねぇ」

「……ハァ……他人の後始末をするほどお人好しでもなければ、暇でもありません」


 私は生徒の横を抜けるように歩いていった。


「王族が家臣を助けなくて、何のためにある!」


 そう言って生徒が背後から殴りかかってくる。ユダーナもレイネーも突然のことに反応できず、仕方なく私は回し蹴りを決め込む。生徒は後ろに蹴り飛ばされ、頭を打って気を失った。


「行きましょう。次の講義に間に合わなくなってしまいます」


 呆然としていたユダーナとレイネーが我に返り、私の後を付いてくる。


「王女殿下、あのようなことをして良かったのでしょうか。噂でも流れてしまったら……」

「構いません」


 そうして向かうのは魔法訓練場。


次の講義は魔法実技だっ!


 これまで魔道具の開発などはしてきたが、魔法らしい魔法は使ったことがない。いよいよ待ちに待った魔法が使えると思い、胸が踊るのが止められない私だった。




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