料理を作って異世界改革

高坂ナツキ

文字の大きさ
上 下
98 / 150
3.5章 閑話

15 国王と子爵 ランドール視点

しおりを挟む
 まさか国王陛下からマサト君宛に召喚状が出されるとは思ってもみなかった。
 王城内の貴族の声に押されて、私を呼び出すというのは考えの範疇にはあったのだが、まさか国王陛下があそこまで愚鈍になっているとは思わなかったな。
 そのせいで、マサト君たちはこの国から急いで出国することになってしまったし、これは領地に戻って家族に伝えるのが怖くなってきてしまったぞ。

 領地に下がるためにも、マサト君たちから貴族の目をそらすためにも国王陛下に謁見の願い出をして、料理についても一度陛下に献上しておかないといけないな。
 陛下へと謁見願を出すと、すぐにでも返事がきてあれよあれよという間に陛下との対面が整ってしまった。
 今回は継承の時やマサト君を呼び出した時とは違って、謁見場ではなく陛下の執務室での対面となった。
 まあ、謁見場は叙爵や他国の要人との会合くらいでしか使用しないから、これが正当なのだろう。
 父上も陛下と話すときには陛下の私室か執務室での対面が多かったと言っていたしな。

「おお、子爵。急かしたようで悪かったな」

 執務室に入ると陛下は執務中だったのか書類が山のように積まれた執務机に座っていた。
 執務室というからには宰相や派閥の貴族がいるかと思って警戒していたが、執務室内には陛下しかいないようだ。

「執務中に申し訳ありません。至急登城するようにとのことでしたので」

「よいよい。こちらこそ、今回の宰相の暴走を止められなんで申し訳ない」

「陛下に頭を下げていただくことではありません。問題を起こした人間からの謝罪もありませんし」

 そう宰相以下、今回問題を起こした貴族が一人たりとも頭を下げていないのに陛下に謝罪されるいわれはないのだ。

「臣下の暴走のけじめをつけるのも上位者としての務めだ。とはいえ、これで許せというわけではない。子爵の気が済むまではあやつらに対する制裁を止めるつもりもないからな」

 ふむ、陛下が頭を下げたのだから宰相たちを許せというわけでもないのか。
 家族の手前もあるし、私の心情としてもマサト君たちに危害を加えようとした人間を簡単に許すわけにもいかないからこれは助かる。

「では、陛下からは謝罪をいただいたということで陛下の暴走だけは許すということにします」

 少し偉そうに聞こえるかもしれないが、今回の件は臣下の客人を勝手に上位者が権力に任せて奪い取ろうとした行為だ。
 臣下が上位者に対して献上するのならともかく、上位者の勝手でそのようなことをしてしまえば王族貴族の上下関係が破綻してしまう。
 特にこの国には王国法という王族や貴族ですら守らなければならない法律もあるし、権力があるからと言って何でもしていいわけではないのだ。

「ふむ、子爵から許してもらったことだし、今回の客人について詳しく聞いてもいいだろうか」

 父上からは陛下に聞かれたら知っていることはすべて話してもいいと言われていることもあるし、知っていることはすべて話してしまおう。
 料理に使われている食材、料理の効果、マサト君の素性……私の知っている範囲ですべての情報を陛下に話してしまうことにする。

「……というわけで、マサト君……客人として子爵領に滞在していた彼は神の使い。彼の作る料理には今まで使われていなかった食材が大量に使われ、食材をバランスよく食べれば強靭な肉体が手に入るのです」

「子爵のことを疑うわけではないが、あまりにも荒唐無稽ではないか?」

「では、彼に槍が向けられた時のことはどうお考えで?」

 マサト君に宰相の私兵が槍を向けた際、その攻撃が私兵に跳ね返っていた。
 私はもちろん、陛下ですらあのような不思議な光景は目にしたことがないだろう。

「ふむ、確かに。だが、食事に関しては試してみないことには信用しようがないではないか」

 はあ、どうせこんな展開になるだろうと予想して、料理を持ち込んでおいてよかった。
 部屋の外で待機している従僕に頼んで、持ち込んだサンドイッチを持ってきてもらうことにする。
 流石に陛下の許しもなく食料を執務室に持ち込むことはできなかったからな。

