復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

閑話──とある治癒師の一日

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 それは私が学園の医務室勤務に配属されて一週間が経ち、漸く学園での生活に慣れてきた頃。そろそろ講義が終わるという時間に患者を横抱きにした少女が医務室に駆け込んできた。

 患者は少女と同じくらいの身長で土気色の顔でぐったりとしている。明らかに異様な状態な患者を寝台に寝かせて少女に話を聞くと、少女は魔法実技の講義で魔力を暴走させて魔力が枯渇しているかもしれないと言った。

 私は慌てて患者を叩き起こし魔力回復ポーションを与えた。最初は焦るあまり勢いよく喉に流し込んでしまい患者が嘔吐えずいたが、ゆっくりと根気強く与え続けると、徐々に顔に血の色が戻ってきた。丁度一本分の魔力回復ポーションを飲み切ると、患者は穏やかな寝息を立てて眠った。


「あとはゆっくり休めば大丈夫ですが、魔力枯渇を起こしていたので免疫力が急激に下がっています。暫くは病気に掛かりやすくなりますから、体調には気をつけてあげて下さい。ただの風邪でも命取りになります」


 実は『魔力枯渇』が直接的な死因だった貴族は居ない。

 魔力は人体にとって重要な免疫の働きを担っていると言われている。故に魔力が枯渇すると人体は生命維持本能で魔力以外のもの────即ち体力を消費することで体内で代替品を作ろうとする。当然、普段とは違う活動で肉体は急激な疲労を感じるし、普段から魔法に頼りがちな貴族には大した体力もなく、なけなしの体力を消費して作り出した免疫が必要分に足ることはない。結果、病に掛かって死んでしまう。

 また稀に魔力枯渇によって衰弱が表面化することがある。もともと心臓が悪かったり、病気にかかりやすい体質なのに魔力量が多いがために免疫機能が強く、身体が強いと誤認される。魔力で補っていたにすぎないので魔力が枯渇することでそれが露見し、魔力枯渇によって弱ったと誤認されるのだ。その場合、魔力枯渇を起こした本人ですら自分の身体が他人と比べて弱いことを知らないことがある。


「とりあえず講義終了の鐘はまだ鳴っていませんし、講義に戻って下さい。貴女が戻ってくるまでは私が代わりに彼女を看病しましょう」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 少女はきっちり直角に頭を下げて礼を言うと、急いでもと来た道を戻っていった。


「まさか学園の講義で魔力暴走が起きるなんて……」


怪我人じゃなくて良かった……


 魔力暴走は文字通り自身の魔力を制御できていない状況のことを言い、本人が最も得意とする属性魔法の一つが暴発する。そして魔力暴走は魔力枯渇を起こす最たる原因だ。つまり、人間一人が持つ全ての魔力が一つの魔法に注ぎ込まれているということだ。そうなると威力が本来の威力と比べ物にならない程強化される。それこそ通常の二倍、三倍なども普通にあり得てしまう。そんな魔法で負った怪我など、どれだけ悲惨なものになるだろうか。そう考えるだけで身の毛がよだつ。

 その騒動の渦中に居た少女は今、寝台の上で規則的で穏やかな寝息を立てて眠っている。この無垢な子供に何があって魔力暴走などが起きたのだろうか。

 そんなことを考えていると、今度は今にも泣き出してしまいそうな少年が駆け込んできた。その焦り様は異常事態が起きていることを暗に示している。私は寝台で眠る少女の看病を治癒師見習いに任せると、理由も聞かずに少年の後をついていった。

 連れて行かれたのは魔法訓練場。つい先程、魔力暴走で魔力枯渇を起こした生徒が運び込まれたばかりで、状況は嫌でも察せられた。訓練場の中に入ると、まるで局地的な竜巻にでもあったかの如く物が放り出されていて、所々に鋭利な何かに切り刻まれた物なども散乱していた。


「呼んできました」


 少年の声が聞こえて、周囲の様子を見ていた私は人混みをかき分けて患者のもとへ歩み寄る。そこに居たのは王女殿下だった。王女殿下の腕は何かに切り刻まれたような傷があり、所々肉が抉れて骨が姿を現していた。その怪我は誰でもわかるほどの重症で、むしろ何故腕がもげていないのか疑問なほどの損傷だ。


「とにかく治療しましょう。万物を癒やし給う命の女神パールバティーよ。我が願いを聞き届け、彼の者に癒やしを与えよ。『Sanitatemサンニターテム』」


 とにかく必死に治癒魔法を掛ける。しかしどれだけ必死に魔法を掛けても、傷が塞がる手応えがない。怪我をしている部分から治癒魔法特有の光を発しているので、魔法自体は発動しているようだが、なかなか手応えが掴めないことに焦りを感じる。

 そしてついに傷口が塞がる前に私の魔力の限界が来てしまった。治癒魔法の効果で見えている骨の面積は半分ほどに減っていたが、それでも重症なのに変わりはない。

 既にもう一度治癒魔法を使う余裕はなかった。気づけば全身が汗で濡れているし、呼吸も喘息気味。激しい頭痛とめまいに、強烈な吐き気も催している。完全に魔力枯渇の一歩手間だ。


「こ、これ以上は私の魔力では治癒できません」


 息も絶え絶えに伝えると、王女殿下は何を考えたのか自身の両腕に大量の魔力を集め始めた。


「おい、何をする気だ。止めろ!」


 不穏な行動に焦る教師。重症の両腕に何かしらの魔法的干渉をしようとしているのは明らかだった。王女殿下は教師の静止も聞かず、あろうことか私が唱えた詠唱呪文を真似して自身に治癒魔法を掛けた。

 王女殿下の両腕に私の治癒魔法とは比べ物にならないほど大量の魔力が流れる。そして両腕が光を発し始めた。それは確実に治癒魔法特有の光だったが、通常の光とは違って小さな光の粒のような物が飛び交うのが見える。


「これは……一体……」


 目の前で起きていることが夢のようだった。ともすれば魔力暴走にもなりかねない大量の魔力が治癒魔法に変換されて、傷口が一気に塞がっていく。普通なら治らない大怪我が瞬時に癒やされていく様子はまさに神の御業。

 その後、王女殿下は気絶した。大量の魔力を消費した神の御業のような治癒魔法を発動させたことで魔力枯渇状態となったのだ。更に元より重症を追っていたことで体力も削られていたことだろう。気絶するのは至極当然のことと言える。

 その後、医務室に運び込まれた王女殿下は一週間もの間、目を覚まさなかった。結果、その側近たちが医務室に入り浸るようになったの仕方ないことだろう。




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