猫と私と犬の小説家

瀧川るいか

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横断歩道の向こう側で

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今日はいつもの喫茶店でダラダラと心理学を勉強。
ただの趣味で人の心を勉強している。永遠に続く趣味だ。
所詮は統計学だから人の心を数値化したりどうとかは可愛い私は好きではない。
ローズヒップティーを飲みながら優雅にパラパラと本を読んでいる私は遠くから見ても絵になる。あまりにも絵になり過ぎてて、きっと来年のカレンダーになるのではないかと想像していたら店内には私しかいなくなっていた。
「はぁ~」
アクビが止まらない。眠気が止まらない。
パタリと本を閉じた。「ごちそさまでした~」とティーカップを返却口に返すと副店長が「いつもありがとうございます~」と言葉を返してくれた。
店内には誰もいない。厨房にも誰かいる気配もない。
「あれ?今日は一人なんですか?」
「そうなんですよ~いつもの子が急に来れないとかで」
「あ~そういえばあの子最近見ないですね」
あの子というのはボブヘアーの似合う、髪の色がコロコロ変わる子。
「そうなんですよ~またなんですよ」
「また?」
返却口に肘を着きながら私は興味津々で副店長の話に食いついた。副店長は女性で若い人。髪の毛を後ろで纏めていて落ち着いた雰囲気だが髪の色はネイビーブルー。ちなみに店長は男性で恐らく二十五歳くらいだろうか。従業員が全体的に若いお店。
「実はここだけの話なんですけど内緒でお願いしますね」と副店長は誰もいない店内で小さな声で話始めた。
「ドタキャンとか寝坊とか多いんですよ~。今日も具合悪いみたいで。心配ですよ~」
「急に来ないんですか?体調心配ですね~。まぁバイトだとありがちな話なんですかねぇ」
「一応、準社員なんですけどね」
「はっ?」
私からすると準社員というポジションがよく分からないが。
「前なんて開店時間に寝坊したとかでバタバタで」
「いやぁ、そりゃマズイですよね~。時間守らないなんてダメですよね!」
基本的に遅刻が当たり前の私が何を言っているのだかと思いながら喋っている私もまた可愛い。
「それでどうしたんですか?」
「連絡着たんで私がすっぴんで出勤して、ホント大変だったんですよ」
「すっぴんでですか?私には絶対無理!お疲れ様です」
「あとは十六時までシフト入ってたんですけど。気分が悪くなったらしく私が十六時に来たらあの子居なかったりね」
「一人で心細かったんじゃないですか?」
「レジのお金とかそのままとか心配じゃないですか?十五時とかだとちょうどお客さんがあまり来ない時間なんで一時間くらい一人で良いって話だったんですよ」
「お金そのままはダメ!危な過ぎ!確かにね~最近だと最低賃金も高いから経費とか考えたらしょうがないよね~分かる。無駄は減らさないと飲食店は大変ですもんね」
「そうなんですよ~。だから色々考えて乗り切っていこうってみんなで話してるんだからしっかりしてほしいんですよ」
「うーん。クビでいんじゃないですか?」
「クビにはしたくないんですよ!悪い子ではないんですよ」
「まぁ悪い子ではないですよね~。でも話で聞いてる行動はマズイですよね~」
「ですよね」
「店長さんとか怒らないですか?」
「店長優しいから怒らないんですよ」
「それは優しさではないと思いますよ!」
「怒ったりしてるの見た事ないんですよ」
「逆に凄い!私ならキレまくって二秒でクビにしちゃいそう」
「ホントは店長にちゃんと叱ってもらいたいんですけどね」
「結局それで大変な思いをするのは、あの子以外の人達ですからね~思い切って叱り飛ばした方がいいと私も思いますけどね~」
「まぁ少しずつ伝えていこうと思います」
「副店長も大変ですね~あまり無理しないで平和にね~」
「なんかすいません。お客さんなのに愚痴聞いてるもらっちゃって」
「いえいえ、いつも場所貸していただいてるので~」
「ありがとうございます~またお待ちしてます」
そんな話をして、いつもの喫茶店を後にした。
帰り道、優しさについて考えてみたり、自分だったらどうするか考えてみたりした。色々と考えてみたが答えはさっぱりだった。
そんな事を考えながら信号待ちをしていると横断歩道の向こう側にあの子がいる。信号が赤から青に変わり、私は歩き出した。喫茶店で見るあの子とは違い、余所行き仕様のあの子がこちらに向かって歩いてくる。
「おつかれさまです~」とペコペコと頭を下げながら余所行き仕様のあの子が通り過ぎていく。手にはビニール袋を持っていて中には何故かカップ麺が沢山入っていた。
私も「おつかれさまです~」と笑顔であいさつをして頭を下げた。近所なのだからよくある話だ。それに前もそんな事があった。

「いや。ちょっと待てよ」
ふと立ち止まった。
今日は副店長さん一人で大変だった。何故、大変だったか。
シフトに入っていた人がドタキャンしたから大変だった。
しかし、たった今ドタキャンしたあの子が私の目の前を何故かカップ麺が沢山入ってるビニール袋を持って歩いて行った。
「うん?あっ!」
もしかしてドタキャンしてしまって事を悔いて職場に沢山のカップ麺を差し入れするつもりなのだろうか。
「いや。それはないな」

横断歩道の目の前にある交番の前で悩む私。
「これは副店長さんには言えないなぁ、うん」
可愛い私は何も見なかった事した。
体調を心配していた副店長の事を考えると心が少しムズムズした。あの子は女優だったんだな、きっと。
そう思う事で守られるものもある。
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