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陰謀篇

第60話 学園──魔法の第一歩

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「んじゃまぁ、駄弁だべってないで本格的に始めようか。そろそろ始めないと講義が終わる」


 ザラクは魔力操作の方法を教え始めた。すると周囲を包んでいた和気わき藹々あいあいとした雰囲気が消え去り、真面目な空気が流れる。誰もが真剣な表情でザラクの話を聞いていた。


「魔力は俺たちの身体の中を止めどなく巡っている。まずは魔力感知から始める。目を閉じて、自身の内面に集中するんだ」

「「「はい!」」」


 生徒たちは各々、集中しやすい体勢になって目を閉じる。私は壁際に立って目を瞑っていた。身体を巡ると言えば血液。ならば地面に大の字で寝転ぶか、立っているほうがイメージしやすい。

 目を閉じて血液が自身の身体を巡るのを感じる。漠然としていて掴みどころのない行為に思えたが、心臓から血液が送り出される瞬間を意識すると、意外と簡単に感じ取ることができた。川に流れる水のように止めどなく流れる血液に混ざるように何かが存在している。これが魔力なのだろう。

 血液中にある魔力を集めるイメージをすると、次第に身体が温まってくる。静止しているはずなのにウォーキングでもしているかのような疲労感に襲われる。指先まで温まった頃には疲労で座り込んでしまう程だった。

 私が座り込むと、勝手な訓練をしていた上位貴族の令嬢たちが歩み寄り、心配そうな表情で言う。


「王女殿下、やはり私たちと一緒に訓練致しませんか? 魔法は初歩程度でしたら私たちでもお教えできます」


 どうやら私が座り込んだのが、魔法が使えないから投げ出したように見えたようだ。


側まで来たんだから疲れているのが見えるだろうに……


「お気遣い感謝しますが、ひとまずは先生を信じます。もしどうしても魔法が使えないようでしたら、その時にお願いします」


 そう言うと令嬢の取り巻きたちが私を鋭い視線で睨みつける。その視線からは明確な敵意を感じる。私が彼女たちの派閥のトップからの誘いを断ったことに不満を抱いているようだ。


私って一応ば王女なんだけどなぁ……


「そうですか。ご無理はなさらないで下さいね」


 令嬢たちの敵意を隠しもしない態度に呆れていると、トップの令嬢が優しい言葉をかけてくる。自身の善意の誘いを断られたのに嫌な顔一つしないのは凄い。大人でもそうそう出来るものではない。

 その様子に令嬢たちは恍惚とした表情でトップの令嬢を見つめた。その様子は教祖を盲信する狂信者のようで少し怖い。


「それでは失礼します」


 そう言って去って行く令嬢たち。令嬢たちが去ってすぐにザラクが近づいて来る。あからさまに疲れた様子をしているのは、他の生徒がザラクに熱心にコツ聞いていたからだろう。その証拠に生徒たちは何かを話し合っている。教わったコツを共有しているようだ。


「先生も休憩ですか?」

「え? いや? 絡まれてるみたいだから見物に来ただけだけど?」

「あぁ、そうですか……」


 ザラクは私の隣にドカッと座って生徒たちを眺める。どう見ても休憩しているようにしか見えない。


「何かされたのか?」


 ザラクがおもむろに聞いてくる。一応、心配はしてくれていたようだ。全く関心がないのかと思っていたせいか、その関心が少し嬉しい。何となくザラクが学園の教師に呼ばれた理由が理解できた気がする。


「気遣ってくれただけです」

「なら良いんだ。ところで魔力感知は出来たか?」

「何をもって習得と言えるのか、基準がわからないので何とも言えないところです」

「基準か……。身体中で何かが巡ってる感じがすれば良いんじゃないか?」


何故に疑問形?