「ほお、これが噂の……。だが、聞いていたほどには温かくないぞ?」

「陛下、王城内で作ったわけではないので温かさを持続させるのは無理ですよ。それよりも城内の人間に毒鑑定はさせていますが、食するのならいま一度ご自身で毒鑑定をお願いします」

 王族はスキルの習得数が貴族の比ではなく、どの天職を持っていても毒鑑定など暗殺防止のスキルを持っている。

「ふむ、子爵のことを疑うわけではないがやっておかなければならんか。……問題はないな。そういえば見たこともない姿をしているが何という果物なのだ?」

「それはサンドイッチと呼ばれる料理で、黒麦を加工し外側のパンを、ホーンピッグの肉を加工し中のカツを作っています」

「黒麦というのは聞いたことがないが、ホーンピッグというのは王都付近に出没する獣ではないか」

「先ほど話したようにマサト君がもたらしてくれた料理は今までは食材としてみていなかったもので作られています。黒麦は単体では毒を持つ植物ですが、毒抜きの方法も確立し、今ではシェリルバイト領の主要な産物となりつつあります」

 イーリスがパン作りの天職持ちだから、父上が張り切って黒麦の生産に乗り出しているのだよな。
 領地に帰ったらどれだけ畑が増えていることやら。

「持った感触からしてもっと堅いものかと思ったが、口にしてみれば意外にも食べられないことはないな」

 私たち貴族は当然のことながら王族も柔らかい果物中心の食生活だから、マサト君の料理は少し硬めに感じるのだよな。

「味はどうです? 果物とは違い複雑な味がするでしょう?」

「ふむ、甘いわけではないから果物と単純に比較することはできんが、十分に美味く感じる。味についてはあまりにも複雑ゆえにどのようなものが使われているかはわからんが、これが食べられるなら食事は果物でなくてもよいとは思うな」

 貴族や王族とは違い、食料に困っている領民、職にあぶれている国民にとってはこの料理は革命的なものなのだ。

「……はあ、今からでも彼をこの国に連れ戻すことはできんのか?」

「陛下が召喚状を出さなければ王都でもう少し、腕を振るってもらえたのですよ。我が家どころか、派閥の貴族家にもこの料理を作れる人間が増えたはずだったのです」

「召喚状は宰相が……、いや言い訳だな」

「まあ、我が家では料理人の育成についても引き受けていますので、いずれは王都でもこのような料理が日常的に職せるようになるでしょう」

「ポーション関連、国民の条件など詰めなければならないということだな。……王城にもこの技術の指導を頼んでもよいか?」

「ええ、料理を作れる使用人を二人、我が家の騎士を護衛と騎士団の討伐指導用に二人派遣します。それとは別に料理人という天職持ちをシェリルバイト領に派遣してくだされば技術指導をしましょう」

「頼む。聞いたこともない天職だが、王都にいるすべての民を精査すれば一人くらいは居るであろう」

「護衛用に騎士は置きますが陛下の方でも使用人や騎士に対して横暴な態度に出るようなものがいないように目配りをお願いします。彼らには耐えられないようであれば領地に帰ってくるように言ってありますので」

「わかっておる。……彼が王都にいればもっと簡単にこの技術が広まったのか?」

「ええ、また聞きの情報と直接の情報では差異がありますからね。現に我が家の使用人は彼らが王都についてから料理の技術を学びましたが、これらの簡単な料理なら作れるようになりましたからね」

「はあ、我の思い込みで随分と面倒なことになってしまったのだな」

 マサト君たちへの対応、宰相たち問題を起こした貴族の対応、国民の基準の変更に対する相談、陛下と様々なことを話し合いタウンハウスに戻れたのは日が変わろうかという時間帯。
 マサト君がいなくなってしまったことで、この国の料理の技術の発展速度は著しく落ちてしまうだろう。
 だが、彼が居なくても料理を広めることが彼にできる最大の恩返しだろう。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:17,198pt お気に入り:3,107

壁穴奴隷No.18 銀の髪の亡霊

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:185

【完結】地味顔令嬢は平穏に暮らしたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:280

転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:29,714pt お気に入り:1,865

【R18】エンドレス~ペドフィリアの娯楽~

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:2,287pt お気に入り:20

追放王子の気ままなクラフト旅

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:440pt お気に入り:2,003

処理中です...