 確信を得ていないような言い方に少し不安になったが、私は素直に答えた。


「それは感じ取れましたけど……」

「よし来た! おい、オメェら!」


 ザラクは私が答えを聞いた途端、心底嬉しそうに言って生徒たちを集めた。


「コイツが魔力感知を習得したから、コツはコイツから聞け。年齢が近いほうが感覚も似ているだろ。俺には今時の若もんの考えることはわかんねぇわ」


 そう言うと魔法訓練場の端っこに行き、座り込んで眠り始めたザラク。これは生徒たちへの指導を押し付けられたということだろうか。生徒たちの困惑した視線が私とザラクを行き来する。困惑するのは当然だ。私も困惑しているのだから。


「あの、王女殿下。今のは……?」


 状況が呑み込めない生徒たちは、眠り込むザラクを横目に私に問いかけた。しかし、私も何も聞いていないので困ってしまう。


「えぇと……とりあえず魔力感知をしましょう。全員習得できたら先生を起こして状況を確認します」

「「「はい」」」


 そこからは生徒たちの間を順々に回って根気強くコツを教えていく。既に家庭教師などを招いて魔法を使ったことのある生徒は比較的飲み込みが速かった。勿論、ユダーナとレイネーもこの中に含まれる。しかし一部の人たちは感覚的なものだからか、どうしても習得ができなかった。

 それは授業が終盤に差し掛かった頃のこと。生徒たちが次々と魔力感知を習得する中で、一人の生徒が魔力を暴走させた。

 魔法訓練場内に大きな竜巻が起こり、その周囲を鎌鼬かまいたちが飛び交う。被害は下位貴族の生徒だけでなく、勝手に訓練をしていた上位貴族たちにも及んだ。その竜巻の中心には焦って涙を流す少女。


「マリアンヌ!」


 焦って駆け寄ろうとするのはレイネーだった。


「待って! 貴女じゃ危険よ」

「ですがっ!」

「私が行く」


 私は暴走を止めるべく竜巻の中に飛び込んだ。私が竜巻の中心部へ向かうほど、鎌鼬かまいたちは私に牙を剥く。まるで中心に居る生徒を守るかのように私の皮膚を切りきざむ。

 中心部に着く頃には全身が傷だらけになっていた。白を基調とした制服は私の血が滲んで赤く染められ、スカートは鎌鼬が直撃したのか脚が大胆に出ている。ジクジクとする痛みに眉を顰める私に、マリアンヌがビクッと肩を揺らし、怯えた目で私を見た。


「どうしたの?」

「ヒッ!」


 とりあえず落ち着かせようと手を伸ばした私は、自身の腕を見て固まった。腕がズタズタになっていたからだ。腕以外の部分は小さな切り傷が無数にあるだけで重症ではない。しかし腕の傷は明らかに重症だ。

 鎌鼬かまいたちは鋭利な刃物のようなものなのに、どう切ったのか肉が抉れて所々から骨が覗いている。


「…………フゥゥ……」


 深く息を吐くと、マリアンヌが再び肩を揺らす。そして涙を浮かべながら空言のように何度も謝る。明らかに動揺しきっているマリアンヌの前で私の腕を見せるのは得策ではないと思った私は、ズタズタの両腕を背後に隠してマリアンヌに近づく。私が近づくたびにマリアンヌは身体をビクビクと揺らした。


「マリアンヌ」


 マリアンヌの目の前まで行くと、マリアンヌは膝から崩れ落ちた。私は座り込むマリアンヌに視線を合わせるようにしゃがみ込み、ゆっくり深呼吸をするように言う。


「吸って……吐いて……吸って……吐いて……」


 何度か深呼吸を繰り返すうちに落ち着いてきたマリアンヌに魔力の供給を止めるように言うと、フッと竜巻と鎌鼬かまいたちが消えた。周囲は竜巻で巻き上げられた物が散乱し、鎌鼬かまいたちで切り刻まれた訓練用の的や、怪我をした生徒たちで溢れかえっていた。


ドサッ


 マリアンヌが気絶して、レイネーが真っ青な顔で走り寄ってくる。


「マリアンヌ! 王女殿下、マリアンヌは」

「魔力を使いすぎて気絶したのよ。もしかしたら魔力枯渇を起こしているかもしれないから、すぐに医務室へ連れて行って」

「魔力枯渇!?」


 貴族間では魔力枯渇に死の危険があることが一般常識として知れ渡っている。だから魔力消費の多い魔法を使う上位貴族は必ず魔力回復ポーションを身に付けている。一命を取り留める為に必要になることが往々にしてあるからだ。しかし下位貴族となると持っていない方が多い。医務室に連れて行くほうが安全だ。

 レイネーはマリアンヌの命に危険が迫っていると知り、急いでマリアンヌを抱き上げると医務室へ走っていった。まだ六歳のレイネーが同い年のマリアンヌを抱き上げ、走っていくのを見てポカンとしていた。


火事場の馬鹿力……


 そんな言葉が頭をよぎる。そんな時、私を現実に引き戻したのは女子生徒の悲鳴だった。


「王女殿下!? その腕は……」


 どうやら私の背後に居た女子生徒が私の腕の怪我に気付いてしまった。遠目に見るだけならば気付かれないと思っていたが、骨が見えていると思った以上に目立つようだ。


「恐らくですが、鎌鼬かまいたちを防いでいたときに怪我をしてのだと思います」

「退けっ!」


 走ってきたのはザラクとユダーナ。ユダーナは今にも泣き出しそうな表情を浮かべているし、ザラクも怪我の酷さに顔を歪めている。


「痛みは?」

「ありません」

「ない? この怪我で? お前バケモンか」


 そう言いながらも私の腕から目を離さないザラク。怪我の様子をくまなく確認して溜息を吐いた。そして神妙な面持ちでユダーナに治癒師を呼びに行くように言う。その間、他の生徒たちは遠巻きに私たちの様子を伺っていた。


「呼んできました!」


 数分もしないうちにユダーナが治癒師を連れて戻ってきた。治癒師は私の腕を見ると顔を顰めた。


「これはっ……とにかく治療しましょう。万物を癒やし給う命の女神パールバティーよ。我が願いを聞き届け、彼の者に癒やしを与えよ。『Sanitatemサンニターテム』」


 治癒師は私の腕に手を翳して治癒魔法の詠唱呪文を唱えた。途端に私の腕が光を発する。そして暫くして腕を包む光が消えると、骨が覗いている部分が半分ほどまで小さくなっていた。


「こ、これ以上は私の魔力では治療出来ません」


 治癒師は全力疾走でもしてきたかのようにひたいに汗を浮かべて息を切らしていた。これ以上は本当に無理そうだ。

 ならば自分でと思い、目を瞑って魔力を両腕に集める。先程の全身がポカポカと温まるのとは違って、両腕に熱湯でも掛けられたかの如く熱が集まる。痛みに声を上げそうになったが、唇を噛んで我慢する。


「おい、何をする気だ。止めろ!」


 ザラクが何か言っているが、遠くで響く程度なので聞こえない。私はとりあえず腕を治すことに集中することにした。


「万物を癒やし給う命の女神パールバティーよ。我が願いを聞き届け、彼の者に癒やしを与えよ。『Sanitatemサンニターテム』」


 筋繊維があるべき場所へ戻るようにイメージを浮かべて治癒師の詠唱を丸パクリする。すると治癒師が魔法をかけた時より眩い光が私の両腕を包んだ。まるで雷雨翌日の増水した渓流のように激しく流れ出る魔力は、すべてが私の両腕に注がれていた。

 少しして私の魔力が殆ど枯渇しかけた頃、両腕を包む光が消えた。それと同時に激しい動悸と頭痛、めまい、強烈な吐き気が私を襲う。


「うっ!」


 私がえずくとユダーナが私の背中を優しくさすってくれた。


「ありがとう、ユダーナ」


 少しして吐き気が収まりユダーナに礼を言うと、ユダーナは私を優しく抱きしめて泣き出してしまった。


「あ、ユダーナ……その、皆が見てる……」


 話しかけてもずっと泣き続けるユダーナに困りザラクに助けを求めると、ザラクはニマニマした笑顔で「お熱いねぇ」と言って私の救助要請を無視した。


この野郎。王女権限で給料半分カットしてやろうか……


 そんなことを考えて、フッと意識が消えた。




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